S7:新人忘却
アビリティというのは、術式兵装に対しプレイヤーが初期から取得している超能力のような物だ。
16のアビリティが用意されており、プレイヤーはそこから3つの能力を選択できる。ただし、2つだけ選んで1つ減らした分だけ2つの能力を最大限強化することもできるし、一つ辺りの使用時のデメリットが増える代わりに4つの能力を選択できる。
昔はやったゲームとそのまま同じ能力らしいのだが、詳しくは知らん。ただ、この能力全てが癖の強い物で、簡単に使いこなせるもんじゃないことはこのゲームのプレイヤーならすぐに気づく。
βテストの期間でも、1つでさえアビリティを完璧に使いこなしてたと言える奴はほんの一握りではなかろうか?体感的に例えるならそう。通常時のプレイがボタン18個程度のコントローラーで戦ってるのに対し、アビリティを絡めてくるとボタンが72個程度に増える。もう一つ脳みそを増設したいとは誰の言葉だっただろうか?
たぶん、俺が愛用してる【HollowTrick】はおそらくその操作困難なアビリティの中でも最高レベルの難度を誇る。
【HollowTrick】の能力は精神付与・眷属創造・念力。一度掌握したアイテムに疑似人格を与え、自分の意のままに操る能力である。これにより自動で敵を追跡する槍とか、ドローンのように空を駆け敵を一方的に撃ち殺す重機関銃なんてエグイこともできる。
ただし、オブジェクトを操作している間は脳の感覚がマニュアル感覚になる。コマンドを打ち込んで操作する感じと言えばいいだろうか?戦闘時にリアルタイムでそれを行おうとすると、ボクシングしながらパソコンでFPSやってる気分になってくる。まあぶっちゃけ無理!って言いたくなるよね。
だから【HollowTrick】を選ぶ人ってのは、だいたい直接自分が戦闘することが苦手なタイプの人であって、自分で直接戦闘に関わりあいながら【HollowTrick】するのはかなりキツイ。その上、【HollowTrick】で操作する対象が一つ程度ではこの世界じゃお話にならない。5,6つ同時に操作して初めて一人前だ。ただこれを別の例で例えると、5キャラ6キャラ同時操作して一人前って言ってるのと同じなので、無理な人には一生無理と言われている。
でも、でもだよ。その能力をさ、戦いながら使えたらどれくらい強いのだろうと考えたりしない?
漫画とかアニメのサイコキネシス系の能力者みたいに、周囲のアイテムをまとめて操作するみたいな、そんなことをやろうと思えばできるのがこのゲームの醍醐味だ。
数十のオブジェクトを同時に操る時のコツは、全てを別のオブジェクトとしてとらえずにある程度グループ分けして一括で操作すること。
といってもそれ以外にも重量制限の縛りとか色々と他にも考えなきゃいけないのがこの能力の難しい点なのだが、そこは本当に何度もやって感覚的になれるしかない。
キング個体が水面から顔を出すと同時に俺が【HollowTrick】って降らせた石材が降り注ぐ。キング個体の凄まじいパワーと言えど、流石に全ての石を跳ねのけて飛び上がることはできなかったらしくなんとか迎撃に成功するが、まだ着水狩りを狙われてるように感じる。
俺は降らせた石材を反転させ、今度は自分の足に向けて飛ばす。そのうち一つの石を落下中に踏みつけると、念力の出力を即座に上げて空中の石材を足場にしてジャンプする。
念力は万能に見えるが、実は割とホバリングが苦手だ。ホバリングというか、空中に固定するのが難しい。物を浮かせてるのは重力と逆方向に力をかけてるだけであって、ある意味力が釣り合ってる状態だから浮いてるのだ。その状態で更に上から力をかけたりすれば、浮かせている物は当然落ちる。
つまり、石材とかは空中に固定して階段みたいにして移動するのは本来困難という事だ。
じゃあ服に念力使えば浮けるんじゃないの?と思った貴方。大正解!と言いたいところだが、その程度はアホでも考え付くんだ。ただ、難しいから結局実用化されない。念力の対象物が自分から近すぎると逆に出力調整が難しくなってぶっとぶんだよな。β始まった当初、【HollowTrick】で飛ぼうとしてよくひとりでに吹っ飛んでたプレイヤーがそこそこいた。ホラーかよっつーね。
感覚的に言えばあれだ。本をめちゃくちゃ顔面に近づけられても文字が読めないって感じだ。念力は万能じゃない。本を読むのと一緒で自分から本が近すぎても遠すぎてもダメなんだ。
おぉ、おぉ、顔面をボコボコにされたキング個体が怒り狂っている。
うーん、見たことないなコイツ。βでは確認してない。つまり性能がわからない。
このまま人力石材階段で逃げるか?いや、真上以外に進もうとすると途端に難易度が爆上がりするからな。下手にミスって落ちたらアウトだ。俺も猛練習して【HeavyMoon】の重力操作併用で真上に蹴上がる程度はできるようになったが、橋っぽく使おうとすると横方向への力の計算も必要になるから脳内計算が一気に複雑になるんだ。
だからその代用として【SpaceGear】っていうぶっ壊れアビリティがあるんだけど………あれは使いやすい反面マナの消費が、って今は戦闘に集中しよう。
石材を蹴りあがってできるだけ上へと避難する。その間に別のアビリティを発動させて石材に触れていく。
「ってなんだそれぇ!?」
ふと下を見ると、まるで鎌首をもたげるように水がグニャリと動いた。お前水操作できんのか!?
水がビュンッ!と鞭のようにこちらへ飛んでくる。たかが水されど水。叩きつけられたら落とされるぞ!しかも小賢しいことに水鞭の叩きつける方向が岸側からだ。落とされなくても湖の中心側にぶっ飛ばされる。奴にとっちゃ俺が落ちるまで甚振ってればそのうち決着が着くって寸法か。魚類の知能じゃないな。
なめんなよ魚程度が。
俺は敢えて直接的なガードはせず、身構えるだけで水鞭を受けた。
重力操作で軽くなっている俺はぶっ飛ぶ、かわりに吹っ飛ぶと予測していた方向に念力で石材を水面に敷き詰める。即席の石床に勢いよく叩きつけられ、俺はゴムまりのように吹っ飛ぶ。強烈な落下ダメージでボキッと骨が折れる音がした。
痛いんじゃぼけぇ!!
HP5割吹っ飛ぶと味わうこの痛さが俺の頭をホットにしてくれる。マナ足りるか?いやどのみち出し惜しみして勝てる相手じゃない。魚影が追尾してくる。接近したなアホめ。空中で跳ねながら銃を構える。宙返りしながら照準を定めてるせいでかなり姿勢がヤバいけど、どんな体勢からでも撃てるようにこちらとら鍛えられてるんだよなぁ!!
念力で石材床をスライドさせる。予想通り魚影は床の下。金属を鎧をかぶせた大きな鮟鱇の頭を大蛇にくっつけたみたいな頭部防御特化の見た目をしているが、これはどうかな?
「ハロービッチ!」
対龍ライフルほどパワーはないが、この距離ならショットガンの方が火力が出る。バゴォン!!と轟くような音を響かせながらショットガンが火を噴き、反動で更に俺は跳ねる。たびかさなる頭へのダメージ。キング個体が一瞬スタンする。
よし、吹っ飛べ!!
パチンと指を鳴らすと、先ほどアビリティを発動して触れた石材が一気収縮し爆発する。
残りHP1割。いい加減使うか、4つ目の能力。
【LeviathanBlood】
効果は高速回復と血液操作。折れた骨が一瞬で治り、ブサオに食いちぎられた小指がニョキッと生えてHPが全快復する。本当はもっと別の使い方をするんだけど、マナ消費が激しいので瞬間回復以外の使い方ができない。
また爆発で吹っ飛びそうになるが、進行方向に爆発させずに残しておいた石材を操作して壁に。壁を蹴って逆にキングに向けて跳び、真上に着たところでインベントリからサムライソードを取り出し、重力操作をし一気に落下する。
「ロデオターイムッ!!」
鋭さ極振りの刀はキングに深々と刺さる。しかし重力操作で体を固定した俺はそう簡単に振り落とせないぞ。
ドン!ドン!と至近距離でショットガンを発砲する。のたうち回るキング。俺の視界が二転三転するがここまで来たら意地の勝負だ。鱗が吹き飛び、肉が裂け、血が舞う。ショットガンの反動で肩が外れそうだ。
歪む視界の中で水鞭がくる。体が引きはがされる、いや、むしろ願ったりかなったり!
ショットガンをしまい刀の向きを横にする。重力の方向をキングにより集中し両手で強く刀に捕まる。真正面から殴られたかと思うほどの衝撃がくる。しかし俺は引きはがされることなく、重力がキングの方向に固定されているためキングを中心に吹っ飛ぶ。簡単に言えば、俺はハンドルみたいなもんだ。そのハンドルを強引に回せば、連動してキングに刺さった刀が動き、キングを一気に輪切りにする。
その馬鹿力、仇になったみてぇだなぁ?
同時にポップする『Damage Fever!』の表示。短時間で大ダメージを与え続けたことによる装甲破壊だ。この状態に陥ると対象は一定時間行動が鈍化し被ダメが上がる。つまり殴殺タイム、まさしくフィーバータイムだ。
はてさて取り出すのは3輪丸鋸大鉈。解体にはコイツが一番ヨ。
刀で切り開いた場所に強引に丸鋸をぶっ刺す。ブチブチと繊維が千切れる感触と噴き出る血飛沫。一番鮮度の良い状態で解体するには、魚を生きたまま解体するに限るってなぁ!!
酸素がヤバい。キングはダメージフィーバー状態になってもまだのたうち回ってる。それだけコイツのポテンシャルが高いという事の証なのだが、コイツは俺を振り切ろうと水の中に沈んでいきやがる。
ヤルかヤラれるか。我慢勝負だ。
「いっけ~~~!!」
重力操作に念力併用で更に3輪丸鋸大鉈を体へ押し込む。
バリバリバリバリッと凄まじい音を立てながら丸鋸は回転し、視界の端にアラートエフェクトに紛れて解体素材のログが流れていく。3輪丸鋸大鉈君の何が凄いって、コイツ攻撃しながら解体判定が出るところなんだよな。バグなのか仕様なのかよくわからんけど、運営は特に何も言ってこないので多分大丈夫なのだろう。
さああとは意地を超えて運ゲーだ。ただでさえデータの無い敵のキング個体。水鞭という飛び道具を持っていたので金剛暴れ牛みたいな化物クラスの耐久力はないと思うが、デカさは生命力に直結する。体長10mに届く個体という事は生命力もそれ相応という事だ。
いけるか!?いけるか!?こういう時決め手のアビリティがないのが辛い!
術式兵装でトドメ刺すか?いやでもこれあんま、あー-----!貧乏性が!!エリクサー症候群!!最悪死んでもこの距離なら取りいけるという冷静な判断がここにきて足を引っ張る!あ、でも捕食されたらアウトか!?コイツが草食とは思えない!!
あ、でも完全に弱ってる!キングも弱ってる!俺も死にそう!どっちだ!?どっちが先に天国へ行く!?
あー---っと同時か!?死んだ!?いや、まだ仮死だ!
視界一杯に表示される『Down』。リスポーンしますか?のメッセージが続けて表示される。
ダウン判定になると視界が暗くなるが、完全に周囲が見えなくなるわけではない。恐らく死んだと思われるキング個体が腹を上向きにして沈んでいった。アレは完全に死んでる魚の反応だ。
うーん、残念ながら相打ちか。誰かに蘇生してもらえればここから復活もできるんだが、ビーたちに今から全力で向かってもらっても間に合わない。Down状態はある種仮死状態で、1分以上経過すれば普通に死亡判定になるのだ。おとなしく拠点でリスポーンしようとすると、グイッと急に腕が引っ張られた。おっ?おっ?なに?別の生物が襲ってきたのか?しかし捕食されたようには思えない。Down状態は視界が操作できないので何が起きているのかわからないが、急に視界が明るくなった。水から引き揚げられただと?
「sgもおえw@p!?wdpなをfのf!?」
続けて誰かの声が朧げに聞こえた。Down中なのでハッキリとは聞こえないが、パニックになっているようだ。というこの声どっかで。
脳内記憶フォルダを漁っていると、蘇生中の表示。まさか。
蘇生が完了した。視覚と聴覚が元に戻る。慌てて起き上がると、そこには最近見た顔が心配そうな表情でこちらを見ていた。
「だ、大丈夫ですか!?」
初心者くん、君生きてたのか………。