S6:岩石豪雨
◇湖付近
えーっと、さっきの座標は地図上だとどこだ?
早くしないとドロップ品がロストしてしまう。
ヒトデは敵を倒してもドロップ品は自動で手に入らない。倒した敵の死体は残り、それを漁ることでドロップ品が手に入る。これのお陰でレイド戦をやってもオンラインゲームで常に付きまとうドロップ問題でもめるってことはないんだけど、これはこれで別の問題もある。例えば敵をうっかり回収不可能な場所で殺しちゃったときは最悪だ。敵を殺すためにリソースを無駄にしたという結果だけが残り、何を手に入らない。なんなら回収できる場所に他のプレイヤーがいた場合、アイテムが取られて終わる。
γ鯖のレイド戦と言えば、レイド戦後が本番だった。人の戦果を無償でパクろうとするハイエナどもと、それを追い払うために戦う奴の共倒れを狙い漁夫を狙おうするハゲタカ。まあ最終的に仲良く死ぬことが多くて結局誰がドロップ品を持ち逃げしたか分からなかったり、うっかり死体ごと吹っ飛ばして戦果0確定で血みどろの殴り合いになることもある。
この鯖でもいずれそうなるのだろうか……………だとするとやはり自治厨共を再び作るしかないか?幸いその旗頭になりそうなヤツが、っと、その問題は先送りにしてともかくヘルメスルニスを回収しよう。ヘルメスルニスから回収できるものは流石に無視できない。
あー---っとしかしここでイーヴァ選手まさかの計算外のアクシデント!!
ヘルメスルニス推定墜落ポイントが『湖』!だるい!死体回収がだるい!!そしてワンチャン例のボーイが生きてる可能性が!水による落下ダメ軽減、いや、どのみちあのパニックの最中でもギリギリでアビリティを発動すれば生きてる可能性が高いんだけど………………
えー、やっぱヘルメスルニスは放置でいいかなぁ?
『Bu?』
いや、取りにいかんの?みたいな目で見られても。
たぶんあの子非βだし放置すれば死ぬでしょ。いや、でも湖ってことは水も飯も安定して得られるし最悪生き延びる可能性も。湖は特にフィールドワークを済ませておきたい場所だし、ここは偵察をしておくか?
ぶさお、どっちがいいと思う?
『Bu』
わからんけど、行けって言ってる気がする。
よし、行くか!
◇湖
移動すること約10分、思ったより近いな。まあアビリティ併用で頑張ればこの程度か。
生物が死体になってからロストするまでのタイムリミットは約15分。さっさと回収したいところだ。
代償として上下左右にグワングワン動くジェットコースターに乗せられた状態となったぶさおはグロッキーになっていた。酔ったのか?
おっ、死体が思ったより浅瀬にあるぞ!これなら回収は楽だな。
魔物はいないか?大丈夫か?水中MOBは本当に強いからなぁ。迎撃態勢が整ってない状況でぶつかると陸上の同ランク帯の敵の倍は強いイメージがある。
水中用の銃は持ってきてないし、となると近接か。
そのまま湖に入ろうとすると、ブーと弱弱しい泣き声。いけね、ぶさおを忘れてた。なんか馴染み過ぎてたわ。
グロッキーになったぶさおはリュックごと適当な木の枝に引っ掛けておく。まあ敵に襲われてもいいよね。そん時は自力で頑張ってくれ。
『Bu………』
ふぁいとだブサオ、強くいきろ!
◇湖 水中
水冷てー-!しかしそこそこ綺麗な湖だ。浅瀬付近なら底まで軽く見える。
実はこの透明度ってのが重要らしくて、逆に一滴の曇りもないクリアな湖とかはヤバい。水回りに動植物の生活感がないのは明らかな危険信号だ。そこら辺の設定がヒトデは結構凝っていて、ゲームだが地質学などのガチの学問がある程度通用するらしい、とは黒田さん談である。あの人歩く辞書みたいなもんで俺の親類に似た記憶力お化けだ。
水に触れても毒になった様子はなし。浅瀬で軽く波を立てても魚影が近づいてくる気配もない。
浅瀬には不格好な姿勢でヘルメスルニスが沈んでいる。漁りをするには触れるしかない。
スーーーッハーーーースーーーッハーーーー。
VRだから意味はないってわかっていても、呼吸を何となく整える。よし!
水をかき分け水中へ向かう。深さにして4m以上。
ゴーグル欲しいなぁ。視界がぼやける。アニメとかだと水中でも平気で戦闘してるけど、無理だよな。人間は自ら勝手に出てって進化した結果できた生物だからね。ずっと水に引きこもってた奴に敵うわけがないのだ。
まだ回収マークが出ない。急げ。さっきはいなくても現在進行形で敵は接近してる可能性がある。
よし、触れた!
ナイフを突き刺してアンカーに。真っ先に通貨と遺子を吸収開始。流石ヘルメスルニスのエリート。回収に時間がかかるな。その間に3輪丸鋸大鉈を取り出し起動。水中でも元気に回転する丸鋸がヘルメスルニスを削っていき、視界の端に回収した素材のログが流れていく。
あっ、あっ、あっ、視界が、あっ、ぼやけて、あっ。いやこれは元からだ。
あっ、呼吸が、アラートが、危険を知らせる紅いアラートがドンドン強く。
空気が徐々に減っている。しかし再度潜って悠長に素材回収している時間があるとは思えない。
やはり死体をアビリティで引き揚げてから慎重にやるべきだったか?しかし大きな物を動かすほど肉食系の誘引率は高まるリスクがあるから結局のところ結論は出ない。あと5秒、3,1、終わった!
急げ急げ急げ!酸素がヤバい!アラートの目つぶしやめろ!!前がみえん!!
VRで痛覚が実装されたように、人間はアホなのでVRでの水中行動に於ける活動時間が長すぎて現実で自分の肺活量を見誤るという事件が少なくない件数報告されたという。そのためにこうして水中活動における警告も派手になったらしいのだが、本当に嫌がらせでしかない。
世界はほんの少数のアホの為に大多数が生きにくい世界になっていく好例だな。
酸素不足による移動制限。体が鉛のように重い。あと1m。その1mが果てしなく遠く…………こういう時【SpaceGear】のアビリティがあれば…………!
切羽詰まったからこそ、集中力が極限まで研ぎ澄まされた。
“ソレ”に気づけたのは殆ど奇跡に近い。
人間の視野角は200度と言われているが、切羽詰まっている時、更にアラートエフェクトが出ている時の視野角は90度以下だと俺は思っている。その90度オーバーの本当にギリギリで黒い影がアラートエフェクト越しに接近しているのに気づいた。
術式兵装:Ada-taur
このクソがッ………!
一か八かで発動した武装。5フレームもなかったであろうギリギリで発動した武装から伝わる衝撃が体を突き抜け、水からドーン!っと打ち上げられる。
いや本当にクソだぞ。ここでこの武装は使いたくなかった!
術式兵装はボス級のエネミーから回収した遺子、いわゆる特性から作り出す特殊な武器だ。この術式兵装はボスの攻撃の一部を模倣した攻撃を放つことができ、使用には回数制限があったり条件が課せられたりする。
さっき俺が使った【Ada-taur】はミサイルビーフこと金剛暴れ牛。その特徴は非常にシンプルで、硬く、速く、そして凄まじいパワーを持っている。一度走り出した奴は暴走列車の如く全てを轢き潰し、一度的に定めた相手をミサイルの如く追いかけまわす。奴の正面に立つことは殆ど死を意味しており、なんらかの武器などで正面から押し返そうとしても、奴の頭部が纏う反射障壁にぶつかり全てを吹き飛ばされる。
【Ada-taur】はその反射障壁を模倣した物。発動してから約1.5秒間、発動した方向から来た攻撃を自動で跳ね返すという強力無比な術式だ。
水中という足場のない環境では衝撃全てを反射することはできず、まるで砲弾のように撃ちあげられる。視界が回る。上下の間隔を失いそうになりながらも、眼下の魚影は見逃さない。推定約10mオーバー。その上ノーマルじゃない。あの赤い点滅は、Kタイプ!エリートの更に上、ちょっとした中ボスかエリアボスクラスだぞ!?こんな浅瀬まで出張ってくるのか!?
陸地まで逃げれば勝ち。しかしその安住の地まで10m。
スタンしたか?いやKにそれはあり得ない。奴は滅多なことでスタンしない。
魚影が動く。着水狩りか?術式兵装はまだクールダウン中。連発はできない。やはり【SpaceGear】が欲しいがない物ねだり。こっからキング個体相手に10m泳いで逃げるのは無理だ。
んじゃやるしかねぇよなぁ!?こんなところで死んでたまるか!!
「【HollowTrick】!」
藍色の光が全身を覆う。インベントリに入っている石材を適当に宙へばら撒く。
俺に食らいつこうと飛び上がったキング個体に対し、宙へばら撒いた石材が藍色の光を纏いキング個体へと降り注いだ。