S1:外道帰還
『ID:U2ni3Ab6I1hs』
『パスワード:********』
『認証しました』
『ユーザーネーム:IVβ@d09のデータをβ2クラウドからロード、成功』
『引き継ぎ指定アイテム、ロード、成功』
『キャラアバター変更、認証』
『サーバー:No2bへの参加許諾』
『運営より特典の授与がございます。御確認下さい』
現実から仮想へ意識を飛ばし、ログインの為の手続きを行う。
今日は待ちに待った『Η1047δε Online』の正式版サービス開始日だ。日本産のゲームのようだがタイトルの意味はよくわからない。まあ今日日創作物のネタができった感のある23世紀だとタイトルかぶりを避けるために結構適当な名前を付けることもなくはないので誰も気にしてない。面白ければいいのだ。なんてたって歴史を遡れば日本にゃタイトル名を誤字ってたゲームもあるのだ。あっぺれ~。
日本だと今のところHと10とδ(D)ε(E)からとって『ヒトデ』と呼ばれている。最初はだいぶ強引な縮め方だと思ったけどもう馴染んでるし特に気にならない。名前なんてどうでもいいんだよ。
β2版からアイテムを引き継ぎ、アバターはリメイク、遂に俺は良い子のプレイヤーの1人としてヒトデで再出発するんだ。
特典の付与はあれか?βの貢献度が高いプレイヤーに配ってるって奴か?まあある意味貢献してたからいっか。
視界が赤く染まり、浮いていた仮想アバターへ自分の意識がログインすると、五感がカチリと切り替わり、風が頬を撫で、土臭い香りが鼻腔をくすぐり、そして緑の光に照らされた草原が目を通じて脳に飛び込んできた。
「キターーー!」
歓喜のあまり大きな声をあげると、周囲に同じようにログインしてきたプレイヤー達がビクッと反応する。
どうもどうもと頭を下げつつ後ろを振り返ると、そこには緑色の光を放つ大きな謎の機械が鎮座していた。砂で汚れ切った白い氷山のようなオブジェ。これこそがプレイヤーの初期リスポーン地点だ。正式版でも変わりなく、プレイヤーのスポーン地点はこの謎オブジェクト周辺で固定のようだ。このエリアは基本的に一般的なオンラインゲームの街の要素を有しており、βでは『安置山』と呼んでいた。
見渡せば何人かは右も左も分からんといった風にメニュー画面をみたりキョロキョロしており、何人かのプレイヤーはログインと同時に駆け出していた。
前者のプレイヤーの特徴はタイツのようなピッチリとしたスポーツウェアの様な物を着ていること。後者は明らかにゲームの初期装備とは思えない防護服のような装備や軍人のような格好をしていることだ。
前者は明らかに初心者で、後者は間違いなくβ組。元の所属サーバーは分からないがβ2以外にも2回βテストが行われているので、見慣れない初期装備のヤツは俺とは違うβ参加だろう。
その中でものんびりとした足取りで歩き出した推定β組に俺は声をかけた。
「あのー、装備が違うってことはβ組の人ですか?えっと、あ~し初心者でちょっと何やったらいいかも分かんなくって~、よかったらちょっと教えてくれないかなーって思うんですけど~…………」
しばらくして、元β組のネットワークでとある情報が出回るようになる。
『初心者を騙って接近し、安置山周辺でβを狩る悪質なプレイヤーがいる』と。
俺は逃げた。
◆
「ちっ、しけてんなぁ。ダストもっと持ってこいよな〜」
俺は物言わぬ肉塊となった人型のナニカを漁りながらボヤく。
呑気に家を建て始めていたアホがいたのでちょっくら後ろから鈍器でハイタッチしたら死んでしまったのだ。仕方がない。本当は物々交換をしようとしたのだが打つ打つ交換になってしまった。
俺はダストをちょいと拝借すると、タダでは申し訳ないので代わりに『石ころ』を詰め込んでおいてあげた。
ゴミを押し付けた訳ではない。ヒトデにおいて自然から取れる素材は大事な資産だ。石も例外ではない。ただ、序盤は重量ペナルティで邪魔になりがちってだけなんだ。
奴が戻ってくるまでにここからさっさとお暇しようと走り出すと、ヘルプAIがフレンドからの通話を知らせる。
『はいはい、ログインできたのかい?』
『できたけど今どこ?No2b鯖でいいんだよね?てか声………』
『声は気にすんな、お互い様だろ。No2b鯖であってるぞ。今ちょっと商売をしながら移動中でね、集合場所どこがいい?』
『あーー、そっちに合わせるよ。座標ちょうだい』
『じゃあXA+123のYA-45で。マップの滝っぽいところ』
『OK。じゃあみんなにも知らせとくね』
『おー、頼むわ』
このゲームはフレンド登録しない限り通話はできないが、β組はフレンド枠を引き継げる。フレンド登録しておくと、通話を始めとした通信機能や同盟登録など色々なことができるのだが、初期フレンド枠はそう多くないので手当たり次第に登録はできない。
しかし、β組はその枠も特典として枠が追加されているのでしばらくはフレンド枠問題に悩むことはなさそうだ。
さてこれからどうしようか。
今は初心者のフリをするために敢えて初心者装備のままだが、そろそろ着替えないとまずいかもしれない。というのもヒトデのフィールドにうろついているモンスターのふり幅はかなり大きいので油断していると………………
「おっ、かわいいぎゃー!?」
「なんだあいつ!?」
「武器が岩しかないんだけど!?」
「ちょっ、なんでこんなっ!」
「わー!吸い込まれるー!?」
早速始まったか、初心者への洗礼が。
吸い込まれる、といえば奴しかない。
声のする方向に双眼鏡を向けてみると、予想通りの光景が広がっていた。
ぱっと見は綿毛のような毛とうさ耳を生やした。大きな緑色のメンダコ。そこにエイ要素を足したような見た目で、そのサイズは10mオーバーとかなり大きい。
フワフワとした柔らかそうな愛くるしい見た目をしており、β組もテスト開始当初思わず無警戒に接近した。その次の瞬間、目の下あたりにパカリと穴が開き、スーーーっと一気に周囲の物を吸い込み始めた。まるで床を這う小さな虫を掃除機が吸い込むように、奴は地面を這いずりながら貪欲に獲物を丸呑みにしてしまうのだ。
10mの巨体に対して圧倒的なスピードと耐久力を誇るヤツの名は、『メンメパース』。名前までちょっと可愛らしいが真面な装備も無しに奴に接近するのはアホのすることだ。
まあノーマルタイプだしβ組がいれば問題ない程度だ。
『もしもし』
『ん~?なんかあった?』
『XA+82のY-19にメンメいるから気を付けろ』
『えーマジか~。迂回しなきゃダメか~。あっ、こっちガリちゃんとイヤハ、黒田さんとは合流したよ』
『お、じゃあ残りはロルだけ?』
『そうだね。遺憾だけどいつもどおりだね』
『どうする?集合場所変えるか?』
『いやそのままでいいと思う』
『おけ。じゃあゆっくり向かうわ』
メンメとガチで戦えば今の装備でもぶっちゃけなんとかなる。ただ、安置山の近くでドンパチすると元鞘をあっという間に突き止められる可能性があるので今は回避一択だ。
と、思っていたらリスポンしたさっきの初心者達が騒いだせいかβ組がワラワラとメンメの周りに集まり、戦闘を開始した。
うーん、γの奴らっぽくはないな。背後に対する警戒が弱すぎる。γだと闇討ち横殴り漁夫が当たり前だったので、正面だけを警戒していると―――――――――
「んげっ!?」
「どうした!?ってうわ!?」
メルメに群がるβ組の一人に爆裂刺突弾が刺さりドーン!と景気よく爆発を起こし、周囲のプレイヤーも巻き込んで吹き飛ばした。弾丸が飛んできたと思われる方向に双眼鏡を向けると、そこには大型のボウガンを構える別のβ組コンビがいた。草原に於いて隠密性の高いギリースーツのような戦闘服に身を包み、背後からの襲撃。容赦なくプレイヤー諸共メルメを爆死させた。
間違いない。このゲームであんな武器を持っているのはβ組だけで、特に殺傷力の高い物を持ち歩くアイツらはγ鯖出身だ。てかアイツらは知り合いだな。
断罪者代表は言っていた。私達は汚名を濯ぎ新たに出発するのだと。しかし育ちというのもは根深い物で、マナーとかそういったものが死んでいたγ鯖出身がすぐにお利口にふるまえるわけがないのである。γ鯖出身にとって背後に守護霊を置いて戦わないのはウッテヨシの合図なのだ。
そう、つまりそういうことなんだよ、同志よ。
◆
オレは地獄のγ鯖出身エリート戦士、『E月罪1』。
幼馴染で同級生の『角ドリル』と再びヒトデに舞い戻り、β組が初心者バイバイの相手と戦う現場に襲撃した。
アホ共のアイテムをあさるのに夢中になっていたオレは、背後から近づいてくるもっとヤバいヤツに気が付かなかった。
「ッ!?」
アイテムを漁っていた友人が膝から崩れ落ちた。βから引き継いだ強化ヘルメットの真下、首をピンポイントで撃ち抜かれた友人の頭がポーンと吹き飛んだ。おかしい、周囲には誰もいないのに!!
β組たちをオレたちが爆撃した時点で他のプレイヤーは蜘蛛の子を散らすようにいなくなった。今β組、特にγ鯖出身はピリピリしているだろう。
『初心者を騙って接近し、安置山周辺でβを狩る悪質なプレイヤーがいる』
オレはこのメッセージを見た時、シメた!と思った。今なら多少βを殺ったところで件のプレイヤーにその罪を擦り付けることができるだろうと。そういう算段だった。なかなか悪質なクソ野郎だが、だからこそ罪を擦り付けることに躊躇いなどない。ないはずだった。
どこから撃っている!?発砲音すらない、あり得ない一撃。
すぐさましゃがみ、辺りを見渡す。どこだどこだどこだ!?
オプション兵装を『Gel-hum-S』に変えて周囲を警戒する。見た感じ敵の反応はない。つまり超遠距離からの―――――――
その時、急にヘルプAIが通話が来たことを知らせてきた。『角ドリル』からか?オレは名前を見ないまま通話に出て、そして後悔する。
『ハァイ同志ぃ』
声はこれと言って特徴のない、街中で聞いたらすぐに雑踏に飲み込まれてしまいそうな普通of普通の声。しかしこの人を小馬鹿にしたようなしゃべり方をするフレンドは一人しか心当たりはない。
思わず動揺してメニューに表示された名前を見る。
『君の探し物はこれかい?』
次の瞬間、オレの視界が吹っ飛んだ。
オレはリスポンと同時になりふり構わず吼えた。俺以外にも誰か一人でもこの恐ろしい事実を知ってほしくて。
「『魔王』だ!!『魔王』が出たぞー-----!!『魔王』はNo2b鯖にいやがった!!」