S17:裏方暗躍
◆魔トリュ発見地付近
相変わらずイヤハとぶさおと遠足中。
相談くらいは乗ってやるから通話よりメッセージで連絡しろと言っておいたんだが、偶にピコピコとアサから通知が来る。
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[個別チャット:AsA/IVβ@d09]
AsA:ししょー、テイムってむずかしいですか?
IVβ@d09:なにかテイムしたいのか?
AsA:βの人たちが初心者は自分で動くよりまずモンスターをテイムした方が貢献できるし、イベントが終わった後も便利だっていってるんです
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ふむ、間違いではないな。でもテイムは維持費が嵩むんだよな。その指示を出したβ野郎はなかなかよくわかっている。俺は木材を鉈で回収していたが、ダストの少ない初心者はクラフトツリーの解放率が少ないから採集系のツールが即興で作れない。かといってβ組が一々面倒を見てたら自分が活躍できない。そこで役立つのがテイムモンスターだ。モンスターの一部は建材の採集ができる。
しかし、それだとβの鼻を明かすのは難しいだろうなぁ。一生下請けのままだ。それにテイムモンスターだと採集率にもブレがないから貢献度が横並びになっちまう。波乱はなしだ。
それだとちと詰まらんな。
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IVβ@d09:今、お前にくっ付いてる初心者たちってどんな感じ?アバターの性別と年齢層、あとわかるなら人柄
AsA:え?
IVβ@d09:いいから
AsA:3つのグループですね。
AsA:男の子2人に女の子2。たぶん結構若いと思います。見た目は10代です。でも敬語が多いし、実年齢はアバターより上かもしれないです
AsA:2つ目が女の子4人グループ。高校生くらいの見た目です。夏休みの話をしてたので学生だと思います。
AsA:3つ目が男の子3人。女の子のグループと面識があるっぽいです
AsA:学生の子たちは明るくて元気ですね
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ふむふむ、なかなか悪くない。βにつかずに初心者の中でも頭角を見せかけたアサに近づいたのは…………恐らくβ組からの指示を頭ごなしに受けるより仲間内でワイワイやりたいのだろう。
それならいいダスト稼ぎの方法がある。
俺はアサにちょっとした提案を行った。
◎安置山
「いらっしゃいませー!空腹、水分ゲージは大丈夫ですかー!?」
「作業をする前に、是非こちらで食料をお買い求めくださーい!」
「水とカボチャパンセットで40ダスト!余った食料アイテムでも支払いを受け付けてるぞー!」
「まとめ買いならもっと安いよ〜」
「えっと、ステーキドッグと水のセットが5つですね」
「おう、これこれ」
「御利用ありがとうございました。またお越しくださいませ」
イベントで頭角を表してみろ。
あの人からそう言われてやる気十分でイベントへ参加したものの、自分は大事なことを忘れていました。
そう、自分はこのような本格的なオンラインゲームなんて初めてで、こういう時どう動いたらいいのかよく分からなかったのです。
困りました。いきなり頓挫しそうです。
幸い、1人でアビリティ選びをしてたらβ組の人にも話しかけてもらってスカウトなんてされたりされて驚きましたが、丁重にお断りしました。
…………あの人はどうせならそのままついてきゃ良かったのに、とか言うのでしょうか?…………平気で言いそうですね。
βの方も困ったことがあれば声をかけてよ言ってくださったので、幸い拗れずにスカウト話は終わりましたよ。あの人みたいに人の心を忘れたみたいな言い方しませんからね。
その代わり、初心者さん達から声をかけられました。β組の人たちに声をかけるのはハードルが高いですが、同じ初心者の自分ならハードルが低かったのかもしれません。それに釣られて別のグループの人にも話しかけられました。
いえ、違いますよ。別に自分はゲームをやりこんでるわけではなく、実はこういう戦闘は初めてで、ええ。
あの人からアレだけボコボコにされておいてゲームが上手なんてそんな。いや謙遜ではなく。
そんな感じで話していたらイベントが正式にスタートし、元β組の人たちが周囲に声をかけ始めました。β組の人たちは服が違うのでわかります。自分も脱初心者装備ですが、それ以外の初心者は殆ど最初の格好のままです。
「なんであの人達が仕切り出してんの?」
「β組らしいぞ?」
「べーた?」
「先行でテストプレイしていた人たち。当然このゲームについての知識も多い」
「まあ、今回のイベントは完全に協力型だからね。組織だって動いた方が効率的だよ」
「でも従う義務はなくね?」
「そりゃそうだけど」
「あれって結局指示してる人たちが勝つように動くだけでしょ?つまんないわ」
あ、確かにそうですね。
ついそのまま流れで指示を聞きそうになってました。しかしそれは頭角を表すのは難しい。でも和を乱すのもそれはそれで………………。
無論、なりふり構わずならもっとやり方があるのかもしれません。凄まじい悪目立ちをして観衆の目を釘付けにして集団をコントロールする。静かな大衆より声のでかい少数派が場を支配する原則を意図的にやるわけです。
でも、そんなやり方をすれば本来は集中的に攻撃されて潰されます。出る杭は打たれるのです。
つまり理論上は無理。やるにしても集中の攻撃全てを押し返せる凄まじいパワーが必要です。圧倒的な、それこそ魔王と呼ばれるような…………
その机上の空論をやってのけてしまった人を自分はよく知っています。
こんな早い段階で頼るのも、でもこのまままでは。
うっ、周囲の人からの微弱な期待を感じる。だからゲーマーじゃないのにぃ。
――――――それとなく愛想笑いして、チヤホヤされて、なあなあでなんとなく歩いて、優柔不断でどっちつかずで、弱くて、それでいて周囲が自分の意を汲んでくれるから潜在的に自分の思う通りにいくとどこか楽観的な甘えた考えが透けて見えるプリンのように頭ん中が緩〜い人間がお前
あの人の言葉が脳裏を過ぎる。
あの時はすごく怖かった。こちらの内面などまるで気にしてないように見えて、どこまでも見透かした目でこちらを見つめていた。
そう、弱い自分を変えたかった。流されてしまう自分に嫌気がさして、自分は声も姿も変えて逃げた。変わりたくて、憧れに近づきたくて。
あの人は“努力”なんて微塵も評価しない。厳密には単なる努力を嫌う。
成果に見合った努力を。あの人がたまに口にする言葉だ。究極的には努力しなくても才覚だけで結果出せるのならそれに越したことはないとまで言い切った。
あまりに極論で、その極論を馬鹿正直に突き止めた結果があの人なのかもしれない。あの人は他人に厳しいけど、それ以上に自分に厳しい気がしてしまう。
このまま成果を出せずにまごまごするのはあの人が嫌う無駄な時間だ。プライドを捨てて素直に助けを求めれば、意外とすんなり答えは返ってきた。
それはあまりに意外で、事の裏を突いているけど真っ当で、試しに指示通り周囲の初心者仲間さんに提案をしてみたら面白そうだと乗ってくれた。
あの人が立てた策は、屋台を行う事で集団に貢献し耳目を集めつつナチュラルにダストを稼ぐというものだ。
ダストは生命力の他にスタミナゲージや水分ゲージがあり、活動をするほどゲージが消費されて弱体化していき0になると死んでしまう。
幸いこの世界には食糧などは豊富にあるが、それを調理しようとしたりすると手間がかかる。結局回復効率が悪いのは分かっていても、美味しくないと分かっていても生のまま食料を口にしてしまう。
あの人はそこをついた。
自分は初心者だけど、あの人について坑道ロビーしたからそこそこダストがある。そのダストを使って調理台までのクラフトツリーを解放し、初心者仲間さん達には安置山の周りにある食糧アイテムを集めてもらい、それを使って屋台のような物をして食事提供を行った。
最初は殆ど人が寄り付かなかったけど、あの人の指示で掲示板なども駆使してスタミナ回復と継続行動効率について理論的に説明し、食事を買っておく事のメリットを証明すると徐々に売れ始め、チラホラと人が集まってくる。
初心者仲間さんが食料を沢山集めるころには続々と人が集まり食事をまとめて買っていくようになった。
幸い、素材に関しても陣地作成イベントには関係無いので他と競合する事なく集めることができた。更にはこの食糧供給がサーバー全体に支援になると考えたβ組の人たちからも技術提供や屋台をする為の場を与えてもらい、あまり前線で動くことが苦手な人たちの受け皿としても機能し始めた。
もらったダストは一応木箱に集めて有志の人達が守っている。何故か自分が責任者みたいになってしまってるみたいだけど、そのおかげでダストも沢山もらえた。そのもらった分はあの人のアドバイス通りできる限りすぐに使うようにした。
ダスト、それは不思議なアイテムで、ヒトデでは燃料にもなるしクラフト素材にもなる。更には自販機でアイテムなどを買うときにもダストが必要だし、スキルツリーの解放やクラフトツリーの解放にもダストが必要だ。
ダストなんてなんぼあってもいいんですからね、とはあの人の言葉である。
とりあえず指示通り水分ゲージとスタミナゲージ、クラフト成功率上昇のスキルツリーを解放。更にクラフトツリーで水筒と回復関係のツリーを優先的に解放する。
「いっらしゃいませ〜!」
「安いよー安いよー!」
「はいそこ列乱さないで〜!」
ダストを使ったり預けたりしてまた屋台エリアに戻ってくると、そこはいよいよ縁日の様相を呈していた。自分はあまりこういった祭りに直接参加できたことがないから、この明るい空気で触れているだけでもなんだか楽しくなる。
にのしのろーやーとーの…………18件も屋台が。しかも色々と出し物も変えれるみたいだ。
結果的に和気藹々とした空気が広がり、参加者の顔は明るい。みんなも好きなものを食べて長時間行動できるからかどんどん仕事を進めている。
あの人の指示は的確で、まるで直接見ているかのように柔軟だ。また指示がきた。今度はテイムされたモンスターの餌を売る場所を作れ…………なるほど、βさんたちの指示に従って初心者の多くが魔物をテイムした。となると必要なのは餌。採集しながらでもできるが、こちらも専用の餌と比べれば効率は下がる。
掲示板でもこの屋台のことは話題になっているようで続々とお客さんが増えている。これなら新しい事業を開拓しても大ゴケはしなそう。
でも、自分の報告と掲示板からの報告だけでこうも的確な指示が出せるのだろうか?まさか…………
思わず辺りを見渡すが、あのキラキラした女性の姿は見つからなかった。