S14:破門反乱
◆??? 坑道
空気が重い。ズシリとくる重さだ。鉄アレイを仕込んだランドセルってよりは米袋を纏めて持ち上げた時のそれに近い。
つまり局地的な重さだ。
βの死体を漁って使えそうなもんはパクると、俺はスタスタと更に坑道の奥へ進む。
本来ならもう帰りたいが、β野郎どもがきた方向が帰り道なんだよな。多分今までの分岐のどっかからきてこっちに迷い込んだのだろう。下手に鉢合わせするのが嫌なので俺は一旦離れて上へ上がれるポイントを探していた。
こういうのはどうでもいい時はそこそこ見つかるのにいざ探し出すと見つからない。よくあるよね、そういうの。
「すみませんでした……」
とまあ重い空気をまるっと無視していたのだがそうは問屋が卸さない。長く沈黙を保っていたアサが口を開く。
すみませんって何が?別に謝ることじゃないよ。ただ破門ってだけだ。もう教えることはない。そうだよ、なんで着いてきてんの?殺すよ?
「そんな!も、もう一回チャンスをください!次はできます!」
はぁ〜…………。
俺はアサの態度に深いため息をついた。案の定コイツは勘違いしている。
お前さ、俺がお前がしくじったからいらない子扱いしてると思ってるだろ。
「……………………」
アサは無言のまま否定も肯定もせず、泣きそう顔で俯いていた。
もうその時点でダメなのよ。別に俺たち特殊部隊員じゃないんだからさ、俺は別にお前に強くなってもらう必要がないわけね。メリットなんて無いわけよ。
じゃあなんで付き合った方って言えば9割自己保身1割新規ユーザー様接待だ。
まあこれもオンゲの宿命よ。どんなにおもろいゲームでもプレイヤー人口が減れば終わりなの。だからちょっと接待したよ。新規にすぐにやめられたらオンゲの寿命は先が見えてる。
「次は当てます!ちゃんとできます!」
まーだ勘違いしてるわ。話にならん。
ぶっちゃけると程のいい厄介払いの面もあるが、俺は真面目にこれ以上アサを相手にする気はなかった。PvPの肩を担いだ時点で同じ穴のむじなになったし、ここ数日で俺はコイツが悪戯に余計なことを言いふらすタイプじゃ無いことを察していた。
「ど、どうして……失敗した事を怒ってるわけでは無いのなら、なんでダメなんですか?め、めんどくさくなったならそれでもいいんです。でも、でも……」
最悪ここでメンタルをへし折って辞めてもらうのが最適かもしれない。
俺はそう思い、言う気はなかったが頓珍漢な事を考えていそうなアサに本音を言ってやることにした。
「だってお前楽しそうじゃ無いんだもん」
「え?」
俺がそう言うと、アサは虚を突かれたようにキョトンとした。
あのさぁ、PvPとかオンゲーとか以前にさ、ゲームは娯楽なのね。楽しみ為にあるの。顰めっ面して悲壮感溜め込んで苦しみを味わうためにやるもんじゃ無いの。罰じゃ無いの。俺はね、別にPvPで人様が負犬発狂してるのを見てるのは正直言って大好きだけど、わざわざ辛い事を強制的にやらせる程腐っては無いつもりだぞ。
「あ……えっと…………」
鏡見てみろよ。お前今楽しい?
向いてないよお前、PvPが。あそこまで追い詰めてもお前は自分の忌避感を優先した。それが事実だ。これが仕事だってなら俺は上司としてその感情を強引にでも殺すようパワハラで訴えられるのも覚悟で教えなくちゃいけないけど、これはゲームだぜ?義務なんか欠片もない。
人に勝ちたいならボドゲやったら?将棋とかオセロとかさ。クソ安全に勝敗つくよ。あとは麻雀だけど、あれは2人じゃ出来ねぇしな。いやよく考えたら普通にスポーツでいいじゃん。ね。別にヒトデっつうタイトルにこだわる必要もないしな。
んじゃ頑張って。
あばよッと後ろ手で手を振りつつ去ろうとすると、パッと青い光が走りすかさず発砲。転移してきたアサが土手っ腹を抜かれて血を吐いた。
「ワンパターン。坑道で転移は使うなって教えたよな?幸運はそう何度も起きないんだよ」
VRの痛覚ってのはあくまで思い込みの範疇なので抑えようと思えば抑え込めるが、慣れてないと驚きも相まってかなりクるだろう。特にアサのような温室育ちみたいな奴にはよーく効く。
「な、なんで……」
痛みに疼くまるアサ。俺は思わず笑ってしまった。
「Lesson8……痛みをしれ、なんてな。お前自分が首突っ込もうとしてたところがどんなのところか知らなすぎ。お前がさっき頭打った奴な、アレ結構痛いと思うよ。お前それは考えてなかったの?」
本当は硬化してるからゴムボールがちょいと強めに当たった程度だ。慣れてる奴なら目すらつぶらねぇ。
対して腹に風穴開いたら割と痛いよな。VRでも割りかし痛い部類のダメージだ。近々規制が再度調整されるとは聞いているがいつくるかわからんもんに期待しても仕方ねぇ。でも知らなかったとは言わせない。あの教材ソフトで身体中蜂の巣にされたお前がVRで味合う痛みを知らない訳がないんだ。
「ボクシングと一緒だ。殴られたら痛いに決まってる。撃たれたら痛いに決まってる。わかってたよな?PvPするってのはそう言う事だ。相手に対して与える損害以上に自分の快楽を優先させる。そしてボクシングはスポーツだが、オンゲのPKは単なるクズだ。スポーツマンシップなんざ犬のクソほど役に立たない」
甘いんだ、この子は。夢を見すぎてる。物事の表面ばかりに憧れてる。バカだなぁ、憧れってのは遠くから見てるぐらいがちょうどいいんだ。どんなに肌の綺麗な別嬪さんだろうが顕微鏡で顔を見りゃ菌がいっぱいさ。年とりゃ皺もできらぁ。
向いてないよ、アサには。闘争心もねぇし勝ちたいって言う感情もあまりに綺麗すぎる。PKの勝ちたいはもっとドロドロしてんだ。お前の勝ちたいって欲求は道徳心の前にあまりに簡単に頭を下げちまう。
ソフトでなまじ成長できてるだけ間違いないね。
別にね、赤の他人の話だからね、今すぐゲームやめろとは言わないし、プレイスタイルの強要もしないけど、初期リスからやり直して長閑に一次生産職シミュレーションでもやってる方が遥かに似合ってるよ。別に嫌いになったとかムカついたからポイしよって訳じゃない。そんだけ。納得した?
俺はアサの横をスタスタと通ろうとすると、ガッと袖を掴まれそうになって反射で避けた。そしたらアサが泣き出した。
「やっぱり嫌いなんじゃないですか……?」
じゃあそう思ってれば?俺はもう知らん。えんがちょ。ばいばい。あ、待て。俺はすかさず銃をアサの頭に突きつけた。
インベントリに入ってるもんを返してもらわなば。まあアーティファクトはホームに置いてあるのでね、コイツが寝袋で死に戻って持ち出さんかぎりは大丈夫だ。アーティファクトで既にトントン以上のメリットがこちらにはある。引越しは必要だが、まだ素材を集めてる段階だしビー達も許してくれるだろう。
よく考えたら殺した後に漁ればいいので問答無用で殺せばいいのだがヘイト高めすぎて反転アンチになられても困るしブレーキ踏むとこは踏もう。
するとアサは死にそうな表情になりながらも素直にインベントリから預けられていたアイテムを出した。
しまったな。どうせなら拠点に戻ってから破門にすれば帰りは荷物持ちとして活用できたのに。それならアーティファクトの持ち逃げも防げるし一石二鳥だ。チッ、またせっかちで損をした。
なーんて思ってたら、アサが最後に取り出したライフルをこちらに構えた。
なんだ?トチ狂ったか?
「チャンスを、ください」
まだ言うか!
しかしここにきていい目をしてる。死んだ魚のような人間味のないフラットな目。迷いがない。先程の蹴り殺したくなるへっぽこ狙撃手はいない。荒削りだがちゃんと殺しに行けるだけの姿勢になっている。まるで破損していたデータが復活したみたいだ。
まあでも甘っちょろい。この間合いはライフルの間合いでは無い。
では最後の餞別に。
俺はムーンで重力をかけてライフルを強制的に下げつつ蹴って軌道を逸らしながら膝蹴りを顔面に叩き込む。
「おさらいその1、不意打ち上等。勝負を挑む時は決闘じゃねえんだからさっさとやれ」
アサが悶絶しそうになりながらもライフル技と体を捻って重力から逃れようとする。そう、ムーンは空間そのものに影響しているわけじゃなく、指定オブジェクトのベクトル方向に干渉している。回転すれば実は強引に千切れたりする。
ヒトデのアビリティはどれも一見無敵に見えてちゃんと対処方法が用意されているのだ。
しかし甘い。あま〜い!風邪用シロップくらい甘ーい!
仄かに藍色に光るライフルは誰かに押されたかのように跳ね上がり、重力を捩じ切って姿勢を正そうとしたアサの顔面にクリーンヒットする。
「おさらいその2、ホロウ持ちに自分の武器を触られるなど言語道断」
念力は触れれば発動する。足だろうが能力を使いながら触った時点で念力操作の対象だ。
流石に大人気ないので武器までは取り上げない。本当ならこのままライフルの制御権を取ればアサは詰みだがもう少し遊ばせてやる。
アサはとにかく俺から距離を取ろうと後退る。そこに向けてアサが地面に置いたアイテムにラブとホロウを使って触れて追尾させる。これでお手軽追尾爆弾だ。
慌てた様子で青い光を纏うアサ。転移、いやもう転移はしない。障壁だ。さっきの発砲で転移に苦手意識を植え付けた。だから嵌る。
「こプッ、う゛えっ?」
赤い針が背後からアサの胸を貫通し、アサの口からさらに血が漏れる。
「おさらいその3、焦って行動したときには最大限の警戒を」
俺は顔面に膝蹴りをくらわし視覚を奪った時点でアサの背後に自分の手から流れる血を撒いておいた。リヴァイアサンの血液操作にホロウの合わせ技だ。このコンボはかなり強い。
障壁は強いが貼れる方向が限定される。一度貼ればキャンセルまでにはディレイがあり、背後はガラ空きだ。
「で、バン」
ラブは液体を爆弾化の対象にする事は苦手だが、例外的に血液は得意だ。特に自分の血液は問答無用で可能である。針になって胸に刺さった血は小さな爆発を起こす。本来なら大きなダメージを与えられない。質量が足りない。しかし体内に入ってる状態でやれば別だ。
「ブフッ」
風穴開けた腹から、口から、アサは勢いよく血を噴き出した。当然だ。内臓がミキサーされてんだもん。人間ならとっくに死んでる。
強烈なダメージによるアビリティの強制解除。障壁が消えた。
俺は近寄るとぶっ倒れたアサの首に回復薬をブッ刺した。
「立て。倒れても武器から手を離すな。ダウン判定が出るまで抗え」
ホロウ込みで掬い上げるように蹴り上げて、アサを天井に叩きつける。ほら着地しろ。前を向け。
ここでアサは搦手に出た。目を焼くようなフラッシュ。ヘブンライトハウスの光操作か。
惜しいな。
俺がパッと手を伸ばすと微かにエナメル質のものに触れる感触。同時に内臓が浮き上がる感覚が襲う。転移だ。
アサは着地狩りされると咄嗟に判断し、フラッシュで目を焼いて転移で距離を取ろうとしたのだろう。
しかし、転移は発動者の触れているもの、それがさらに触れているものも対象とする(一応大きさの制限もあるので木ごとすっ飛んだりはしない)。でないとプレイヤーは毎回転移するたび防具ポイ捨てになるから。更には他のプレイヤーが触れる事で同時に転移ができる。
つまりそう言う事。アサは逃げたつもりのようだが、音を頼りに繰り出した下段蹴りがアサにまともにヒットし、こちらはすかさず目を爪で抉ってリヴァイアサンで高速回復。これで視界はバッチリ。
フラッシュに加えて2人分の転移をすればマナは当然一気に減る。強いが燃費が良くないのがヘブンやスペギアの特徴だ。マナ切れになった今、アサの視界は揺れているだろう。
「おさらいその4、行動の手順は間違えないように。下手すると次の行動を読まれてカウンターをもらう」
立ちあがろうとしてフラフラと壁に倒れたアサにマナ回復薬をブッ刺してやる。嫌がらせとして痛みやすい脇だ。
「くぅ!」
続いて虹色のエフェクト。オールドエレメンツ、四元素操作のアビリティだ。あだ名はメイジ。まるで魔法使いのような能力を使うところからあだ名されたその能力は使い勝手がよく、アサの突き出した手から火が噴き出した。
いいね。敢えて受けよう。そして不合格だ。
リヴァイアサンとホロウの瞬間起動。焼かれながらリヴァイアサンの回復がそれを上回り、ホロウを服に使った俺はぶっ飛んで一瞬で距離を詰めると勢いそのまま顔面にグーを叩き込んだ。すると面白いようにアサは吹っ飛んだ。
「おさらいその5、土壇場でさほど使ってないものを急に使おうとして通用するのはパンピー相手まで。一定レベルは見抜かれて手痛いカウンターを貰う確率が高い」
オールドエレメンツは強いが使い方が間違ってんだよな。単体でやってる時点でアウトだ。俺的には1番バランスよくぶっ壊れてるのがオールドエレメンツだからね。マナ喰いお化けじゃなきゃ絶対に使ってた。
さてアサくん。理解できたと思うが、俺は敢えて今の戦闘でβから引き継いだ強力な武器を一切使わなかった。ほぼ全てを自前の体術とアビリティで解決しいてなお、俺はマナ回復をする必要がない状態だ。
悔しいかい?惨めかい?君の使ってたアビリティはまとめサイトじゃ絶賛されてるよね。聞けば多くの初心者が使ってるそうじゃないか。
対して俺が使ってるのは一般的に使い所が限られてるダメなアビリティって言われてるもんばかりだ。
アビリティだけ見れば下馬評はアサにオッズ1.1の俺に12くらいかな?
でもこれが結果。βとお前の間にはこれだけ差がある。そこで僅かにでも躊躇ってるやつなんざ勝てるわけがない。PvPをガチで仕上げてる連中は自分のアビリティだけじゃなく武器構成までキッチリ織り込んでくる。ここに術師兵装やオプションが加わるのがβ同士の殴り合いだ。
お前舐めすぎ。チャンスくださいじゃないの。PvPに待ったはないの。OK?雑魚が精神面でも使えなきゃお話しにならないの。
性格悪いだろう?ムカつくだろう?お前の方が先にやってるから強いに決まってるって言いたいよなぁ?
その通りだ。そしてゴネても事実は覆らない。長すぎたんだよβが。50日を一人でひっくり返すには才能を搭載した上で血反吐吐く勢いでやるしかないの。
PvPの本質は相手の嫌がることをとことんやる所にある。だからお前には向いてない。言動を見てるだけでも大層育ちが良く周囲の人にも恵まれたんだろうと見える。人の悪意ってものに鈍い。正直言って酷い。それでも経験である程度リカバリーできるかもと思ったから少し相手にしてたんだ。
でもダメだな。まるでダメ。鍛えても全然ダメだ。
だってもう腰が引けてるもん。
殴られたり蹴られたりするのが怖いんだろ。思考が逃げなんだ。これだけ言われてもまーだどうにかしようって気が見えない。
どうせあれだろ?お前は甘やかされて育ったんだろうなぁ。不自由なんかまるでしてないし、求めなくても与えられたんだ。泣けば誰か構ってくれたし相手してくれた。でもかまってちゃんでもない。周囲から自然と可愛がられるタイプだ。なんとなくみんなから守られるポジションにいて、後ろでニコニコしながら見てるんだ。そう言う星の元に生まれてる。だから誰かを蹴落とそうなんて思ったことないんだろ?常に安全圏にいる面白みのねぇいい子ちゃんによくあるパターンだ。
それとなく愛想笑いして、チヤホヤされて、なあなあでなんとなく歩いて、優柔不断でどっちつかずで、弱くて、それでいて周囲が自分の意を汲んでくれるから潜在的に自分の思う通りにいくとどこか楽観的な甘えた考えが透けて見えるプリンのように頭ん中が緩〜い人間がお前。それを育てた親もたいが
――――――ピリッときた。空気が変わったのを直感で感じる。クる。
リヴァイアサン・ホロウ瞬間同時起動。
身体中の血液が瞬間的に硬化し飛んできた弾丸を弾く。決め打ちで顔の前に翳した手が勢いで押される。
イイね、それを待ってた。
怒りをしたねぇ無垢な羊の目にようやく狼の獰猛さが宿った。
不意打ちで放たれた弾丸。確かな殺意があったがそれでも俺には届かない。
面白いだろう。アビリティは組み合わせと工夫次第でこうも化ける。
それを見るや否やアサは発光。ヘブンか。次はフラッシュではなく攻撃として光を使った。
そう、ヘブンの光はオールドエレメンツの魔法に近い。自由度が非常に高い。しかも今度はちゃんと回避体勢ができている。
そうなのよね、遠距離系の便利な奴って使ってる間ぼっ立ちするバカが多いのよね。もはや殴ってくださいと言わんばかりだ。
その上思考加速も噛ませたか?俺のフェイントに体が追いついてる。だがその調子でマナ管理は大丈夫かい?
ここで俺は敢えて距離を取った。身体に刺さる光の小矢が体を焼き焦がしていく。ここでは詰める方が一般的だ。アサもそう考えたのだろう。故に俺のバックステップには露骨に反応した。
思考加速してる相手に近づかなくとも、こうして距離を取るだけでマナを消費させられる。思考加速の札を切るタイミングがまだ分かってないな。
俺が手を上げる。アサはビクリと反応する。しかし手には何もない。指を合わせる。微かにそれが金色に発光しハッとする。でももう遅い。
パチリと指を鳴らせば同時にドンッとアサの背後が爆発しアサが吹っ飛ぶ。その吹っ飛んできたところをホロウで突っ込んで思いっきり抉るようなアッパーだ。
「おさらいその6。敵が何をしたかはできる限り覚えておくこと」
障壁貼らせるためにフェイクで使った追尾爆弾だ。
アサの後ろにずっと置いてあったよ。忘れてただろう?
そして思考加速中にまともに攻撃食らうと感覚がおかしくなるんだよな。わかるよ。特に背後からの一撃は視界が残像だらけになって訳わかんなくなる。
だからアッパーなんてふざけた攻撃がまともに入る。
また天井へ打ち上げられるアサ。さあここで先程は驚異的な意識の切り替えを見せてフラッシュからの転移を披露したが………………
あ、と間抜けな表情をしているアサ。だろうね、マナ足りないだろ。思考加速は瞬間的に使うもんだ。俺の接近攻撃を警戒しすぎたな。
軸足でターンしつつ落ちてきたところをムーン併用で回し蹴り!ジャストミート!銃で受け身を取ったのは褒めてやる。
さて足元にはアサの置いたアイテムが転がってる。パイプに看板、袋とさまざまなジャンクだ。そのうち一つを拾い上げ、慌てて立ち上がるアサに向けてホロラブ併用で投擲!
ビクッと目を瞑りながら障壁を張るアサ。だよね、マナ回復スピード的にお前は咄嗟にそれをやるよ。しかしアサの予測したようには障壁に何かがぶつかる様子がない。
アサは思わず目を開ける。マナギリギリで使った障壁が消え、緋色に光った俺を見ると同時にアサの横っ腹に血の槍が十数本と突き刺さる。痛そ。
「おさらいその7、目を瞑るなバカが」
種を明かせば超簡単。俺は何も投げてない。ただのポーズだ。アビリティのエフェクトはフェイクにもなる。本命はホロウによる血の位置調整。
俺は手をあえてリヴァイアサンで治してないので戦闘中血がばら撒かれ続けている。対象はそこら中にある。そして血は能力をずっと発動していなくても瞬時に遠隔操作ができる。
これがリヴァイアサンの血液操作の強いところ。緋色の光に気づいた時はもう準備完了してるんだ。その上瞬間的でいいのでマナ消費を抑えられる。
で、ここではそのまま槍を分解してこちらに向かわせる。傷口に入り込んだ血液が徐々に減っていたHPを回復させる。減った分の血液は自然消滅するまでに回収すれば回復する。これもリヴァイアサンの面白い能力。
それではここからはもっと面白いものをお見せしよう。
金色に手を光らせながら腰に刺したパイプなどのアイテムに触れる。さっき投げる真似した奴だ。
また自動追尾爆弾かと身構えるアサだがそうじゃない。これはあまり使ったことがないからアサも動画じゃ見たことないかもな。
ラブメイカーは触れたものを爆弾にするだけでなく、武器改造の能力も持ち合わせている。ただしこれは単なる武器改造ってわけでなく、どちらかといえばクラフト権限の拡張に近いのだろうか?
2つの廃材を組み合わせクラフトすればあら不思議。でっち上げ廃材アックスの出来上がりってね。
アックスを持って飛びかかる。すると今度は障壁を後ろに貼った。なるほど、散々引っ掛けられたからね、もう決め打ちしたのか。悪くない発想だなアサ。
両手で掴んだ銃で受け止めようってか?本当にできるか?
ホロウでぶっ飛び加速。一気に距離を詰めて振り下ろす。思考加速か?そう、その使い方で合ってる。すかさず銃を上に構えてアサは迎撃体勢だ。
しかし自分で自分の銃を傷つけるのもアホらしいので俺は斧を空中でビタどめし手を振り下ろす勢いそのまましゃがみ込みと、ガラ空きの胴に向けて更にホロウを重ねてジャンピングパンチだ。
ビタ留めのタネはホロウね。瞬間的に逆方向にベクトルを与えて手を離せばいい。そして人間てのは受け身を一度取る姿勢になるとそこから咄嗟に動けないんだなこれが。思考加速してるからこそ逆に斧が停止したことへの反応が遅れた形だ。
「で終わり」
ジャンピングパンチの勢いそのままホロウとムーンで指向性を捻って壁に叩きつけ、思考加速中のダメージでピヨってる間に空中に残しといた斧を腕に飛ばして切断し、片手になったアサからライフルをもぎ取り素早く顔面に突きつけてチェックだ。
「おさらいその8、一度した失敗を安易に正答でやり直そうとしても今度はそれが隙になる。自分の行動が誘導されていないか警戒するように」
最後に鼻っ面に回復薬をブッ刺してやるとピャッとアサは反応した。
正気を取り戻したその目には、もう憤怒の炎はなかった。
「おさらいその9、怒りは人の思考を単調にする。頭はクールに保つこと」
アサから離れれば、アサは崩れ落ちるように地面に座り込んだ。
うん、まあ確かにセンスはなくはないけど、やっぱりイイ子ちゃん過ぎるね。でも不意打ちの一発は良かったなぁ。アレを求めてたんだ。イイ感じに性格悪かった。終わったと思ったところから宣言無しの不意打ちね。
しかし、なるほどね、この子の逆鱗は家族か。
人の上にたちてぇって意思表明はしたにしちゃぁこの子はプライドを大きく傷つけられた経験とか無さそうだったしな。まるで気弱な羊が急に狼になりたい!て言ってる違和感がずっと拭えなかったんだが、原因は家族か?
いややめよう。踏み込まない踏み込まない。人様の家庭なんぞに首突っ込んでる余裕などない。
「気は済んだか?じゃあな」
もういいだろうと段々なんとなく嫌な予感がして立ち去ろうとした。
だが、懲りもせずアサは進行方向に転移した。しかし今までの縋るような弱々しい雰囲気がない。何も言わず俯いている。暗がりに立つその姿は妖怪のようにも見える。
「まだボコボコにされたいのか?」
威嚇するように唸ってみたが、アサはニコリと笑った。感情のねー仮面みたいな笑顔だ。なんだ?よほど家族が地雷だったか?
「ねぇ魔王さん、取引しませんか?」
「はぁ……?」
しかしアサの言動は不気味さを増すばかりだ。いや待て、その手の動き、まさか。最悪の予感に囚われていると、アサの手からホログラムが表示され、俺の声が流れ始めた。
「えへへへ、ごめんなさい。教えを受けるときに録画する癖が出来ちゃって。スナイプを失敗した直後から、何か言われると思ってずっと録画モードだったんです」
「いや、録画容量が」
「課金しました」
やめろ、聞きたくない。
「魔王探し、結構難航してるそうですね」
「声は聞いてもそれらしい“男”はいないって」
「せめて容姿でわかればマークできそうですが、愉快犯のなりすましも多く手がつけられないとか?何か決め手の映像があると確定するみたいなんですけど〜」
こ、この小僧、俺を脅してやがるのか?
しかし不味い。調子に乗ってコイツにぶつけた技術は見るやつが見れば確定クラスだ。言い逃れができん。こうなったら課金して容姿と声をもう一度変えるしかない。
いや、落ち着け、焦るな。クールになるんだ。
まだ焦る時じゃあない。
素数を数えて落ち着くんだ。
この小僧でここで怒りに任せてぶっ殺しても何も解決しない。
「ししょー言ったじゃないですか〜。好きに住んでいいって。生き残ってれば破門にしないって。ねー?ぼく役に立ちますよ〜?アイテム捨てるの勿体無いですよね?弾や回復薬のストックは?明かりは?そもそもボクがいるとそんなに不都合なんですか〜?」
そう、別に不都合はあんましない。明確なダメな点があれば全力で追い出すんだが……ビー達を隠すのがちょっと面倒なのと猛るイヤハを鎮めるのに俺がリアルで色々と骨を折ってるだけ…………いや十分ダメだな。やっぱり不都合だ。
「ハッキリ言おう。不都合です」
「それはどう言った面ですか?実はお仲間がいるとか?」
お゛まっ、いや、ブラフ、偶然か。
「そうじゃないが「でもたまにチラチラ一定の方向見てますよね?山の方を」」
な、ナニィーー!?
「不思議だと思ってたんです。ししょーが見ている山の方が明らかに拠点を構えるときには都合がいいはずなんです。βの時の情報でしかないですけど、明らかに坑道出入り口に拠点を置くのはセオリーからかけ離れている。妙にししょーらしくないな〜って。あとたまに取ってきた覚えのないものが増えてたりするし、フレンドになって拠点も解放してくれたのに頑なにチーム組んでくれないし、今思うと色々と不自然な点が多い気がします」
ヤバい。微天然チェリーボーイかと思いきや意外と物をよく見て考えてる。いや当然か。でなきゃ短期間で急成長するもんか。雰囲気で誤魔化されるけど観察力も洞察力もあるんだ。
「仲間がいるんですよね?βの時からの人ですよね?最後の一幕でプレイヤーたちを薙ぎ払い魔王逃走を手助けした謎の協力者達。よくある愉快犯と思われていましたが、組織班だったのなら色々と魔王伝説の変な点の説明がつくんですよ」
コヤツ、侮るべきではなかった。もっと早く退場させるべきだった。危険だ、危険すぎる。
「で、なにがいいたい」
「そんな身構えないでくださいよ〜。これからも仲良くしましょ〜?ししょーはししょーのままで居てくれればいいんです」
俺は、つついちゃいけない逆鱗を突いたのかもしれない。ついその才能が勿体無いと思ったから、無礼を承知でキレさせてみようと思ったら、変な方向に目を覚ましやがった。
ニコニコとしながらこちらに手を差し伸べるアサに対し、俺は返す言葉もなく項垂れるのであった。