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S13:倫理破壊



◎坑道 小部屋


 使えないと言われた。産廃とまで言われた。

 銃は鍛えた。足を引っ張らない程度にはなったかもしれない、どこかそう思っていた。手伝いもできたし、フォローだって自分の知識を活かせていたとも思う。けど、進めば進むほど、彼、いえ、彼女……どちらかわからないけれど、恐らく彼は、自分をどんどん置いて加速していく。


 見惚れるほどの変幻自在な動き。重力とか空間の鎖に、常識という籠に彼は囚われない。


 その最高潮が今しがた小部屋で見せた動きだった。

 まるで先程戦闘に目が追いつかなかった。思考が追いつかなかった。

 何を考え、どういう道理で動いたのか自分にはまるで理解が出来なかった。


 ただ、僅か10秒も経たずに彼は狭い部屋で不利な状況にも関わらずほぼ一方的に敵を殲滅した。


 彼との間に広がる約50日の差。それはわかっていたつもりだった。だったのに。

 50日後の自分がこのステージに立てている気がまるでしない。


 魔王。


 それは悪名高き戦乱の引金、諸悪の根源。

 しかしそれ以上に、強いのだ。圧倒的なまでに。


 彼が使っているアビリティはどれも使い勝手が悪いとされてるアビリティばかりだ。私が選んだ様なもっと単純に強くて使い勝手もいいアビリティがあるのに、敢えてそれを選ばない。

 戦闘中にも微かに発光があったからアビリティ自体は使ったはずだがその時間があまりに短く、まるでマナが削れてない。これだけのことやって彼はまだ自分の遥か先を見据えて動いているのだ。


 ただの悪人なら『悪魔』と呼ばれても良かったはずだ。

 しかし畏怖の念を込めて、彼には『王』の称号が送られ、それを当然の様に皆が受け入れた。


 それほどまでに、彼は人間離れしたステージに脚を踏み込んでいた。


 普通の戦争ゲー、撃ち合いゲーよりちゃんと戦争していると噂されたβ2テストのγサーバー組。

 広告も兼ねてβテストには名う手の配信者やゲーマーが混ざっていたと聞く。その中にはプロゲーマーも居たらしい。そういう魔窟でも頭抜けて荒れたγという戦場で、トップの座、玉座に腰掛け続け高笑いをする彼こそが『魔王』。

 姿形は大きく変われども、憧れた魔王の背中がそこにはあった。



◆坑道 


 クソッ、βより難易度が高い。そこまで奥に突っ込んだ気がないのに、この段階で要塞アラクネだと?

 こんな小部屋に3輪ベイブ×4に要塞アラクネってβの進行度に置きかえるとβの終盤レベルの進行度だぞ。こんな浅瀬で迎え撃ってくる編成じゃない。


 いや、俺らはプレイヤー同士で殴り合いすぎたせいで常に限界状態でダンジョンに挑んでいたせいもあるとは思うけど、それでもキツい敵だ。


 敵がゲコQじゃない時点でもっと警戒すべきだった。


「あ、あの、回復は」


 ああ、リバイアサンで治ってる。大丈夫だ。そっちこそ爆炎でやられなかったか?指示がギリギリになって悪かったな。


「いえ、こちらこそ……」

 

 アサくんがなんか静かだ。なんだ?

 スッと近寄ってワキをチョンと突くと「きゃっはぅ!?」と変な悲鳴をあげながらビクッとした後コケた。


「なんですか!?」


 いや、何ボーッとしてんの?早くアイテム漁って。余計なこと考えている余裕があるなら前線に立たせるけど。


「あっ、ごめなっ、うひゃっ」


 アサは慌てて立ち上がり棚にある箱を見ようとしたが、動揺が大きかったのかコケて俺の豊満な胸にダイブ。強烈な頭突きをぽよんとおっぱいクッションが受け止めた。むむ、これが巷に言うラッキースケベ。セクハラアラートが出ないと言う事はワザではない。この小僧なかなかやりおる。


「落ち着け」


「は、はぃ。あっ、ごめんなさい!」


 アサくんは顔を赤らめて慌てて飛び退いたが、なんとも初心な反応だ。別に気にしないけどね。人の身体だし。


 ふーむ、この胸のクッションは物理演算だとどういう判定になってるだろう?少なからず衝撃吸収性能があるのか?

 運営に聞いてみようかな?


 箱は木箱2つ、赤木箱2つに、銅木箱が1つ。

 うーんしょっぱい!苦労と見合ってない!ハズレだ!


 あ、でも防具入ってるな。

 おぉ、黒ガッパだぞ、やったぁ。


 ぶっちゃけるとこの世界に於いて防具はあんまし役に立たない。対人や気休めになるけど、実際撃ち合いをやり始めたら最低でも宇宙服クラスの極限環境態勢に防弾チョッキにパワードスーツの機動補正が付いてようやくまともに防具として機能する。

 理想系は鉄男よ。スタ★ク社のアレね。え、見てないの?お前あれよ、22世紀の頭くらいの映画な、暇ん時見とけよ。

 なんでって今の時代ね、人間様の捻り出せる創造性ってだいぶ限界に近づいてんの。思いついたことヒューマンアーカイブを漁れば過去にも似た様なことやってんだわ。

 てなるとね、もう堂々とオマージュとかリスペクトとか言い張ってやっちゃう訳よ。今のゲームで出てくるヤツとか地味にそういうのあるからね、元ネタに気付けるだけでも有利に戦えるって寸法よ。


 なんならこのゲーム自体もガッツリ自社の過去ヒット作から設定流用したらしいからね。そういうもんよ。ファンサって言えばなんでもOKな訳。


 俺はペチャクチャ喋りながらアサを圧倒しついでに黒ガッパを着せてみた。うん、可愛いな。エナメル質の黒皮で作られたカエルのフードのついたポンチョか雨ガッパみてーな上装備だが、華奢なアサが着るとギリギリ股下くらいでスカートになる。おまけに元々中性的だからカッパみたいな骨格が曖昧なもん羽織ると余計に性別が分からなくなる。


 いいね、可愛い。


「え、あ、ありがとうございます」


 照れた様子で頭をぺこりと下げるアサ。それを見て限界に達した俺は叫んだ。


 ロールプレイ!!


「はい!?」


 いやぁお前の前じゃね、こちとら猫被りはやめてるけどね、それでもギャルをやる気はあったよ?けどさぁ、アサは…………まあいいや。辞めたやめた!

 言い方変えよう。男が!可愛いと言われて!素直に受け取るな!!俺の中身を敢えていう義理はないけどさぁ!!それは違うじゃん!!


 ダメだ。アサにはまるで伝わってない。ポカンとしてやがる。なんだ?俺の早とちりか?まあそれならそれでいいや。


 俺はボリュームを絞ってアサに囁いた。


 部屋外右から銃声、聞こえるか?


「…………あっ、微かに」


 機械の駆動する音に混じって声が聞こえる。人だ。Gadと交戦している。銃声が多い。Gadだけの発砲音じゃない。Gadの駆動音が微かに聞こえる。人の声が坑道に響く。


 マナ切れを警戒してアビリティ主体ではなく銃器での戦闘。恐らくβだ。気取られたか?俺の熱弁が響いてこっちに寄ってきたかもしれない。いい機会だ。


「え?」


 君に仕事を与える。なぁに、ちょいと肩を叩かれたタイミングで狙った場所を撃つだけ、今までの練習からすれば緩いもんよ。


「えっと」


 覚悟あるから弟子入り志願したんだろ?

 まさか単純に強くなりたくてきたのか?じゃあ違うな。一つ教えておこう、オンラインゲームって言う人間のダメな部分が結集したみたいな娯楽の本質をな。


 22世紀のはじめな、スマホの流行と共にソシャゲが爆発的に人気を獲得した。まあ札束ゲーとは揶揄されてはいたがな、ガチャって言う射幸心を煽るシステムを組み込んで荒稼ぎした訳だ。その上小説家になろうってサイトじゃ異世界転生無双が大人気よ。

 わかるか?人間はな、誰でも主人公になりてぇのよ。しかも本音を言うと苦労せずにね、チャチャっとね、それもうスマホをぽちぽちする感覚でね、幸福を得たいのよ。

 でもあん時代の旧来のネトゲーってのはさ、結局時間の有り余ったニートの為のゲームだったの。だからソシャゲに負けた。


 けどソシャゲのガチャが賭博法に関わって緩やか〜に締め上げられていくと同時にVRというブレイクスルーが人間を筐体ゲームに引き戻して、VRにはログイン時間限界があったから、ニート最強ゲームじゃなくなって、ゲーム会社もそれに合わせたデザインをしたわけさ。


 だが本質は変わんねぇ。リアルとソックリだ。むしろリアルの縮図とも言える。


 日本ってのはもうそれは太古からPvPに消極的と言われちゃいるがな、島国の平和ボケした人種なんてそんなもんだ。

 仲良しこよしでおてて繋いで、譲り合って、小さな幸福をみんなで分け合うんだ。でもそうじゃない。実際は一握りの突き抜けた奴が利益を独占し、沢山の小さな敗北者を作って、さらにその下にどん底の敗北者を作って沢山の敗北者に仮初の安寧を与えているだけさ。

 それをぶち壊すのがPvPだ。これはシンプルに人の優劣が決まる。勝者と敗北者が別れ、小さなルーザーという妥協を許さない。

 いいか?オンゲにへばりついてるヤツは結局なろうが流行った時のムーブメントと一緒よ。主人公になりたいんだ。オフゲーの方がゲームとしての満足度は高いに決まってる。それでも、承認欲求に取り憑かれたクズどもが周囲を蹴落として自分の手に栄光を掴もうとしている。


 だから俺は宣戦布告したんだ。

 折角のサバイバルゲーだってのによ、何が仲良しこよしだ。アホか。オフゲーのモブになりたくてオンゲやるバカがいるかよ。戦えよ、争えよ、納得がいくまで殺し合うんじゃ。そこで最後まで立って奴が勝ちだよ。

 趣味に妥協を持ち込んだら終わりだ。人より少し時間をかけて、たまたま運良くメンバー集めた上位陣が常に上位独占するオンゲの何が楽しいのって話。わかる?いいかアサ、お前はWinnerになれ。ゲームの中ならどんな手を使おうが勝て。卑怯者と謗られるのならば叩き潰せ。文句があるならかかってこいってな。


 そうじゃないってならオンゲやめな。オンゲで他者との競争を否定した瞬間、お前はLoser一直線だ。単にゲーム上手くなりたいなら答えは教えた。クッソたけぇ教材ソフトを延々にやってらばいいんだ。才能が有れば多少はマシになるさ。それでオフゲで無双すりゃいい。だろ?


 でも違うんだよな。お前は単純に強くなりたい訳じゃない。人に勝ちたいんだ。自分はお前よりも上等な人間様だと刻みつけてやりたいんだ。その汚い欲望から決して目を逸らすな。

 さぁ構えろ。


 目標は23m先。箱から出たいらねぇアイテムを爆弾にして置いておいた。いい餌になるだろう。

 あれは俺が起爆させてキルすればキルログに俺の名が残るが、お前が爆発させれば相手のキルログには自爆としか表示されない。キルログに表示されるのは直接的な攻撃者だけで、それが2人以上の場合も表示されない。


 お前は目がいい。馬鹿どもがノコノコ歩いてきたところの足元を撃つだけで終わりだ。できるよな?


 アサにライフルを押し付け明かりを消させる。

 まだ思考が状況に追いついてないアサを強引にしゃがませ、射撃の体勢を取らせる。


 銃は構えさせてやる。照準もつけてやろう。弾を弾倉に入れて遊底を引き安全装置も外してやろう。


 某吸血鬼の旦那ね。多分リバイアサンの元ネタはそれじゃねぇかと俺は睨んでる。


 さあ用意はしたぞ。だが引金を引くのはお前だ。お前の殺意だ。お前の人より上に立ってやりという平穏に唾を吐くような薄汚い感情が奴らを殺す。

 殺れ。迷うな。ここで決別しろ、今までの自分と。妥協っていうぬるま湯は安寧は産むが爆発的な高揚は与えてくれない。

 これは試練であり決意表明だ。そう、構えろ、来るぞ。奴らは来るぞ。


 俺はしゃがんで銃を構えるアサの影に隠れて耳元で囁き続ける。

 プレイヤーキルの瞬間ってのはなんとも言えない。特にオンゲー、VRではなおさら。できないヤツは延々にできないが、人の倫理観ってのは案外タガがちゃんと外せるように設計されていて、人間の忌避感の大半は思い込みに近い。


 アサの目が徐々に据わっていく。そうそれでいい。今それでいい。いつでもキリングマシンでいる必要はない。オンとオフの切り替えだ。俺にみたいにスイッチが逝かれる環境に身を置けなんて言わないし、俺の場合はちょっと特殊な家庭環境によるところが大きいので再現性がない。


 明かりが漏れる。案の定ライトのアビリティ持ちがいるか。ヘッドライトは限定的だからな。敵影は3。負傷は多少程度。瀕死には遠い。


 それでもGadとぶつかった後で気が抜けている。


「おーい、誰かいないなぁ?」


「おっかしいなぁ、可愛い感じの女が叫んでる気がしたんだけど」


「そこに助太刀、ヒーロー参上ってか〜?」


 なんて頭の悪そうなチャラい集団だ。美形だがどことなく妥協の見えるキャラクリ。リアルからちょっといじった程度ですよ感を出してるあたりがセコい。殺していいぞ。ああいうのは殺していい。ゴミ掃除は地球のためだ。


 …………おい、撃てよ。タイミングがズレるだろ。


 見ればアサの肩はガチガチになっていた。この数日の訓練成果をデリートしてきたみたいな感じだ。んだよこの野郎。指まで針金が通ったみたいに固まってやがる。

 肩を勢い叩くとアサはビックリしたように慌てて引金を引く。あらぬ方向へ行った弾は当然外れる。


「お?」

「なんだ?」

「敵か!?」


 俺はすかさずかけていた保険を発動する。ホロウで彼等の足元付近に仕掛けた石材爆弾を操作。足元をすり抜けるようにして彼らの後方へ動かせば彼らは人間のサガとしてそれを目で追って身構えてしまう。


「撃て」


 すかさずアサの耳元で怒りを込めて囁けば、アサはもはや言われるがままに引金を弾いた。ここ数日、言われたことを従順にこなす様に調教した成果だ。


 放たれた弾丸は残された石材爆弾にヒットし炸裂。

 一気に誘爆し坑道を火柱が駆け抜ける。爆弾というのは閉所であるほどそのポテンシャルを発揮する。例え強力な防御効果を持つスペギアでも一直線の行動では逃げ場所がない。


 それでも流石はβ。タンク役だったと思われるプレイヤーは耐えていた。


 いいね。そうこなくっちゃ。


「最後のチャンスだ」


 俺はアサに囁いた。距離にして25m。狙うはヘッドショット。爆発のダメージから奴が復帰するまであと1.75秒。

 俺の囁きから一拍置いてドンッと発砲音が響く。ハズレだ。頭から外れ首の右下を穿つ。β野郎がこっちに気づいた。アビリティはアダマスとライトとリバイアサンか?ライトの白に混じったあの黒灰のエフェクトはアダマス確定だな、俺はすかさず銃を取り出すと発砲し奴が構えようとした武器を弾いた。

 

 ライトの思考加速もできねぇのか。完全にタンクだな。


 ドンッドンッと続けて下から銃声。首、右側頭部にヒット。しかしアダマスの硬化は簡単には抜けない。リヴァイアサンの高速回復込みなら尚更だ。アサの動揺を感じるが構ってる暇がない。


「頭を狙い続けろ」


 俺は銃を構えたまま親指の付け根を噛んだ。ゴムパッチンしたぐらいの痛みがピリッと襲う。

 続けて連続して4発。緋色のエフェクトを纏った弾丸がβ野郎の肘と肩関節に突き刺さり、野郎はギョッとした。

 リヴァイアサンにはリヴァイアサンを。高速回復メタだ。奴はもうまともに腕で武器を構えられない。


 続けてドンッと発砲音がし、遂に顔面ど真ん中をアサの銃弾が捉えた。下から伝わる動揺が激しい。葛藤がある。今のはマグレか。


 気にせず腰、膝、首、足と次々と人体のポイントとなる部分を射抜く。さあどうする?マナが足りねぇだろ?

 奴はもうまともに立ってられない。


「や゛、や゛め!お゛れ゛だぢは、な゛がッ」


 と思ったら余計なことを言いそうなので口を射抜いた。降伏宣言にはちと遅い。するならファーストコンタクトでやるべきだ。ワンチャン勝てるかもなんて考えがダメだ。βだけどγ組じゃねぇなアレは。


 俺は最初に後方に移動させた石材を引き戻し、身動きが取れない奴の前にセットした。


「殺せ」


 しかしアサがトドメを刺すより先に、ビビッちまったのかβ野郎はパタリと倒れた。頭上に表示されるドクロマーク。自害しやがったか。


 産廃三等の育成成果発表は、あまり芳しくない結果で幕を閉じた。


 


 

 




 

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― 新着の感想 ―
[一言] なるほど、これが洗脳教育ですか。え?こわ
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