S10:射撃練習
ブサオが非常に不満げな顔でこちらを見つめている。
俺がナチュラルに忘れていたことを恨んでいるらしい。
ただでさえシショーシショー!と鳴くペットが増えたのに、BuBuうるさいし、面倒なのでブサオを入れたリュックをシショー!と鳴く新しいペットに背負わせておいた。
「これ新種ですか師匠?可愛いですね!」
俺にはアサの感性がわからない。かわいいか?
『Bu!』
新入りの前で猫をかぶっているのだろうか?なんて奴だ。
あ、そうだ。はいこれ。
「え?」
結局ダストも術式兵装も受け取らなかったし、これだけ返しておくわ。
「あ、精霊の剣………」
アーティファクトな。なくすなよ。どうせ始めたてで武器が岩しかないんだろ?武器ぐらいないとマナ切れで詰むぞ。あと銃は?使える?他のゲームで銃を使った経験は?
「な、ないです」
マジかよ。まあいいや。背中撃ちしたら問答無用で叩きだすからな。それだけ心得て使うように。
「は、はひ。気をつけます」
脅すだけ脅して一応サブマシンガンも渡しておく。このフィールドで銃もないのは流石に自殺志願者でしかない。ソロじゃない戦闘で怖いのはフレンドリーファイアなんだよな。何が怖いってワザとかガチのミスか分からないんだ。
とまぁ、警戒はさせてみたが、アサは逃げ足だけは既に一品級だった。敵が接近すると俺の邪魔にならない位置にすぐに移動するだけのセンスがある。もしかすると、最初にコイツを捕獲したヘルメスルニスって結構凄かったんじゃないか?
と思ってどういう状況で捕まったか改めて聞くと、思わず眼頭を抑えたくなる情報が。
「あ、えっと、魔王捜索スレを見てて、別のスレで本人が書き込んだって噂を聞いて急いで見に行こうとしたら油断しちゃって………えへへへ」
ちょっと心当たりがあるのが嫌だ。
まあ普通にしてる限りこの子の回避センスはなかなかのものだ。攻撃は苦手らしいが、これだけ回避というか距離取りのセンスがあれば相当のノーコンでない限り鍛えれば強くなるだろう。
そんなこんなでアビリティを使わずに普通に移動すること20分、ようやく拠点に戻ってきた。
本当はもう少し探索する予定だったのだが、アサを連れ歩いて動くには用意が足りない。とりあえずアサを連れてきて、家に招き入れると『ベースフラッグ』という建築に於ける心臓に触れさせて建築の共有権を渡しておく。あとリスポン更新のための寝袋もな。
『ベースフラッグ』は建築の心臓部だ。これを設置すると、初期状態で半径16mを拠点予定地として制圧でき、許可されてない者は勝手に建築ができなくなる。ある意味俺の心臓部をアサに開け渡す行為と同じなのだが、アサはもうアーティファクト使いとして育てることに決めたので構わない。この子はぶさお係兼第二拠点の番犬にしよう。
「やった!ほんとにいいんですか!?」
いちいち聞かなくていいから早く登録しなさい。
「はい!」
さて、インベントリを整理しよう。服も初期装備だし適当な装備作るか。男ならなんでもいいだろ。
ヘルメスルニスのエリートに、ダンクルアングラコンダのキング(湖で襲ってきたヤツ)から採った素材もおいしいな。他にも探索中に取ったアイテムがあるからクラフトはできそうだ。
あー、でも衣装は中級加工台以上か。じゃあ金属がいるな。
金属がいるってことはツルハシに窯に………必要な物が多い。
「う?なんですか?」
アサをおつかいにいかせようかと思ったけど、なんか不安だ。この子は鉄を取らせに行ったら紆余曲折あって別の物を持ってきそうな予感がする。というかさっさとアサ自身で戦えるようにしよう。
「いや、やることが多いなって。ほら行くぞ。とりあえず鉄を取りに行くけど、一度アサの戦い方を見せてくれ」
「………もしこれで不合格だと、絶縁、ですか?」
「それは戦い方を見て考える」
「ひえぇ………」
顔を青ざめて俯くアサ。なんだ?どうした?
「もしかして戦ったことないのか?」
「は、はぃ」
「他のゲームは?」
「こういうゲームは、初めてで………あ、アトラクション系は経験あるんですけど………」
「まじぃ?」
今日日小学生でもVRで遊んでるのに?こりゃすごいや。初めてのまともなアクションがヒトデって。この子センスおかしいよ。でもそれってつまりあの転移は据え置きの才能ってことになるぞ。
「銃とか使うゲームは?」
「名前どわすれしちゃったんですけど、インクを水鉄砲とかで飛ばして陣地を広げ合う感じのゲームは少し………」
「ああ、あれね」
年齢制限のないゲームだから小学生とかが多いゲームと聞いているが触ったことはない。ないけど、割と楽しいそうだ。身内の1人がすごいハマってた。でもそれは銃じゃないな。
「とりま撃ってみ。的用意するから」
「わ、わかりました」
とりあえず木を適当に切って的付きカカシをクラフト。拠点から少し離れた場所に刺してみる。
手始めに15m。VRん中はモーション補正がある。それに乗っておけばこの距離は相当センスがない以外じゃ外さない。
はい構えて。
「は、はい!」
待て待て肩ガチガチやんけぇ!肩パットでも入れてるんかってぐらい肩に力入ってるから。はい下げて。まず深呼吸。手もそんな力をいれんでよろしい。脇は逆にガバガバ!締めろ!
手でぐいと押したり脇をつついたりすると「うひゃぁ!」と情けない声を出すものの姿勢は整っていく。
「あの〜ししょ~?言っていただければ修正しますので………」
はいはい失礼しましたね。あまりにひどかったのでついね。健全な青少年にとっちゃ見た目APP18なギャルに触られるのは慣れない様で顔が仄かに赤い。初心な奴だ。
「ご、ごめんなさい」
いや、初心者なんてそんなもんだ
背筋も少し硬いな。ちょと前傾になって。頬つけ、肩付け、どっちの方がしっくりくる?
「肩の方、だと思います」
じゃあ最初はそっちな。はい手首がかたーい!添えるほうはそんなガチガチにならないの。
はい笑って!表情筋までガッチガチだよ。
「い、いひゃいれふひひょー」
頬を引っ張てもAPPがさほど下がらない。なかなかよくできたアバターだな。
腰、膝!ここはクッションなんだからピンとしない!曲げろ!モーション補正に逆らうな!
「ひぃん!」
いちいち女々しく喚くな!
「はひ!こ、これでいいですか?」
うーん、ベストとは言えないけどまあ良し。
「でも師匠ってもっとこう、構えなんてせずにバンバン撃って「アホちん!」うひぃぃ」
すっとぼけたことを言い始めたアサの頭をベシッと叩く。
基礎ができてねぇでなにをやろうってんだ!卵の割り方も知らん小僧がパティシエコンテストにでれるわけないだろ!!まずは頭のど真ん中に10発連続で入れてみてからそういうこと言うんだよ!
「は、は~い」
何年も何年も色んな銃を触って、モーション補正を知り尽くしてるからああいうことができるんだ。あんなの単なる曲芸に近いんだよ。見た目が派手なだけでキッチリ狙いをつけるなら正しい姿勢で撃った方がいい。その余裕がないから曲芸じみた射撃が求められるだけだ。
アサが引き金に指を乗せる。明らかに指が強張ってるがもう何も言うまい。とりあえず撃たせよう。一度に全てを言ってもダメだ。
目線は的にある。呼吸が浅い。緊張している。
―――――――――呼吸が止まった。
パァン!うっ。
パァン!うっ。
パァン!うっ。
「ちょっと待て」
「は、はい」
一々撃つたびに呻くな。銃床が胸に寄りすぎなんよ。衝撃が胸に抜けるからオットセイみたいな変な鳴き声がでるんだ。
ひょっとしなくても、アサは天然かもしれない。
漫才やってるならいいボケなんだけど多分素でこれなんだよな。
まぁ………ど真ん中じゃないがちゃんと頭には当ててるんだけどね。射撃センスは間違いなくある。根が素直っぽいからモーション補正との相性も悪くない。転移があれだけの制度でできるってことはそれ相応の空間認識能力があるのだろう。
一度頬つけに変えてみ。たぶん照準をより目線に合わせようとするせいで銃床が胸に寄ってるのだろう。照準を合わせたいなら頬つけの方がいい。
「はい」
パァン!うごっ!?
「スタォーープ!」
そもそも衝撃を逃がすのが下手すぎんか?顎を殴られたみたいになっとるやんけ。うごっ、ってなんだうごって。体全体で衝撃を殺すんだよ。
俺はパッとアサから銃を取ると構えて3連射。全弾ヘッドど真ん中だ。モーション補正に頼るまでもない。
「あ、逆から見てもいいですか?」
ん?ああ、そうね。俺は構えを左右逆にして同じように撃って見せた。まあこの距離は外さん。全弾ど真ん中命中だ。
「ひえ~………りょ、両利きなんですか?」
このゲームで両腕が常に動くなんて考えてたら戦えないぞ。片手だろうがなんだろうが当てなきゃいけない時に当てなきゃ意味がない。
まぁ、俺の場合は両利きになるように強制されただけだから普通とは言えないんだけどな。
「とりま利き手であてろ。変な声を上げずにな」
「はい!えっと、このまま練習ですか?」
それでもいいんだけど、ガチで射撃の腕を上げたいなら一度別の奴やった方がいいけどな。あんまり知られてないFPS系の射撃教材みたいな物があるんだけど、まぁそれのチュートリアルモードは結構丁寧で使える。テストモードは難しすぎて不評だけどな。あれガチの特殊部隊員養成キットみたいなもんだし。あのテストモードの第一レベルクリアできたらまあ少しは使えるレベルかな。
「そ、そのソフトって名前なんですか?」
いや、アレ結構高いよ?1万とか2万とかそういうレベルの高さじゃない。かなりガチの奴だし。んじゃ一応教えっとけど………………
「―――――――――なるほど。わかりました。そ、それで暫くソレで練習してきていいですか?このゲームで射撃練習をやると、弾を消費するのが心苦しくて………」
君、人が良すぎて損する性格してるな。つくづくあこがれの対象を間違えてないだろうかと思う。
「別に俺は止めないけどね」
「で、では、暫くお暇させていただきます!」
そういうとアサは地下に潜ってログアウトした。
騒がしい奴だと思ったが、ログアウトするとそれはそれで少しさびしさを感じたのは、気のせいだろうか。