S9:疑心暗鬼
「わぁ、やっぱり本物だったんですね!」
しまった仕留めそこねた。死ねぇい!
今度こそ仕留める。バレてるのなら遠慮はいらない。ナイフから3輪丸鋸大鉈にチェンジ。確実に仕留めようとしたら「ぴゃっ!?」と悲鳴を上げて青い光と共にアサが消えた。
【SpaceGear】だと!?
スペースギアの能力は空間支配と転移。空間に透明の壁を置いたり、指定場所で短距離の転移ができる。
しかし転移も万能じゃない。事前に指定しない限りそう簡単にできるもんじゃない。リアルタイムで即座に転移できるのだとしたら化物クラスの空間認識能力だ。
まあ、16種のアビリティでもかなりぶっ壊れの利便性を持っているのだが、問題はマナ。一般的なゲームで言うところのMP消費が激しいのだが、うまいヤツが使うと本当に厄介だ。
どこだ!?
「うわっ!?」
上の木か!?決め打ちか!?
即座にライフルに武器を切り替えるがヒンヒン悲鳴を上げながら再びパッとアサは転移した。
転移は万能じゃない。転移先に青い光が表示されるので、それさえ事前に見つけておけば逆に転移した瞬間に狩ることができる。だが2連チャンとなるとコイツリアルタイムで転移先を決めてるってことになるんだが。
「違うんです!ほんとに敵とかじゃないんです!これほんとにあげますからぁ!」
声の聞こえる方向にチャッとライフルを向けると、青い光と共にアサの姿が消え、なんか勇者が最終決戦の時に持ってそうな金と青の長剣が残されていた。アーティファクトだっ!
すぐさまは俺はそれに飛びつきインベントリに入れた。
間違いなくアーティファクトだ。罠でもない。
「だ、だめですか?」
そこか!!
今度は振り向かずに脇の間から背後の方向に向けて撃った。どうも1秒未満に奴は転移ができるらしいので、ならばできる限り初動を殺してやるしかない。完全な不意打ちのショットだったが、バキンッという音とキャッ!という悲鳴が背後から聞こえた。
まだ生きてるだと?マナ切れで空間障壁に切り替えてたのか。なんて豪運なんだコイツ。
振り返ると半泣きで座り込んでるアサがいた。
「わ、わた、あっ、ボク、なんか、気に障る事しましたか?ご、ごめんなさい、もう撃たないでっ!」
知るか。死ねぇい。
カチンカチンと引き金を引く音だけがする。アレ?弾切れ?そんな初歩的なミスをしたのか?数え間違いか?
「いや、あぁあ」
完全な反撃チャンスだったのだが、アサは遂に泣きながら蹲った。ガチ泣きである。
演技とかじゃなくて、本当に初心者だったのか。てっきりあの転移精度はβ上がりの誰かが化けてたんだと思ったんだが………。この泣き方が嘘だというのならアカデミー賞ものだ。これなら俺も騙されたって納得する。
交渉する上で躊躇いは隙を生む。殺すと決めたら絶対に殺す。とある人の教え通り、そのルールで動いていたのだが、もはやこいつは天が生かせと言っているレベルで生き延びてやがる。初めてだぞこんなにしくじったの。
流石に俺もこの状態の子にトドメを刺すほど人間性を捨ててはいない。
◆湖
「で?なにがしたいんですか?」
俺は頭をバリバリ搔きながら胡坐をかいて地面に座った。ギャルロールプレイとかバレてる相手にやってられっかよ。
「あ、あの、パンツ………」
あぁ、そうだった。今の服ビーに押し付けられたブレザーだったわ。スカートだから胡坐欠けばおっぴろげするわけね。
まだグスグス泣いているが、顔を赤くしてアサは顔を背けていた。
「まあただのゲームですから、気にしないでください。で、ご用件は?」
「え、あの、えっと………」
脅しか?強請か?βの知識があるってことは今の状況で俺が攻め入られるとヤバいってことはなんとなくわかってるはずだ。俺がアサの立場なら骨の髄までしゃぶりつくすね。
まぁアーティファクトはこっちが持ってるし、最悪逃げればなんとかなるか?
「さっさとしてください。こっちもゲームやりたいんで。何が欲しいんですか?ダストですか?」
俺は適当に5000ダストと適当な術式兵装を放り投げた。正直今の俺にとっても安いモンじゃないが、走り出しの初心者がこれだけあれば相当だ。うまくやればβの連中に追いつけるレベルの資産である。
「これで手打ちでいいですか?すみません人違いして攻撃しちゃって。じゃあおかえり下さい」
まあこっから安置付近まで帰るのも相当キツイだろうけどな。どうせ途中で死ぬ。
それでは強く生きてください、さよなら。
それだけ言ってそのまま俺が立ち去ろうとすると、待って!という声と共にヒュンと俺の進行方向にアサが転移してきた。本当にすごいな精度が。青い光が表示されてから転移するまでのラグがほぼない。
何者だ?他のゲームで似た仕様の奴をやり慣れてるのか?
「ボクを弟子にしてほしいんです!」
「はぁ?結構です」
「お願いします!」
アレ冗談じゃなくてマジで言ってたのか。てっきりこっちの不意を突くための嘘かと。γ鯖だとこれぐらいの演技や嘘など日常的すぎて感覚がマヒしていた。師弟殺しがしょっちゅうありすぎて過剰警戒しすぎてたのか?
「ざ、雑用でもなんでもやります!ソロよりも絶対にお役に立てると思います!」
あ~、なるほどね。この子俺がソロだと思ってるのか。まぁビーたちの存在はβの時も結局最後までバレなかったしな。いや、一部は知ってたけど、一般的には俺の単独犯と思われているはずだ。そうなるようにこちらも誘導している。協力者がいること自体は噂されていたが、特定はされていなかった。
ネットから情報をひろうしかなかったアサからすると、俺は単独犯に見えていたのだろう。
「いや、結構ですのでお帰り下さい」
まあ悪いけど、こっちは身内で遊んでるからね。俺の一存で部外者入れても怒られはしないとは思うけど説明面倒だし。それを説明する義理もない。
「う、うぅぅぅ………」
ほらかえってかえって。リア友誘って頑張りな。ね?
………マジ泣きはやめてくれよ。このゲームログインできてる時点で15歳以上だろ?なくなって。なんなん?なにがしたいん?
「そもそも魔王じゃないしね。人違いです」
「え?」
「魔王は私の弟子です。私は彼に戦い方を教えましたが、彼は私の教えを悪用して人様に多くの迷惑をかけました。なので私は二度と弟子をとらないと決めました。本当はあまり言いたくなかったのですが、しつこいので。以上です。お帰りください」
当然嘘である。しかしかなり最もらしい嘘だと思う。明らかにアサも怯んだ。
「でもでも、3輪丸鋸をつけた大鉈に、ショットガンとフルカスタムライフル、全部一緒なのに……」
しかしアサは俺の予想の更に斜め上を行く。怖い。こいつ俺の使用武器をしっかり把握している。そこまで言及している書き込みはスレになかったはずだ。恐らく何度も動画を見て特定したのだろう。
「ふぁ、ファンなんです。ボクも、あの人みたいに強くなりたいんです」
「そうですか。では努力してください。それ以外に強くなる方法はありません」
「あぅ」
ダメだ。こいつは人を疑うような事を知らない様な綺麗な目をしてるからよくわかる。なぜかわからないがアサは俺の正体を確信しているようだ。気弱ですぐに折れるかと思ったのにまだ折れない。意外と頑固だ。
いいか?強くなりたいなら努力するしかないのはガチだ。それ以上はセンスの世界になってくるから結局才能だ。いくら足掻いても才能は絶望的なまでに努力の上にあるものだ。努力が報われるのは少年漫画だけだ。リアルは才能が支配している。
「うー、うぅー-」
唸っても泣いてもダメ。
「じゃ、じゃあここに住みます」
「はぁ?」
「水もあるし、資源も豊富なバイオームです。敵は強いかもしれないですけど、ここで、その、頑張ってみたんです」
殺すか。いい加減めんどくさい。
いや、わかるよ。弟子をとらない事に納得するかわりに、此処に住むのは勝手でしょ?ってことだ。確かにそれは自由だ。このゲームはどこに拠点を建てたってかまわない。その代わり、人の家の近くに家を建てようとして暗殺されてもいいのだ。それがヒトデっていうゲームだ。
ゲーム、なんだが。
「あの、じゃあ、せめてフレンドとかに………」
[『AsA』様からフレンド申請が来ました。受諾しますか?]
意外な押しの強さだ。まだ諦めてないぞ。しかも本当にアサって名前だったのか。
こう、なんだろう。人懐っこい子犬に全力で擦り寄られているような気分になる。なんだ?俺はγ鯖で毒されすぎたのか?わからない。人の心が分からない。でも俺のゴーストが囁いている。この子は磨けば光る。下手すると断罪者くんを超える。イヤハに届くレベルかもしれない。もったいないお化けが誘惑する。鍛えれば強くなるぞ、此処で捨てていいのか?有能な手ごまを捨てるのか?
俺はあの人みたいに敵を話術で味方に引きずり込めるほどおかしな話術はしてない。そういう才能はあまり引き継げなかった。口下手なのはわかってるが、此処で突き放すと最悪第二の断罪者くん誕生か?それは流石に鬱陶しいな。
じゃあこれが最後のチャンスだ。
俺は予備動作ほぼ0で居合抜きをするようにインベントリから3輪丸鋸大鉈を取り出し勢いよく薙いだ。直撃すればスタン以上は確定で入る強烈な一撃。しかしそれでもなお
「お、おねがいしましゅっ」
転移で避けたうえで土下座で頼み込んできた。本物だ。この子の転移技術は普通じゃない。勝気の薄そうな性格に対し強烈な才能。磨けば確実に光る。これは大きなダイヤモンドの原石だ。
「なんで強くなりたい」
「え?」
「どうしてそんなに弟子入りしたがったんですか?奴は全サーバーの嫌われ者ですよ?」
だから気になった。この人事畜無害そうな子が、何をもって魔王に憧れたのか。だから嘘だと思ったんだ。もっとマシな嘘を吐けと思っていたが、この子は最初から本当の事しか言っていなかったのかもしれない。
人間というのは鏡合わせだという。自分が嘘を吐くから相手も嘘を吐くと思う。浮気する奴ほど、伴侶に浮気してないか疑うのと同じだ。自分が浮気をするからこそ、相手もそうだと考えるのだ。
しかしこの子は悪意というものが限りなくないから、なにか俺とは違う物が見えているのかもしれない。
「だ、だって、楽しそうだったから。誰を敵に回しても、ずっと上向いてて、それが凄くカッコよくて、そんな人になりたかったんです。そんな人の視点が知りたくて、強くなりたかったんです」
なにそれ。ただの害悪プレイヤーだよ?人にマウント取るのが楽しいだけだ。そんな上等なもんじゃない。才能を振りかざして暴れてる性悪だよ。精神年齢が小学生からさほど成長してないの。わかってんの?
「う、うぅぅぅ」
なんだ。わかってんのか。反論しないってことは妄信してるわけでもないのね。でも近づきたいと。
はいはい負けました。もう勝手にしな。
[『AsA』様のフレンド申請を受諾しました]
「えっ、わ、わぁ!あっ、名前!本物だ!やっぱり本物だ!」
あーもう知らん知らん。うるさい奴だ。
なに、どうすんの?
「え?」
いくら転移を使いこなせても、一人でこんなところで生き抜けるわけないだろ。武器だって持ってないだろうし。
「付いていっていいんですか!?」
勝手にしたら、もう。
「師匠って呼んでいいですか!?」
少し口閉じてなさい。喧しい子だね。喧しいヤツは置いていくだけだ。
「ししょー!待ってくださいよー!あっ、この子師匠の子じゃないんですか?このブサ可愛い感じの子!」
そんなこんなで、ブサオに続き第二の居候ができた。
うん、ナチュラルにブサオ忘れてたわ。