逃亡結果
例えば。
放った矢は戻ってくることはない。
取っ手の無い箱は押したら引っ張ることはできない。
それと同じで、逃げてしまった自分には、帰る場所はないのだ。
俺は何をしているんだろう?
俺の心は虚しいまま、歩を進める。
終わらない旅。空虚な旅。
終わらせよう。この旅を。
そうして俺は、焚火を消して立ち上がる。
また、歩き出していた。
灯火が、消える音がした。
これまでずっと旅に生きてきた。
もっとも、やったきたことは、あてもなく歩を進めるだけ。
それでも、そうやってここまできた。
なぜ俺は歩いているのだ?
なぜ俺は旅をしているんだ?
目的や理由がなければ何事も空虚だ。
だから、今は、それを探して歩いている。
それが見つかったとき、俺はどうなるのだろう?
目的と手段の逆転に気づきながら、自分にできることは歩くことだけだった。
いや、違う。
「なぜ俺は歩いているんだ?」
「なぜ俺は旅をしているんだ?」
そんな自問、答えはわかっている。
逃げているからだ。
逃げてきたからだ。
だから、俺が本当に自問したいのは。
「俺に行くアテはあるのか?」
たまに思い出す。
旅をはじめたときのこと。
置き去りにしてきた多くの事。
家族や友人は皆、俺に仲良くしてくれた。
でも、俺は、その関係性を。
鬱陶しく、重く感じてしまった。
何も、返せるようなものを持ち合わせてなかったから。
だから逃げ出した。
このことを後悔しているわけではない。
このことを後悔するわけにはいかない。
時折、こうやって原点に立ち返る必要がある。
思い出す度に、人が恋しくなる。
時折、そうやって原点に立ち返る必要がある。
どんな顔をして戻れば良いのか、わからないことを再確認するために。
時折、こうやって原点に立ち返る必要がある。
でないと、歩けなくなってしまうから。
そんな空っぽの道中に、一束の金髪がなびいた。
その女は訳知り顔で言う。
「“この世界”に限らないけど、“世界”には基本的に必要最低限のことしか起きないわ。つまり“この世界”はとてつもなくスッカラカンってことね。アナタみたいに」
俺は図星を突かれて思わず訊き返す。
「なぜ俺は歩いているんだ?」
「俺に行くアテはあるのか?」
その女は首にひっかけられたヘッドホンを弄びながら答える。
「んーとね……とりあえず言えるのは、アナタの旅が終わるときは、答えが見つかったときね」
どこか外した答えだったが、それでもその返答に俺は頭を殴られた。
「この旅が、終わる?」
考えたこともなかった。
自分には帰る場所はない。
しかしそこ以外に旅の終着点たる場所がないこともわかっている。
その女はスカートを閃かせながら立ち上がって言う。
「別にそんなことはないわよ?まぁ、それがアナタの思い描くものとは限らないけど」
焚火から女は離れて行った。
俺は言われてはじめて気付いたのだ。
「そうか、この旅は終わらせることができるんだ」
このことに気付いたら、自ずと決心していた。
終わらせよう。この旅を。
そうして俺は、焚火を消して立ち上がる。
また、歩き出していた。
灯火が、消える音がした。
俺の命火が、消える音がした。
「う……どこだ、ここは……」
扉だらけの、真っ白な空間。
いや、もうわかっている。
自分がどうなったか。
「旅を終わらせる」なんて選択肢、ハナから俺には与えられていなかったのだ。
でも、そうであるならば。
ここに俺が求める答えがあるはずだ。
『アナタの旅が終わるときは、答えが見つかったとき』
そう、言われたから。
「アタシは嘘は言ってないわ。……にしても、ホントにスッカラカンね。名は体を表すって言うけど、【虚の逃亡者】……まさしくその通り、って感じね。まぁ、そうなるようになってんだから当たり前だけど」
アタシはこの“扉”を閉じて“本棚”に戻した。
Title:逃亡結果
Theme:ぬくもりにおびえて
Type1:モノローグ
Type2:---