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誕生日プレゼントは可愛いあなたのハートでした

作者: 大森 樹

 アラームが鳴る前に、ピコピコと『誕生日おめでとう』の沢山の通知音が聞こえ目が覚めた。しかしその中には俺の意中の人のメッセージはない。ないことは見るまでもなくわかるのが哀しい。


 ……一応連絡先は知ってるのにな。


 社会人一年目の望月 涼太(もちづき りょうた)は今日で二十三歳になった。俺はいたって普通のサラリーマン。それなりの四年生大学を出て、成績は良くもなければ悪くもない。バスケをしていたので、少しだけ背が高めで筋肉質な程度だ。


 大学生時代にはお前には勿体ないと周りから言われた美人な彼女がいたが、卒業をきっかけに別れた。二年も付き合って別れたのに、なんとなく寂しい程度で哀しくなかった自分が少し薄情に思えた。


 仕事を始めてから毎日忙しくなり、大学の友達とはだんだん疎遠になってきた。しかし、誕生日を忘れずにメッセージを送ってくれる友人がいるのはありがたい。電車通勤中に簡単にお礼を送り返し、スマートフォンをスーツのポケットに押し込んだ。


 俺は入社してからずっと、三歳年上の教育係である佐久間 鈴(さくま すず)さんに惚れている。今が十二月なので、九ヶ月の片想いだ。元カノには悪いが、俺は佐久間さんに出会って初めて胸がグッとくるときめきを覚えた。


「望月くん、おはよ」

「おはようございます」


 そんな当たり前の挨拶から始まり、仕事に関わることは沢山話す。他愛無い、どうでもいい話もたくさんできる。


 でも「彼氏はいるのか」とか「年下の男はどうですか」とか「好きです」とか肝心のことは言えないし、一度もプライベートで一緒に出かけたこともない。


 なぜ俺が彼女を好きなのかと言うと、佐久間さんが可愛すぎるせいである。この可愛いというのは見た目ではない。もちろんショートボブにくりくりの大きな瞳はとても魅力的だが、俺のツボはそこではないのだ。


「悪いんだけど、今日一日倉庫の整理手伝って欲しいの」

「わかりました。大丈夫です」

「あそこ埃っぽいからマスクした方がいいわ」


 倉庫では力仕事も多い。彼女は「はい」と俺にマスクを渡してくれた。佐久間さんはとても気が利くし優しい。しかし、これも俺の好きになったポイントではない。


「ありがとうございます」


 マスクを受け取って、それをすぐにつける。


「さあ、行くわよ!」

「はい」


 倉庫なら俺達二人っきりの作業のはずだ。それだけでめちゃくちゃ嬉しい。これは最高の誕生日プレゼントだと勝手なことを思っていた。


「そのおっきな箱取って」

「これですか?」

「そうそう!重たいから気をつけて」


 久々の肉体労働はしんどかったが、佐久間さんと二人きりなこともあり楽しく時間が過ぎていった。佐久間さんは基本的には仕事に真面目だが、決して真面目すぎない。こういう単純作業の時は、気を紛らわせるように色んな話をしてくれる。


 大変な仕事の時は「だるいー帰りたいー」とよく叫んでいる。叫んではいるが、きちんと仕事を終わらせる彼女を尊敬している。


 二人でさくさくと作業が進めていたが、彼女の腕のあたりに小さな蜘蛛が付いているのが見えた。取ってあげようかと思ったが、いきなり触るのは失礼かなと思ったのでそれを伝えた。


「佐久間さん、右腕に小さな蜘蛛がいます」

「わ!本当だ」


 彼女は腕の蜘蛛を発見し、飛ばそうとふーふーと息を一生懸命吹いている。


 しかし、蜘蛛は一向に動く気配はない。だってそれはそうだ。飛んで行くはずがない。


 ――彼女はマスクをしているのだから。


「くっくっく……ふふ」


 俺はつい我慢できずに、声を出して笑ってしまった。


「佐久間さん、マスク!マスクしてるのに息ふーふーしても意味ないですよ」


 そう言われた彼女は、やっとなぜ全く蜘蛛が動かないのかに気が付いて顔を真っ赤に染めた。


 俺は佐久間さんに近付いて、マスクを口まで下げて「フッ」と勢いよく息を吹くと蜘蛛は床に落ちてササッと逃げていった。


「ちょっと……マスクしてるの忘れてた……だけ……だもん」


 真っ赤なまま、唇を尖らせてもじもじしている彼女が堪らなく可愛い。抱きしめて、すりすりと頬擦りしてキスしたい。残念ながらそんな関係ではないし、絶対に許されないからしないけれど。


 そう、佐久間さんは普段はしっかりしてるのに少し天然なのだ。そこがグッとくる。しかも年上なのに可愛いなんて最強に萌える。


「佐久間さんって可愛いですよね」

「ちょっと!先輩を揶揄わないの。マスクってだんだん顔と一体化してくるじゃない」

「そー……ですね。くくっ」


 一体化なんてしないと思うけど、と思いながら肯定しておく。


「ほら、さっさと仕事するわよ!」


 少しムっと拗ねながら、いきなり先輩面をしてくる。そんなところも可愛いので困る。


「はい」


 俺はこれ以上笑っては嫌われると思い、ニヤけた顔を引き締めた。


 しかし、彼女はその後も疲れたーと言ってマスクのままペットボトルのお茶を飲もうとしていた。


 それには自分ですぐに気が付き、また真っ赤になった。そして俺にその場面を見られていないかを、しきりにキョロキョロと確認していた。


 一部始終全て見ていた俺があえて知らん顔をしていると、ホッとため息をついてちゃんとマスクをさげてごくごくと飲みだした。


 (可愛い――っ!可愛い。なにあれ。またマスクしたままだし。キョロキョロしてるのも可愛いすぎる)


 俺の心臓は彼女と出会ってきゅんきゅんしている。こんな大男に少女漫画のような表現は気持ち悪いだろうが、その擬音がぴったりなのだ。


 ――可愛いって最強だな。可愛いが正義だ。


 自分は美人で綺麗系な人が好みだとばかり思っていたが、それは間違いだと佐久間さんに会って気がついた。顔とか見た目ではない。中身……中身が可愛いのだ。


 佐久間さん、俺のこと好きになってくれないかな。絶対に大事にするのに。


「さあ、そろそろお昼食べに行こ。午後からまたやりましょう」

「はい」


 俺達は一緒に社食のランチを食べて、また倉庫に戻った。実は「今日誕生日なんです」って話そうかと思ったが、言えば祝ってもらえることがわかっているので……やめた。


 しょうもない男のプライドだが、もし付き合えたら彼女自ら祝って欲しいから。


 結局定時まで作業して、倉庫はすっかり綺麗になった。


「ふー、終わった。望月くんありがとうね。あなたのおかげよ」

「お役にたてて良かったです」


 そう言うと彼女はふんわりと微笑んだ。


「重いものばかりで、疲れたでしょ?なんか奢ってあげる!コンビニ行こう」

「え……いいですよ」

「いいから。私も帰る前に少し一息つきたいの!用事がないなら付き合ってよ」


 誕生日なのに、用事などない俺はもちろん時間は無限にある。佐久間さんと一緒に会社の下にあるコンビニへ行った。


「外は寒いんだろうけど、今かなり暑いわよね」

「俺達、身体動かしましたからね」


 そうなのだ。実は倉庫は重労働なので、薄ら汗をかいている。


「アイス食べたいな。でも……食べたら結局寒くなって後悔するかな」


 彼女はんーっと真剣に悩んでいる。ちなみに、佐久間さんは食べることが大好きだ。だから食べる物はたとえお菓子でも常に真剣に選んでいる。そしていつも俺の前でもモリモリと沢山食べていて、実はそんなところも好きなのだ。


「じゃあ……分けられるのにしたらどうっすか?俺が半分貰います」

「えっ、いいの?」


 彼女はキラキラした瞳でこっちを見てきた。いや、むしろあなたと半分こできるなんてむしろ有り難いです……という言葉は飲み込んだ。


「じゃあ分けやすいやつにしよう!あ、これ新作だ。ねえ、ピーチ味って食べれる?」

「好きです」

「じゃあこれにしよう。望月くんも遠慮なく欲しいものカゴに入れて」


 女性に奢られるってなんだか、男として見られていないようで切ない。男女平等の時代にそんなことを思うのは、ナンセンスかもしれないけれど。


 俺は結局、アイスコーヒーと袋の飴を買ってもらった。何故飴なのかと言うと……これなら一瞬でなくならないから。勝手に佐久間さんからの『誕生日プレゼント』だと思って大事に毎日一つずつ食べようと乙女なことを考えていた。


「もっとお腹に溜まるものじゃなくていいの?」


 彼女はそう言うが、俺は今日一日あなたと一緒にいれてもう胸がいっぱいなのだ。


 休憩スペースに行き、隣に腰掛ける。そこにはまだ誰も居なかった。ラッキー。


 佐久間さんはペリペリとご機嫌にアイスの箱を開けている。それは昔からある六つの小さなアイスが入っているやつだ。それの期間限定味らしい。


 嬉しそうに食べ始めたのを、俺は横目でチラリと見ながらアイスコーヒーを飲む。


「あっ……!」


 彼女は嬉しそうに俺の肩をトントンと叩いて、箱の中を見せた。


「見て、桃!ひとつだけ桃の形になってる。ピーチ味だからかなぁ……最近のアイスって凝ってるよね」


 確かにその中にはひとつだけ桃の形になっている。しかし、それは桃ではない。最近の若い子達に人気の『食べれば恋が叶う』ハート型だ。たまに入っているとてもレアな物。よくSNSにアップされている。


 佐久間さんは俺と三つしか違わないが、あまりミーハーではない。つまり、そういう情報にかなり疎いのだ。


(くっくっく、桃って……。可愛いな。でもまた指摘したら拗ねてしまうかもしれないから黙っていよう)


「ラッキーですね」

「ラッキーなのかな?」

「だって一つしかないですし」


 俺がそう言うと、彼女はニッと笑った。パクパクと食べた後「はい、半分」と箱を俺に押し付けた。


「ありがとうございます」


 彼女が使ったアイスのピックをそのまま使ってもいいものか……なんて考えていると、その中にハート型が残っていた。


「え!佐久間さん、ラッキーなの食べなかったんですか?」

「望月くんにあげるわ。効果あったら教えてね」


 彼女はふふっと微笑んだ。その笑顔がまた可愛すぎて胸がギュッとなる。


「ありがとうございます」


 俺は少し頬を染めて、ハート型のアイスを飲み込んだ。嬉しい。良い物を後輩にくれるお人好しなこの人が好きだ。


 そしてこれは神様から『彼女を諦めるな』という誕生日プレゼントだと思った。


 俺はこの日から積極的に佐久間さんにアプローチをした。彼女に死ぬほど勇気を出して「付き合ってください」と初めて告白した時なんて「付き合うわ!でもどこに?」なんてお約束のやり取りをした。


 その時の俺は心が復活するまでに一週間はかかった。しかし、諦めなかった。そういう面も含めて俺は好きになったのだから。


 あっという間に社会人二年目になり、佐久間さんは俺の教育係ではなくなった。そして初めて一人で大きな仕事を任され、途中で失敗しながらもなんとか大成功でやり遂げた。言うなら今だ。今しかない。


「お疲れ様。頑張ったね!望月くんが褒められてると教育係の私も鼻が高いわ」

「ありがとうございます」

「立派になっちゃって!もう私はいらないね」


 今夜は俺の仕事が終わったお祝いに二人で居酒屋に来ている。乾杯してビールを飲み終えた後に、佐久間さんはケラケラと笑いながらそんな酷いことを言った。


「佐久間さん、いらなくなんてありません。俺にはずっとあなたが必要です……あなたのことが好きです」

「え?な、なに言ってるの。年上を揶揄わないで」


 彼女は驚いて、真っ赤になっている。俺はわかっている。ここで引いてはいけないことを。グッと握り拳に力を入れて、気合を入れ直した。


「揶揄ってなんていません。佐久間さんが一人の女性として好きです。俺の彼女になってもらえませんか」


 真っ直ぐに気持ちを伝えた。付き合ってという表現だと、また「どこに?」と言われてはいけないと言葉をかなり選んだ。


 胸がバクバクと鳴って煩い。心臓の音が彼女にも聞こえているのではないかと心配になる程の音だ。


「わ、わたしでいいの?年上よ」

「佐久間さん()いいんです!佐久間さんじゃなきゃ嫌なんです!」


 立ち上がって食い気味に大声でそう言った。煩かったのか、店内の客が一斉にこっちを向いた。


 俺は恥ずかしくなり、ペコリと頭を下げてゆっくりと席に座った。ああ、恥ずかしい。そして格好悪い。


「ふふ、ふふふ。そんな大声出して」

「……すみません」

「私で良ければ、お願いします。私を望月くんの彼女にしてください」

「本当ですか?」

「ええ」

「佐久間さん、嬉しい。大好きです。大事にします」


 彼女は真っ赤に頬を染めて、照れていた。そして、恥ずかしさを誤魔化すようにお酒をマドラーでカラカラと混ぜている。


「俺のこと、好きになってもらえるようにもっと仕事頑張ります」

「頑張らなくていいよ」

「え?」

「す、すでに望月くんのこと好きだから。年上だし、教育係だったから……諦めてたけど」


 彼女はそう言って、カプリとマドラーを噛んで吸おうとした。その様子を見て、俺は堪えきれずにふっと笑った。


「佐久間さん、それストローじゃないですから」

「わ、わかってるわよ」


 間違えた彼女は、さらに顔が真っ赤だ。


「ああ、可愛い」


 俺は彼女になってくれた佐久間さんに、ずっと憧れていた頬擦りをした。本当は抱きしめて、キスもしたいが公共の場では嫌われそうなのでぐっと堪えた。


「な、なにするのよ」

「佐久間さんが可愛すぎるのがいけない」

「やめてよ。ちょっと間違えただけだから」


 彼女は拗ねている。でもそんなところも可愛くて可愛くてしょうがない。


 そして、俺達はゆっくりと順調に愛を育みあのハートのアイスを食べてから一年経過した。


「涼太、お誕生日おめでとう」

「ありがとう。鈴が祝ってくれるなんて……去年の俺が知ったら驚くだろうな」


 今夜は俺の家で、彼女の手料理で誕生日を祝ってもらっている。とても幸せだ。


「これ……一年前に一緒に食べたの覚えてる?あれは期間限定だったから味は違うけど」


 俺は冷凍庫からあのアイスを取り出した。


「え?ああ、あの倉庫整理の時の」

「そうだよ。鈴は俺にハートのアイスをくれた」

「ハート?あれ桃じゃなかったの」


 彼女はキョトンとして、首を捻った。ふふ、一年越しの種明かしだ。


「あれはハート型。あれを食べると恋が叶うって言われてるんだ」

「へ?」

「ラッキーな効果あったら教えてってあの時の鈴は言ってたでしょ?効果あったよ……こんなに可愛い彼女ができた」


 俺は鈴の柔らかい唇にチュッとキスをした。


「い、言ってよ!桃かと思ってた。あれ桃味だったし……」

「可愛いね」

「やだ、こんな勘違い恥ずかしい」

「ううん、可愛いよ」


 真っ赤になった彼女を抱きしめて、頬擦りして、もう一度甘いキスをした。俺はとても幸せだ。


 彼女はドキドキしながら買ってきたアイスを開けていたが、それは全て通常の形でハートはなかった。


 ちぇ、と鈴は拗ねていたが俺は入ってないことはわかっていた。


 結婚して子どもが生まれても、俺の誕生日には必ずこの記念のアイスを食べることにしている。しかし、あれから一度もハートが出たことはない。


 それはそうだ。だって……恋の叶った俺達にはもうハートは必要ないのだから。

初めての短編です。最後まで読んでいただいてありがとうございました。

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