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「おはよう!」
心の奥底深くを振動する声が廊下を突き抜ける。良く響く声は無造作に入り込んで、そして跳梁する。そんな『キョウキ』を持つ少女の名はユイといった。
「まだ眠いんだけど」
片方の目に眼帯をはめた2人目の少女の名はユカリといった。彼女の目は少々特殊で目を合わせたが最後、凍り付いたかのようにその場から数分間動けなくなってしまうとか。しかし、実際に眼帯を外した姿を見た事があるものは家族でさえいないらしい。そんな『キョウキ』をもつ彼女の目に映ったのは三人目の少女。
「おはよ」
名をアユカといった。彼女は常にヘッドホンを耳に当てているが、どういうわけか音楽を聴いているわけではないらしい。理由を聞いてみたところ、上手い具合にはぐらかされてしまったが、彼女の性格からして、きっと周りの声が煩くて集中できないとか些細なことだろう。そんな『キョウキ』をもつ彼女は優雅に紅茶を楽しんでいた。
「また1人で紅茶飲んでる! 私も誘ってっていったよねー!」
ユイは猪も驚く速さでキッチンへと駆け込むとカップを2つ手に取り、テーブルに置かれているティーポットに手を伸ばした。アユカはユイの行動に動じる事なく引き続き1人きりのお茶会を享楽しているようだった。ユイがいそいそと紅茶を入れる準備に取り掛かるのを見て、何かに心付いたユカリはそっとその場から立ち上がるとキッチンへと向かっていった。その数十秒後。
「お湯忘れてたー!!」ユイの声がキッチンまで響いてくる。そろそろだろう。目の前からカチッと音がなると、続いて後ろからガチャッと音がなった。
「ユイ、お湯沸いたよ」
「それとまた目擦ったでしょ。真っ赤ってほどではないけど」
「目はバレるかなって思ったんだけど、お湯の方まで気付いてたの……!?」
驚く彼女を横目にユカリは、ケトルを手に取ってドアの方へと一歩踏み出す。
ギシリ__。このお屋敷も古くなってきたのか不快な音に悩まされるようになった。つい先日まではこんなことなど無かったはずなのに。
ユカリは一瞬青い顔をしたが、直ぐに笑顔を作りだした。その表情から、暗い考えを無理やり振り払ったに違いない。
「恐らくアユカも気付いてたと思うよ」まるで眼帯を外した時の様に固まったままのユイの身体をとんっと軽く叩く。すると、はっと心付いてユイは動き出した。
「それって両方!? 本人に確かめなきゃいけないし、ユカリの分も用意したから早く行こう!!」
ユカリが頷くのを確認した途端、ユイは瞬く間に走り出していった。それに慌てた様子で追いかけるユカリだったが、中々追いつくことができない。ユイは廊下の真ん中辺りで後ろを振り返ると全く付いてこれていないユカリの元へと戻ってきた。
「ご、ごめん身体弱いのに走らせちゃって……!」ゴホゴホと咳をするユカリの背中をトントンと叩きながら顔色を伺う様子は本当に心配しているようで、先ほどの行為は故意的でないことが直ぐに分かる。ユカリが落ち着くのを待ってから歩き出すとアユカはもう御茶会には出席しておらず、どんよりとした空気が流れていた。