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生贄少女の醒めない幸福な夢  作者: ばあむ。
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「ユカリとユイだけ、或いはアユカだけなら良かったのに、どうして3人一緒なのかしら。まるで昔に戻ったようね?」

彼女ら3人が過去に戻ったと仮定したからといってアヤミも過去に戻ったかと言うとそうではない。この現状を見ればそんなことは明らかであった。


「もう戻れないよ、皆」

アユカは目を伏せて過去の思い出に触れているように思えた。しかし、そんな過去は偽物ばかりなのだ。本当の家族として過ごせた日々なんてほんの1匙程度だろう。甘美な夢がいつまでも続くとは誰も思ってはいないだろう。しかし、ここまで儚く刹那なものだとも誰も思ってはいなかったはずだ。

「記憶を消して、かつ洗脳しても全てを無かったことになんて出来ない」

「この状況からして、全ての材料を揃えたのね。それなら最後まで駆け抜けましょうか。それまでは私も悪魔でいてあげるわ」

言っている意味がわからないと首を傾げるユカリとユイに対して、アユカは重く一度頷くと自信を持った笑みを浮かべていた。


「まず、ユイの目がいつも充血している理由。それはね」

「母さん!」

「答えは、キョウキを知らない内にずっと使っているから」

「アユカっ!」

アユカの答えに各々様々な反応を示した。

1人は怒り、1人は笑い、1人は驚いて声も出ないようだった。

「ユカリに怒られる筋合いはない。これを仕組んだのはユカリでしょ」その言葉にユカリは顔を顰めてぼそぼそと呟き始めた。

「アユカ……アユカ……! 違う……私は」

「そうよ、アユカ。ユカリが全て悪いのよ!!」これを良しとしたのかアユカは全ての責任をユカリに背負わせようと仕向けた。

「全て悪いとは言ってない」

「それにお母さんがその理由を知っていると言うことは自分にキョウキが向けられていることにも気づいていた」

「いつになく饒舌ね」

「どうして止めなかったの」


アユカの問いかけには凄まじい程の圧がかかっていたがアヤミは笑みを崩すことはなかった。その笑みが崩れる瞬間をアユカは待っていた。しかし、そんな時が来るのだろうかという焦りのせいか彼女の言葉を紡ぐスピードが徐々に上がっていった。

「ユカリが可笑しくなってそれにユイも巻き込まれていって」

「そこにあなたは含まれていないのね?」

鉄壁の笑み。そう呼ばざるを得ない。

「別に」

途端に冷静になったアユカは簡潔に、素っ気なく言った。しかし、それにアヤミは憤りを覚えたようだった。悪魔の誕生だ。

「そう……!!! それよ!! あんたのそう言うところが気に入らないのよ!! あの男と一緒なのよ!!!」ユイもユカリも動かない。開いた口が塞がらないようだ。

「ねぇ、あんた全部あの男のせいって言うけどあんたに1ミリも非がないわけないじゃん。お父さん、いつも私のところに来ては言ってたよ。もう無理だって」

「それで仕事を辞めたらヒステリーを起こすとか何様なわけ。原因はあんただっての」このままヒートアップしていくと思われた口論はユカリによって止められたようだ。


「待ってよアユカ! 母さんは寧ろ父さんに!」

「……どういうこと」アユカは目線をユカリに寄越してその時を待った。

「よく行くデパートあるよね……? そこでお父さんが男の人に向かって近くにいた女の人の事を俺の彼女って言ってたのを聞いたらしいの」その現場はアユカも見ていたようで時々相槌をうちながら話を聞いていた。

「それも、1回だけじゃなくて、別の日に1回また別の日にもう1回同じ様に言ってたって」

「ナンパにあってるのを助けただけって初めは思ってたみたいだけど、別の日も同じことが起きてそれに伴って帰りが遅くなって耐えきれなくなったって」アユカは黙った。恐らく全てを知ったのだろう。そこで本当のことを言うべきか否か。今更こんなこと伝えて果たして彼は喜ぶのかと。また、考えた。それでも誤解は解くべきだと。

「お父さんは……」

「ナンパされる女の人を見て、アヤミがこうなったら嫌だから早いうちに身を固めないとなって仕事を更に頑張って、指輪を探しにいってた」

「嘘でしょ……」これは誰も想像し得なかった最悪な展開といったところだろうか。



「私もそれに協力してて、帰ったら疲れてたしサプライズがバレないようにすぐ寝るような生活だったからお母さんがそんな状態だったなんて知らなかった……ごめんなさい」頭を下げるアユカをじっと見つめる3人はどう口火を切ろうか迷っているように見えた。しかし、それだけではない。申し訳なさ、悲しさ。様々な想いを感じる瞳だ。



「違うのよ、お母さんは無理してでも笑っていたから。気づかなくて当然なの。2人には私が聞いてもらいたくて話してたから。それにこれが原因となってアユカは笑わなくなったでしょう?」その時のアユカは眉を下げ申し訳なさを演出する表情ではなく、子を心配する親の顔をしていた。

「……それだけじゃないから気にしないで」

「それって、もしかして……!」

ユイは何かに気づいたかのように自然と声を発した。

「うん、でも気にしてない。だってユイの頼みだから」アユカは微笑んだ。優しく、美しく。

「あれ、誤解なの!! 私だけを見て欲しくて私以外に笑って欲しくなくて、つい口に出して……だからアユカの笑顔は今も変わらず大好きだし! でもそしたらアユカは……!」


ユイの口から出る言葉は全て本心なのだろう。しかしその言葉の残酷さに本人は気づいていないようだった。何も知らない無垢な子供のように。

「ユイ……大丈夫だから。もうたくさん伝わったから」

「あのさ……これってさ、だれが悪いとかじゃないよね……」

「違うわ……お母さんが貴方達2人を」


「ねぇ、もう暗い話やめよ。お腹空いた。私アップルパイ食べたい」

アユカはこれ以上暗い空気にさせまいと話の腰を折った。罪すら消せることができたのならこの家庭は幸せになったのだろうか。否、そうではないだろう。


「そうだね! アユカがそう言うなら私もアップルパイが食べたいなぁ!」

「それ、本当は何食べたいわけ? まぁ、私もそれでいいかな」

「……そうね」

母はまた、笑った。

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