捌
「それにしても上手く消したのね〜。お母さん感心しちゃうわ」ふふっとベッドの上で上品に笑うアヤミに娘ながらユカリは恐怖を抱いた。
「あんまり口に出さないでよね。いつ誰に聞かれてるか分からないんだから」
溜め息を吐き、そっとティーカップを持ち上げるユカリは母に劣らず上品だった。
「そしたらまた消せばいいだけでしょう?」
にっこりと笑みを浮かべるが目元は全く笑っていない。それに怯える表情を見せることもなく、真っ白なテーブルにカップを置いてユカリは淡々と言った。
「そんなに頻繁に消してたら流石におかしいと思うでしょ。使う時はじっくり考えないとね」
「あら、そうなの?でも誰も気づかないわよ」
「記憶を消すことができるなんて」
カチャンと音を立てた後、水紋が広がる。
ユカリの舌打ちを無視して母はまた微笑んだ。
「何がしたいの? 私は母さんのために!」
「お母さんはユカリに何か言ったのかしら。もしかして私まで記憶を消されちゃった?」
「ふざけてるの?」
ニコニコと笑い続ける母に怒りを隠しきれないユカリだったが、はっとして席に着いた。
「ごめん。そんなつもりじゃ」
「分かってるわ。ユカリ。勿論ユイも、アユカもね」
その言葉にユカリは何も言えなかった。
暫しの沈黙が訪れる。
「ねえ、幸せ?」
母は何も言わずに目を閉じた。