三章 あなたの 死を 見る
「インファ、その、パートナー、オレで良かったのか?」
「不満なんですか?」
インファとラスは、石畳の道を歩いていた。行き交う人々が、かなりの人数こちらを振り返った。それに気がついているはずなのに、インファは涼しい顔をしている。
「そんなわけない!けど、インジュと一緒じゃなくて、よかったのか?」
「妥当な人選だと思いますよ?歌と旋律は2班作るには、別れてもらわなければなりません。エーリュとオレでは力量的に劣ってしまいますが、ノインとエーリュならばバランスはいいでしょう。しかしノインはこの地を知りませんからね。インジュがあちらにつくのは必然です。あなたを1人というわけにはいきませんから、オレが組みました」
「う、うん……考えられた組み合わせなのはわかるけど……インジュ、あんなに怖いって泣いてたから……」
ラスは、情緒不安定なインジュをしらない。彼が泣き虫であることもしらない。だが、一家には見慣れたインジュだった。1つ見慣れていなかったのは、インジュが抱きつく相手が、インファだったということだけだった。何かあると、インジュは「リティル、慰めてください!」と言って、リティルに抱きついていたのだから。それが、今「お父さーん!」と言って抱きついてくる。そして、インファが抱きしめるより早く離れて「元気出ました!」と言って笑っている。違和感がある。その正体を突き止められず、インファは不安を募らせていた。インジュを……失うなど、考えることをこの頭が拒否するほどあり得ない。あり得なかった。
「ノインが一緒ですから、大丈夫です。あの人は、インジュの師匠ですから。ただ、父親であるというだけのオレより、頼りになりますよ」
「……インファ?何かあった?」
「はい?」
「ちょっと、発言にトゲがあった」
フウとインファは小さくため息をついた。そして、視線を走らせた。
石畳の道に沿って軒を連ねる、2、3階建ての木造の家々の1階部分は、店になっていて、真っ直ぐな道に隙間なく並んでいた。その店々の中にカフェを見つけて、インファは「少し休みましょうか」と言った。え?もう?とは思ったが、話があるのだなと、察してラスは頷いた。
ここは、グロウタース・歌う緑の魚大陸にある、楽音という人間の都だ。バイオリンの音の出所を探るべく、バイオリンを弾ける者を片っ端から当たることになったのだった。
音に耐性のあるエーリュとラスは、脅威となる音から、風の精霊を守る魔法を編み出していた。「わたしもやれるわよ!」と意気込んだエーリュの気持ちを汲んでくれ、インファは、城に四天王が誰も居なくなってしまうが、2班編制してこの地に赴くことを許してくれたのだった。
ラスは何も考えずに、当然インファとインジュが組むモノと思っていた。だが、2人はすんなり別れてしまった。そして、あれよあれよという間に、ラスがインファのパートナーを務めることになっていた。
インジュも不安な顔1つ見せずに「兄さんには負けませんよ」となぜかインサーフローのノリだった。
こうやって、人間の街を歩くのは久しぶりだ。
人間と偽っている為に、今2人の背には翼はなかった。服装も、楽音に合わせていた。
「何が、というわけではありませんよ。ただ少し、振り回されているだけです」
「振り回されてる?インファが?」
ラスは、運ばれてきたアイスコーヒーを飲みながら、意外だと言いたげな顔をした。
「オレとインジュは、仲のいい親子ではありません」
「えっ?」
「和解して、300年くらいですかね。インジュには長らく恐れられていましたよ。蒸し返すと怒られますけどね」
「い、今は仲いいよな?昔の話だよな?」
なぜか動揺するラスが面白くて、インファは思わず吹き出した。
「念を押しますね」
「そりゃ!あなたとインジュが仲悪いって言ってしまったら、世の中の親子、ほぼすべてが仲悪い親子になってしまう」
「大げさですね」
「大げさじゃないよ!」
ラスの様子に、インファは苦笑した。
「なので、インジュにあんな風に、抱きつかれたことはありません。頼られた記憶も数えるほどです。彼はオレの導きなくして、あそこまでの精霊になったんですよ」
「で、でも……インジュは、インファのことを……」
「何か、言っていましたか?」
「好きだって言ってた。インジュは役者だけど、それは本心だよ。オレには、心の音が聞こえる。オレに偽ることは不可能だ」
「そうですか。オレは、愛していますよ」
――え?
「子など、持つモノではありません」
愛していると言ったインファの心の音は、暖かくて切ない響きだった。インファのことを好きだといったインジュよりも、深く、揺るぎなかった。
「インジュが……心配?」
「ええ。なので、極力距離をとりたかったんですけどね。インジュには、オレが危うく見えてしまったようですね。まさか、あんな行動に出るとは思いませんでしたよ」
「あー……あれは、何が始まったのかと思った……ここに居たときにあんな感じだったら、たぶん、変な噂が立ってたと思う……」
美形兄弟で、あんなベタベタしてたら……とラスは身震いした。
「需要ありそうですね」
「インフロだと、インファはノリノリだ……」
「インフロは楽しかったですからね。フフフ、インジュは、愛情表現が下手なんです。オレが、幼い頃、与え損ないましたから。母性は受けていますが、父性は受けていないんです。代わりに父さん――リティルが与えてくれていましたけど、あの人、無償の愛ですからね」
「その固有魔法、いったい何なんだ?」
「固有魔法・無償の愛は、風の王・リティルが持つ底なしの優しさを使って、すべてを癒やす、無自覚の魔法です。発動の仕方は見ていると様々ですが、抱きしめるという方法が1つありますね。気をつけた方がいいですよ?あの人にウッカリ抱きつかれると、もれなく泣けますから」
ラスは、体験済みだった。たしか、泣いたと思う。あれが無自覚?風の王・リティル……やっぱり侮れない王だなと、ラスは改めて思った。
「じゃあインジュは、インファを癒やそうとしたのか?それであんな、ベタベタしてたのか……なんか、必死な心の音をしていたんだ」
「オレには、インジュに父親として、好かれる理由がわかりません。最近、気になるんです。なぜ、オレに対して必死になるのか、インジュにとって、オレはどんな父親なのか、全くわかりません」
「それはちょっと、インジュが可哀想だよ。インファのこと、凄く心配してたよ。それから、凄く頼りにしてる。やっと近づけたって言ってた。やっと助けられるって。インジュはずっと、インファの事、好きだったんじゃないのか?どうして認めないんだ?自分は愛があるって言うのに」
「これでも父親ですからね。インジュがどんな姿形をしていても、愛せますよ。けれども子が、必ずしも親を愛する必要はないんです」
「そうかもしれないけど、否定することはないんじゃないのか?理由がある?好かれない方がいい理由、そんなものあるかな?」
「……息子としてでなければ、冷静に接することができるんですけどね……。父と呼ばれて、泣きながら抱きつかれてから、冷静ではいられなくなりました。もう、彼は庇護が必要な、小さな子供ではないのに、オレよりも格段に強い精霊なのに、守らなければと、思ってしまうんです」
「インフロの時だって、四天王のときだって、インファはインジュを守ってるじゃないか。それとは、違うの?親子の時だけそれがいけないって、なぜなんだ?」
インファは、氷だけが残ったグラスに視線を落とした。そのグラスを見つめる彼の瞳は、戸惑うようにしかし、愛しそうだった。
「……抱きしめたくなるんですよ。それは、他の関係性ではあり得なかった感情です。オレからインジュを抱きしめてしまったら、アイデンティティが崩壊してしまいます。オレは風の王の副官であるために、冷静冷酷な人格を、持ち続けなければなりませんから」
「人格……それはわかる。リティルが明るく笑ってるのは、一家のためなんだ。ノインがクールに諭して宥めるのもそうなのか……。じゃあ、インジュに、あんたからインファに抱きつけって、言っておくよ」
インジュは、間合いが近くて、人懐っこい人格だからと、ラスは真面目に言った。
「真顔で言われると、困りますよ、ラス。フフフ。あなたは、真面目で天然な人格ですかね?」
「天然は余計だ!……リティルにも言われたけど……。でも、インファ、オレはあなたを冷酷だとは思わない。優しいよ。リティルの次くらいに。それから四天王は、笑顔が、その……」
「そこまで言ったんですから、言い切ってください」
インファは笑いを堪えながら、ラスに促した。
この!確信犯!と、ラスは、自分が美形であることを知っていて謙遜しないインファを、恨めしそうに睨んだが、言わざるを得なかった。
「くっ……笑顔が、魅力的なんだ!4人とも!アイドルグループみたいに見えるよ」
「フフフフ、ありがとうございます。おや、あちらのアイドルが何か始めたようですね」
言わせたインファは、楽しそうに控えめに笑うと、ザワザワとし始めた大通りを見やった。
インファが選んだカフェは、広い歩道の中程までテーブル席がある、オープンカフェだった。なぜ、わざわざこんな目立つ席にするんだ?と思っていたが、何かが起こることが、わかっていたのかもしれない。
「もし、何かあったんですか?」
インファは、足早に通り過ぎようとして、しかし、思わずインファを振り返った、若い女の子の1人に声をかけた。声をかけられた彼女は、顔を赤らめながら教えてくれた。インファはニッコリ微笑んで、ありがとうございます。と返して、手を振ってやっていた。
「――もの凄く上手い、無名の歌手が歌ってるって、インジュだと思う?」
「ええ」
「いったいなぜ?」
「オレ達はもう少し待機していましょう。この都も、首都ほどではありませんが、音楽が好きですから」
無名の歌手が、チャンスを掴むために路上で歌う。そんな光景を、この都ではないが都に暮らしていたラスもしょっちゅう見掛けていた。
しかし、インジュはプロだ。一世風靡した首都・音々(ねおん)の歌手だ。インサーフローがこの大陸を去ってから、まだ50年しか経っていない。ここが音々でなくとも、インジュのことを知っている人がいるのでは?大丈夫なんだろうか?と、ラスはインファを見た。
「とりあえず、他人のそら似だと言い張りますよ。ピアノの方は一緒にいませんしね」
「ノインが、間違われるんじゃないか?髪は切ったけど、仮面は目立ちすぎるからって、今日は素顔だったけど……」
髪を切ったノインは見慣れたノインだったが、仮面を外すと、大人の落ち着いた色気が凄い!とラスは思わず1歩退いていた。それに気がついたノインが「なんだ?取って喰いはしない」と苦笑した。今、素顔を晒しているノインは、どんな状態なのだろうか。インファより少し年上で、ドッシリ落ち着いた雰囲気の彼もまた、インファと同じく注目されまくっているだろうなと、ラスは思った。
「彼、あれでノリはいいですからね、一緒に歌うかもしれません。ノインもなかなかの美声ですよ?聞きたそうですね、行ってきますか?」
「えっ!い、いや……気になるけど、インファを1人にはできないよ」
ノインも歌えるんだと思って、風の精霊だからそれはそうだよなと思った。彼は、先代風の王の、生まれ変わりだったっけ?なら、凄く上手いかな?伝説的な王だって聞いたし、と、言葉が頭の中を駆け巡っていた。インファにそれを見透かされ、行ってきたら?と言ってもらったが、職務放棄はラスにはできることではなかった。
「ここで待っていますよ。オレはインジュと違って、無茶しません」
ニッコリ落ち着いた顔で微笑まれ、ラスは信じてしまった。
「………………………………すぐ戻ってくる!」
長い逡巡の後、旋律の精霊としての性に負けて、ラスは駆け出した。さすがハヤブサ、足も速いですねと、インファは彼を笑顔で見送った。
さて、と、インファは風の中から羊皮紙を取り出した。そこには、風が集めてきた、この都で、バイオリンを弾くこのできる者の名が記されていた。その名が、1人ずつ消えていく。
どうやら、撒き餌は成功したようだ。ストリートライブに、飛び入りはつきものだ。インジュは隠れているつもりだったのだろうが、この都・楽音の地方小唄を練習していた。楽音の地方小唄は、ただのご当地ソングではなく、この都特有の豊穣の踊りの曲でもあった。楽音豊穣ロンド。この曲に、バイオリンはつきものだ。インジュは、バイオリンの飛び入りを募集したことだろう。音さえ聞ければ、エーリュには例の音かそうでないかがわかる。誰かが、わかった者の名を消してくれれば、それが即この羊皮紙にも反映されるように、魔法をかけていたのだった。
インファは、会計を済ませると、あの席はそのままとっておいてくださいと、頼んで店を出た。ここから、2軒先の店。そこの店主も、バイオリンが弾ける。だが、インジュの所に行くことはないだろう。
確信があるわけではない。ただ、気になった。
『ジェーダイト バイオリン工房』と、出入り口に看板が掲げられていた。インファは、躊躇いなく、そのステンドグラスの飾り窓のついた木の扉を開いた。扉についた、呼び鈴が高い音でチリンチリンッと鳴った。
壁には、売り物なのかディスプレイなのか、バイオリンが見栄え良く飾られていた。バイオリンの飾られた壁の下には、棚があり、バイオリンを弾くにあたって必要な品が置かれていた。少しヒンヤリとするような、落ち着いた空気が店内を満たしていた。
「ここは、修理工房と聞きましたが、販売もしているんですか?」
「依頼があれば作りますよ。そこにあるのは、見本です」
カウンターには、少しやつれて見える中年の男性がいた。
「オレはバイオリンを弾けませんが、あなたは弾けますか?」
「もちろん。修理には必要ですから」
「不躾なお願いですが、弾いてくれませんか?」
「は?」
「あるバイオリニストを捜しています。それでこうして、訪ね歩いているんです」
「なぜ、捜しているのですか?」
「見つけたら、考えます。いきなり殺したりしませんから、安心してください」
「殺すとは物騒な。ただ、わたしはバイオリニストではありません。ただの修理工です」
「弾けるのなら、プロでもアマでも構いません。息子よりも先に、見つけなければならないので、承諾していただけると、ありがたいのですが」
「息子さん?」
「ええ。オレが倒れたので、過剰に心配しているんですよ。どちらが先に見つけるか、勝負だとも言われまして、父親として負けられないんです」
「仲が、いいのですね」
「最近です。幼い頃の彼を、殆ど知らない、不甲斐ない父親です。あなたは、お子さんは?」
「妻がありましたが……」
「そうですか。それはご愁傷様です」
「いえ……わかりました。少々お待ちください」
店主は、店の奥へ消えた。
彼の名は、ヒスイ・ジェーダイト。花の精霊を娶った人間だ。
シェラが関係があるかもしれないと、死者の一生が書かれた本の保管された、鬼籍の書庫で調べてきた。彼の妻だった花の精霊は亡くなっている。彼女は身ごもっていたが、出産したという記述はなかった。故に、その子供のことは鬼籍にはなかった。
精霊と関係のあったバイオリニスト。それだけで、力のある音を使える可能性は高かった。
彼とは、インファ1人で会ってみたかった。白黒関係なく。なぜか。
「お待たせしました」
程なくしてヒスイはバイオリンを手に、戻ってきた。ではと言って、彼は弾き始めた。最後までその音色を、静かに、瞳を閉じて聞いたインファは、ゆっくりと、瞳を開いた。
「……ありがとうございました。お礼に、歌をプレゼントさせてください」
そう言うとインファは、返事を待たずに歌い始めた。
変な男だと思っていたが、その歌声に、ヒスイは驚いた。
優しく寄り添うような、切ない歌声だった。妻を亡くし、沈んでいた心に寄り添うようで、ヒスイは思わず目頭が熱くなってしまった。
──心に 風を 魂に 歌を 苦しいのなら その目を閉じて
──永遠の 眠りに 手を伸ばしてもいい
──再び 目覚める その日を わたしは夢見て 待っているから――……
何者なんだ?彼はプロの歌手か?と思えるほど洗練された歌だった。
「大丈夫ですか?」
「あなたは……いったい……」
歌を聴いて、涙が出たことなどなかった。しかも、自分とは20は若そうな彼の歌に――いや、人の心を掴むのに年齢は関係ない。大の男が、泣き止めないその姿に、戸惑うことなく、彼は、背中に触れていてくれた。
「――すみません」
「いいえ」
やっと涙が止まり、ヒスイはなんとかそれだけ言えた。
改めて見ると、彼は神々しいまでに美しい容姿をしていた。長い金色の髪が、絹糸のようだ。こんな容姿で、この歌唱力なら、プロの歌い手としてやっていけると、ヒスイは思わず値踏みしてしまった。そんな視線の意味を見抜かれたのか、彼は小さく苦笑すると、言った。
「オレが歌手だったのは、50年ほど前ですかね?ヴォーカルではありませんでしたよ」
「50年――前?」
「オレの名はインファ。50年前、インサーフローというデュオの、ピアノを担当していました」
「インサーフロー?あなたは、精霊の歌い手の?」
「ええ。まだ名が通じて、よかったですね」
「通じるも何も。未だに歌われていますよ。この楽音にも、あなた方の歌は、届いています」
「万人受けする歌ではなかったはずですが、そうですか。息子が知ったら、喜びます」
「確か……インジュさん?ヴォーカルでしたか?」
「はい。息子は今、広場でストリートライブしています。楽音豊穣ロンドを、エンドレスでしょう」
「……狡いですね。名声も、幸せも、あなたのような者には、簡単に手にできる……」
「そういう誤解は、よくされます。では、もう1度、オレの歌を聴いてもらいましょうか?」
ニッコリ微笑んだインファの背に、金色のイヌワシの翼が現れた。そして、彼は、有無を言わさず再び歌い始めた。
優しく寄り添うようなのは変わらないのに、さっきよりも強烈に心が惹きつけられた。暴かれるような容赦のなさだったが、今度は涙は誘われなかった。
「――どうでしたか?」
「……最初の歌の方が、よかった……」
「そうですか、ありがとうございます。1度目は、何の力も使っていません。オレの歌唱力のみで、歌わせてもらいました。2度目は、魔法を使いました。オレも息子も、ここでは人間として戦っていましたよ?精霊だとバレた後も歌っていたのは、請われたからです。努力が実らないことは常ですが、努力をしていないと思われるのは心外です」
「申し訳――なかった。負け犬の遠吠えです。わたしは、夢破れたほうなのです。妻にも先立たれ、この先――」
「彼女を愛していましたか?彼女は、人間ではなかったはずです」
「妻の死の瞬間、知りました……死んでしまうのなら、子など、ほしくはなかったのに、勝手に決めて、勝手に――」
「理由が、わかりました。あなたの奏でる音には力があります。それは、聴く者の心に不快感をもたらします。大切な誰かを奪われる、そんな焦りを与えます。それは、奥方に対する、恨み故だったんですね?」
「わたしの奏でる音に、力が?」
「ええ。とても危険な音です。申し訳ないのですが、封じさせてください」
返事は待たなかった。抵抗されたとしても、この力は奪うしかない。彼の身に入り込んだ花の精霊の霊力が、彼に望まぬ力を与えてしまったのだ。ずいぶん、身勝手な女だったのだなと、インファは冷ややかに同情した。
インファの風が、ヒスイを取り巻いた。そして、何かを包むように丸くなると、インファの両手の平の上に落ちてきた。
「これは、あなたの奥方が残したものです。精霊の死は、とても儚く残酷です。その悲しみが、少しでも癒えることを、願っています」
それは、革紐に通された、スミレの刻印されたサファイアだった。
「インファさん!」
それを手渡し、サッサと出て行こうとするインファに、ヒスイは叫んでいた。
「ありがとう――ございました」
声に立ち止まったインファは、振り向かず何も言わず、店を出て行った。
カフェに戻ったインファは、すでに戻ってきていたラスに、烈火のごとく怒られた。
そして、インファがいなくなったと捜していた3人も合流し、4人に怒られることになった。
「兄さん!勝手に1人で動いて、勝手に解決して!おかしくならなかったから、よかったものの!もおおおおお!やめてくださいよぉ!」
「すみません。ここから近かったので、待っているのも暇ですしね。正解を引いてしまったのは、マグレですよ」
「はああああああ!ボク、心臓止まるかと思いましたよ!」
「すみません。それにしても、よくやめてこられましたね」
「兄さんがいなくなったって聞いたら、途中でも何でも、最高潮に盛り上がっていようがなかろうが切り上げて捜すでしょうがぁ!何の為に兄さんにラスがついてたと思ってるんですかぁ!」
ラスを指さして「ラスを煙に巻いて、この人切腹したらどうするんですかぁ!」とインジュの怒りは治まりそうになかった。
「最高潮でしたか。それは、悪いことをしてしまいましたね」
「埋め合わせ、してもらいます」
「はい?」
「ボク、不完全燃焼なので、ピアノホールで発散です!兄さん、付き合ってもらいますよ?」
そう言うとインジュは、ムンズとインファの腕を掴むと、大通りをズンズンと歩き始めた。
「インジュ?」
「怒ってます。ノインには、行く場所のこと、伝えてましたよねぇ?」
「なぜそう思うんですか?」
「だって、ノインだけ、兄さんがいなくなったって聞いても、眉一つ動かさなかったんですよ!あ、知ってたなって思うの、普通ですよ!」
「ノインも知りませんでしたよ。ノインが動じなかったのは、察しただけです。彼とは長い付き合いですからね。知っていたのは、風の王夫妻だけですよ」
「え?どうしてです?」
「オレの我が儘です。ただの、我が儘ですよ……」
インジュの背後のインファの声が、とても静かだった。
『不安にさせないでくださいよ。お父さん!ずっとずっと、バイオリンの音が鳴り止まないんです。どうしてなんです?お父さんは、死ぬんです?あのとき、早く止められなかったから、死が、お父さんを掴んじゃったんです?怖いです……怖いんですよ!ずっとずっと、変じゃないですか!どうして、そんな、寂しそうな微笑みで、ボクのこと見るんです?お父さん……そばにいてくださいよ!ボクの手が届く範囲に、いてください!そばにいてくれないと、守れないじゃないですか!』
ここで、言えていたら、違ったかもしれない。最近は、ズケズケ言えていた。なのに、肝心なことが、インジュには言えなかった。インファを父と呼びながら、父に物申すことができない。兄、副官としてなら言えることが、インファを父だと認識すると途端に言えなくなった。
――どうして?こんなに、こんなに、大好きなのに……。ボクはまだ、お父さんを、怖がってるんでしょうか?お父さん……!
「お父さん……!うああああああ!」
風の城のピアノホールまで、一心不乱にインファを引っ張ってきたインジュは、急に泣き崩れた。
「そんなに心配させてしまったんですか?エーリュの魔法の効果は、実証済みです。オレ達が、殺戮の衝動に支配されることはもうありません。それに、もう、解決しました。あとは、ラスとエーリュがきちんと力を従えることができれば、音の氾濫は治まります。この戦いは、もう終わりますよ?」
「ちが――違います……!お父さん………………!あああああああ!」
死なないで・・・・・・・
泣き崩れたインジュの背に手を当てていたインファは、急に振り返って、抱きついてきたインジュを受け止めきれずに、背中から倒れていた。
――狙われているのは、あなたの方でしょう?インジュ
『死なないで』インファには、なぜそんなことを言われるのか、見当もつかなかった。
泣いて抱きついて離れない、インジュの頭を撫でてやりながら、あの犬に触れたことで、彼の心に影響があったのではないか?と思ってしまった。だとすると、あの犬の対策を、急がなくてはならない。ただでさえ、残された時間は少ないというのに、インジュの心に、これ以上何かがあったらと思うと、焦りが生まれた。
――早く、探さなければなりませんね。インジュを守る、方法を見つけなくては!
この日から、インファが応接間にいる時間が少なくなった。
靄犬は死産の子供。その仮説をリティルとシェラが証明してくれ、インファは本格的に研究を始めたのだ。
仕事の割り振りは、ノインがこなし、インファはシェラとゾナと動くことが多くなった。
そして、親子の想いはすれ違った。
ドゥガリーヤという場所は、風変わりな場所だ。
彼の地への入り口は、風の領域にあった。独立した大きな石の門が、その入り口だ。
中は、下へと続くらせん階段で、永遠続いている。たまに扉があり、中は部屋になっているのだった。その部屋は、この透明な、何色にも染まっていない力を使って、多くの精霊が研究していたことを物語っていた。現在も使われている部屋は少ないが、その研究室は充実している。
「オーイ、インファ、ちょっといいか?」
「何ですか?今手が離せません!聞きますから、このままで許してください」
「……おまえ、変なことに目覚めてねーよな?」
「何の話をしているんですか?本当に手が離せないんです!手短にお願いします」
インファは、蛸のような触手と格闘していた。腕を絡め取られ、体にも触手が這っていた。キンッと金色の風が閃いて、触手は断ち切れて霧散した。リティルが切ったのだ。
「腕、痕ついてるぜ?大丈夫かよ?」
「ええ、問題ありません。失敗ですね……やはり、形のないモノを捕らえるのは難しいですね」
「捕まえる?あの黒い犬を捕まえるのかよ?」
「殺せない者を何とかするには、捕まえるのが1番です。父さん、グロウタースの民は、どうやって不死者と戦っているんですか?」
「ん?残留思念とかその類いのヤツか?あいつら、魔法が効くぜ?この世の命の残りかすだからな、理に縛られてるんだ。おまえ、基本中の基本じゃねーか、どうしたんだよ?根詰めすぎじゃねーか?」
「基本的な事も、人の口から改めて聞くと、新たな発見があったりするんです。魔法……魔法ですよね……存在しない者には、理が効かない……けれども、あれはこちらに影響を及ぼせる……ならば、何かの理には縛られているはず……」
インファは何事か思案しながら、紙に何かを走り書いた。
「おい、インファ!焦りすぎだぜ?おまえ、最近、城にもあんまり帰ってこねーじゃねーか!ゾナもシェラも、心配してるぜ?」
「心配いりません。話はそれだけですか?魂を捕らえる術……ネクロマンシー……しかしそれならば、もとより風の障害にはならないはず……」
顔を上げないインファに、リティルは焦りを感じ、鋭い声で名を呼んでいた。
「インファ!」
「なんですか!」
インファはやっと顔を上げた。その瞳が、苛立っていた。
「インジュが!おまえがいないって、泣いてるんだ!」
インファは何事もなかったかのように、紙に視線を戻した。
「そうですか」
「いいんだな?放っておいて、おまえ、本当に、いいんだな?」
羽根ペンを投げるように置いたインファは、顔を上げながら怒鳴った。
「時間がないんです!歌う緑の魚に不定期ゲートが開くまで、あと1ヶ月を切っています。何も、掴めないんですよ。あれが、産まれられなかった命だとわかったというのに、何も、対策を思い付かないんです。黒い色の理由もまだわかっていません。あれが、誰の子なのか、それすらも――誰の子……?グロウタースの民と精霊……もしかすると……父さん、グロウタースに行ってきます!」
「あ、おい!待てよ!インファ!」
リティルはインファを追ったが、振り切られてしまった。
「インファ……インジュのそばにいてやらねーで、いいのかよ?」
インファの気持ちはわからなくもない。わからなくもないが……そんな追い詰められて、それで導き出せるモノがあるのか?とリティルは、苦々しく奥歯を噛むと、風の城に引き返すしかなかった。
風の城の応接間の扉を開くと、ラスが顔を上げた。
「リティル!ごめん、来てくれ!」
ハッとしてリティルは鋭くソファーまで飛んだ。
「インジュ!大丈夫か?」
ボンヤリしているインジュに、リティルは遠慮なくその肩を揺さぶった。
「――え?は、はい、大丈夫です!す、すみません……ボク、また引っ張られてました?うーん、これってやっぱり黒犬君に触ったからなんでしょうか?」
インジュは、バイオリンの音に悩まされていた。その音は、気がついたら、耳鳴りのように頭の中に鳴っていた。
「リティル、お父さんは?」
「……グロウタースに行くって、飛んで行っちまったんだ。ごめんな、連れ戻してやれなくて……」
「いいんです。お父さん、黒犬君のこと調べてるんですよね?ボクは、手伝えないから、元気ならいいです」
そう言ってインジュは、笑った。その笑顔に何も言えなくなる。
バイオリンの音が聞こえ始めてしばらくすると、インジュはインファを捜し始める。その間の記憶がないのか、リティルが掴むか、音が止むと我に返って、そうすると正常なのだ。いつ夢遊病のような状態になるのかわからず、インジュは城から出られなくなってしまっていた。それでもインジュは前向きだった。皆の心配をよそに、仕事ができない!と憤っていたり、こうやって何でもないという風に笑っていた。
「うーん、困りました……リティル、仕事大丈夫です?ボクとお父さんがいないと、大変ですよねぇ?」
「……それな、インファのヤツ、ちゃんと仕事してるんだよ。通常業務は気にするな。ちゃんと回ってる。それよりおまえだよ。ホントに何ともねーのかよ?」
リティルは、インジュの瞳の奥を覗き込んだ。
「はい!って、説得力ないですよねぇ。でも、本当に大丈夫です。リティル、お父さんの心配してくださいよぉ!あの人、ちゃんと寝てます?研究しながら、通常業務までこなしてるなんて、化け物ですか!」
「まあ、顔色は悪くなかったよ。生と魔の変換、駆使してるんじゃねーか?」
「それ、生命力と霊力を、相互変換する固有魔法ですよねぇ?器用ですねぇ。……ああ、また聞こえる……このところ頻繁ですねぇ。お父さん、どこ行ったんです?いっそ、追いかけて捕まえたら、いいんでしょうか?付き合ってくれません?リティル、ラス」
「あいつがこねーなら、おまえが捕まえに行くって?おまえ、変わったな。ホント積極的になったよな。いいぜ?やってみようぜ?」
「あは。面倒くさい状態になっちゃいますけど、お願いします」
「いいよ。オレはインジュの武官だ。インファのところに行こう」
「ああ、行こうぜ!」
「はい……」
程なくして、インジュの瞳から、ポロポロと涙が流れ始めた。
グロウタースへ行ったインファは、すぐにドゥガリーヤに引き返していた。
「インファ、今度は何をするの?」
研究室には、シェラが来てくれていた。
「黒犬が、混血精霊ならどうかと思ったんです」
「混血精霊?精霊と、グロウタースの民との間の子供の、産まれられなかった命だというの?」
混血精霊は、グロウタースの民と精霊との間に産まれた命だ。彼等は、精霊の理に縛られない力を持ち、不老不死だ。多くはグロウタースの民に引き取られてしまうために、やがて孤独となり、これまでリティルは出会った混血精霊をすべて狩った。グロウタースの民と同じ精神を持つ混血精霊では、永遠という時の流れに耐えられないのだ。風が気がついた時には、その精神は手遅れで、化け物となった彼等をリティルは斬るしかなかったのだ。
例外は、1人だけ。リティルが引き取った、風の王夫妻の次男・レイシだけだ。風の王の導くレイシも、一度は道を踏み外している。彼がまだ、化け物にならずにいられるのは、奇跡に近いことだった。
「今まで、精霊なのかグロウタースの民なのかと、バラバラに考えていましたが、混血精霊なら、通常考えられないようなことを引き起こしても、不思議ではありません」
インファは、試験管に入った、赤黒い液体を差し出した。
「血を、少しもらってきました。母さん、お願いします」
「ええ、任せて。少し部屋から出ていてね」
シェラにその場を預け、インファは部屋の外に出た。長いらせん階段の、窓もない閉鎖された空間。息が詰まる。
ここには、風の城の協力精霊である、毒の精霊の使っていた部屋があった。その部屋は、彼が植物の毒を研究していたために、明るく緑に溢れている。インファは、息抜きにと、その部屋に入った。
ドゥガリーヤは、源の力に満たされているために、その力を使って様々なモノを作り出せる。この部屋は、太陽の光さえも作り出されていて、温室の中にいるようなそんな気分にさせる。
――インジュが!おまえがいないって、泣いてるんだ!
リティルが言った言葉が、不意に蘇った。バイオリンの音に悩まされていると、ラスが言っていた。消し去ろうにも、ラスもエーリュも聞くことができなくて、手が出せないと、ラスが気落ちしていた。
なぜ、バイオリンの音なのかわからないが、黒犬に触ったことが原因なのだろうと、インファは思っていた。
ああ、もどかしい。気ばかりが焦っていた。
「インジュ……必ず、あなたを守ります。だから、頑張ってください」
今行って、何とかなるならそうしている。リティルが来たのだ、おそらく、インジュの様子は見るに耐えないのだろう。わかっている。だが、インファには時間が惜しかった。動けなくなったインジュに代わり、魔物を狩りながら、ゾナとシェラの手を借りて、研究を進めている。とても、インジュに会う時間は、取れなかった。
「お父さん?」
一瞬幻聴だと思った。振り向いたそこに、インジュが立っていた。
「インジュ?城から出て、何をしているんですか!すぐに帰りなさい!」
インファが駆け寄ると、インジュは容赦なく噛みついてきた。
「イヤです。ここまで無理言ってきたんですよ?そんな、追い返さなくてもいいじゃないですかぁ!」
追い返したいわけではない。城から出せない状態だと聞いていただけに、案じただけだった。久しぶりに会うインジュは、元気そうに見えた。そう見えてしまって、つらさを隠しているのではないかと、勘ぐって、余計に追い返したくなった。それを、インファはグッと堪えた。辛さを押してまで会いに来た息子を、追い返してはいけないと、それくらいの理性はあった。
「インジュ、なぜ来たんですか?」
「バイオリンの音が聞こえると、無意識にお父さんを捜してるみたいなんです。記憶ないんで、平気なんですけど、そのせいで仕事できないんで、何とかならないかと思って来ました」
ふわっと嬉しそうに笑うインジュに、心が癒やされるのを感じた。
「ああ、また……このメロディー、なんだかわかりません?」
たどたどしく、インジュは聞こえてくる音を歌い始めた。その瞳からポロポロと涙がこぼれ落ちる。彷徨うように伸ばされた息子の手を、インファは思わずとっていた。インジュは、慌てるように手を握り返してきた。その仕草が、まるで、幼い子供のようだった。もう、そんな子供ではないのに、幼児退行のようなことをされていることに、インファはフツフツと怒りが湧いていた。早く解放してやりたい。その一心だった。
インジュの歌う、たどたどしい歌。どこかで、聞いたことがあるような……
「この旋律……!インジュ!この歌がなんなのか、わからないんですか!」
ハッとして、インファは、インジュの両肩を掴んでいた。その途端に、インジュは我に返った。
「は、え?ボク歌えてました?」
「旋律の認識もできないんですか?音が聞こえているとき、あなたの精神は別の場所にあるんですか?」
「わかりません。記憶がないんです。でも、あるかもですよね?何の曲かわかりましたぁ?」
インジュの歌った曲が何なのかわかったとき、インファはゾッとした。この歌がわからないほど、何かに精神をいいようにされているのではないかと、そう思ったのだ。
しかし、インジュは我に返ると正常だった。インジュはこれでも、精神力が高い。おそらく、その間の記憶がないだけなのだろう。インファは、そう信じたかった。
「ええ、風の奏でる歌です」
「え?どうして、風の奏でる歌?」
「インファ!結果が出たわ!インファ?」
シェラの呼ぶ声に、インファの意識は、瞬間インジュから外れていた。
「はい!すぐに行きます!インジュ、帰りなさい」
「お、お父さん!」
インファはインジュを置き去りに、部屋を走り出て行ってしまった。それを、インジュは半ば呆然と見送っていた。
「え――?どうしてボク……バイオリンの音、聞こえてないのに――泣いて……」
おかしい。インジュは、自分が何に傷ついているのか、わからなかった。
「え?ええ?ボクは……」
これは、バイオリンの音のせいじゃない?インジュは動揺していた。こんなことを認めてしまったら、まるで、幼い子供みたいじゃないか!と、思ったのだ。
インファは毒の精霊の部屋を出たところで、ラスにぶつかりそうになったが「すみません!」と謝りながらも立ち止まらずに、シェラのいる研究室まで戻った。
「母さん!」
「インファ!見て、これを!」
シェラの持っている水晶球の中に、黒い靄の様なモノが産まれていた。それは、あの犬その者だった。
「混血――精霊……風の奏でる歌……」
この2つが導く答えを、インファは1つしか思い描けなかった。
混血精霊は、精霊とグロウタースの民との間に産まれる。
風の奏でる歌は、風の精霊と、風の精霊が教えた者にしか歌えない。風の力ある歌。
あの男は、死んだ我が子を隠し持っている。あの犬は、あの男のところだ!
やっと、たどり着いた。あとは、これをどうするか。インファの頭の中には、すでに魔法ができあがりつつあった。バラバラだったパズルのピースが、急激に組み上がる。
勝てる。これでインジュを救える!
「インファ?」
「何でもありません。インジュが聞こえるというバイオリンの音は、風の奏でる歌でした。母さん、ラスとエーリュに知らせてください」
「風の奏でる歌?インファ、なぜ知っているの?」
「インジュが訪ねてきたんです」
「インジュが?インファ、あなた、インジュを置いてきてしまったの?インファ!すぐにインジュの所に戻って!」
「はい?どうしたんですか?」
「いいから、戻りなさい!」
シェラの剣幕に、インファは部屋を追い出されていた。シェラは、インジュの気配を、感じ落とした事を悔やんだ。幼い頃、親子として不完全だったインジュは、やっと肩を並べられた今になって、インファとの親子関係をやり直そうとしていた。それを、本人も気がついていない。バイオリンの音がインジュを刺激していることは本当だ。だが、インファを捜しているのは、インジュ自身のような気がシェラにはしていた。
お互いもう大人だ。この状況は大いに戸惑うだろう。しかし、今、向かい合わなければ、その機会は永遠に失われてしまう。シェラには、そう思えた。
インファが戻った毒の精霊の部屋には、もうすでに、インジュの姿はなかった。