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序章 バイオリンの音

前作からかなり時間が経ってしまいました。

が、やっと乗っけられます。

それでは、楽しんでいただけたなら幸いです!

 グランドピアノを、金色の長い髪の、男性寄りの中性的な容姿の、とても見目麗しい男が弾いていた。

彼の背には、雄々しい金色のイヌワシの翼があった。

金色の翼は、風の精霊の証。彼は、風を統べる王の息子であり、副官、雷帝・インファだ。

インファは、男性にしては少し高く切ない響きのある声で、歌っていた。

 ここは、森羅万象、世界を形作る力を制御し循環させている、様々な力の司である精霊の暮らす世界・イシュラース。太陽王の統治する昼の国・セクルースにある、風の王の居城だ。

ピアノホールと呼ばれているこの部屋は、とても美しい。

ドーム状の天井の中心には、花と戯れるオオタカが描かれたステンドグラスが嵌まり、同心円に組まれた真っ白な木の床に、日の光で絵を描いていた。天井のステンドグラスを中心に、曲線を描くアーチとの格間には、白い石で作られた風の王の両翼の鳥である、孔雀のインサーリーズと梟のインスレイズの彫刻が交互に並んでいる。

円筒形の壁には等間隔に柱が並び、ジャスミンの花の蔓が絡まる彫刻が施されていた。柱の間にある丸窓は、十字に格子があるだけでシンプルだった。

昔は、グランドピアノしかない部屋だったが、今では、様々な楽器が置かれていた。

ここが、こんなに賑やかな部屋になってから、まだ90年ほどしか経っていない。

 それは、90年と少し前、インファの父である、風の王・リティルが新たに配下に加えた精霊、歌の精霊と旋律の精霊が来てからだ。

彼等を配下に加えることになった事案は、解決までにおよそ60年かかった。そして、解決した場所とは関わりを絶たなければならないのに、担当した3人の精霊のうち2人――雷帝・インファとその息子、煌帝・インジュが歌の精霊達と、その後の面倒を見る羽目になった。それは44年あまりにも及んだ。実に、完全解決までに100年以上を費やしたのだった。それは、風の王がリティルの代になってから初めての、長期にわたる事案だった。

不老不死の精霊であっても、それは短い時ではなかった。ようは、苦労して解決した事件の戦利品なのだ、歌の精霊と旋律の精霊は。まだまだ問題も多いが、この戦いに明け暮れる風の城を、よく助けてくれている。

 インファは、歌の途中で不自然に手を止めた。そして、ステンドグラスの嵌まった天窓を見上げる。ステンドグラスを透過した光が、虹色のシャワーとなって白い床に降り注いでいた。

――バイオリンの音が、聞こえる……

インファはどこから?と耳を澄ました。哀しげなバイオリンの音に混じって、何やら声のようなものも聞こえる気がした。何を言っているんだ?とさらに耳を澄ませてしまったインファは、途端に後悔することとなった。

――う ば わ せ な い ・ ・ ・

その声は、インファの内側から聞こえてきた。それを認識した途端に、冷静沈着な風の王の副官の心で、飢えたイヌワシが血のように赤い瞳を開いた。

「は――くっ!」

インファは思わず、胸を押さえて立ち上がっていた。ピアノの鍵盤についた左手が、不協和音を奏でた。すべてを殺し尽くしたいという暴力的な衝動を抑えようとするが、止められない!視界が暴れ出したイヌワシの瞳と同じく、赤く染まった。

風の精霊が当たり前に持つ、殺戮の衝動――。それが、インファを支配しようとしていた。

 世界の刃である、風の精霊。世界に仇なすモノを狩り、生きとし生けるものを守る。輪廻の輪の守護者。戦う事を運命づけられた、唯一の精霊だ。どんな相手を前にしても臆さず怯まない、勇敢な精霊だ。その勇敢な心は、この殺戮の衝動によって守られていた。

しかし今はその時ではない。だのに、風の精霊の闘志である殺戮の衝動が、戦うべきモノもいないというのに、インファの心に湧き上がってきていた。インファは、多くの精霊から師と仰がれるほど、優れた精霊だ。多くの、問題を抱える精霊を導いてきた。

だというのに、未熟な子供のように、とっくに飼い慣らしているはずの殺戮の衝動に、今イタズラに翻弄されようとしていた。

「お父さん!」

ホールの出入り口である、イヌワシとオウギワシの彫刻された白い扉が、バンッと開かれた。血相を変えて飛び込んできたのは、キラキラ輝く金色の髪の、女性のような柔らかな容姿の風の精霊だった。とても、戦えるようには見えないが、彼の背にあるのは雄々しいオウギワシの翼だった。

「イン――ジュ……近づいて、は、いけません……!」

インファは、息子である煌帝・インジュの姿を認め、警告を発した。インジュは父の声に立ち止まったが、インファが止まれなかった。

「うっ――あああああああ!殺して、あげますよ」

インジュは、白の輝きの中に青と緑の混じり合う、不思議な色の瞳を見開いた。そして、叫んでこちらを見据えた父の、いつもは温かな切れ長の金色の瞳が、血の赤に染まっている様を見た。

残虐な笑みだった。インジュは信じられないようなモノを見るような目で、父のその笑みを見つめた。父は、例え戦場に立ったとしても、こんな殺戮を楽しむような目をしたことはない。それを今、息子である自分に向けていることが、信じられなかった。

優しい父に、そんな瞳は似合わない。その瞳は――

――ボクの専売特許です!

 インジュは、女性と見まごうほど美しく整ったその顔に、血に飢えた獰猛な笑みを浮かべた。インファに劣らない長身だが、彼よりも線が細く華奢な体格だというのに、臆せず極々自然に手刀を構える。

「朝から盛んですねぇ。いいですよぉ?殺し合いましょう?お父さん!」

ドンッと、インファから金色の風が放たれた。インファの、肩甲骨の辺りから、緩く三つ編みに束ねた髪が浮き上がるほどの強風で、グランドピアノは一瞬でバラバラに壊されていた。

猟奇的に笑いながら、襲いかかってくる父の姿を見据え、インジュは楽しそうに笑った。

獰猛な、オウギワシのその瞳で。


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