鬼門
次作を書き悩むとある物書きが「鬼門」というどうも奇妙で、曖昧な噂を聞き、実物が現存している村へ向かい、ある人と出会う。その時に起こった出来事を書き残そうと、筆を取り、走らせる_________
一、訪門
或る所に、「鬼門」と呼ばれる古く寂れた鳥居がありましたそうな。神域の境界、入り口である鳥居になぜ、鬼という物騒な名がついておるのかといいますと、何でもこの門をくぐり、振り返るとそこに鬼を見る。との簡単なことでありました。鬼を見る門、鬼門でございますが、ならばこの門、その先には何があるのか?と村人に問うてみると、なんでもこの近くに住む者皆一度もくぐったことはない故、わからないとのことで、それもそのはず、言い伝えによりますと、鬼と相見えるとたちまち気が狂い、正気を失う。そして、その者の命は三日と持たないといはれておるそうなのでございます。ならばくぐらぬまでも離れから鬼門の先を見ることができるのでは?とまた問うてみると、鬼門のある所には日も差さず、年中不気味な霧がかかっており、かろうじて賽銭箱のような四角い木箱がぼんやり、うっすら見えるのがやっとだそうで。ただ、それでもやはり、言い伝えや噂の曖昧さにどうも納得がいかず、村人達を手当たり次第に(やはり皆変わらず、曖昧なものばかりで)聞いて聞いて回りに回っておると、年の頃八十ほどの生気の薄い、痩せ細った白髪の老婆と出会うた。この老婆に鬼門について知っていることがあれば、何でもよいから教えてはもらえないか?と失礼を承知で問うてみると、その老婆は両目をギョロッと見開き、声を震わし恐る恐る
「・・・なにゆえ、鬼門を調べておるのか?」
「いえね、噂を聞きつけ、居ても立っても居られなくなり、実物を見る前に色々と聞いて回っていた所でございます。何かご存じではございませんか?」
「少しばかり」
「なら是非、勿論タダとは申しません。」
「んや、そんなものは要らぬ。・・・ただこの話は・・・」口を噤む。
「覚悟はできております故、どうか教えてくださいまし。」
「仕事は?」
「はい、陳腐な物書きをやっております。」
老婆は少し難しい顔をし、少しして「・・・腰を下ろせる場所で、ゆっくり話しませう。」
「有り難うございます。」
二、悪人・凡人・善人
老婆の身体を気遣いつつ、かろうじて開いている(であろう?)茶屋に入り、話を聞くことに。
「さて、何から話そうかね・・・」
「物語にする必要はございません。どうぞお好きにお話しください。」
「そうかい、ならあの三人の男の話を・・・」老婆は歳に似合わず、淡々と昔話を語り始めた。
それは、老婆が年の頃十四程の少女であった頃、鬼門の伝承は今とは大きく異なっており、どういうことかというと、老婆曰く、今ほど物騒でなくむしろ性格占いのような軽く、明るいもので、女子供にずいぶん人気があったそう。
どのようなものかと聞くと、一人で門をくぐり、振り返ると鬼を見るというのは同じで、ただ今の伝承と違うのは、鬼が見える場合はごく稀というところにございます。とその前に「鬼」のことを少し、寄道を。鬼というのは数多く居りまして、ここでいう鬼というのは簡単に悪鬼のことで、さらにいいますと、人の心に棲む類にございます。ただ、幾ら鬼といえ、棲める心と棲めぬ心がありまして、何不自由なく生きている大半は棲めぬ心であります。では、棲める心はといいますと、一言でいうと悪人でございます。罪を犯した者、罪を知らぬ振りをした者、何もしなかった者などには、その罪と同等な悪鬼が棲みつくのでございます。棲みつくというより、「生む」の方が正しいのかもしれません。語りを本道へ戻しませう。要は、鬼門で見る鬼というのは己の心の内に棲む鬼の姿、若しくは罪の姿というわけで、見えぬ場合というのも納得でございます。のでこの頃の者は鬼門を使い、自らの心や友人、想い人の心の内を知りたかったのでございましょう。
さて、ここからは老婆を少女へと若返らせ、何故「鬼門」が今のようになってしまったのか、それを今から語ることに致しませう。
或る所に、身寄りのない幼子を集め、物書き云々を教える寺子屋というには足りぬものが数多ある学び舎があった。そこに唯一、親が有り、帰る家の有る少女が学んでいた。なんでもこの学び舎を作り、唯一人で先生をしている権兵衛をえらく気に入った、という単純なものであった。この少女の他の六人は身寄りがなく権兵衛と衣食住を共にしていた。衣食住どれをとっても満足とは程遠いものであったが。ある時、六人の一人が風邪を患った。少女は権兵衛にしか興味がなく、気づくことすらなかった。そして三日も立たずして、また一人が高熱を出し、病床に伏した。ただ、少女は気にしなかった。さらに三日後、残る四人の二人に病がうつり、学び舎には少女を含め三人となった。さすがに違和感を感じ権兵衛に問うと、じきに良くなる。とただそれだけだった。権兵衛は話を逸らすように明日、近くの神社である事をするらしく、学び舎を休み、皆で行こうとのことだった。なんでも人(幼子)攫いがここのところ頻発していて、その容疑者が一人見つかったそう。(その男は絵に描いたような悪人で身なり貧しく、心も貧しかった。故に窃盗、暴力を繰り返し人攫いの容疑者となった。)ただ一つ疑問があり、その男は今まで幼子には暴力や盗みなどで手を出したことはなかった。そして村人達はその疑いの真偽を探るため鬼門を使うことにした。然し、この頃の鬼門はあくまで紛い物。言い伝えの様に鬼を見た者は誰一人として存在せず、故に、この村での人々の互いへの愛情・信頼は固いものだった。人攫いが起こるまで。村人達は未だかつて無いほどの不安が充満していた。ならばこの悪人か悪人でない真偽をどうするかというと、まず鬼門に男を一人でくぐらせ、振り返ると居ないはずの鬼を村人の多数が鬼面を被り、異臭を放ち、肌を見せずに鬼を演じ、激しく(暴力・罵詈雑言で)責めたて、まだ真偽は分からぬ一連の事件の犯人に仕立て罪を償はすという随分粗い方法であった。それ程までに村人たちの不安は高まっていたのであろう。当日、男が鬼門の前に連れられ、見世物の如く、紹介がなされた。男は病的なほどに目が虚ろで血の気が引いていた。もちろん男は鬼門の噂が紛い物であることはおそらく存じており、この茶番の幕引きは自身が不安・怒りの捌け口になる事もおそらく存じていた。然し足を止める事はなく、今となってはこの男は真に悪人だったのかは、鬼のみぞ知る、というところでございます。して男は鬼門を、否、処刑台へと歩みを進めた。門をくぐり、三四歩先で足を止めた。鬼面を被った村人は振り返るその時を待つ。やはり男は覚悟を決めきれぬ為なのだろうか振り返らない。少し待ち、さらに待つ。ここで見物に来ていた権兵衛は異変に気づき、少女に耳打ちする。「やはり鬼は居たんだねえ。」と。少女は男を凝視する。すると後ろ姿であれど、どうも独り言を喋っている様で。権兵衛は続けて少女に耳打つ。「あれは、天邪鬼の類であろうか。」少女は驚き、少し安堵した。その鬼は一尺程で細々とやつれた白鬼であった。男は俯き、独り言。ではなく男は俯き、鬼と会話していた。鬼は門の外ではなく内に居たのだ。但し少女が恐れていたのは鬼よりも村人の方であった。権兵衛を除き、村人達は鬼が見えていなかったのである。村人達の気が狂っておるのか、それとも。などと考えておると男に動きがあった。というよりもうすでに動き終えていた。出来事のみを語ると、男は舌を噛みちぎり、絶命。悲痛な顔をしていた。村人達の不安は収まらず、鬼は居なくなっていた。
数日も立たぬうちに、次の容疑者が挙がった。名を京平といい、いたって平凡な者で、妻を持ち子は授からず、このほか語る事は無し。何故、この者が選ばれたのかというと、単に子を持たず京平には放浪癖が有ったというだけで。例によって鬼門の前に民衆を集めた。そして例のように京平一人を門先へ送り、振り返りを待つ。今回は鬼面の村人達(随分数は減り)以外見物は少女一人であった。権兵衛は学び舎の子達の看病が有るとの事だった。少女は又、鬼を見た。然し様子が全くと言って良いほど違った。なんとも楽しそうだったのである。鬼もそして京平も。鬼は背丈が京平と同程度の青鬼で、顔が京平と瓜二つであった。なんとも賑やかに会話をしている。鬼の見えぬ鬼面の村人達はさぞ妙に見えたであろう。京平は平然と振り返り、未だ賑やかに鬼と言葉を交わす。余りにも不気味に見えた村人達は門外から怒号を飛ばし石を投げつけた。反応せず、京平は異常なほどに笑っている。そして、鬼門をくぐり、来た道を戻って行く。おそらく自宅へ向かったのだろう。鬼面の村人はその異常さに何をする事も出来ず道を開け、京平は去って行った。鬼は居なくなっていた。その夜、京平は妻を殺し、井戸に落ち命を落とした(水面に映る自らの顔を鬼と?)。恐らく井戸の中でも笑い声が轟き続けたのであろう、死体には笑顔がこびり付いていたそう。
そして、この話の核である三人目を語ることにいたしませう。恐らく既に気づいておられるでしょうが、そう、三人目は、権兵衛の事にございます。この者はこの件、初めから鬼の仕業と気づき、動揺の素振りは無く、学び舎の子らの行方不明と人攫い、少女は権兵衛を鬼門へ呼び出すことにした。村の不安は収まらぬものの京平以降、鬼門試しはしなくなり鬼門の近くは寂れ、人が近づく事はなく、この時すでに少女以外の幼子は皆、人攫いに遭い行方不明となっていた。疑われることのない権兵衛という者の人柄は如何程のものかといいますと、なんでも聖人の如き善人で彼を悪く言う者はこの村には一人も居やしません。然し、数年前余所からやって来た少女は彼の死の香りに気づいておりました。ただそれは善人権兵衛の魅力でもありまして、たちまち少女は彼の魅力に嵌ってしまったのであります。__________全てを察した少女は権兵衛に鬼門をくぐるよう求めると、彼は、平気な顔で承諾した。躊躇うことなく鬼門をくぐり、賽銭箱に手持ちの小銭を投げ入れ合掌している。鬼は・・・。祈りを終え、何やら上を気にしながらゆっくりと振り返り、一歩一歩門の外へ。権兵衛は少女に「鬼は出たかい。」と。少女は体の震えから動作が遅れる。「そうか、しかし雨に降られるとはね。」空は曇天であれ、雨などは降っていない。少女は困惑し言葉を詰まらせる。権兵衛は「それでは。」と言い残し、去って行った。以降、生きた権兵衛を見た者はいない。少女はやはりすべてを察してしまった。聖人の裏に潜む巨躯の鬼を。__________ある一人の村人が権兵衛と六人の家屋を訪れた。呼んでも呼んでも出てこないことを不審に感じ中に入った。すると誰もおらず、生活の気配もない。辺りを見るとどうも裏口があり、そこから出ると正面に物置小屋があった。小屋というにはかなり大きかった。扉は半開きになっていた。悪寒を感じたが興味が勝り、村人は中へ。異様な臭い、視界が悪く、手元の灯りを点ける。夥しい数の傀儡が壁を背に横並びになっていた。目を凝らし、よく見ると、傀儡ではなくそれは・・・幼子であった。傀儡に見えたのは血が抜かれ、髪が無く腐り、かろうじて人型だったためである。村人はたまらなくなり逃げ出した。翌朝、村人達を集め、幼子の死体を弔った。幼子の死体は攫われた子供たちであった。絶望する村人、呆然とする村人、嘆き悲しむ村人。少女もこの場に居た。暫くして小屋の中から慌てて村人が出てきた。言うには奥に大きな絵があり、男が死んでいると。権兵衛だった。大きな絵は一面赤一色。鬼の絵であった。幼子の髪を毛筆、血を墨として描いていた。鬼は一つ目で巨躯の赤鬼であった。何故、これ程に幼子を殺めたのか。おそらく血は乾くと黒くなる為、時が経つと赤鬼ではなく黒鬼に成ってしまうのが許せなかったのだろう。それ故に、最後は血が足らず、自らの血で描こうとした。その後、学び舎は無くなり、鬼門は禁域となった。それがこの事件の全容である。
三、人と鬼
少女を老婆に戻し、舞台を茶屋へ。
「・・・それから、絵はどうなりましたか」
「ええ、燃え屑になりましてそれは、鬼門の傍に撒かれ、それからは禁域なったので、分かりませぬ。」
「途中から随分口調が変わってましたね。どうされたのですか?」
「昔を語ると、どうも老婆を忘れてしまいましてね。」
「そうですか。聞きたい事は山ほど有るのですが、一つどうも腑に落ちない事が有りまして。」
「どうぞ。」
「あなたはどうして、鬼が見えておったのでしょうか。」
「ああ、それは私が物心ついた頃から気違ひだったからです。」
老婆が言うには、鬼門の有無関係なく鬼は居たと。今も昔も。それと__________権兵衛がお参りをした時に何故一瞬、雨が降ったのか。それは、巨躯の赤鬼が今にも食らわんと、涎が垂れるほどに口を開いたからで、少女が困惑し、声が出なかったのは、その赤鬼と目が合ったからでございます。__________話を戻しましょう。今も鬼が居るというのは、老婆曰く、鬼は人で、人は鬼であるとの事で、人が死ぬことで鬼は消え、鬼が居ぬことで人は死ぬ。とどうも分かるような、分からぬようなことをのたまふ。続けて老婆は鬼門について、こう語った。「鬼門は鬼を見る門と伝えられているが、どうも儂は鬼が帰る門、帰門なのではないかと。というのも鬼門で見た鬼達は皆、どこか哀しそうな顔をしておったのよ。一尺の白鬼も青鬼も、そしてあの赤鬼でさへ。」そう語る老婆は哀れみの表情を見せた。
「ならば、鬼は人の正気を保つ何か、ということでございましょうか。」
「ええ。」
「何かとは何か、存じてはいないのでしょうか。」
「見えるのみで。」
「・・・では私にも?」
「居るのでしょうね。すぐ傍に。」
「?何とも曖昧な。」
「今となっては、もう殆ど目が見えぬのです。」
「・・・それは失礼を。」
「・・・して、鬼門には行くのかい?」老婆はゆったりと立ち上がり、そろそろ別れの時。
「ええ、この目で見てみとうございます。たとえ気が狂おうと。」
「そうかい。・・・ならば心を強く、持ちなされ。」と言い残し、老婆は深々とお辞儀をする私を横目に茶屋を後にした。その足取りはかつての少女を彷彿とさせ、まるで目が見えておるかのように足を運ぶ。
四、鬼門
結局、鬼門に向かったが、門を何度くぐろうと鬼は見えなかった。そして物語として書いている今が有るということは正気なのだろう。老婆の話は嘘には思わなかったが、ただ疑問は残っている。鬼の大小・種類・色、語られた少女の冷静さ、その他諸々。そんな事を今更嘆いても仕方ないのですが。この話の締めくくりの言葉としては、人の裏には鬼が居り、その均衡こそ人たらしめる。このようなものでしょうか。そういえば、何故権兵衛は少女を生かしたのでしょうね?私には分かりませぬ。貴方はどうですか・・・鬼よ。
お読みいただきありがとうございました。これで三作目となるのですが、そろそろ短編ばかりでなく連載も書きたいなと思ったりもします。(なろう。で書いているので異世界モノでも。)
今回の鬼門は、所々に旧仮名遣いや昔話感を使ってみたいと思っていたのですが、どうも作者の学の無さが垣間見えると思います。指摘ありましたら気にせずおっしゃっていただきたいです。最後に、短編の良さを生かすため、あまり語りませんでしたが、老婆や作中での作者、鬼などについての疑問・考察をしていただけると幸いです。次作への糧となりますので。