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目が覚めた。
地面には大量の血が固まっている。これは僕の血か……。
僕はまだ路地裏にいるようだ。
頭が痛い。猛烈な痛みで目がチカチカする。
不良連中は見当たらない。僕の頭を金属バットで殴った後、怖くなって逃げだしたのか。だとしたら、救急車などは呼んでいないのだろうか。
どれだけ時間が経ったのかわからない。
血の固まり具合から見ると、三十分以上は経過してそうだ。
僕は立ち上がり、路地裏を出る。
なぜか呼吸すら苦しい。頭を思い切り殴られたせいで、体のあらゆる器官が狂ってるような感じだ。下手をすれば死ぬかもしれない。本当なら救急車を呼ぶべきだろう。
けど、僕は二つ手前の路地へ向かった。
そこには不良連中と遭遇する前に隠したリアーチャルがある。
もしもこのまま僕が救急車で搬送され、入院することになったら、きっとリアーチャルは誰かに見つかってしまうだろう。最新のゲームが新品の状態で捨ててある……となれば、拾って持って帰るか、中古ショップで売るかのどちらかを選択する可能性が高い。百歩譲って善人が拾ったとしても、持ち主がわからない上、ゴミ箱に入っているのだから、落とし物として警察に届けてくれる可能性は極めて低い。
今、取りに戻らないと……せっかく華藻芽姉さんに金を借りて買ったリアーチャルを失うことになる。
それどころか、野原に放置されている僕のアバターの身すら危うい。
僕はおぼつかない足取りで、二つ手前の路地裏に戻り、ゴミ箱を開けた。
「あった……」
安堵と歓喜に震えそうになったが、それ以上言葉を発することができないほど体がダメージを受けていた。
救急車を呼ぶべきか、それとも持って帰るべきか。
僕は……ひょっとしたら死ぬかもしれない。
全身が危険信号を発してるのがわかる。
このまま病院に送られて、高い治療費を家族に請求し、おまけに死ぬことになったら……最悪だ。結局、僕はゲーム世界に戻ることもできないまま死ぬことになる。
だったら……最後に一度だけでも、あの世界に戻るべきだろう。
あの人に会って、さよならだけでも伝えるべきだろう。
僕は足を引きずりながら、家へ向かった。
途中で知らない人に何度か声をかけられたが、家が近いと言って断った。実際、ここから家までは五分程度の距離だ。
かつてないほどの苦痛を味わいながら家にたどり着き、僕はノロノロと自分の部屋に入る。
リアーチャルの箱を開き、袋を破り、本体を取り出す。
電源をコードに刺して、ヘッドマウントディスプレイを被った。
ゲームを楽しむワクワク感はない。死の間際にやり残したことをやるような気持ちで、僕はログインコードを口にする。
「複製された命は世界を往来する」
脳が軋む音が聞こえた気がした。
よく考えたら、この機器は何らかの方法で脳の情報をゲーム世界とリンクさせている。脳にダメージを負っている状態で使うべきではなかったのだろう。ひょっとしたら、これが致命傷になることもあり得る。
どこかへ急降下しているような感覚。
体がグルグルと回転している。
頭の中が急にふわっと軽くなった。
目の前に『レルガルド―オンラインへようこそ』の文字が浮かび上がる。
再び急速に落下し、どこか家の中に視点が誘導されていく。
次の瞬間、僕は布団の中で目を覚ました。
不思議と全身の痛みは消えていた。
温かみを感じるログハウスのような内装。丸みを帯びた木々を組み立てたような造りだ。近代的なドアはない。ほとんど筒抜けだ。
立ち上がり、壁際に行くと、どうやらここは二階のロフトのようだと察した。
下を見ると、誰かがコトコトと鍋を煮込んでいた。
その人物が僕の方を向く。
「おはよう、雑黒君。起きたのね」
「お……おはよう、ございます」
その人物は、僕がもう一度会いたいと願っていた魔女だった。




