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翌日、僕はレルガルドーオンラインの世界に戻るため学校を休んだ。
僕のアバターは怪の近くで寝ているので、早くログインしないと、腹いせで殺される可能性がある。
さらに、僕は今日学校に行くと、怪の兵隊(不良グループ)にボコボコにされてしまう。
今のうちにレルガルドーオンラインの世界に戻るのがベストだ。
これまでの僕だったら、怪に逆らうのが怖くて、大人しく学校に行っていただろう。そしてボコボコにされて、つまらない思い出を一つ増やしていただろう。
けど、僕はもう怪を恐れるのをやめた。僕は怪に喧嘩を売ったんだ。今はレルガルドーオンラインで再び魔女に会うことを最優先に考えよう。
問題を先送りにすることになるけど、僕が自分の意思で選んだ行動だ。そう思うと心がスッキリした。
学校に休みの連絡をした後、僕は華藻芽姉さん(一人暮らしの大学生で、カフェのアルバイトリーダーを務めている)の家へ行き、頼み込んで三万円を借りた。出世払いで返す約束になっている。華藻芽姉さんに感謝だ。
近くの電気屋でリアーチャルを購入し、帰路につく。
ついに手に入れた夢の機器。外箱のツルツルした質感やパッケージの写真すら特別なものに思えてくる。
ワクワクが止まらない。
これでまたあの魔女に会える。
電車に乗って地元の駅に着き、昼間の街中を速足で家へ向かう。
ところが、金髪のゴツい集団が向かってくるのを見つけて、僕は慌てて脇道へ身を隠した。
「マジで見つかんねえなぁ! 怪の言ってたガキ……」
「うっせぇ、イラつくんじゃねぇよ。家にいねぇってことは、どっかこの辺でフケてんだろ。どうせすぐ見つかるっつーの」
「んなこと言って一時間以上歩いてんじゃん。休憩しようぜー休憩」
「お前、わかってんのか? オレらは今日中にガキ見つけてボコれって言われてんだぞ。こんな簡単な遣いでトチったら沢土さんに殺されるぞ」
「わーってるって。言ってみただけだろークソが」
不良集団が近づいてくる。
会話の内容からして、僕を探している怪の手先の兵隊のようだ。しかも、この時間に学校に行ってないとなると、学内の不良よりもタチが悪い連中だろう。見つかったらただでは済まない。
迂闊だった……。ゲームを手に入れて、完全に浮かれていた。
僕は怪に面と向かって"兵隊にリンチさせる"と宣戦布告されていたんだ。
僕は学校を休んだから、怪は激怒して、外の兵隊に見回りに行かせたのだろう。
見通しが甘かった。怪がここまで本気で行動に移すとは思っていなかった。警戒していれば回避できたかもしれないのに……。
通路はそこそこ幅が広い。真正面に人が来たら見つかる。奥は高い金網で塞がっているので、逃げ道もない。考えうる限りで最悪の隠れ場所だ。
あるのはゴミ箱だけ。人が隠れられるほどのサイズではない。
あと数秒で僕は見つかるだろう。
こうなったら……。
僕はリアーチャルをゴミ箱に入れた。
不良に見つかったら、取られてしまう。ここに隠しておいて、後で取りに来よう。このゴミ箱はそれほど頻繁に使われている様子ではないので、短い時間なら大丈夫なはずだ。
僕は不良集団に顔を見られないように、さりげなく通路から出た。後頭部を見られる形になる。
すぐ真後ろに不良たちがいる。できるだけ平静を装って歩こうとするが、心臓が張り裂けそうになる。
「んだオメー? 変なとこから出てきたな」
「オイ、ガキ。止まれ。聞きてーことがある」
僕は聞こえないフリをして歩き続ける。手足はすでに震えている。これでは”聞こえなかった”のではなく、”無視している"と思われるだろう。
「テメェだよ、テメェ! オラ! 舐めてんのか!?」
「止まれっつってんだよクソガキ! ジバくぞ!」
止まっても止まらなくても、シバかれるんだよこっちは……!
心の中で叫び、僕はダッシュした。
できるだけ人気のあるところへ逃げるんだ。コンビニでも、商店街でも……誰かが通報してくれそうなところに……。
「足遅……止まれっつってんだろ?」
僕の真横に並走している短髪の不良がいた。
腕を掴まれて、引っ張られる。
僕はバランスを崩して、地面に尻餅をついた。
「いぇーい、新種のクソガキゲットー!」
「うははっ、いらねー!」
「ナイス、シュン! そいつ離すなよ」
「……あれ?」
シュンと呼ばれた不良は、僕の顔を見て、明らかに気づいた顔をした。
「お前……アレじゃね? 雑黒とかいうガキ」
「…………」
終わった。今度こそ終わった。
喧嘩すらまともにしたことがない僕が、上級生に一方的にリンチされることがほぼ確定した。
これまでカツアゲ目的で脅されたり、軽い悪ふざけで殴られたことはあるが、痛めつける目的の暴力を受けたことはない。
恐怖で全身が震える。
寒気が走る。
「あ、ビンゴじゃん。お前さ、ちょっとお兄さん達と裏行こっか?」
僕は胸倉を掴まれて、無理やり立たせられた。
しかし、足が震えて、まともに立っていられない。
「君さ、怪君って知ってるよね? 土実野高一年の。あの子にひでーことしたらしーじゃん?」
「俺たちさぁ、怪君とお友達なんだよねぇ。だから、お前みたいなクソガキ許せねーんだよ。わかる?」
僕は引きずられるように、近くの路地まで連れていかれた。
逃げたい。家に帰りたい。こんなことなら、華藻芽姉さんの家から出るんじゃなかった。
「ねー、聞いてんの? 答えろよクソがッ!」
腹を殴られ、僕はその場に蹲った。
呼吸ができない。胃が張り裂けたみたいに痛い。
上級生だけあり、腕力が強い。学内の不良とは圧倒的な差がある。力も、躊躇の無さも。
「ねーねー、最初オレにやらせてくんねー?」
「うははっ! お前、それマジで? 飛ばし過ぎじゃね?」
「オレらの分残しておいてよー」
カラカラと、甲高い音が聞こえた。
地面を擦れるような音も混じっている。
見なくてもわかる……金属バットだ。
こいつら、正気か……。
「いやー、死んじゃったらゴメンねー?」
その瞬間、妙な寒気が走った。
何らかの直感が働いたのかと思った。
違う。不良集団が騒めいたんだ。
僕だけじゃない。路地全体が不穏な空気に満たされてる。
「おまっ……ちょっ」
誰かの必死の声を聞いた瞬間、僕は全てを察した。
ゴンッ…………。
頭蓋骨に鈍い音が響いたのが、僕の最後の記憶だった。




