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41 エピローグ

「雑黒、何が起きたん!? 百体くらいのアンデッドと、ママが苦戦しとったトッププレイヤー三体一気に倒してまうて!? 凄すぎるで!?」

「すごすぎるで?」


 真白が口をあんぐり開けて僕に詰め寄ってきた。桃穂はいつも通りのぼーっとした顔だ。


「アンデッドで経験値を一気に稼げたから、竜三体もスムーズに倒せたんだ。運が良かったよ」

「えええええええ!? ラッキーでドラゴン三体は倒せへんて! 凄いでホンマ!? 新技も綺麗に使いこなしとったし、天才やん! アバター強かったとしても、普通あんな風に戦えへんで!? 雑黒はもっと自分のことを褒めたらなアカンわ! いや、せやったらウチが褒めたるで! 雑黒めっちゃカッコええ! 男前やわぁー!」

「ざくろえらい」

「ありがとう」


 よく考えてみたら、けっこうピンチだったのかもしれない。僕がママの足手纏いになるようなレベルだったら、負けていた可能性もある。


「まあ、アンデッドとドラゴン倒したおかげでレベル290まで上がったから、これからは強い敵とも互角以上に戦えると思うよ。明日からまた"狩場潰し"よろしくな」

「おぉ、雑黒は強くなってもウチのこと見捨てへんのやなぁ……。嬉しいわぁ……」


 真白は冗談と本気が入り混じったトーンでしみじみ言う。


「当たり前だよ。真白は心から信頼できるパートナーだ。僕が真白を見捨てることなんて絶対にないよ」

「んなぁっ!? あああアカンで!? なんやそのカッコええ台詞!? サラっとそんなこと言うなんて信じられへん! ホンマ雑黒はウサギキラーやわ!」


 ウサギキラーってなんだ……? カッコいいと言われたのに、褒められてるのかよくわからないぞ。


「アカン、顔熱くなってもうた……。ウチちょっとシャワー浴びてくるわ……」

「しゃわー!」


 そういえば、小さな噴水のように水が出る魔法具を風呂場で見かけた。地球と同じ発想だけど仕組みはまったく違う。ママがレルガルド―オンラインで特注したのかもしれない。


「雑黒、せやからまたあとでな」

「うん、ゆっくりしてきな」


 真白と桃穂は風呂場に向かった。

 リビングにはママと二人きりになった。

 あの話をするいい機会かもしれない。



 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



「親子のシステムについて教えてくれない?」


 僕はテーブルを挟んで、ママと向き合って座った。

 トッププレイヤーたちとの戦闘中、ママは僕に『勝ったらご褒美をあげる』と言っていた。その約束で、僕はママとの関係について聞こうと思ったのだ。


「あら、気になってたの? 何も聞いてこないから、てっきり興味ないのかと思ってたわ」

「気になってたけど、聞きづらかったんだよ」

「ふふっ」


 ママは蠱惑的な笑みを浮かべた。厚ぼったい唇がセクシーだ。こんな雰囲気のママだからこそ、母子システムについて聞くのが照れくさかった。

 けど、ようやく秘密を知れるときがきた。どんな話をされても受け入れらる覚悟はできている。


「そうね、じゃあまずはこの世界のアバターについて話しましょうか」


 ママは言いながら、テーブルのポットからカップにコーヒーを注いだ。一つを僕の方にくれたので、「ありがとう」と言ってカップに口づける。味は苦いけど、いい香りだ。


「雑黒はこの世界のアバターはどこから生まれてくると思う?」

「普通のゲームみたいに、何もないところからポンと出現するんじゃないの……?」

「ええ、正解よ」


 ママは高い鼻でスッと息を吸った。コーヒーの香りを楽しんでいるようだ。


「新しいプレイヤーがログインした瞬間、アバターが突然出現するの。でもね、"原住民"は普通に赤ちゃんを産むのよ」


 言われてみれば、当然のことだ。レルガルド―オンラインの原住民は普通の生物なのだから、地球人と同じように、自然な流れで子供を産むのだろう。


「じゃあ、アバターは誰が作ってるの……?」

「ゲームの開発者がこの世界を操作して、自動的に生み出されるようにしたのだと思うわ。だって、アバターって、人一人分の人工臓器みたいなものなのでしょう?」

「なるほど……」


 ゲームの開発者は、世界を行き来するシステムを作ってしまうような天才だ。クローンを作ることくらいはできるだろう。アバターはクローンとほぼ同じだと思う。命のない空っぽの体とでも言うのだろうか。プレイヤーが乗り移ることで、初めて生き物になる。それこそが、レルガルド―オンラインの『理』に埋め込まれた、子作りのシステムなのかもしれない。


「でも、僕はママの子供なんだよね。ってことは、プレイヤーがアバターを作ることもできるってこと?」

「うーん。ちょっと違うわね。アバターは自然に生まれるのよ。プレイヤーが作ることはできないわ」


 まあ、そうだろうな。アバターはあくまでもシステムで作られているからこそ、プレイヤーの人数と一致すのだ。プレイヤーが勝手にアバターを作っていたら、命のない空っぽの体が世界に溢れてしまう。


「だったら、僕とママの母子関係は……?」


 僕は明らかに、ママの魔力を受け継いでる。母子であることは間違いない。


「簡単なことよ。プレイヤーはこの世界に生まれてくるアバターに対して、影響を与えることができるの」

「影響……?」

「"あること"をすると、システムで自然に生まれてくるアバターの中から、両親の力を引き継いだアバターが生まてくるのよ」

「システムに遺伝子を介入させるってことか…………それってどうやるの?」


 ママはコーヒーを飲み、僕を見つめ、たっぷり間をとってから、フフッと笑った。


 答えないのか……。

 ってことは、まさか地球の子作りと同じ方法なのか……? それをすることで、二人の力を受け継いだアバターが生まれるのか……?


「まあ、想像にお任せするわ。キスかもしれないし、もっと深い愛情表現かもしれないわね。それは母親としては言えないもの」


 思わせぶりな言葉だな……セクシー系アバターのママがいうと、余計深い言葉に聞こえる。これ以上は踏み込まないでおこう。

 僕は頭に浮かんだ想像を振り払って、話題を変える。


「そういえば、僕の父親は土竜なんだよね」

「ええ、そうよ。父親と呼ぶべきか、"二人目のママ"と呼ぶべきか、わからないけどね」


 スルーすべきか……これ以上踏み込まない方がいいんじゃないか……。

 そう思ったが、好奇心が勝って僕は質問した。


「……まさか、土竜は女性だったの?」

「女性プレイヤーで、男性アバターだったわ」

「え、そんなパターンがあるの……?」


 レルガルドーオンラインでは、アバターの性別を選ぶことができるのか? 僕がログインしたときは、そんな選択肢はなかったはずだが……。


「普通、プレイヤーの性別はシステムがリアルの性別を自動判定して一致させているんだけど、彼女は男性アバターを引いてしまったの。性格がイケメンだったからかもしれないわね」

「な、なるほど……」


 頭が痛くなってきたな……。母子システムについて教えてもらっていたら、母親が二人に増えるとは……。


「ちなみにその土竜は生きてるの……?」

「ゲームではリタイアしてしまったわ。でも、リアルでは生きてる。私の友達よ。今度雑黒にも紹介してあげるわね」

「う、うん……」


 どんな人なのか興味はあるけど、どんな顔をして会ったらいいのかわからない。『レルガルド―オンラインであなたの息子です』というのもおかしい。


「もう少し気持ちの整理がついたらお願いするよ……」

「ええ、いつでも歓迎よ」


 ママは余裕たっぷりの表情で言う。僕をからかってるんじゃないかと疑いたくなるけど、ママのようなお嬢様は百合っぽい雰囲気があるとも感じる。たぶん本当のことなんだろうな……。僕よりよほど人生経験豊富だ。さすが名家の令嬢。

 僕はコーヒーを飲んだ。さっきまで苦かったのに、今は少しだけ美味しく感じる。


「ふふっ。色々話したけどね、私もレルガルドーオンラインの子作りについて、すべてわかってるわけじゃないのよ」

「そうなの?」


 実際に母子システムを知っているママですら、わからないことがあるのか。


「プレイヤーと現地人が結婚したら、どうなるのか知らないわ」

「ごほっ! がはっ……! げほ……げほ……」

「あら、大丈夫?」


 僕はコーヒーを咽ながら、ママに手渡されたハンカチで口を拭いた。

 僕はこれから普通にレルガルド―オンラインを謳歌するつもりだ。子作りについてこれ以上知ることはないだろう。今日うっかり大人の階段を上った経験は、いつか僕がオッサンになったら酒のつまみにでもしよう。


「雑黒、私は楽しみにしてるわよ」

「何を?」

「プレイヤーと現地人が結婚したら、どうなるのかね。アバターだったとしても、赤ちゃんだったとしても、きっと可愛くて強い子が生まれてくると思うわ」

「……ん、それは僕と関係のある話?」

「そうよ。雑黒の話しかしてないわ。鈍いわね」


 ママはコーヒーに口づけ、ほっと息を吐いた。どうやら話は終わってしまったらしい。

 最後の一言はよくわからなかった。一体何が言いたかったんだろう?

 そんなことを考えながらコーヒーを飲んでいると、脱衣所のドアが開き、真白と桃穂が部屋に戻ってきた。

 二人は湯上がりの火照った顔をしている。


「出たでー! あ、雑黒とママティーブレイクしとったん? 大人っぽいわぁ。二人でなんの話しとったん?」

「たん?」


 真白と桃穂が一緒に首をひねる。仲のいい姉妹みたいだな。


「別に、なんでもないよ。大した話はしてない。今後の冒険のことを軽くね」


 子作りの話をしていたなんて言えないので、僕はごまかしながら、空っぽのカップに口をつけた。

 真白が僕に近づいてきて、顔を覗き込んでくる。

 黒い瞳がキュッと小さくなった。


「雑黒、嘘ついとるやん。何隠しとんの?」

「うっ……」

「ウチの前で嘘つくなんて、優秀な雑黒にしては珍しい失態やなぁ? そない動揺するよな隠し事しとったんかぁ。ほな、じっくり話聞かせてほしいなぁー」

「なー」


 桃穂と真白が詰め寄ってくる。

 真白の嘘を見破る能力、忘れてた……! こんなところで発揮されるのかよ……!


「いや、隠し事とかじゃなくて……」

「なくて、なんやねん? 教えてやー! ウチだけ秘密にされんの嫌やわー! 信頼できるパートナー言うたやん! そういうんナシにしようやー! 教えてくれるまで問い詰めるでー!」

「でー!」

「いや、だからそういうんじゃなくて……」


 僕はコーヒーのおかわりを注いで、一気飲みする。

 助けを求めるようにママを見ると、いつも通り、フフッと蠱惑的な笑みを浮かべていた。


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