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「葉の刃の波!」
「――濁流水ッ!」
「豪悪運の雷落とし!」
「……氷結界」
氷の薄い壁に竜族の三種攻撃がぶつかり、爆音が鳴り響いた。壁は割れていないが、ミシミシとヒビが入っている。長くは持たなそうだ。
氷に乗っていたママは、スルリと滑り、地上に降りてきた。
「雑黒、アンデッドたちを倒してくれたの?」
「こっちは全部片づけたよ。ママは大丈夫?」
「あんまり大丈夫じゃないわ。今のペースだとMPが持たないかも。少し時間があれば回復できるのだけど……」
ママは無傷だった。髪が多少乱れているだけで、ダメージを受けた形跡はない。まさか、竜三体とその他数十を相手にノーダメージで戦っていたのか……。さすがトッププレイヤーだ。
それでも攻守にMPを消費しているので、長期戦は厳しいのだろう。
「少し休んでていいよ。僕が代わる」
「頼もしいこと言ってくれるのね。本当に大丈夫?」
「大丈夫」
僕は今アンデッドたちからHPを吸い続けている。防御魔法を使う必要は無い。攻撃に特化して戦えば、竜族たちとのレベル差を埋められるだろう。
「フフッ、じゃあお願いするわ。無事帰ってきたらご褒美あげる」
「うん、絶対無事に帰るよ」
僕は竜族たちの方へ向かって歩く。氷の壁はそろそろ割れそうだ。
「……なんだ? 選手交代か?」
「最悪の魔女はソロプレイヤーじゃなかったのね。まあ、いいわ。なんのアバターか知らないけど、すぐに殺して魔女を引きずり出してあげる」
雷竜と水竜が僕を見てニヤリと笑った。こいつらはトッププレイヤーの一角なのだろう。無名の僕が勝てるはずないと思い込んでいるな。
「僕は雑黒、偉大なる魔女の息子だ。――――古竜の発掘」
詠唱した直後、竜達の下の地面が盛り上がり、巨大な竜の骨が出現した。
体長はおよそ15メートル。飛んでいる竜たちに届く高さだ。
「何コイツ……」
「ただの骨だろ、ぶっ壊してやる――双頭の雷ッッッッ!」
雷竜が二枚の羽から電撃を放出した。古竜は水竜を鷲掴みにして、その雷撃を受ける。
「えっ……ちょ」
バリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリ!
「ぎゃぁあぁあぁあぁあぁあぁああああああああああああああああ!」
古竜を伝った電流が、そのまま水竜に流れた。水竜は悲鳴をあげ、白目を剥き、ビクビクと痙攣している。
「しまったッッッッ……」
「プレイミスだな。雷竜」
古竜はそこそこの素早さと耐久力、パワーを持っている。握力は数百キロあるだろう。
古竜に体を鷲掴みにされた水竜は、水気の多い体を変形させ、背骨が折れたようになっている。味方の電撃で大ダメージを受けた為、魔法を出すことすらできなかったのだろう。これで残りは竜二体だ。緑竜のそばにも何体かアバターが残っているが、おそらくトッププレイヤーではない。
「貴様も竜属性のようだな。その技は土竜か、オレと似たタイプだ。――枯れない樹木ッッッッッッ!」
緑竜が詠唱すると、幹の捻じれた木々が地面から生えてきた。その木々は鞭のようにしなり、僕へ向かってくる。確かに僕の技に似てるな。
「地を這う泥沼」
僕は攻撃技を詠唱して、緑竜の攻撃を真正面から受けた。体が吹っ飛び、地面に落ちていた氷塊にぶつかり、氷の欠片が砕け散った。
「冷たいな……ママの氷塊か」
慣れた手つきでステータス画面を開き、一瞬だけ視線を落とす。
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Lv:2§§
HP:12§§§§/12§§§§
MP:8§§§§/8§§§§
AT:312
DF:1§§§§§
AGT:99§§
SPC:岩壁盾 , 飛行型泥人形,歩行型泥人形,泥水のように美しい鏡,減らない砂時計
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レベルはまだ上昇し続けているようだ。二百台に突入している。HPは全回復。やはりどれだけ攻撃を受けてもダメージは受けないようだ。
「な、何だこれは…………」
緑竜とその周囲にいたアバターたちは、直径十メートルほどの黒い沼に下半身が埋まっていた。
僕が防御を無視して放ったカウンター技"地を這う泥沼"だ。この技は動く泥沼。敵を捕らえるまでズルズルと動き続け、敵アバターを飲み込み、動きを拘束する。動きの遅いアバターに対しては滅法強い。
「このッ……こんな泥沼、オレの技で……」
「対応が遅いな。――水切り岩!」
喉から平べったい小石が放たれた。その小石は地面で弾むと、一回り大きくなる。
コンッ……コンッ……ゴンッ……ガゴンッ……ガゴッッッ……ゴンッッッッッ……ガッッッッッ……!
数回地面で跳ねた小石は、十メートル以上の平べったい岩になっていた。圧倒的な質量を持った岩が、沼にはまっている緑竜や手下のアバターたちへ向かっていく。
「……んなッ……馬鹿なッ……やめ」
ズバッッッッッッッッッッッッッッッッッ!
緑竜と手下たちは、腹の辺りで両断された。沼にはまっていた下半身はそのまま残り、上半身は吹っ飛んでいる。
緑竜は反応が鈍かった。先に罠を張って戦う"待ち戦法"を得意とするタイプだったのだろう。これで残りは雷竜一体だ。
「俺を無視する余裕があんのかぁ!? ……豪悪運の雷落としォオオオオオオッッッッ!」
バリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリ!
視界が黄色に染まり、耳障りな爆音に包まれた。どうやら雷竜の攻撃を受けたようだ。
僕はゆっくり雷竜を振り向く。
「な、何ッ…………コイツを直撃で受けて、何ともないだと……!? 貴様、一体何者だ!? 俺がこれまで何千時間プレイしてると思ってるッ……!?」
「僕は偉大なる魔女の息子だ。"全トッププレイヤーを敵に回しても勝てるくらい強くなる"と、魔女と約束してる」
「ふ、ふざけたことを……」
ママとの約束は果たしたかもしれない。レベルは200を超え、高い魔力とトリッキーな技を持ち合わせている。さらに、いまこの瞬間だけは、ダメージを受けてもHPは瞬時に回復する。一瞬で十数万のダメージを受けない限り、負けないのだ。間違いなく最強の亜人だろう。現に、ママですら手こずっていた竜三体を圧倒している。
「俺の通常魔法を受け止めたくらいで、調子に乗ってんじゃねぇッ! …………雷雷雷雷ォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!」
雷竜の全身が電気に包まれ、僕に向かって急降下してきた。光と音はどんどん増していく。まるで、空から雷を引き寄せているかのようだ。
――泥水のように美しい鏡
心の中で唱えると、地面から大量の泥水が吹き出した。
温泉のように、泥水は勢いよく吹き出し続ける。黒い水たまりが地面に広がっていく。
なんだこのSPCは……。
防御技だと思っていたが、効果がよくわからない。岩壁盾のような壁技じゃなかったのか。
「ウォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!」
雷竜が突っ込んでくる。
このままだと直撃か……。
そう思った瞬間。
――――ドロッ。
黒い水たまりが僕にまとわりついてきた。
泥はビチャビチャと飛び跳ね、翼のような形に変化していく。まるで雷竜の攻撃を真似ているかのようだ。
「そういうことか」
泥水のように美しい鏡は敵の技を模倣する技のようだ。どんな形にもなれる泥水の性質を活かして、敵の攻撃に同じ攻撃で返せるのか。僕にピッタリな技だ。
「いくぞッッッ!」
僕はバチバチと鳴る泥の翼をバタつかせて、宙に飛び上がった。
ニメートルほど空に浮かび上がり、雷竜と激突する。
バヂバヂッリバリバリバヂッバリバリババヂッリバリバヂッバリバヂッバリバリバリバヂッバリバヂッバリバヂッバリバリバリバリ!
雷と泥が化学反応を起こしているかのように、小さな破裂音が無数に鳴った。
雷の中にいるような衝撃。凄まじいダメージを受けている。けど、HP吸収のおかげでダメージを受けた直後にHPが補充される。
「グフッ…………んな……これを……止めるのかよ………」
雷竜が口から血を吐いた。よく見ると弾ける泥に攻撃されて、体がボロボロになっている。相当なダメージを受けているようだ。対する僕は無傷だ。
「お前はもう終わりだな。悪いけど、お前は勝手にリタイアしてくれ。僕は決着をつけにいく」
「何……を……」
雷竜がフラッとよろたと同時に、僕は方向転換した。
これほどのダメージを受けていれば、自然とHPはゼロになるだろう。僕にはもっと大切なやるべきことがある。長年、僕にまとわりついていたザコという名前を捨てて、今日から"最強の亜人"になることだ。
「怪ッッッッッッ!」
「く、来るなぁあぁあぁあぁあぁあぁあぁあぁあぁっ……!」
怪は森の奥の方にいた。僕が氷竜を倒した時点で、逃げ出していたのだ。豚アバターの短い脚でドタドタと不格好に走っている。
僕は泥の翼を羽ばたかせて、木々の隙間を通り抜け、鳥になったような気分で怪へ向かう。
「クソッ! ザコのくせになんでそんなに強いんだよッ! オレ様が勝つはずだったのにッ! こんなはずじゃなかったのにッ!」
泥の翼が小さくなってきた。敵の攻撃をトレースする技なので、持続時間はおそらく敵に依存しているのだろう。たぶん雷竜の攻撃の効果が切れたか、雷竜のHPがゼロになったか、その両方のどれかだ。
「――ッ」
途中で羽が消えて、僕は飛んでいた勢いのまま斜め下へ落ちていく。
これならギリギリで追いつきそうだ。
「強いか弱いかは関係ない。僕と怪の違いは、生まれ持った力をどう使ったかだ」
怪が横暴な性格でなければ、そもそも僕と敵対することはなかった。もしも怪が弱い者に力を貸し、自分の利益を二の次に考えていたなら、きっと人気者になれただろう。
しかし、怪は道を誤った。弱者を見下し、逆らう者に私的制裁を加え、そのツケを返すことになった。
「宝石箱の石礫」
喉の奥から込み上げてくる硬い異物感を吐き出した。
口から無数の小石が飛び出し、怪の豚アバターを乱れ撃つ。
尖った小石と血が日の弾けて、鮮やかな赤と地味な灰色が視界に広がった。
怪は地面に片膝をついた。
悲鳴を堪えたのか、小石の弾ける音に声が掻き消えただけなのかはわからない。
「ザコ…………」
怪は地面に片手をつきながら、一瞬だけ僕を見上げた。
「…………お前の勝ちだ…………今回はな」
ドサッと音がして、怪は草むらにうつ伏せで倒れた。
まだ空は明るい。最初にレルガルド―オンラインをプレイしたときもこんな時間だった。
「今回は、か」
レルガルド―オンラインで怪は負けを認めた。長い喧嘩にようやく決着がついた。
――『そのアイテムを怪が手に入れるのはいい。僕のアバターが弱くたっていい。でも、この世界に選ばれたのは僕だ。怪じゃない』
――『この世界の神になるのはオレ様だ。お前はそもそもゲームに挑戦する権利すら持たないザコなんだよ。調子に乗った罰として、ここで殺してやる』
思えば僕はあのとき、普段の僕では考えられない大胆なことをした。クラス内カースト最下層と自覚していながら、リアルチート状態の怪に喧嘩を売ったのだ。
喧嘩自体は楽しくはなかった。それ以前に怪から受けていたいじめまがいの見下した扱いも、嫌な思い出として残っている。
けど、ママと出会ったのも、真白や桃穂と仲間になったのも、すべては怪に喧嘩を売ったあの日から始まった。
そう考えると、怪を憎む気持ちはほとんど湧かなかった。
「次戦うことがあったら、僕はまた全力でお前に挑むよ」
レルガルド―オンラインで戦うことはもうないけど、いつかまた別のゲームで戦うことがあるかもしれない。あるいは、リアルでごく普通の喧嘩をする日がくるかもしれない。
そうなったら、僕は”ザコ”ではなく”雑黒”として、怪の敵になるだろう。




