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「どうしたんだ? 真白」
「ええからちょっと来てや、雑黒」
真白は慌てた様子で玄関に向かう。
一体何があったんだ……? そういえば、桃穂もママも家にいない。外がなんだか騒がしい。何かあったのだろうか。
「こっちや。雑黒、助けて。ウチどないしたらええかわからへんねん……」
「落ち着け、真白。まずは状況を説明……」
真白の後を追って外に出ると、玄関の前に巨大な氷壁があった。
ガシャッッッッッッッッッッッッッッッッッッン!
空が光り、強烈な音が鳴った。空にひび割れたような光の筋が現れて消える。
ただの雷ではない。雷属性の魔法攻撃だろうか。
氷塊を避けて外に出ると、ママが数十のアバター集団と戦っていた。
黄色い鱗の竜、水色の鱗の竜、緑の鱗の竜、その三体を中心として、ゴーレムやオオカミ、ウンディーネなど、様々なアバターがママへ向かって攻撃している。
「彫刻の氷壁!」
ママが杖を向けると、氷壁が出現した。敵の水属性攻撃が氷壁に当たって止まる。
「――移動」
ママは氷壁を滑って素早く横移動すると、後ろ向きで敵の集団に杖を向けた。
「氷華!」
杖から出現した花の形をした巨大な氷が、敵のウンディーネアバターたちを貫いた。
ウンディーネは一撃で動かなくなった。氷の花にポタポタと水色の雫が零れている。
「な、なんだこれは」
「雑黒、ママはきっとウチらを守る為に戦っとんねん。敵にここがバレたんやけど、ウチらがおるから逃げられんくなって……」
そういうことか。ママはトッププレイヤーたちから追われている身だ。たまたま住処かバレたのだろう。敵が複数人で不利だけど、僕らが家にいるから、逃げることができなかったんだ。
「雑黒、なんとかママのこと助けられん……? 今は互角やけど、あの人数相手は危険やで……?」
「何か考えてみるよ」
ママの戦闘スタイルは一人で戦うことを前提としているようだ。移動魔法で自由なポジションを取り、氷の壁で身を守り、高威力の攻撃魔法をぶっ放す、完成された戦闘スタイルだ。周囲のことを気にしている様子はない。効率よく敵集団を崩すことを第一に考えて、戦っているのだろう。
ママに加勢するのは難しそうだ。よほど連携の上手いプレイヤーでなければ、自由な動きを阻害してしまう。
「――水掛け論」
「枯れない樹木!」
「氷上の微笑み」
左右から出現した水の荒波を、ママの杖から出た水色の魔法が凍らせた。少し遅れて伸びる樹木の攻撃が飛んできたが、一瞬で凍り付き、パラパラと雪のような粉が落ちる。
数十人を相手にしても互角に戦う強さ。これが全魔女アバターのトップに立つママの本気か。
「双頭の雷ォオオオオオオオオオオッ!」
「――移動」
一瞬の隙に放たれた雷撃を、ママはヒラリと躱した。
電撃は真白の方へ流れてくる。
「危ないっ……!」
僕は真白の前に入り、敵の雷撃を受けた。
バリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリッ……!
「雑黒ッ……!」
「……大丈夫だ」
僕は短く答えて、ステータス画面を開いた。
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Lv:98
HP:30000/50000
MP:29800/29800
AT:213
DF:41000
AGT:3800
SPC:岩壁盾 , 飛行型泥人形,歩行型泥人形,泥水のように美しい鏡
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「2万ダメージも受けたのか……」
敵の攻撃を真正面から受けたのだから、HPが四割ほど減るのは当然かもしれない。
しかし、それは一般的なアバターの場合の話だ。
僕はこれまで5桁のダメージを受けたことは一度もない。炎竜の攻撃ですら数千だった。
つまり……雷竜と僕との間には、相当なレベル差があるということだろう。
雷竜のレベルはおそらく余裕で百を超えている。他の竜も同じくらいだろうか。
戦う手段は一応あるが、油断したら一瞬でやられる。気合を入れて挑まなければいけない。
「雑黒、アカン。向こうから変なのが増えてきたで!」
「変なの……?」
目を凝らしてみると、森の奥から黒い影がゾロゾロと出てきた。
真っ黒な体、ヨロヨロとした歩き方、まるでゾンビのようだ。
「なんだあいつらは……」
「アカン……アンデッド族や。戦闘力は低いけど、MPがあれば何度も生き返れんねん。レア種族やから滅多におらんはずやのに……。この人数のアンデッド族相手にするのは厳しいで……」
「竜たちとは別の軍団なのか……?」
戦いを嗅ぎつけて、漁夫の利を狙いに来たのだろうか。さすがにアンデッド集団までママが相手にするのはキツいだろう。僕がやるしかない。
攻撃しようと構えたとき、ふとアンデッドたちの後ろに豚アバターを見つけた。
黒いハンマーを手にして、ニヤニヤと笑っている。この憎たらしい顔には見覚えがある。
「怪ッ……!」
「おぅ、ザコ。久しぶりだな。オレをバカにした魔女を潰しに来たんだけどよ、お前にも会うとはなぁ! 一石二鳥だぜぇ!」
リアルで父親が窮地に立たされているというのに、のんきにレルガルドーオンラインで復讐しに来たのか……。相変わらず自分のことしか考えていない奴だ。
「怪、お前がこれを仕組んだのか……?」
「当たり前だろう。オレ様を誰だと思ってるんだ。こんな戦力を連れてこれるのはオレ様くらいだぜぇ!」
怪の家はリアルで没落していたはずだが、やはり大企業の息子だけあり、まだ命令できる人間がいたのだろう。くだらない悪あがきを……。
「決着をつけに来たぞザコ。覚悟はできてるな」
「お前、一対一で僕を殺すと言ってなかったか?」
「オレがお前を殺すって言ったんだ。こいつらはオレの武器だ! オレはこいつらアンデッドの軍を使って、お前を殺すッッッ!」
怪はまだ金を持っていた頃、"小遣いを全部つぎ込んでオークションで武器を集めた"と言っていた。てっきりアイテムのことだと思っていたが、傭兵のことだったのだろう。最近では、オークションで兵力を売っている人がたくさんいる。"ゲームをして金を稼げる"のだから、美味しい話だ。しかし、よりによって怪に力を貸すとは、厄介な奴らだ……。
「真白、下がっててくれ。桃穂の近くにいるんだ」
「わかったで。雑黒、気をつけてな」
「おう!」
僕は真白に背を向けて、怪に向き直る。
ドラゴン三体に比べたら、アンデッド軍の方がまだ倒しやすい。上手く立ち回れば、こいつらを一層することができるだろう。
「雑魚、お前はオレ様をバカにした上、メイドのステラまで奪ったんだ。覚悟はできてるだろうな!」
「覚悟するのはお前だよ。お坊ちゃん」
「ッッッッッッ!」
怪は顔を真っ赤にして、プルプルと震え出した。そういえば、怪に面と向かって"お坊ちゃん"と揶揄したやつはこれまでいなかったな。意外とダメージが大きかったのかもしれない。
「調子に乗りやがって雑魚が……お前を切断しながら殺すのが楽しみだぜぇ! やれッッッッッ! アンデッドッッッッッ! アイツを生け捕りにした奴には追加報酬をたっぷりやるッッッッッッ!」
「ウォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」
アンデッド族たちは森の四方からワラワラと現れ、僕らの方へ向かってきた。こいつらはMP消費で復活できる特殊能力持ちで、戦闘力はそれほど高くないと真白が言っていた。真白は桃穂に任せておけば安全だろう。僕は好きなだけ暴れられる。
「怪、生け捕りなんて甘えたことを言ってないで、本気で来いよ。さもないと後悔するぞ」
「クソザコがッ…………絶対にぶっ殺してやる!」
「お前には無理だ」
僕は心の中で、新たなSPCを唱えた。詠唱を必要としないSPCの中では、最強の技。
――歩行型泥人形
大量のMPを消費したのか、一瞬頭がクラっとした。
次の瞬間。近辺のあちこちの土が盛り上がり、身長ニメートルほどの泥人形が出現した。その数およそ百体。アンデッド族とほぼ同数だ。
「クソッ、なんだコイツらは……!?」
「僕のSPCだ。お前の手下なんて、泥人形で十分ってことだよ」
「舐めやがってッッッッッ……! どうせ数だけのザコ人形だろッッッッ! アンデッドは腐ってもモンスターだッ! 泥にやられるほど弱くはねぇんだよッッッッッッ!」
アンデッド族は一メートルほどの爪で、泥人形を斬りつけ始めた。泥人形はノロノロとした動きで、鈍いパンチを繰り出している。
たしかに歩行型泥人形は弱い。最低限の戦闘力は備わっているが、所詮は量産型だ。”敵に向かって前進→パンチを繰り出す”という単調な行動を繰り返して、戦闘のサポートをしてくれるだけだ。動きは鈍いし、技はパンチだけ。よほどのレベル差がない限り、単体でプレイヤーを倒すことはできないだろう。
けど、泥人形は泥で出来ている。
つまり、土属性の技を変化させる"あの技"の対象になる。
「――――竜の泥遊びッ!」
詠唱した瞬間、すべての泥人形がツルツルの泥団子に変化した。
アンデッドたちが泥団子に触れると、泥団子はベチャっと潰れて、じわじわとアンデッドたちの体に広がっていく。
しばらくすると、泥団子はアンデッドたちの全身を包み込み、その動きを制限する。
「な、なんだ……!? 何をしたザコ……!?」
「歩行型泥人形を特殊な泥団子に変化させたんだ。アンデッドたちはもう動けない。死ぬまで泥団子にHPを吸われ続ける」
「んな馬鹿なッ………………! ザコの技に…………そんな効果が……!? オレ様の軍団が、あんな泥人形ごときにッッ…………!」
怪はその場に膝をついた。アンデッドたちは皆泥に包まれ、死にかけた虫のようにもがいている。彼らから吸収したHPの分、僕のHPが回復していく。
確認するまでもない。僕のライフは全回復しているだろう。
「……雑黒、危ないでっ!」
ズドンッッッッッッッッ…………!
不意打ちで巨大な蔓に腹を叩かれ、後方へ吹っ飛ばされた。地面をズシャァアアアアッと滑り、木にぶつかって止まる。
どうやら、緑竜の攻撃を受けてしまったようだ。怪と会話してたから、ママと竜達の戦いを全然警戒してなかった。幸いダメージはなさそうだ。
僕は立ち上がり、ステータスを確認してみた。
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Lv:1§§
HP:7§§§§/7§§§§
MP:3§§§§/3§§§§
AT:238
DF:5§§§§
AGT:48§§
SPC:岩壁盾 , 飛行型泥人形,歩行型泥人形,泥水のように美しい鏡
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「ん……?」
一瞬、何が起こっているのかわからなかった。
ウィンドウがバグったのかと思った。しかし、よく見ると、ATの一桁目の値がゆっくり上昇している。
顔を上げ、周囲を見渡して、状況を理解した。
「なるほど……そういうことか」
いま、泥団子がアンデッドたちを殺している。アンデッドたちは特殊効果を使って復活しているが、その分、泥団子に何度も繰り返し殺されているのだ。
アンデッドが死ぬたびに、僕に経験値が入る。アンデッドが復活してもう一度死ぬと、再び経験値が入る。それを繰り返すことで、大量の経験値が僕に入り続け、レベルとステータスが目に追えないほどの速さで上昇しているのだ。
ステータスの伸びが遅いATだけは、車のメーターが上がるくらいの速度で、ゆっくりと上昇している。
「はは……」
思わず笑ってしまった。怪が"最強の武器"と言って用意したアンデット族は、僕に対して最悪の相性だったようだ。
いや、あながち間違ってはいないのか。
たしかに僕にとっては"最強の武器"だ。
僕のレベルはチートのような早さで上がっている。さらに、アンデッドたちからHPを吸収し続けているので、ダメージを受けても瞬時に全回復する。
アンデッドたちが完全に絶命するまで、無敵状態だ。




