38 ~最強の亜人編~
「雑黒、そろそろ戻りましょう」
「そうだね」
現実世界でたっぷり栄養を補給し、現実世界のニュースも仕入れた。もう十分だろう。
ママが部屋を出ていく。
「じゃあ、またね」
「うん、また後で」
僕は現実世界のレアなママの姿(年下のお嬢様)を少しだけ目に焼き付けておいた。レルガルドーオンラインにはなかなかいないタイプだ。現実的な美少女も可愛い。
布団に戻って目を瞑り、しばらくすると眠りについた。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「ん……昼か……」
レルガルドーオンラインは現実世界とリンクしているので、ログアウトしたときからそれほど時間は経過していなかった。現実世界との行き来にはまだ慣れない。いつもママの方が早く着いてるんだよな。
そんなことを考えながら部屋を出ると、ママの部屋から水色の光が漏れていた。雪の結晶のような模様が地面に映し出されている。光は少しずつ膨らみ、目の前まで迫ってきて……僕はフッとその中に飲み込まれた。
何も感じない。水色の膜は消えている。今のは一体なんだったんだろう。
「あら、雑黒。戻ってたのね」
ママが部屋から出てきた。手には杖を持っていて、服装は紫色のマント。寝る直前はラフなネグリジェを着ていたけど、魔女スタイルに戻ったようだ。
「たった今戻ってきたところだよ。今の青い光は、ママの魔法?」
「ええ、見せたことなかったかしら? 周囲を視る魔法――氷瞳よ」
ママの得意魔法か。遠くを見ることもできるし、敵のステータスを見ることもできる。そんな便利な技だと聞いた。
「現実世界からレルガルドーオンラインに戻ってきたときは、必ず家の周りに異常がないか確認してるのよ」
「なるほど……」
ママは"現地人殺し"のトッププレイヤーたちと敵対している。いつ襲われてもおかしくない。そんな状況で生き抜いてこれたのは、この優秀な索敵魔法があったからなのだろう。
「それで、異常はなかった?」
「ええ、問題なかったわ。雑黒はゆっくり休んでていいわよ」
「ありがとう」
ママの好意に甘えるのは慣れてきた。僕も久しぶりにこの家の風呂に入ろう。炎竜と戦って、怪の家の衝撃的なニュースを聞いて、精神的には疲労が溜まっている。こんなときには温かいお湯に浸かってのんびりするのが一番だ。
階段を降りてリビングに戻ると、真白と桃穂がテーブルでトランプをしていた。二人ともパジャマ姿で、ほんのり頬が赤い。僕らが現実世界に戻ってた時間から考えると、二人はけっこう長風呂していたんだろう。
「雑黒、ママ、おかえりー」
「おかえりー」
「ただいま」
そういえば、真白もママのことを当たり前に"ママ"と呼ぶようになっている。あだ名みたいな感覚なのかな。僕にとっても"お母さん"の意味合いはほとんどなくて、親しみやすい呼び名のように感じている。
「雑黒、向こうは楽しかった?」
「ん、まぁね」
真白は僕らの世界にも興味があるようだ。桃穂はトランプに集中しているようで、カードを見つめながら「むーっ」と声に出している。
「ええー、なんやそれ。もっと詳しく聞かせてやー。ウチ雑黒の向こうの話興味あんで」
「ん、じゃあ風呂出たら話すよ」
「やったで! ほな後でなー!」
真白はニッコリ微笑んで、また桃穂とのトランプに戻った。そういえば、真白がママとトランプで戦ったら、どっちが強いんだろう……? 真白は嘘を見破れる。ママは単純に強い。いい勝負になりそうだ。
そんなことを考えながら脱衣所に入り、服を脱ぐ。
この世界の服は繊維が少し荒くて、生地が分厚い。細かな編み目を作る技術が無いのと、戦闘を前提とした作りになっているからだろう。
全裸になり、ひとまとめにした服を掴み、脱衣所のかごに入れようとしたとき。
「うっ……!」
真白と桃穂のものと思われる服がすでにかごに入っていた。ピンクの戦闘服は桃穂のもので、森ガールのような服が真白のものだ。白いブラとパンティも真白のか……うっかり見てしまった……。脱衣所に来た以上、見た事実は隠せないな……。真白が気にしないことを祈ろう。
僕は自分の服を別のかごの中に入れて、風呂に入った。
湯船にはまだたっぷり熱い湯が残っている。
ゴツゴツとした竜の手で体を洗った後、湯船に入った。
「ふぁ~、生き返る…………」
明るい色の木の風呂、窓から入る日の光、微かに聞こえる真白たちの楽しそうな声に、外の木の葉の擦れる音。温泉宿のようなリラックス空間だ。
湯船に漬かりながら、ステータス画面を開く。
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Lv:98
HP:50000/50000
MP:29800/29800
AT:213
DF:41000
AGT:3800
SPC:岩壁盾 , 飛行型泥人形,歩行型泥人形,泥水のように美しい鏡
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炎竜や残党を倒したことで、Lvは68→98まで上昇した。さらに、詠唱無しで発動できるSPCが四つに増えた。暇なときに試したので、技の効果は把握している。後から覚えた歩行型泥人形は、 飛行型泥人形と違って戦闘力のある泥人形を複数出せる。泥水のように美しい鏡は防御系の技だが、対人戦で使っていないので詳細は不明だ。
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◆宝石箱の石礫
◆三度の飯より泥団子
◆転がる岩の鎮魂歌
◆竜の泥遊び
◆水切り岩
◆地を這う泥沼
◆古竜の発掘
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スキルは三つ増えた。まだ試していないので、アイコンの絵柄から効果を想像するしかない。消費MPと、実践で使えるかどうかの検証が必要だ。三つもあるので時間がかかりそうだけど、技が増えたことは素直に嬉しい。
のんびり湯に浸かりながら、技の組み合わせや立ち回りを考える。血行が良くなっているので、イメージが膨らむ。
「雑黒、ちょっとええか?」
「!?」
真白の声に心臓が跳ねた。いつの間に脱衣所まで来ていたのか。小柄だからあまり音が立たない。
まさか、下着を見たことについて話があるとか……?
ドキドキしながら、「何?」と返す。
「ちょっと来てくれへん?」
何か焦っているようだ。わざわざ風呂に声をかけにくるくらいだから、緊急の用事なのだろう。
「わかった、いま出るよ」
「いや、まだアカンで!? ウチが外出てから出てな!?」
「わかってるよ」
いまと言ったけど、そんなすぐには出ない。ウサギverの真白は相変わらずポンコツだな。
真白が出ていった音を聞いてから、僕は湯船から出た。
もう少しゆっくりしたかったところだけど、十分サッパリした。先に真白の用事を済ませよう。




