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『魔の理に選ばれ、魔の理に感謝せよ…………』
猛烈な勢いで何かが飛んでくる。
光り方からして金属のようだ。あんなものが当たったら即死だろう。避けた方が良さそうだ。
僕は身構えて数歩下がった。ところが、妖精が両手を地面に向けると、飛んできた物体は軌道を変えて地面に落ちた。
バシュッッッッッ!
砂煙が収まる。
地味な鉄色のロングソードが地面に刺さっていた。これといって特徴のない武器だ。
武器獲得の演出は魔法でポンと出現させる方がロマンがあると思うけど、遠くから引き寄せるシステムのようだ。意外と地味だな。
「ゴミだな。使えねぇよクソ」
ペッと地面につばを吐いたのは怪だろう。アバターは小太りの豚。牙が映えていて、本人そのままの憎たらしい顔をしている。
足元には複数の武器が転がっていて、本人が手にしてる物はそれなりにレアリティが高そうな金色のハンマーだ。装備もまたレアリティの高そうな漆黒の鎧。一か月以上前からプレイしていたらしいので、本人のレベルもそこそこ高いのだろう。
『次はどなたが参りますか』
妖精が澄んだ声で言うと、今度は宮陀が前へ出た。
アバターは二足歩行のオオトカゲ。テラテラと光る紫色が不気味だが、かなり強そうだ。
そういえば、僕のアバターは何型なんだろう……?
手足はゴツくて爪があって、恐竜のそれに近い。ただ、体形は普通の人間のようで、中肉の長身。尻尾などは見当たらない。あまり見たことのない種族だ。
そんなことを考えている内に妖精がまた詠唱を始める。
『魔法領域拡大、涙の誓い、空間強奪、対象所有者有』
さっきの詠唱と微妙に違う気がする。妖精のモーションも”タメ”が長い。
これはまさか、武器のレアリティによって詠唱が変わるシステムか……?
妖精の声のトーンが鋭くなる。
『魔の理に選ばれ、魔の理に従事せよ…………』
妖精が地面に手を翳した。
ゴゴゴゴゴゴゴ……。
地響きの音が鳴り、足元が揺れる。震度四ほどあるだろうか。
妖精の足元の地面が割れ、緑色の武器が生えてきた。
刺々しい植物の蔓のような見た目。素材は特殊な石だろうか。先ほどの剣よりレアリティが高いのは間違いない。
「かっけぇのが出たな」
「うぉおおおおっしゃぁああああああああ! よくやったぞ宮陀ぁああああああ!」
ボソっと呟いた宮陀に、怪が駆け寄った。
「緑王石の蔓鎌だ! あははははははははは! 苦労してお前らを連れてきた甲斐があった! オレのアイディア、さすがだろ! 属性最強クラスのレア武器だぁー! ぎゃははははは!」
下品に笑いながら、怪は宮陀の武器を躊躇なく奪った。宮陀はそれを大人しく受け入れる。
そう、これが僕らが今日怪の家に呼ばれた理由だ。
怪は『レルガルド―オンライン』を持っていないクラスメイト達を集めて、人数分のアカウントを購入し、僕らにアカウントを譲る代わりに、チュートリアルで得られるアイテムを怪に渡すという条件を提示した。提示したといっても半強制だ。怪の命令に逆らうことはできない。
この初期のアイテムは何万時間プレイしても手に入らないような武器ですら手に入る可能性がある。初期武器の抽選を何度も行うことができれば、ゲーム内で圧倒的なアドバンテージを得られる。
システム上は一人の人間につき一つしかアカウントを取得できない為、課金の有無に関わらず初期アイテムは一つに制限されているのだが……そんな当たり前のルールすら覆してしまうのが、怪という男だった。
怪は周りの人間を友人と認識しているのかもしれないが、自分の利益のための駒にすることも厭わない。普通の人間が当たり前のように持ち合わせている”友人感”のようなものが欠けている。
可哀そうなやつに見えるけれど、怪は自分が可哀そうだと気付くことはないのだろう。
怪の生きる世界は、怪が世界の中心で、それを邪魔する者など一人もいないのだから。
『最後はあなたですね』
妖精が僕を見た。澄んだ瞳だ。彼女はこのひねくれたプレイの状況など知る由もない。思考すらプログラミングされてないかもしれない。
僕は急にやる気をそがれ、憂鬱な気分で妖精の前に立った。
「最後はザコの雑黒か。ま、期待してないけど、せいぜい頑張れよ」
ザコの雑黒。このあだ名を付けたのは怪だった。
運動も勉強もできない、話も上手くない、性格も明るくない、家は貧乏。そんな僕の名前を汚すザコという言葉。
これによって、僕は学校で毎日、自分の情けなさを思い知らされることになった。
怪がいなければ、僕は誰とも比較されず、誰にも評価されず、ただありのままの僕でいられた。
弱くても、つまらなくても、貧乏でも、普通の人間としてクラスに紛れることができた。
けれど、僕はザコの雑黒。
そう呼ばれることで、男子からも、女子からも、ワンランク下の存在として認識された。
不良には目を付けられ、女子には拒否され、クラスの悪ノリでいじめまがいの冗談に付き合わされる。
そんなつまらない日々が続いていく。
怪が悪気すらなく発した暴言が、呪文のように僕を苦しめ続けている。
『魔法領域無制限、神々の誓い、召還、対象所有者理』
妖精の呪文が耳を通り抜ける。
詠唱の内容までは聞いてなかった。先の二回と比べて静かな声だった。
きっと最弱のレアリティだろう。
いっそ最弱の方がいいかもしれない。どうせ僕の武器にはならないんだから。
『魔の理を従属させ、世の理を超越せよ…………』
妖精の体が発光した。
淡い光。
今度の武器はどこから来るんだろう。
最初は近距離だった。二回目は地面の中だった。あと考えられるのは空か、異空間から突然出現するか。そんなところだろう。
それにしても”タメ”が長い。ザコ武器なのに、なぜエフェクトが凝っているんだろう。妖精はいつまで光ってるんだよ。パパッと手渡してくれればいいのに。これが旧世代のゲームだったら、僕はこのシーンをスキップしてるところだ。
――プツン。
突然、世界が暗転した。
太陽が消えたみたいに真っ暗になった。
夜になった……?
いや、このゲームの時間はリアルと連携しているので、突然夜になることはないはずだ。
となると、空が雲か何かに覆われたのだろうか。
何も見えない。
もしも今が戦闘中だったら、悲惨なことになりそうだ。
見渡す限りの闇……この闇はどこまで続いているのか。僕らに見えている範囲だけなのか、この近辺だけか、あるいは……ゲーム世界全体なのか。
怪と高野が騒ぐ声が聞こえる。宮陀もボソボソと何かつぶやいている。
状況を全く理解できないまま、長い数秒間が過ぎた。
――パッ。
突然、世界が明るさを取り戻した。一度電気を消してまたつけたような、不思議な時間だった。
妖精は手に何かを持っていた。
『聖域となりし湖。この力はあなたの大いなる助けになるでしょう』
妖精は僕に歩み寄ってきて、一本の鍵を手渡してきた。
透明な鍵の中に、青いオーロラのようなものが渦巻いている。
どこか貴重な扉を開ける鍵だろうか。それとも、単体で特殊な使用用途があるのだろうか。
考えていると、
「おい、貸せ……」
怪がそれを奪い取った。
指先でウィンドウを操作し始める。
どこか焦っているように見える。こんなに動揺している怪は珍しい。ひょっとしたらレアアイテムなのかもしれない。
だとしても、僕には関係ない。これは僕のアイテムではないのだから。
「なんだコレ…………まさにオレに相応しい…………王のアイテムじゃねぇか。こんなものが存在したのか……」
怪がぶつぶつと呟いている。
その肩が震え始め、口元に不気味な笑みが浮かんだ。