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「雑黒~! お待たせ~!」


 真白が青白い光の中から飛び出してきた。見慣れたウサギアバターだ。やっぱり可愛いけど、大人の色気はない。知らない人が見たら美女verと同一人物とは思わないだろう。


「やっぱ雑黒の前ではウサギが一番しっくりくんねんなー。カジノverも無理してるわけちゃうねんけど、楽しさでいうたらウサギが一番やな。雑黒にグイグイ行けるし、いいことづくめやで」

「カジノverのときもグイグイ来てたけどな」


 真白の肩と胸に何度触れたかわからない。カジノver(小悪魔ver)は真白至上最もエロかった。頻繁に出現されたら僕の寿命がゴリゴリ削られていくだろう。


「そか? ほんで次どーする? ご飯でも食べながら作戦会議する? ウチ行きたいお店いっぱいあんねん。シュークリームのお店とかな。ケーキバイキングとかもあんで。楽しそやない? お店可愛らしゅうてな、キラッキラしとんでほんま」

「昼飯にスイーツはキツいよ。それより、例の超人スーパーヒューマンの子と話せることになったんだ。そろそろ来ると思う」


 彼女に話を取り付けたのは、潜入捜査で唯一、目に見える成果だ。真白も褒めてくれるだろう。

 と思ったが、なぜか真白の赤目から光彩が消えた。


「……超人スーパーヒューマンの子、ご飯に誘ったんか。へぇ。雑黒、ああいうピンクのちっこいのが好きなん? たしかにあの子可愛かったけどやな、雑黒には似合うてへんで? 兄妹みたいになってまうわ。そもそもやな、クラブハウスの中でウチとデートのフリしてたわけやん。それで他の女の子ご飯誘うのはあかんで。それはあかん」

「いや……落ち着け真白」


 ピンクのちっこいのは真白にも当てはまるだろ……と言いたかったが、ややこしくなりそうだったので言葉を飲み込んだ。


「そうじゃなくて、クラブハウスの裏事情について聞くんだよ。あの子は一か月以上闘技場で連勝してたらしいから、きっと何か知ってるはずだ。ご飯は二人きりじゃなくて三人で行くんだ」


 真白は少し顔を赤く染めた。早とちりに気づいたのだろう。


「……せ、せやな! すまん、取り乱してもうた。事情聴取やねんな。せやで、雑黒は誠実な男やからな。ちゃんと考えとんねん。ウチはもっと雑黒を信じたらなアカンな」


 真白が急にしおらしくなった。このときの真白は、保護欲をそそるウサギそのものだ。なんかこう、ギュッと抱きしめたくなるような可愛さがある。これは演技ではなく素だな。なんとなく真白が素でやらかしたときのテンションはわかる。


 そんなやり取りをしていると、大通りの角に超人スーパーヒューマン桃穂ももほが現れた。闘技場にいたときと同じピンクのパジャマ姿だ。この恰好で外を出歩くとは……怖いもの知らずだな。


「桃穂、こっちだ」

「ん、きた」


 桃穂は一瞬で僕らの側まで移動してきた。やっぱり動きが速いな。


「この子、近くで見ると可愛らしいなぁ。男にモテそやわぁ。ウチもこんな風になりたいわぁ」

「確かにそうだけど、僕は真白も可愛いと思うよ?」


 真白は誰が見ても美少女の部類に入るだろう。桃穂は子供的な可愛さなので、真白とはベクトルが違う。そんな意味で何気なく言ったら、真白が顔を真っ赤にして僕の腕をペチペチ叩いてきた。


「えっ! なんや急に!? 心の準備できてへん! 不意打ちでそんなん言わんとって!」

「わ、わかったよ。今のは無しで」

「無しにしたらアカンやろ!?」

「どうすればいいんだよ!?」


 テンションが上がったときの真白は勢いがあるな。僕には制御不能だ。さすが関西弁ver。

 桃穂がぼけーっと空を見上げていたので、僕は本題を切り出す。


「な、桃穂。腹減ってないか? 少し話をするついでに昼飯でもどうかな。好きなものご馳走するよ」

「ん!」


 元気な返事だ。ご飯は好きなんだな。話を聞くにはちょうどいい。


「せや。桃穂ちゃん、シュークリームとケーキの美味しい店知っとるんやけど、甘いの好きか? どっちでも好きな方連れてってあげるで」

「え、昼飯……」


 口を挟みかけたが、桃穂が「しゅーくりーむっ!」と元気よく返事したので、昼飯はシュークリームになった。異世界のご当地ランチを食べたかった僕としては少し残念だが、ここは桃穂の意思を尊重しよう。


 店に入ると、店内はパッションピンクとレモンイエローとライムグリーンのタイルが一面に貼られていた。見た目も匂いも全てが甘ったるい。甘いものは苦手ではないけど、カラフルな店に入るのは若干恥ずかしさがある。


 店員さんは緑色の肌のオーガ♀だった。筋骨隆々な体と、ヒラヒラしたエプロンがマニアックだ。顔は強面で、胸はやたらとデカい。オーガの中ではモテ女なのだろうか……そんな気がする。


「ご注文は何になさいますか?」


 メニューを見ると、長い商品名が並んでいた。キャラメルエクストラホイップインチョコレートウィズクラッシュトアーモンドシュー……とやらが美味しそうに見えるが、こんな本気の注文をするのは恥ずかしい。無難に済ませよう。


「シュークリーム三つで」

「アホか!」


 真白がスパンッと鋭く突っ込んできた。今までで一番関西人ぽかったな。なぜだ。僕はボケたつもりはない。


「なんだよ真白」

「アカンで雑黒。それはアカン。こないな種類あんのにプレーンのシュークリーム三つて。可愛いのいっぱいあんねんで? 三種類選んで分けっこしようや。なー桃穂?」

「んっ」


 そういうものなのか。女子のスイーツにかける想いはやはり強いようだ。男である僕は大人しく身を引くことにしよう。


「わかった。注文は二人に任せるよ」

「オッケー!」

「ん!」


 僕は若干の疎外感を感じながら、先に席を確保した。桃穂と真白はキャッキャとパステルカラーのオーラを出しながらレジのお姉さんと楽しそうにしている。しばらくすると、二人はシュークリームのトレイを持ってきた。シューが六個も乗っている。


「真白、なんで六個……?」

「あのな、いっぱい候補出しててんけどな、絞りきれんかったんや。それに雑黒も桃穂もお腹減ってるやろ? せやから一人二つでええんちゃうかなって……アカンかった?」


 そんな潤んだ目で見られたら責められない。これは計算でやってるのかもしれないが、僕はその可愛さに敗北する。


「いや、僕も腹減ってたからちょうどいい……かな」

「せやろ? ふふふーん♪」

「んっ♪」


 真白と桃穂が上機嫌でシュークリームを六等分していく。そしてそれぞれを二切ずつ皿に乗せて均等に配った。


 細かすぎて何味なのか見た目ではわからない。体に悪そうな色のクリームが詰まっているものや、チョコチップが山盛りに乗っているもの、シューがピンク色のものなど、見た目には派手だがあまりおいしそうではないものが並んでいる。


「このチョイスは……」

「わかるで。綺麗やねんな。このカラフルさは芸術的やで。美味しそやわぁ」

「おいしそやわー」


 桃穂が真白の関西弁を真似る。仲のいい姉妹みたいだ。

 ポップカラーの食べ物は毒々しい印象なのだが……食えないことはないだろう。オレンジ色のシューを一つを手に取る。


「いただきます」

「いただきまーす!」

「いただきますっ!」


 三人で一斉にかぶりついた。

 ……少なくとも、僕の知ってるシュークリームではなかった。フルーツゼリーのようなクリームにイクラのようなプチプチとした触感が紛れ込んでいて、味はほぼ砂糖。それを包むシューらしきものはガムのような食感で、いつまでも口の中に残り続ける。食えるか食えないかで言ったら食えるが、美味いか不味いかで言ったら微妙なラインだ。


「…………」

「………………」

「……………………」


 さっきまでのテンションが嘘のように、三人でモソモソとカラフルなシューを食べる微妙な沈黙が流れた。

 よく見てみると、店内にいるのはオーガ小鬼ゴブリンの♀が多い。種族によって味の好みに違いがあるのかもしれない。


「見た目に騙されたな」

「いや、不味くはないで? ほら、こういうのは見た目も一緒に楽しむもんやからな。味が四十点でも、見た目が百点ならええやん? 間を取って七十点くらいの美味しさはあるで」

「無理するな、真白……」


 どう考えてもこのシュークリームの味に四十点はない。おまけして二十五点だろう。真白は「う」と言って、それ以上反論してこなかった。

 桃穂は黙々と一人で食べている。きっと無理しているんだろう。


「桃穂、美味しくなかったら残してもいいよ」

「ん? おいしいよ」


 キョトン、とした顔をしながらシューを口に運ぶ。


 もぐもぐもぐ。パクッ。もぐもぐもぐ。パクッ。


 桃穂は無理している様子はない。ひょっとして美味いと思っているのか……? そういえば、子供のころ美味しいと思ってた菓子を大人になって食べると、全然美味しくなかったりする。桃穂にとってはこの砂糖みたいな味が美味しいのかもしれない。


 桃穂はテンポ良く食べ続け、あっという間に皿を空っぽにした。元のぼけーっとした表情。


「桃穂、僕の分も食べる……?」

「あ、ほなウチの分も食べるか? 無理やったら別にええねんけど。良かったら全部あげるで」

「いーの?」


 桃穂の目がキランと輝いた。

 あの運動能力から察していたが、やはり食欲旺盛のようだ。


 もぐもぐもぐ。パクッ。もぐもぐもぐ。パクッ。


 桃穂はあっという間に三人分のシュークリーム(らしきもの)を完食した。ぼけーっとした表情だが、心なしか満足そうに見える。

 話を聞くには良い頃合いだろう。僕は話題を切り出す。


「ところで、桃穂はいつからあのクラブハウスで働いてるんだ?」


 地下闘技場での戦闘など、裏があるに違いない。少しずつ質問して、桃穂の反応から様子を探ろう。


「んー、けっこう前?」


 アバウトな答えが返ってきた。これは難航しそうだな……。


「桃穂はあそこで連勝してんねんな。すごいで、ウチは戦えへんから羨ましわぁ」

「ん」


 桃穂が心なしかドヤ顔になる。いい感じに心を開かせたようだ。真白は子供の扱いが上手いな。


「賞金は何に使っとるん?」

「お母さんにあげてる」

「偉いなぁ……。桃穂は兄弟おるんか?」

「ん、いっぱいいる」

「いっぱい?」

「ん」


 桃穂はあえて情報を隠しているのか、それとも単純に話さないタイプなのかよくわからない。手ごわいポーカーフェイスだ。今のところわかったのは、桃穂が賞金を貰っていることと、兄弟が多いことだけだ。


 そういえば、あのクラブハウスは貧乏な家の子供を狙っているという噂だったな。賞金をきちんと貰っているのなら、労働条件に裏があるのだろうか。


「桃穂はあのクラブハウスで働くのは気に入ってる?」

「ん」

「特に不満はないの?」

「ん」

「そっか」


 桃穂の表情は変わらなかった。これ以上問い詰めたら、不信感を抱かれてしまうだろう。僕と真白は目を合わせて、もう充分だと確認し合う。


「桃穂、もしも何か困ったことがあったら僕らを頼ってくれ。一緒に戦った仲だから。僕らにできることがあれば手を貸すよ」

「ん、ありがと」


 真白がナプキンに宿泊しているホテル名と部屋番号を書いて渡した。桃穂はそれをポケットに仕舞う。

 特に収穫はなかったな。もちろん、桃穂が何も不満がないなら、それは喜ばしいことだ。

 調査はまだ始まったばかりだ。クラブハウスでは上客になって、桃穂とは知り合いになれた。初日にしては十分な成果だろう。地道に調べていこう。


「またな、桃穂」

「今度もっと美味しいお店行こうなー! ウチ美味しいケーキ屋知っとんねん」

「ん、またしゅーくりーむ行きたい」

「それは堪忍したってや」


 本音の漏れる真白だった。

 僕らは桃穂の後姿を見守る。路地を曲がると姿が見えなくなった。もうすぐ夕方だ。


「じゃあ僕らも帰ろうか、真白」

「いや、アカンねん。雑黒、スマンけど、一人で帰っててくれ」


 真白らしくない、シリアスな口調だ。腹でも壊したのだろうか。


「なぜ?」


 何気なく聞き返すと、真白が僕の目を覗き込んできだ。赤いコンタクトレンズの奥で、クリアな瞳が僕を映している。


「桃穂、嘘ついとんで」

「え……あの一瞬で見破ったのか……? 一体何が嘘だったんだ?」


 真白が嘘を見破る力を持っていることをすっかり忘れていた。まさか桃穂のポーカーフェイスから嘘を見抜いていたとは。


「バレバレやで。桃穂はあそこで働くことを良いと思ってへん。雑黒の最後の二つの質問、両方とも答えは逆や」


 クラブハウスで働くのを気に入ってるか、不満はないか。その両方の答えが嘘だったのか。だとしたらやはり、クラブハウスには裏があるということになる。


「ウチは今からこっそり桃穂の後つけるわ。二人で尾行したらバレやすい……ちゅーか、雑黒は目立つからなぁ」

「確かに……」


 僕のアバターは身長が高い。恐竜のような手足もゴツくて目立つ。尾行は真白に任せるべきだろう。


「頼んだ、真白。帰ったら教えてくれ。あと、気をつけて」

「おおきに! 頼まれたで!」


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