23
僕と真白は何度かモンスターとエンカウントしながら森を抜けた。その後街の宿で一泊し(真白は同じ部屋でいいと言っていたが、僕は遠慮した)、目的の街へ辿り着いた。
僕は改めてステータス画面を確認する。
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Lv:40
HP:24500/24500
MP:13000/13000
AT:168
DF:10500
AGT:2600
SPC:岩壁盾
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すべてのステータスが一段階上昇し、HP・MP共に全回復した。新技もモンスター相手に試したので、効果は把握している。今の僕はログイン当初より大分強くなっているはずだ。そうそう負けることはないだろう。
「真白、あれが目的のクラブハウスか?」
「おー! あれやな。"炎の鮮血”、めっちゃ派手やなぁ」
近未来的な円柱の建物に、真っ赤な文字で大胆に店名が刻まれている。爪で痕を付けたようなデザインだ。文字の背景は炎を吐く黒い陰……ドラゴンだろう。派手な場所が苦手な僕でも、この雰囲気には男心をくすぐられる。
「不覚にもカッコイイな。本当にこんな場所でPKが行われてるのか?」
「たぶんせや。ウチみたいな弱い人間は情報共有が盛んやねん。危ない場所の名前は全部共有されとる。あそこは金のない子らをターゲットにして、えげつないことしとるらしいで」
「金のない子か……」
貧乏な家出身の僕としては、心にくるものがある。もしも本当に金のない子を殺しているのだとしたら、一刻も早く止めなければならない。最もシンプルな方法はここのオーナーを倒すことだが、そう簡単にはいかないだろう。真白の力が必要だ。
「真白、情報収集は任せるよ」
「任されたで。ほな、ちょっと待っててな。着替えてくるわ」
真白は路地裏に入ると、胸元から青色の鍵を取り出し、何もない空間に鍵先を向けた。
「聖域たる湖は湖へ戻れ」
呪文を呟くと、鍵の先端から青色の光が広がり、水たまりのような膜が出現した。真白はその中に入り、姿を消す。
少ない魔力で転移魔法を使える鍵アイテム―聖域となりし湖は、人間の真白と相性抜群だ。人間は多少の魔力を持っているが、有効な魔法はほとんど覚えられない為、魔力を持て余している。聖域となりし湖は、その僅かな魔力を有効活用できるのだ。
ちなみに、真白が今飛び込んだ入り口は、ママの家に繋がっている。演じるキャラクターによって"変装"する必要がある真白は、服や化粧道具を全てママの家に保管することにしたのだ。聖域となりし湖を使用すれば、いつでもどこでも変装できる。試着室とクローゼットを持ち運んでいるようなものだ。
五分ほど経った頃、光の中から真白が現れた。
スラリと伸びた足、豊満な胸、美しいくびれ。露出度の高い服を着こなす見事なプロポーション。服は派手過ぎず地味過ぎない上質な黒のタンクトップとドレススカート。髪にはアクセントとして宝石の散りばめられた髪留めがついている。
「真白……?」
「フフ、どうかしら」
圧倒的な美女オーラに驚いた。ウサギアバターのときは気づかなかったが、真白は胸が大きく、手足も長く、モデルと言われても違和感のないスタイルの良さだ。可愛い系の顔立ちは口紅やアイラインで大人っぽく仕上がっていて、小悪魔的な色気が漂っている。おまけに声や仕草も艶っぽい。年齢は僕より下だとわかっていても、大人の女の色気を感じる。
「凄い……別人みたいだね」
「ありがとう、雑黒。誉め言葉として受け取っておくわ」
色気たっぷりの笑顔にドキっとする。
けっして動きが多いわけではないし、体を見せつけるわけでもないが、わずかな仕草や声のトーンが男の本能的な部分を刺激してくる。もしも淫魔が人に扮装していたら、こんな感じだろうか。もはや演技というより、フェロモンを自由自在に操っているかのようだ。
「普段と違う反応ね。雑黒は私みたいなタイプ苦手かなって思ってたのだけど、意外と興味あるのかしら?」
「苦手ではない……かな。大人っぽい恰好も新鮮で、僕は好きだよ」
「ふふっ、ありがと」
自然な笑みに可愛さと色気が混在している。話しているとき、たまに口元がキスの形になるのは計算だろうか。これほどの色気がありながら、嫌味のない自然体でいられるのだから、やはり真白の演技力はすさまじい。
「じゃあ、中に入ろうか」
「うん」
大人っぽい女性が不意打ちで発する『うん』は、キュンとくるものがあった。色気と可愛さを自在に使い分けているのか、素の真白が出たのかわからないが……このギャップは反則だろう。
こんな美女を僕なんかが連れていて、不自然ではないだろうか……。
ネガティブな思考に陥りながら店に行くと、入り口にいたガードマンらしき大男(カバ系アバター)は、ヒューっと口笛を吹き、『やるじゃん』というような表情で、僕らを中に通してくれた。やはり他の男から見ても真白は魅力的なようだ。そして意外なことに、長身の亜人アバターである僕は、真白と一緒に歩いていても不自然ではないらしい。
店の中は薄暗く、入り口付近は静かだった。分厚い扉の向こうは騒がしいようだ。
「雑黒、エスコートして」
「ん?」
どういう意味だろう、と思った瞬間、真白が僕の左手に腕を絡めてきた。
上品なタッチで、スベスベの肌が僕の腕にわずかに触れる。胸は当たっていないが、数センチの距離にある。
「お、おお……」
僕は平静を取り繕い、扉を開いた。
パッと華やかな世界が広がっていた。
赤と黒を基調としたテーブル、高く積まれたチップ。金持ちそうな男がハハハと笑いながらディーラーと談笑している。隣では美女が上品にワイングラスに口づけている。奥の席ではダーツのようなゲームに興じているタキシード姿の男達。それを後ろから応援している女達。皆上品に、派手に遊んでいる印象だ。
「すごい世界だな……」
「ええ。でも、ここはあくまでもクラブハウスの入り口でしょうね。裏側で悪事を働いているはずよ。あちらの方と少しお話してみるわ」
「わかった」
僕は一旦真白と離れ、ボーイから小さな細いグラスを貰った。フルーティなアルコールの香りがする。それに口づけながら空いていた椅子に座り、真白の様子を見守る。
真白は暇そうにしていたディーラーのところへモデル歩きで近づいていくと、不機嫌そうな表情で席についた。
「ちょっといいかしら、ボーイさん?」
ディーラーはシリアスな表情でチップを磨きながら、チラリと真白を見る。上品な服を着ているが、顔は強面だ。真白は上手くやれるだろうか。
「ここって本当にあのオーナーのお店なの? 面白いゲームがあると聞いてたのだけど、どこにでもあるゲームばかりよね」
ディーラーは低い声で何かボソボソと呟いた。ここからでは聞き取れないが、若干不機嫌そうだ。真白を見定めようとしているような気配を感じる。
「フフッ、前の彼氏は遊び方が派手だったから、お店の秘密の場所によく連れて行ってもらってたの。今の彼氏は倹約家なのだけど、今日は私の誕生日だから、特別にたくさん遊ばせてくれるって言ってるわ」
真白が僕に目配せした。僕は酒のグラスを軽く揺らして答える。大きく動いたらボロが出そうなので、クールを気取って、どっしりと構える。あとは真白が演技でなんとかしてくれるだろう。
ディーラーは何度かボソボソと言葉を発し、真白が明るく自然なトーンで会話を続ける。そんなやりとりをしている内に、真白は何か糸口を見つけたようだった。
「今の彼氏はすっごく強いの。だから付き合ってるのかもしれないわね。彼が負けるところなんて想像できないもの。強くてカッコよくて、男らしいの。でもね、プライドが高くて、腕っぷしの勝負は何でも引き受けちゃうのよ。フフッ。まぁ、そんな子供っぽいところも可愛いんだけどね」
楽しそうに話す真白は、遊び慣れている大人の雰囲気と、無邪気に何でも話してしまう世間知らずなお嬢様の雰囲気を醸している。金は持っていそうだが、裏表は無さそうに見える。僕がディーラーの立場だったら、カモにしやすい上客というイメージを持つだろう。真白は演技力だけでなく、その場に応じて有効なキャラクターを演じるバランス感覚も持ち合わせているようだ。
三十分ほど話したころ、真白が僕にウインクした。どうやらディーラーを攻略したようだ。
ディーラーは僕の方へ来ると、恭しく礼をした。
「ご来店頂きましてありがとうございます。当店のサービスはお楽しみいただけていますでしょうか」
チビチビと酒を飲んでいる僕がノーと答えることは予想しているのだろう。ディーラーの営業トークに乗っかる為、僕は「まあ」とぶっきらぼうに一言だけ返した。
ディーラーは心なしか、満足そうな顔をした。
「実はここだけのお話なのですが、地下に別の遊戯を設けております。本来はVIPの方限定のサービスなのですが、彼女様がお誕生日とお伺いしましたので、彼氏様がよろしければご案内させていただければと」
ディーラーの営業トークはなかなか達者だ。『彼女の誕生日』と言われたら、彼氏(実際にはフリだが)としては断りづらい。さらに"特別なサービス"を提供する理由が明確になっている為、彼氏(実際にはフリだが)の警戒心は薄れる。
真白の誘導のおかげでVIPルームまでこぎつけた。僕がブチ壊すわけにはいかない。
僕は平静を装い、「ありがとう。案内してくれ」と静かに答えた。
真白が僕の腕に絡みついてくる。彼氏にベタ惚れしている女と、クールを気取っているが実は彼女に甘い男という図式の完成だ。僕の腕に真白の意外と大きな胸がぷにぷに当たっているのだが……必死で意識をディーラーの背中へ移し、後ろを歩いていく。落ち着け僕。
ディーラーと美女と長身の男という組み合わせは派手な店内でも目を引くようだった。僕らは注目の的になりながら、店の奥へ進んでいく。左右から二人のボーイがカーテンを広げ、僕らが通る。それを何度も繰り返して店の一番奥へ進んでいく。
突き当たると、真っ黒な扉があった。
「こちらでございます」
「フフ、楽しみだわ」
真白が上品にはしゃいでいるような演技をする。どこからどう見ても遊び慣れている女だ。敵地に乗り込む緊張感は微塵も感じさせないパーフェクトな擬態。僕一人ではここまで辿り着かなかっただろう。さすが真白だ。
僕は寡黙な彼氏面をしてディーラーの後に続く。
扉を開くと地下への階段があった。黒絨毯が敷かれている。一階のフロアよりも綺麗で埃一つない。特別な者しか通れない階段という雰囲気だ。
コツコツと三人分の足音が響く。乾いた空気。しばらくすると、徐々に人の声が聞こえてきた。異様な盛り上がりだ。ただの賭け事とは思えないが、一体何をしているのだろうか。緊張が高まる。
最下部へ辿り着くと、ディーラーは扉を開け、僕ら二人を中へ通した。
「こちらは特別な催し物となっております。高レートな賭けをしていただくこともできますし、腕にご自信がおありでしたら、直接ご参加いただくこともできます。スリリングなひとときをお楽しみください」
「フフッ、ありがと。案内ご苦労様」
真白は僕のポケットの中に手を入れ、金を握らせてきた。ディーラーにチップを渡せという意味だろう。
僕はあたかも自分の意思でそうしたかのように、ポケットから金を取り出してディーラーに渡す。
「お心遣い、ありがとうございます」
タイミング良く、真白が抱きついてくる。
僕は言葉を発することなく、ディーラーに背を向け、部屋の中に入った。ディーラーの前でボロを出さずに済んで、内心ホッとした。しかし、そんな平穏はあっという間に室内の熱気に飲み込まれた。




