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 戦闘…………。

 そういえば、僕は何か大切なことを忘れている気がする。


 もう一度大金を見る。それがヒントになっている気がする。

 ふと、大事なことを思い出した。 


「あああっ!」

「え、どうしたの雑黒?」

「なんや雑黒。大丈夫か?」


 不思議そうな顔をする二人。僕は気にせず、高ぶったテンションのままママに尋ねる。


「アイテムッ……! 鍵のアイテム、なかった? 怪の装備奪ったとき」

「ええ、あったわ」

「それも売っちゃった……?」

「フフッ」


 ママは微笑ましげに笑うと、胸の谷間に手を入れ……ムニムニとまさぐり始め。


「あっ……。あれ? ん……。えっと……んっ……んん」


 なんだかエロい声を出し始めた。元々セクシー系のアバターなので、厚ぼったい唇も、胸の揺れ方も、吐息交じりの声も、全てが色っぽい。

 僕はそっと目を逸らすと、ママがようやく胸から手を出した。


「ほら、これでしょ?」


 ママが持っていたのは青い鍵だった。中にはオーロラのような青い光が渦巻いている。僕が妖精から貰った初期アイテム。怪に奪われ、怪との喧嘩の引き金となったアイテム。思えばすべての始まりはこのアイテムだった。僕が心の底から欲していた特別なモノが、目の前にある。


「おぉ……売らないでくれたんだ。ありがとう」

「当然よ。こんな貴重なものは売らわないわ。売れば大金になるけど、その倍払っても買い戻せるかわからないもの」

「そんな貴重なものなんだ」

「ええ、一般に出回っているアイテムの中では最上級よ。もちろん、もっと高いレアリティの高いアイテムもあるけど。お金を出して手に入れられる中ではトップクラスね」

「なるほど……初期アイテムの中ではトップクラスか……」


 怪が『世界を支配する』と言っていたのは大げさだったのだろう。あいつは口が大きくて、自分の力を数百倍に評価している。最強の初期アイテムゲット=世界を支配、という図式で話すことくらい朝飯前だろう。


「えらい素敵な鍵やな。それは何するアイテムなん?」


 真白がママの持っている鍵を不思議そうに見上げた。エサを見上げるウサギのような体勢だ。下からパクっと食べてしまいそうに見える。


「これは少ない魔力で強力な転移魔法を使えるアイテムよ。高い技術を持った錬金術師が特殊な材料で作っているの。原理はとてもアナログなのだけど、この仕組みは芸術的な美しさね」

「へー、そないなものもあるねんなぁ。転移魔法ってどんなんなん?」


 真白は興味津々の表情だ。人間ヒューマンは生まれつき魔力が低いらしいので、魔法に憧れがあるのだろうか。


「この鍵は二つの扉を作るのよ。例えば」


 そう言って、ママは何もないリビングに鍵の先端を向けた。


湖の畔よ聖域となれ(ロックロックレイク)


 ママが唱えた瞬間、鍵の先端から青い光が広がった。光はちゃぷちゃぷと波打っている。まるで水たまりを壁に立てかけたようだった。真白は恋する乙女のような表情で、その神秘的な湖に見惚れている。

 ママは反対方向へ少し離れて、再び鍵の先端を向ける。


「出口を作ったら、別の場所で入り口を作るの。聖域たる湖は湖へ戻れ(ノックノックレイク)


 再び青い光が広がった。先ほどの光に比べると淡く、水っぽい。これが転移魔法……。二つの扉を行き来できるのだろうか。

 ママは僕と真白を見る。


「入ってみて。転移できるはずよ」

「真白、先に行っていいよ」

「ええの? ホンマ?」


 目を輝かせている真白に僕は頷く。


「うわー、ドキドキするわー! なんやこれ、プルプルしとる。綺麗やなぁ。こないな魔法初めて見たわぁ」


 真白は青い光をペタペタ触ると、光はそれに呼応して揺れる。ゼリーのような材質だ。

 真白はしばらく両手で感触を楽しんだ後、「えいっ」と中に飛び込んだ。

 まるで不思議の国のウサギのように、姿が消えた。


「おお……! 本当に消えた!」


 初めて見る魔法に僕も興奮する。薄い光の膜を通っただけで姿が消えるなんて不思議だ。地球にはない技術、これこそ異世界の醍醐味だな。

 真白の消えた空間を見つめていると、背後からトントンと肩を叩かれた。


「ん……?」


 振り返ると、真白がニコニコしていた。どうやら、もう一つの光の膜から出てきていたらしい。

 なるほど、入り口と出口を作ることで、その間を移動できるのか。かなり便利そうだ。


「すごいでコレ! めっちゃ楽しいわ! 感動や。ウチこういう便利な魔法好きやわぁ。見た目も綺麗やし、素敵やわぁ。雑黒もはよ入ってみ」

「おう」


 僕も入り口の光に軽く触れてみる。

 青い光はプルプルと揺れるが、特に触れている感触はない。

 恐る恐る手を入れると、手は光の中に消えた。光に入れる瞬間だけひんやりしたが、通り抜けると特別な感触はなくなった。


「おじゃまします」


 中に入ると、出口の光に出た。

 少し離れた前方にさっき入った入り口がある。


「なるほど……」


 確かに便利だし綺麗だと思うけど、真白ほどウキウキした気分にはならなかった。きっと二~三回で感動は無くなって、当たり前のように普通のドアとして使うだろうな……という印象だ。


「どや? 凄いやろ!? わかるで。めっちゃ感動すんねんな!」

「お、おぉ……」


 真白とのテンションの差を感じる。

 なんで異世界の住人が僕よりも魔法に感動してるんだろう。これが女子と男子の感覚の違いなのだろうか。


「まあ、便利そうなアイテムだけど……僕はまだいらないかな」

「はぇ!?」


 真白が悲鳴に近い驚きの声を上げた。小さな口があんぐり空いている。


「僕はこのアイテムを手に入れたとき、自分がこの世界で特別な存在になるきっかけになると思ったんだ。でも、僕はまだ何も成し遂げてない。このアイテムを手に入れるべきではないよ。怪との喧嘩に決着をつけたら、このアイテムは使おうかな」

「フフ、やっぱり男の子なのね。雑黒がそういうなら、私が預かっておくわ」

「ええええええええええええ! 雑黒、ホンマにええんか!? もったいないで!? こないな素敵なアイテム預けとくなんて!」


 僕とママで話がまとまりかけたところに、真白が怒涛の勢いで突っ込んできた。この鍵のアイテムは真白にとってよほどツボだったのだろう。さっきから見たことないテンションだ。


「せめて持って行こうや。そやないと鍵がかわいそやわ。いざというときになったら使おうや」

「いや、勿体ないとかじゃなくてさ、これは男のケジメみたいなものなんだよ。だから僕が持ってて都合のいいときに使ったら意味がないんだ」

「んー、意味わからんわぁ。縛りプレイっちゅうことか? 雑黒やっぱりそういうのが好きなん? 強すぎて感覚おかしなっとる……」

「違う違う! なんていうか、罪悪感みたいなものだよ。ちゃんと決着つけてないのに強いアイテムに頼ってたら、情けないっていうかさ」

「そないなことあらへんで。雑黒は立派や。アイテムに頼らんでも強いし、冷静やし、勇敢な男や」

「ありがとう。そう言ってくれるのは嬉しいよ」


 真白の頭に手を乗せると、真白はえへへへと嬉しそうな顔をした。可愛い子に男として認められて、悪い気はしない。けど、ケジメはケジメだ。僕は怪を倒すまでこのアイテムは使わない。

 僕らのやり取りを見ていたママは、少し考えた素振りを見せた後、僕に鍵を差し出してきた。


「それなら、真白ちゃんに預けたらどうかしら? 私、色んな鍵持ってるから、無くしちゃうかもしれないし」

「!?」


 真白が野生のウサギも驚くような速さで反応した。

 ママのさりげない気遣いはナイスだ。真白は鍵を欲しがっているようなので、預けておけばいい。一緒に旅をする真白の役に立つなら、僕にとっても嬉しい。


「それでいいよ。僕が使わない間、真白に預けておくよ」

「ええの!?」

「うん、いいよ」

「せやけど、ウチなんかが持っててもええのかなぁ?」


 遠慮と照れと喜びが入り混じったような表情でモジモジしている真白。ホントは鍵を持ちたくて仕方がないのだろう。

 僕は真白の右手を開いて、鍵を握らせた。透き通るような白い手に青い鍵がよく似合う。


「鍵の管理は真白に任せるよ。僕が使わない間は真白が自由に使っていいから」

「……雑黒! ええの? ホンマに使ってもええの?」

「いいよ」

「きゃー! 嬉しいわぁ! 雑黒優しいわぁ。ほなウチが預かってる間、めっちゃ大切にするわぁ。毎日磨くで。せや、鍵にストラップ付けとかんとアカンなぁ。落としたら大変やからなぁ」


 喜んでいる真白を見ていると、なんだかいいことをしたような気分になる。この世界に来て、真白という相棒を見つけて、僕の生活はこれまでにないほど明るくなった。"狩場潰し"でも相性の良さを発揮できそうだ。


「真白ちゃん、ストラップもあげるわ。首から下げて、鍵は胸元に入れておくの。落とさないようにね」

「おおきに。ん……こうか?」

「ええ。そうしていればスリに盗られることはないわ」

「せやな。うん。ここなら取られへん。鍵があるってわかるのええな。落ち着くわぁ」

「そうよね」

「ちょっ…………」


 僕は口を挟みかけたが、何と言っていいのかわからず口をつぐんだ。


 怪との喧嘩に決着がついたら、真白から鍵を返してもらうつもりだったんだけど……真白が胸の間に挟んでいた鍵を僕は『返して』と言えるだろうか……。

 そんな疑問が浮かんだものの、真白にスマートに伝えられる気がしない。正直に言ったらセクハラ扱いされるかもしれない。


「どうしたの? 雑黒」

「雑黒、これアカンか? ひょっとしてウチ、似合ってへん?」

「いや、そんなことはないよ。似合ってる……」

「ふふふ、おおきに」


 真白が嬉しそうにしているので、良しとしよう。怪との喧嘩に決着がついたら、あの鍵は真白にあげよう……。

 鍵を握りしめてる真白を見ながら、僕はチキンな決断をした。


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