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21 ~炎竜クラブハウス編~

 僕は今後屋敷で働く執事として、メイド長に挨拶することになった。


「……というわけで、これからお嬢様の執事として働くことになりました。よろしくお願いします」


 メイド達が僕をチラ見してはヒソヒソ話をしている。屋敷で唯一の執事なので珍しいのだろう。メイド長は優しそうな人で、彼女達を咎める様子はない。賑やかな職場のようだ。


「雑黒君、何かわからないことがあれば何でも聞いてください。私もメイド達も精一杯フォローします。逆に私達からお手伝いを頼むこともあるかもしれませんが、よろしくお願いいたします」

「はい、精一杯頑張ります」


 僕はママの側近のような立場として迎え入れられている。今後メイド達と関わることはほとんどないらしいが、一緒に暮らすのだから、好感は持ってもらった方が良いだろう。僕は背筋を伸ばして慣れない姿勢を維持しながら、精一杯真面目な態度を心掛けた。メイド長への印象は及第点といったところだろうか。付け焼刃の態度で『優秀な執事』のフリをするのは無理だが、それほど悪い印象は与えていないだろう。


「ミサリア、私と雑黒は部屋に戻るわ。また後でね」

「はい、お嬢様。ごゆっくり」


 ママと僕は部屋を出て、自室へ戻った。僕らはレルガルドーオンラインの世界に戻らなければならない。ママの両親やメイド達に秘密を抱えたまま屋敷で生活し続けられるのかどうか、若干の疑問は残るけど、とりあえずはレルガルドーオンラインの"狩場潰し"に集中しよう。


「雑黒、準備はいい?」


 ママが隣の部屋のベランダから僕に声をかけた。隣同士の部屋はこんなに近いのか。メイド達にはバレず二人きりで会話ができるな。


「いつでもいいよ」

「じゃあ一緒に行きましょう」


 僕はベッドに横たわった。

 リアーチャルは必要ない。僕の本体はレルガルドーオンラインのアバターに移っているので、現実世界で眠れば、自然とレルガルドーオンラインの世界で目覚めることができる……らしい。


 夢と現実が逆転したような、不思議な感覚だ。目を閉じて自然な呼吸を繰り返す。

 高級なベッドは広い海にプカプカ浮かんでいるような心地よさで、あっという間に眠くなった。

 視界が真っ暗になり、意識がスーッと抜けていく。


 ………………。


 ……………………。


 …………………………。



「……雑黒?」


 目が覚めると、真白が僕の顔を覗き込んでいた。布団の上にいるが、ほとんど隣で寝ているような体勢だ。


「うぉっ……ち、近いな。どうした真白」


 真白の服装は綿生地のパジャマだ。森ガールのようなゆるふわスタイル。布一枚脱げば裸になれるような無防備さに色気を感じてしまう。


「おはよう。なんやそない動揺して? 別になんもあらへんで」

「なんで僕の部屋に?」

「なんとなくや」


 真白はドヤ顔で、答えになってない答えを言う。

 深い意味はないのかもしれないが、寝室に二人きりは嫌でも意識してしまうだろう。せめて僕を下から覗き込むような体勢はやめて欲しい……。襟元から胸チラしそうで心臓に悪い。


「ほんでな、次の候補考えといたで」

「候補?」


 胸元から視線を逸らし、真白の目を見て返事する。意識してると思われたら気まずくなる。話に集中しよう。


「次の狩場の候補、クラブハウスがええと思うねん」

「クラブハウス?」

「せや。お酒飲んだり踊ったり、遊んだりできるとこや。おもろいイベントもたくさんやっとるで。雑黒は行ったことないん?」

「ないよ。そういう派手な場所はあんまり得意じゃないんだ」


 真白は「ウチも初めてやねん」と言いながら、目を輝かせている。遊びたいからそこを候補にしたのか……?


「僕はなんの情報も持ってないから、真白が行きたいならそこでいいけど。なんでクラブハウス?」

「そこのマスターがドラゴンやねん」

「ドラゴン?」


 ドラゴンがこの世界で最強アバターの一角を担うということは、以前の真白の台詞からなんとなく察している。レベル1でカマキリを倒せるのはドラゴンくらいだとか言ってたはず……。それほどの強敵ということだろう。


「せや。ドラゴンは色んな属性がおんねんけどな、炎属性のドラゴンはめっちゃ攻撃的やねん。せやからウチみたいなか弱いウサギには荷が重いねん。すぐ攻撃してくるタイプやったら、演技も通じへんし。そこで雑黒の出番や」

「いやいやいや、僕を買いかぶり過ぎじゃないか? まだ戦闘経験二回でそんな強敵に挑むなんて」

「何言うとんねん? 雑黒は一人でギルド潰しとんねんで? めっちゃ強いで。雑黒は一体一なら誰にも負けへん。ウチは雑黒の強さを信じとるで」


 真白の目は戦隊ヒーローを見る子供のようだ。間近で僕の活躍を見たから過大評価しているのかもしれない。後で戦闘経験豊富なママの意見も聞いておいた方が良さそうだ。


「ちなみに多対一だったらどうする?」

「そうならへんようにウチが頑張るで。雑黒が戦いやすなるように交渉したり情報仕入れたりすんねん。ウチもパートナーとして役に立たったるで」

「なるほど……」


 真白の演技力や交渉能力を活かし、敵のボスと僕の一体一に持ち込むのか。それは現実的な案に思える。僕は真白の演技力と嘘を見破る能力を信頼している。真白ができるというのなら、きっとできるだろう。


「それなら行こう。次の"狩場潰し"はクラブハウスだ!」

「おーっ! さっすが雑黒、話のわかるやっちゃでー!」



 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



「雑黒、ちょっと待って。いいものあげるわ」

「いいもの?」


 クラブハウスへ向かおうとした僕らをママが引き止めた。

 戸棚を開けると大きな袋を取り出す。簡易的なバッグのようだ。サンタクロースの持ってるそれに近い。


「はい。これあげるわ。街に行くなら必要になるでしょ」


 受け取った袋を開けると、中には金色の硬化がジャラジャラと入っていた。いくらなのかわからないが、映画で見る海賊船の宝箱くらいきらびやかだ。


「雑黒、なんやそれ?」

「金……なのかな」

「フフッ、お小遣いよ」


 真白が中を見たそうな顔をしていたので、僕は袋の口を向けた。

 真白は目を真ん丸くする。


「雑黒、なんやこれ!? 家でも買うんか? さっきお小遣いいうてへんかったか?」

「え」

「そこそこ立派な家買えるやん。なんでもろたん? まさかクラブハウスで豪遊するつもりなんか……? アカンで。そないな遊び方、健全やない。ていうかやな、ウチと一緒に行くねんで? それで他の女と遊ぶなんてデリカシーないやん。そないな夜遊びするくらいなら、ウチと一緒に楽しんだらええやん。せやろ!?」

「ちょっと落ち着け、真白」


 大金を目にして思考回路がショートしたのか、真白は混乱した様子で迫ってきた。漫画だったら目がグルグルの渦で描かれているだろう。

 僕は金を置いて、真白を落ち着かせる。


「スマン、取り乱したわ。」

「大丈夫か真白? 僕は遊ぶつもりはないよ。ちゃんと目的を果たすから安心してくれ」

「せやな、雑黒がそないな不誠実なことせーへんよな。疑って申し訳ないわ」


 ようやく普段のテンションに戻った。シュンとしてる真白は可愛いが、テンションが上がったときの迫力はなかなか恐ろしい。女遊びは当然しないとして、あまり羽目を外さない方がいいだろう。


 それにしても、真白が混乱するほどの大金って一体いくらなんだろう。家を買える金額は現実世界なら数千万円くらいだが、異世界で家を建てるのがそれより高いか安いかはわからない。土地代は安そうだが、建てる技術や労力に金がかかりそうだ。


「それで、ママ。この金は本当に貰っていいの?」

「ええ、もちろん。これからミッションをこなすなら、色々とお金が必要になるでしょう。それに、そのお金の半分は子豚ちゃんの装備を売って手に入れたお金よ」


 ママは口元に人差し指を当てて、いたずらっ子のように微笑む。悪いことをしているのだが、その表情はお茶目に見えるから不思議だ。リアルとゲーム世界両方で殺されそうになった僕としては、怪に同情する気持ちはあまり湧かない。


「ちなみにもう半分は?」

「私のポケットマネーに決まってるでしょう。こう見えてもトッププレイヤーだもの。お金はいくらでもあるわ」


 一度は言ってみたい台詞だ。いつかは僕も強プレイヤーになって、自然とお金が入ってくるようになるだろうか。


「まぁ、あまり甘やかしてもダメだから、雑黒に渡すお小遣いはそれが最初で最後だと思ってね」

「うん、十分すぎるよ。ありがとう」


 これだけの大金があれば、衣食住には困らないだろう。戦闘だけに集中することができそうだ。


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