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「複製された命は世界を往来する」
四人がゲーム特有のアクセスコードを叫ぶと、その首がガクンと項垂れた。
『リアーチャル』のプレイ中、プレイヤーの筋肉の動きは最小限となる。このときプレイヤーの全身の感覚は、ゲーム世界へ移っているのだとか。
脳の神経を刺激してるとしたら怖いが、実際どのような仕組みなのかはわからない。全てを把握しているのは発明者本人(テレビで見る限り、僕よりもコミュニケーション能力の低い変人)だけで、その他は誰もその技術を理解できていない。
以前テレビで『リアーチャルの全貌を解き明かす!』という宣伝文句で特集が組まれていたが、ゲームの設計図を読んだ専門家達が頭を抱え、苦し紛れに『~のようなことかもしれません』という曖昧な論理を展開していた。その放送事故スレスレの惨状は一時ネットを騒がせた。
それほど高性能な機器でありながら、リアーチャルは一般家庭でも手が出せない金額ではない。たしか三万円程度だったはずだ。世界中に普及した為、この価格でも十分利益を出せたのだろう。
とはいえ、貧乏な我が家では買えなかった。生で見るのは今回が初めてだ。
ゲームをしてる怪たちは、意識を失ったままピクピクと小刻みに痙攣していて不気味だ。
残された三人の内、ハイテンションな高野とクールな宮蛇が会話している間、僕は気まずい思いをしながら先ほど食べ損ねたケーキに思いを馳せる。
そして十数分後、怪以外の三人が目を覚まし、ヘッドマウントディスプレイを外した。
紗沙木、汰中、弥真多、普段は教室でゲラゲラ笑っている三人が不満気な表情で黙っている。
それもそのはず。今回怪の企画したゲームパーティは、怪の怪による怪の為の企画だ。利益を得るのは怪だけ。これほど楽しくないゲーム企画は世界中のどこを探しても存在しないだろう。
「おい、雑黒。お前も準備しろよ」
「……あ、うん」
三白眼の宮陀に急かされて、僕もヘッドマウントディスプレイを装着した。フカフカのソファに尻を埋めて目を閉じる。体感型ゲームはこういう感覚なのか。ディスプレイを装着していると、コックピットにいるような気分になるな。
目を閉じると、不思議なことに、閉じた瞼の裏に青白い光の文字が浮かび上がった。
『Call Login Cord to Another World』
別世界へのログインコードを言えということだろう。
ログイン方法はログインコードの宣言、イメージ、手の動きなど複数用意されているが、口で言う以外の方法を僕は知らない。
恥ずかしいが、他の二人が叫んだ文言を聞いて、一歩遅れてから僕も小声で宣言した。
「複製された命は世界を往来する」
ぐるんっ……。
眩暈のような感覚がした。ソファがひっくり返ったのかと思った。
続いて、急降下しているような感覚。数百メートル、あるいはそれ以上……絶叫系の乗り物ほどではないが、エレベーターの倍以上の速度だ。落ちる系が苦手な人にはキツそうだ。
数秒間落下すると、突然、ふわりと天から引っ張られるような浮遊感を感じた。
空を飛んでいるようで心地いい。
いつの間にか、ソファに座っている尻や背中の感覚がまったくわからなくなっていた。ゲーム世界に没入したのだろう。
何もない上空に文字が浮かび上がる。
『レルガルド―オンラインへようこそ』
ファンファーレのような音楽が鳴り、文字の光が強くなっていく。
眩しくて目を閉じる。
光が収まると、そこには別世界が広がっていた。
平原、風車、森、湖、滝。
現実と区別がつかないほどのグラフィックで創られたファンタジー世界。噂は本当だったようだ。
そのクオリティに感動していると、体が急速に落下し、地面に衝突する直前でスピードが緩まり、何事もなく平原に着地した。
「す、凄っ……」
足元の草や土の感触、肌に触れる風の感触、全てが現実世界のものと遜色ない。どこがどう現実と違うのだろう。長期間プレイしたら現実と混同しそうだ。
一つだけ違うのは、自分の体重が軽い点か。体の内側からエネルギーが湧き出てくる感じがする。これはアバターのスペックが人間のスペックより高い為だろう。アバターのビジュアルは普通の人間のようだが、手足が恐竜のようにゴツい。半獣系だろうか。
『複数人同時チュートリアルを始めます』
幼女とも女性とも取れる音声が聞こえた。
声のする方には、3次元映像の妖精が浮かんでいた。この妖精は僕らのアバターや世界観と比べてレトロな作りだ。あえてユーザーが慣れ親しんだチュートリアルキャラを再現したのだろう。
そんなことを考えていると、妖精が羽をパタパタさせながら、僕らの前を舞った。
『あなた方にはこれからプレイヤーとしてこの世界で生き抜いていただきます。ただし、この世界で死んだ場合、全てのアバター情報はリセットされ、ログイン拒否プログラムが発動します。つまり、一度死んだらもう二度とこのゲームで遊ぶことはできません』
「えっ…………」
今時のゲームはそんなにシビアなのか。
高い金を出してソフトを購入しているのに、死んだらリトライ不可……。過去に類を見ない厳しいデスペナルティだ。ユーザーから苦情は来ないのだろうか。
あるいは、よほどのことがない限り死なない設定になっているのだろうか。
『ゲーム内で知り得た情報は、各自の記憶媒体にインプットさせておくことができます。それらのトレード、譲渡、売買は可能です。ただし、アイテムの小型化はできません。持ち運べるアイテム量に注意して生活してください』
なぜそんな難儀な設定をしているのだろう……? ゲーム世界ならアイテムは小型化してたっぷり持ち運べる方が楽だと思うけど……。これも面白さに繋がる要素なのだろうか。
『ゲームの中断はログアウトボタンによって起こります。ただし、ログアウトするとアバターは睡眠状態となり、ゲーム内に存在し続けます。睡眠場所には十分ご注意ください』
つまり、危険な場所で寝たら、他のプレイヤーからアイテムを強奪されたり、殺されたりする可能性もあるということだろうか。これまた難儀な設定だ。家の購入か、宿での宿泊が必須になりそうだ。
『最後に、皆さんに初期アイテムを一つ配布致します。アイテムはゲーム世界に存在する99%の武器からランダムで抽選されます。順番にお渡ししますので、一人ずつ前へ出てきてください』
この抽選は、レルガルド―オンラインにおいて重要な要素らしい。棒切れのような初期武器を引いたら絶望的、上位クラスの武器を手に入れれば英雄になれる。確率は完全ランダムなので、宝くじのような物なのだとか。
「んじゃ、一発レア武器ゲットしますかぁ~!」
真っ先に前へ出たのは、金髪の勇者アバターだった。おそらくバスケ部の高野だろう。今この場にいるのは僕と宮陀と高野、そして前半組でログアウトしていなかった怪の四人。怪は既に武器を貰っているし、宮陀は独特なねちっこいしゃべり方をするので、このハイテンション勇者は高野だとわかる。
見た目はまあ……これといった特徴のない勇者だけど、現実世界とは似ても似つかないイケメン仕様だ。
勇者高野は前に出て、妖精の前に恭しく片膝を着いた。騎士の真似事だろうか。
「ヘイ、フェアリー! ハイレベルアイテム、プリーズ!」
高野の中学生レベルの英語に反応し、妖精は両手を上に翳した。
タイミングはぴったり。悔しいけど様になってる。”イケメンなら何でもあり"か。
『魔法領域拡大、血の誓い、遠隔強奪、対象所有者無』
妖精が小声で口ずさむと、森の奥の方で強烈な破裂音が響いた。