16
「貴様らッ、止まれッ!」
足音のする方へ真白が叫んだ。芯があり、まっすぐ伸びていく低音。まさしく女騎士の声だ。隣で聴いていた僕は思わず感嘆の声を漏らしそうになる。
「我は聖位騎士団団長――真白! 貴様らの名と目的を述べよッ!」
足音の質が変化した。
強者が獲物を狩るときのドシドシという足音から、静かな足音へ。位置を悟られないようにしたのだろう。
リーダー格らしき男が一人、大木の裏から姿を現した。アバターの種族はオーガ系だろうか。身長は二メートルほどで筋骨隆々。武器は巨大な棍棒。本体部分は真っ赤で、装飾は金色。センスの悪さがいかにも悪者らしい。
「悪りぃなぁ! お嬢ちゃん! 道に迷っちまってよぉ! 困ってっからレ×プさせてくんねぇかぁ?」
「……下衆な自己紹介ご苦労だな。貴様の高が知れた。もうその汚い口は開かなくて良い」
「アハハハハッ! じゃあ代わりにてめぇが下の口開けッ! 死体になった後でなぁああああああッ!」
敵意を隠そうとしないオーガと、怒りを秘めた演技をする真白。
表面的に見ると、二人の"格"は真白の方が上に見える。敵はヘラヘラとした笑みを浮かべているが、迂闊に近づいてこない。真白を警戒しているからだろう。しかし実際、戦えば負けるのは僕らだ。多対一で、僕は真白を守らなければいけないというハンデもある。
となれば、僕のとるべき行動は一つだろう。
「お前ら程度なら、真白の出る幕じゃない。俺一人で十分だ。全員まとめてかかってこい」
僕は真白を守る為、前へ歩いていく。真白の演技力に引きずられて口調が変わってしまったが、おかげで敵からしてみれば、僕は特攻隊長に見えたかもしれない。
「あ?」
眉間に深い皺を作るオーガ。挑発に乗ったようだが、まだ戦う素振りはない。やはりこちらを警戒しているのだろう。だとすれば……姑息な攻撃手段を考えるのが、この手の輩の特徴だ。
僕の身近にはこんな奴らがたくさんいた。これまで抵抗する術なく一方的にやられていた。
けど、今は違う。
リアルで散々味わった、苦い経験が活きているのを感じる。敵の行動がなんとなく予想できる。
僕の左後ろには真白がいる。敵は数的優位を作り出す為に、真白を放置して、僕だけを狙ってくるだろう。おそらく右側の木の影から攻撃してくるはずだ。
敵のリーダーがニヤっと笑った。
僕は右を向き、飛び掛かってくる三つの影を捉えた。
「――鏡砕きの槍演舞」
「裁きの哲槌……!」
「男前刀腐ィイイイイイイッッッ!!!!」
「宝石箱の石礫」
正面から高速回転する槍。上空から垂直落下してくるハンマー。斜め下から和風の白刀。三種攻撃が同時に飛んでくる。
防御すべきか……?
そう思ったが、間に合わない。火力で勝負するしかなさそうだ。
口を大きく開けて、喉に込み上げてくる異物感を吐き出した。小石が喉を通り抜けていく不思議な快感がある。
口から数えきれないほどの小石が飛び出した。
ガガガガガガガガガガガガガガガガ!
小石は回転する敵の槍の隙間を通り抜けて、槍使いの体にヒットする。同時に斜め下から来る刀を弾き、刀使いの眉間にもヒット。さらにハンマー使いの体をボロボロにすると、上空のハンマーは自然と消えた。
一瞬にして、目の前にいた三体の敵は、その原型が何の種族だったのかわからなくなるほど穴だらけになった。ズシャッと音を立て、地面に倒れる。
レベル17の僕が三体の敵を相手に火力勝負で勝てるとは思わなかった。さすがママ譲りの魔法だ。攻撃は最大の防御ということか。
地面は宝石のような形の小石と血で汚れている。死んだらポンと消えるような世界観ではないようだ。少しグロいな。
「てめぇ……」
敵のリーダーは狂暴そうな牙を顎の左右に食い込ませた。手下三人を瞬殺され、悔しいのだろう。
「プレイヤーに興味ねぇんだよ……でしゃばりやがってクソがッ! てめぇは最後に殺す! 死体になった女が白目向いてアヘるところ見せてからな!」
「それは無理だろう。真白は僕より強いぞ」
「ハハッ! 粋がるな雑魚がッ。てめぇは半端なステ振りで生まれた亜人だろ。後ろにいんのは死ぬしか価値のねぇ"現地人"だ。プレイヤーランク圏内のオレらに勝てると思ってんなら、夢から覚める時間だぜぇ!?」
敵のリーダーは余裕そうに見えるが、本気なのかハッタリなのかはわからない。
今のうちに勝負をつけよう。時間がかかればかかるほど、真白のハッタリがバレる危険性が高まる。
僕はリーダーのオーガに向かって走った。
「宝石箱の……」
ふとがら空きになった背後に気配を感じて、魔法の詠唱を中断した。
首だけで振り向くと、イノシシのようなアバターが僕に突進してきていた。
刺々しい牙。荒々しい特攻。……パワー型か。
「天上天下猪突猛進ッ!」
凄まじい威力で吹っ飛ばされた。
ダンッッッッッッッッッッッッッ!
五メートル以上先の大木に体を叩きつけられた。
とんでもないパワーだな……。僕の体は無事だけど、防御型のアバターじゃなかったら、大ダメージを受けていたかもしれない。やはり僕の立ち回りはまだ初心者レベルのようだ。
「雑黒ッ!」
真白の心配そうな声が聞こえる。女騎士の演技は続けているものの、僕が派手に吹っ飛ばされたので動揺しているようだ。
「ゲヘヘヘヘッッ! 少しはヤルかと思ったが、動きがまるでド素人じゃねぇかぁ! タメ技は警戒しとくべきだぜぇ? オレみたいによぉ、一撃必殺の技に全魔力をつぎ込む奴だっているんだからなぁ!」
「わかった……次からは気を付けるよ」
僕は立ち上がり、イノシシ男の方を向いた。
敵がザワッとした。僕が立ち上がったことに驚いてるらしい。
「えぇ……? ハァ……? 何お前立ってんの? 意味わかん」
「宝石箱の石礫」
一瞬でイノシシ男は穴だらけの干乾びた肉片になった。
地面に散らばった肉は、食い散らかしたビーフジャーキーのように見える。
敵を四体倒したので、少しはレベルが上がっただろうか。
僕はウィンドウを開き、自分のステータスを確認する。
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Lv:29
HP:15000/19000
MP:2600/7000
AT:149
DF:7707
AGT:2000
SPC:岩壁盾
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レベルが12上がっていた。対人戦でも経験値は入るようだ。MPが増えたので、宝石箱の石礫をあと二発撃てる。レベルが上がれば、MPはどんどん増えていくだろう。無駄打ちさえしなければ勝てそうだ。
HPはまだ相当余裕がある。やはり僕のアバターは相当硬いようだ。立ち回りがヘタクソなので、この防御力には何度も助けられている。
新たに解放されたSPCはおそらく、詠唱なしで発動できる魔法だ。技を覚えた瞬間、使い方はなんとなくわかった。名前からすると防御技か。微妙だな……。
不足しているのは攻撃技だ。同じ技を使い続けていたら、敵に対応されるだろう。唯一の懸念点だ。
「てめぇ……戦場でステータス確認とはいい度胸じゃねぇか……。その数秒で俺らが何もしないと思ったか?」
「……!」
オーガの棍棒から、黒々とした雷雲が発生していた。その雲は時間が経つほどに膨らんでいる。
こいつもタメ技か……。
特攻隊が時間を稼ぎ、その隙にアタッカーが必殺技のゲージを溜める。それがこいつらの戦闘スタイルのようだ。シンプルながら強力だな。タメ技を撃たれる前に倒さないと。
「宝石箱の……」
オーガに攻撃しようとした瞬間、左右から二つの影が飛び出してきた。
「紅の丸い卵」
「弓現」
左は小恐竜アバター、右は弓使いだ。二方向からの同時攻撃。挟まれてしまった。
弓使いからダメージを受けつつ、近い方の小恐竜を倒そう。
僕は左側の小恐竜アバターを振り向き、詠唱を続けた。
「……石礫」
小恐竜アバターの発した赤い弾丸を全て撃ち落とし、小恐竜アバター本人にも小石が数十発ヒットした。
アバターが頑丈だったのか、体に穴は開いていない。しかし、小恐竜は白目を剥き、銃で撃たれた人のようにビクンビクンと痙攣した。おそらく致死ダメージを与えたのだろう。
そして同時に、僕は頭の中でSPCを唱えていた。
――岩壁盾。
地面から二メートルほどの岩壁が出現した。
弓使いの攻撃が壁にヒットする。
ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!
黄色い渦が岩壁の後ろで炎のようにメラメラと揺れている。威力は高そうだ。けど、これでSPCを使用できることがわかった。
SPC(スペシャル技)は、詠唱無しで発動できる魔法だ。発動までのタイムラグがほぼゼロで、代わりに発動可能範囲が限られている。旧世代のゲームで言えば、メインボタンではなく、RやLといったボタンに配置されるような技なのだろう。
防御力の高い僕にとって岩壁盾はあまり必要なさそうだけど、どこかで使い道があるかもしれない。一応、頭に入れておこう。