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だだっ広い部屋でレトロなゲームをしている怪と取り巻きの男子達。それを後ろから見ている僕。この構図がそのまま僕のクラスでの立ち位置を示している。
生まれながらにして容姿にも能力にも金銭にも恵まれず、普通の人間が当たり前のように教授している幸せを得られず、スタートラインの遥か後方からのろのろと人生を歩んでいる。それが僕だ。特別な存在になるなんて夢のまた夢。人並みの人生すら羨ましい。
そんな僕は金持ちの家の坊っちゃんと自分を比較してネガティブな思考に陥りながら、おやつが出るのを待っていた。
怪の父親は外資系の会社の社長で、家は屋敷と呼ぶのがふさわしい立派な建物、家具は素人目から見ても高級品ばかりだ。もちろん客人に振舞われるおやつのクオリティも高い。
…………腹が減った。
今日は朝から何も食べてない。バイト代を三年の不良にカツアゲされたので昼飯は抜き。家に帰って食べようと思ったが、食料の在庫は皆無。なんとか水道水で空腹を胡麻化している状態だ。
コンコン……。
部屋のドアがノックされた。軽快な音だ。そういえば、ノック専用の金具がドアの外側についていたな。
そんなことを考えていると、上品なノック音に相応しい美人メイドが部屋に入ってきた。ケータリングのような銀色の台車にドリンクや菓子が乗っている。
「こんにちは、皆さん。お菓子をお持ちしました。ずっとゲームをしていては疲れてしまうでしょう。少し休憩してくださいね」
流暢な日本語。おそらく日本人なのだろうけど、西洋風のメイド服と金髪が似合っている。恐ろしいほどに整った顔だ。芸能人ですら見かけないレベル。ゲーム世界のエルフとか姫とか、その類の次元だ。
こんな顔に生まれた時点で、この美女も”選ばれた側”の人間だろう。その気になれば芸能人にだってなれるはず……なぜ屋敷の家政婦なんかをしているのだろう? 僕には理解できない世界だ。ゲームをしてる高校生に『疲れているでしょう』なんて声をかける辺り、優しい人を通り越して、実はダメ女なのかもしれない。あるいは、この家の給料が格別に良いから働いているのだろうか。いずれにしても眼福なので、目に焼き付けておこう。
「おい、ステラ! オレの遊びに口出すなって言っただろ! お前は相変わらず役に立たないな。オレが教えてやったことをちゃんと脳みそに叩き込んでかないと、社会で通用しないぞッ! 駄メイドめッ!」
「申し訳ありません、怪お坊ちゃま……」
怪が怒鳴り散らし、僕の幸せは一瞬で不快感に吹き飛ばされた。
偉そうに振舞っているこの坊ちゃんが、僕の最も身近にいる、”選ばれるべきではないのに、選ばれてしまった人間”だ。
優良企業の社長の息子で、両親には溺愛され、金で買えるものは全て与えられている。おまけに美人メイドに身の回りの世話をしてもらっていて、偉そうに振舞っても許される。誰も逆らうことはない。まさに夢のような人生を歩んでいるエリート中のエリートだ。
「ま、オレはお前を嫌ってるわけじゃない。目をかけてやってんだ。そこんところ勘違いするなよ」
「ありがとうございます。お優しいですね、怪お坊ちゃまは」
「ふんっ。まあな」
安っぽい演技だな。
怪はつまりこの程度の男だ。友達(僕は含まれない)の前でメイドを叱りつけて、空っぽの自分にあたかも優れた能力が備わっているかのように見せかける。さらに歯が浮くような優しい言葉でツンデレ……もとい懐の深い男アピール。そんな茶番で周囲を騙せていると思っているのだ。しかし、実際には僕のような凡人に一瞬で見透かされてしまうほど器が小さい。そしてそんな薄っぺらい人間性を補って余りあるほどの家柄と金を持っている。それが怪だ。
もしも僕が怪の立場に生まれていれば、その力を……少なくとも怪よりはまともに使うことができただろう。まあ、僕と怪の差なんて些細なものなのかもしれないけど。
「失礼いたしました。ごゆっくりおくつろぎくださいませ」
ステラさんは大量の洋菓子やジュース類を並べ、部屋から出て行った。テーブルには色とりどりなケーキやチョコやドリンクが大量に置いてある。部屋にいる人数に対して倍以上の量。残す前提だろう。
なんだかんだ内心で不満を呟いていたけど、この瞬間だけは素直に怪に感謝して、洋菓子を頂くことにしよう。
他の奴らが好きなケーキを手に取って食い始めたところで、僕もさりげなく混じって、チョコがたっぷりかかったカロリーの高そうなケーキを確保した。これで今日一日分のエネルギーを補給できる。
さすが金持ちのおやつだけあり、見た目からして美味しそうだ。ケーキにはトロリとした濃い黒のチョコレートソースがかかっていて、星形のラメのようなものが埋め込まれている。上には薄い網目状のチョコやクルクルと巻いたチョコが刺さっていて、パティシエの手間を感じさせる。
垂れそうになる涎を飲み込み、金色のフォークをケーキに刺し込む。
中からまたトロっとしたチョコレートが出てきた。このケーキ一つであらゆる形状のチョコを楽しめる仕組みか。素晴らしいアイディアだ。
幸せを噛みしめながら、ケーキを口に運ぼうとした瞬間。
「やばい、時間だ! アレやるぞ!」
口をモグモグさせながら、怪が叫んだ。
ああ、あれか。と答えながら立ち上がる野郎共。
まさかこのタイミングで……?
「確率アップは六時までだぞッ! 急げッ! 何モタモタしてんだよ! タイムアップになったら許さないぞ!」
怪の怒声で、みんな慌てて立ち上がり、部屋を出ていく。
ケーキを放棄していかなきゃいけないのか……。お前はいつでも食えるからいいかもしれないけど、僕にとっては貴重なケーキなんだよ……。
そんな不満を抱きながらも、怪に逆らうことはできないので、渋々ついていく。
さようなら、僕のチョコレートケーキ(一日分のカロリー)。
隣の大部屋に入ると、怪が一番弟子の紗沙木に指示して、ヘッドマウントディスプレイを配らせていた。
現実世界と同じようにゲーム世界を体感できる機械、『リアーチャル』だ。バーチャルとリアルを組み合わせた親しみやすい商品名で、日本語にすると絶妙にダサいのだが、他のリアル志向体感型ゲームとは比にならないほどの大ヒットを遂げている。もはやゲームと言えばリアーチャルと言っても過言ではない。それほどまでにグラフィックがリアルで、ゲームバランスも良く、他の追随を許さないのだ。中でも今回やる『レルガルド―オンライン』は、『現実と区別がつかない』『数世紀先のオーバーテクノロジー』『発明者は創造神と同等の知能を持つ』など、大げさなほどの賛辞を受けている。ゲームに疎い僕ですら連日のニュースでその凄さの一端は耳にしたことがある。
そんなリアーチャルを最初に装着したのは四人。
紗沙木、汰中、弥真多……怪と親しい順だ。クラスの立場的にも上位の三人。妥当な選出だろう。
残ったのは僕と宮陀と高野の三人。もちろんその中で僕だけは格別に立場が下だけど……。
四人はそれぞれ一人用のソファに座り、リラックスした体勢になった。
「オレが合図したらいくぞ。お前ら準備はいいな」
意気揚々と指揮を執る怪。傍から見ると若干子供っぽいのだが、怪の側近である三人は見事に怪のシリアスな雰囲気に乗っかり、神妙に頷いた。僕には真似できない芸当だ。リア充には自分を客観視する目がないのだろうか。