優しさの予感
もう帰る時間なのに、お気に入りのバレッタをどこかに落としてしまった私。
今話から新章『優しさの鼓動』に入ります。
「どうしたの?」
「あ、髪にとめていたお気に入りのバレッタを、どこかに落としてしまったみたいなんです」
「それは大変だ、戻って探してみよう」
「いえ、そんな」
両サイドの髪を後にまとめ、ヘアゴムで結わえその上からとめていたバレッタ。オフホワイトの楕円形で、中央にピンクの花がついている私のお気に入り。諦めたほうがいいのかな……。
川崎さんは幹事の山中さんに事情を説明している。
しばらくして川崎さんが私の傍に来て、
「さあ、行こうか」
「え、でも」
「みんなにはちゃんと話してきたから大丈夫だよ。いつまでかかるか解らないし、先に帰ってもらうことにしたから」
「川崎さんもみんなと行って下さい。私1人で大丈夫ですから」
「遠慮しなくていいよ。2人で探した方が早くみつかるよ、きっと」
皆はニヤニヤしながらこちらを見ている。ともちゃんが目配せをして行けと促す。
内心嬉しいが、素直に甘えていいものかちょっと気を使ってしまう。それにいつの間にか敬語じゃなくなっている話し方に少しドキドキしながら躊躇っている私。
「山口さんのお気に入りのものなんでしょ?」
その言葉にこくりとうなずいた。
「じゃあ、早く!」
そう言って彼は私の腕を掴んで、歩き出した。
「あ」
高鳴る鼓動。早歩きのせいなのか、それとも……。
校門を出たときには確かにあった。風が強く吹いたので髪を触った時に手に触れたのを覚えている。
今来た道を引き返し校門まで来たが、私のお気に入りは見つからなかった。少しうなだれている私。
「落ちてなかったね。もう少し探してみよう」
そう言って辺りを探してくれている川崎さん。一生懸命探してくれている姿をみて、申し訳なく思った。もう諦めてもいいかな。
「もういいです。諦めます」
「本当に?」
「はい」
「本当に諦めちゃうんだ」
「仕方ないです」
すると川崎さんは振り返り
「じゃあ、お気に入りは持ち主がいなくなっちゃったね」
そう言って手に持っていたバレッタを私に見せてくれた。
「あ、それです。どこにありましたか?」
「校門横の生け垣の根元に落ちてたよ」
「そうですか」
「もう落とさないようにね」
「ありがとうございます」
彼からバレッタを受け取るときに軽く触れた手。
ドキン
大きな鼓動が鳴り響いた。
悟られないようにうつむいたまま、軽く拭いたバレッタを髪につけた。
「山口さんのお気に入り、とてもよく似合ってるよ。見つかってよかったね」
「あ、ありがとうございました」
心なしか川崎さんのほっぺも、うっすらと色づいているように見えた。でもきっと私のほっぺの方が紅いに違いない。
「じゃあ、そろそろ帰ろうか」
「はい」
いつの間にか沈みかけた太陽に照らされたその笑顔は、とても眩しく見えた。
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