§0 『始』
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「何だ、これは」
それが俺の第二の人生における最初の言葉だった。
俺の目の前には、多くの人で溢れ返った町並みが続いている。
雑然とした・・・しかし、活気に溢れた町並み。
だが、俺の知っている、こうあるべきだと考える「町」ではない。
舗装された道路。慄然と建つビル群。闊歩するスーツ姿のビジネスマン達。
そういった、俺の常識では当然に町にあるべき要素が目前の町には一切無かった。
「建物が石で出来てる…」
まるで中世時代のような石造りの建物が、計画性の欠片も無く…都市計画の枠組みなんて感じられない様に雑然と並び立っている。
地面は舗装されたアスファルトでは当然無く、単に歩き固められた地面によって、辛うじて道路とそうでない部分が区別できる程度に過ぎない。
そして、驚くべきはその町並みを歩き行く、あるいは店を構えて商売に勤しむ人々の姿である。
「はは……ファンタジーだ」
そうなのだ。
目の前では、いわゆるロールプレイングゲームに出てくる人間以外の知的種族・・・短駆だが筋骨粒々で髭を恐ろしく伸ばした、いわゆるドワーフの様な種族や、それこそ西洋の有名な小説もかくの如くといった、耳が異常に長く、現実世界の女優よりも遥かに眉目秀麗な…いわゆるエルフの様な種族が、人間と商売の交渉をしたり、あるいは談笑したり、活気溢れる町並みに溶け込んで何の違和感無く存在していた。
「・・・これが夢じゃなければ・・・ここは日本じゃないなぁ」
俺はため息を吐いた。
これは良くある異世界へ紛れ込んだというファンタジー小説の王道の様な話・・・まさか自分にそんな事が起きるとは思わなかったが…の可能性が非常に高い。
絶望的な思いが自分の脳裏を頭から足先まで貫いた気がする。
現代社会の利便さ、少なくとも衣食住は贅沢を言わなければ最低限与えられる生活水準。
実際に何の感謝の思いも感じていなかったが、いま失うと寒気すらする…法と国家機関によって保たれた社会秩序。
夜には電気による明るい光を、冬には暖かな暖房を、病気の時には病院で適切な診療を…当たり前の様に自分が享受できた様々な現代社会の科学の恩恵を失った事が自覚される。
「まいったな」
さて、どうするか…途方に暮れそうになる自分を理性で押し留める事が出来ない。
絶望感…だが、不思議と開放感も感じる。現代社会の全てのしがらみから解き放たれた事を無意識に感じているのだろうか。
「それはともかく…当面どうするかな」
言葉が通じるのか、今日の寝床はどうするか、まずは食べ物を確保できるのか…そういえば、俺は服を着てるのか。そこでようやく自分の服装に思いが至る。
あらためて、俺は自分の体を確認する。
ジーパン、Tシャツ、スニーカー、ベルトに腕時計。いつもの俺の格好だ。
良かった。少なくとも裸で異世界に放り出された訳では無さそうだ。
ポケットの中を探ってみると、その中にはいつも入れている…財布とスマホ、それにマンションや車の鍵を入れている鍵束。
あとは何も持っていない。
「裸じゃないけど、何も役に立ちそうなものは無いか」
とてもじゃないが、あの町で日本のお金は使えそうではない。とすると、俺は目下、無一文な訳だ。
「あの・・・」
ん? 背後から声をかけられたみたいだが・・・日本語か? 慌てて振り向いた俺は、そこに小柄なローブをまとった眼鏡をかけた女性がいるのが目に入った。
「日本人の方ですよね?」
女性は可愛らしい…むしろオドオドしたといってもいいぐらい…声で私に向かって尋ねる。
日本語だ。しかも、日本人だと尋ねている。
「そうです! いやー良かった、ここにも言葉が通じる方がいたんですね! 一体ここはどこなんですか? 日本に帰れるんですか?」
俺は先程の絶望感の裏返しで、思わず彼女にツカツカと近づき、肩を掴んで揺さぶる様に勢い込んで女性に向かって話しかけた。
「お…おち・・・落ち着いてください。揺さぶらないで・・・」
体を揺さぶられ、彼女は目を白黒させた。
「あ、ごめんなさい。日本語を聞いて、興奮してしまいました」
彼女の肩に置いていた手を離し、俺は彼女は落ち着くのをしばらく待った。
「混乱するのは分かります。誰でもそうですから…申し遅れました、私は外務省の南雲恵と申します。あなたのお名前は?」
彼女は身分証を俺に呈示した。
そこには日本語で、外務省の文字と彼女の顔写真、そして日本国の政府公印が押されているのが見えた。
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