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届かぬ叫び

「だから、俺が殺したんじゃないって言ってるじゃないですかッ!」


 乱暴に連れられ、押し込められたのは小さな窓が一つしかない息苦しい部屋だった。


 机を中心に向かい合っているのは、仏頂面を浮かべた一人の兵士。


 脇にはもう一人控えており、兜の隙間の眼光は怒りで赤く染まっていた。


 五畳にも満たない部屋に三人もいるためか、とてつもない圧迫感を感じていた。


 二人の兵士の敵意のこもった視線も息苦しさに拍車をかけている。


「俺は、ただ路地裏の死体を見て驚いて逃げただけです!殺したなんてことは絶対、ありません!」


 かれこれ三十分ほど、涙ながらに無実を訴えかけているが兵たちは聞く耳を持たない。


「だったら、何故、貴様はこのナイフを持っていた!」

 

 勢いよく机を叩きながら憲兵が示したのは血に染まった婉曲した形のナイフだった。


 すでに付いた血痕は固まりかけ、妙な模様を作っている。


 リックにとっては見たことも無いナイフであり、何故自分のベルトに収まっていたのか見当もつかなかった。


「これは、あのイカレ教団だけが持つ教具だ!しかも血がにじんでいるッ!これを持っていたことがお前が犯人であることを何よりも証拠じゃないか!」


「そ、そんなナイフ知りませんよッ!俺の持ち物じゃない!」


「そんなガキみたいなしょうもない嘘を吐くな!お前のベルトにあったんだからお前のモノだろうが!」


 兵士の怒り狂った声に気圧され、正面から見ることが出来ず、視線を床に落としていた。


 今にもリックを食い殺しそうな勢いで睨みつけている。


 何が起こったのか、説明のつかない事態の連続にリックの精神は酷く不安定な状態にあった。


 それでも何とか弁解できる要素は無いかとナイフをじっと見つめる。

 ふと思ったのはあの殺人現場との違和感。


「……そもそもこんなチャチなナイフで人をバラバラにして殺せるわけが無いでしょう!」


「誰がこれで殺したと言ったんだ?このナイフは凶器などではなく、被害者の身体へと死紋を彫った時に使ったものだろうな、とぼけても無駄だぞ」


 死紋……?あの死体の背中に彫られた妙な紋様のことだろうか?


 自分が人の肌にナイフであれを彫ったと?


 考えただけで鳥肌が立つ。


 そもそも何で俺があんな意味分からない紋様を人に彫らなければならないいんだ?


「その……さっきから連呼している教団って何なんですか?俺、無宗教なんですけど!」


「まだ誤魔化すか?……黒の教団、各国でテロを起こし大勢の人を殺戮してきた邪教のことだ……信徒であるお前ならよく知っているだろう?」


 テ、テロ……!つまりは相当、危険な集団っていうことか?


 リックはそんな連中の関係者だと断じられているらしい。


「ちょ、ちょっと待って下さい!俺はそんな教団なんかに入っていませんよ!」


 っていうか入れるわけが無い。なぜならこの世界に来たのは今日の事なのだから!


「だったらなんで信徒の証であるこのナイフを持っているんだ!」


 クッソ、結局はそこに行きつく訳か……。


 この不気味な意匠のナイフは邪教が持っている道具であるらしい。


 つまりはそれをリックが持っていたことでこの兵士たちはその教団の仲間であると推測したようだ


 しかも犠牲者にはその教団のマークが彫られ、リックが持っていたナイフには血の跡がある。


 そのナイフで死紋とやらは彫ったのは誰の目から見ても明白だ。


 詰んでいる……これでは自分が疑われてしまうのは当然だ。


 無実を証明したいのならば、このナイフが何故自分のベルトにあったのか、それを明らかにしなければならないのだが……


 リックには心当たりなど毛ほども無かった。


 考えられることとすれば……


「このナイフは……誰かが俺のベルトに忍び込ませたんだよ!犯人に仕立てあげるためにさ!」


「で、出鱈目を!そんな苦し紛れのたわごと信じられると思ったかッ!」

 

 畜生、俺だって信じられないよッ!


 傍から聞けば苦し紛れの言葉にしか聞こえないが、それ以外に考えようがないのだ。


 身に覚えのない殺人容疑で何でここまで責められなければならないのか。


「大方、ここ一カ月で起こった殺人も貴様の仕業だろうッ!」


「え?な、何のことですか?」


「また知らぬ振りか!だが、その反応は失敗だったな!今やこの事件をグリア―ドで知らぬ者はいない!呆けたところで無駄だ!」

 

「……え?」


「今日で七人目……これまでも六人同じような手口でお前は殺したな?」


 兵士の話から察するにどうやらバラバラ殺人はあれだけでは無いようだ。そういえば聞き流していた野次馬の言葉にも、それらしいことがあったような……


『これで七人目か……』 


 そう、確か野次馬の一人がそんな事を言っていた。


 必死に記憶を探り、これが連続で行われていた事件だと言うことにようやく気付いた。


「だ、だったら、違いますよ!俺がこの世界……じゃなくてこの街に来たのは今日なんですから!」

 

 あの殺人がこれまでに起こっていたという事件の延長ならば、今日ここに来た俺には何の関係もない。


 だが、なおも兵士は俺を睨みつけていた。リックの言葉は何一つ兵士には届いていなかった。


「……それを証明できる者はいるのか?」


「え?いることには、いるけど……」

 

 昼間に森で出会った美しい少女のことが頭によぎる。


 フィーナと名乗る彼女にこの街まで案内してもらったのだが……


「門の前の辺りで分かれてしまったから、今、どこにいるかは……その、分からないんです。」


 瞬間、ギリっを歯を食いしばる音が兵士の口から漏れる。

 あまりにも不明瞭な言葉の連続についに堪忍袋の緒が切れたのだ。


「大体、貴様は怪しすぎるッ!この街に来たばかりだと言うのなら何故あれほど軽装なんだッ!一体、どこからこの街に来たんだ?」


「え?えっと、それは……!」


「服装といい、言動といいどう見ても普通ではない!いい加減認めろッ!貴様が殺したんだろうッ!」


 ねばついた汗が額から溢れてくる。


 どうする?俺の事情を一から説明するべきか?


 自分は今日、異世界から来たのだと言ってみるか?


 だが自分自身ですら置かれている状況を良く分かっていないのに、うまく説明できるだろうか?


 半端な情報を伝えて、余計に疑われるという可能性も十分あるんじゃ……


「クッソ……!本当に違うんですって、信じて下さいよ!」

 

 自分でも酷く情けないと思うような声が出てきた。

 ひたすら惨めで仕方ない。

 

 涙で目が滲んできたような気がする。


 それでも分かってもらおうと必死に言葉を重ねるが、兵士は忌々しげに舌打ちをしただけだった。


「ちッ!埒が明かないな……!もう、いい!こいつを牢屋にぶち込んでおけ!間違いない、こいつが犯人だ!

万が一、違ったとしても教団の信者は例外なく処刑せよとのお達しだ」


「え?ちょ、ちょっと待って……」


 兵士の一人が俺の手を掴み、羽交い締めにし拘束する。


「そんな無茶苦茶な!俺の話を聞いてくださいよッ!」


「クッソ、暴れるな!このッ!」

 

 強引に頭を押さえられ、質素な机に顔を叩きつけられた。 もろに鼻を打ちつけ、ツンとした痛みで視界が滲む。


 それでも止まる気にはならず、机にしがみ付いていたが、


「おい、だれか来てくれ!人殺しが暴れてるッ!」


「グッ!だから、俺は誰も殺してないって言ってるだろッ!?」

 

 ドアが荒々しく開けられ、踏み込んできたのは二人の兵士。


 場の異様な雰囲気にのまれたのか、衝動のまま殴る蹴るといった暴行を加えてきた。


 やがて、襟首を掴まれたまま、引きずられていき、たどり着いたのはうす暗い牢屋だった。


 その一つに思いっきり投げ込まれ、痛みでうめいた。


 暴行を受けた部分が異様な熱を発していた。蹲っていると牢屋のドアが閉められ、ガシャンと鍵を掛けられた。


 閉じ込められたッ、慌てて鉄格子に駆け寄る。


「お、俺はどうなるんですか!」


「七人も殺したんだッ!縛り首に決まっているッ!」


 ガンと重い鈍器で頭を殴り飛ばされたような衝撃がはしった。


 縛り首?……つまり死刑ってことか?


 こんな訳の分からない冤罪で?


「そ、そんな、そんなのって!」


「後悔しても今さら遅いわ!阿呆め!その牢屋でしっかり反省するんだなッ!」

 

 バタンと勢いよくドアを閉められた。先ほどの喧騒とは打って変ってひっそりとした静寂が場を支配する。


 光源は廊下で揺れる燭代の蝋燭の灯だけ。うす暗く、不潔で、どこか嫌な香りのする牢屋だった。


 狭い間取りの隅、粗末で今にも足が壊れそうなベットに座り込み、頭を抱えた。

 

「な、何でだよ、そんな……裁判も無しに……こんなのって!」


 縛り首……その言葉が耳にへばりつき、思考を攪拌している。あまりの衝撃を恐怖に涙でさえ、ひっこんでしまっていた。


 もうどうにもならないいだろうか?


 このまま冤罪を掛けられて縛り首になるのか?


 もしこの世界で死んだらどうなるんだろう。

 リアルの世界に戻れるんだろうか?


(それなら喜んで死んでやる!この悪夢から目を覚ますことができるのならな!)


 だが、それは希望的観測に過ぎない。


 そもそもこの身体は生身なのだ。

 あの兵たちに暴行を受けた部分はなおも痛みを訴えている。

 

 縛り首……息が出来なくなって死ぬというのは一体、どれだけ苦しいんだろうか? 


 それを想像すると、全身の毛孔が開き汗が噴き出してくるほどだった。


「ちくしょう……何で、俺がこんな目に合わなくちゃいけないんだ……」

 

 裁判も受けることなく、弁護士も付けてもらえない。

 こんなの理不尽だ、許される訳がない。


 ふつふつと煮えたぎるマグマのような怒りが込み上げてきた。

 体内にたまった憤怒の熱に身を任せて、鉄格子に手を掛け、思いっきり揺らした。

 

「クッソ!出せ!出しやがれッ!ふざけやがってッ!」


 だが、その鉄格子は女の手首ほども太く、まるでビクともしなかった。


 何とかここから出ないと、牢屋無いを見回してみると高い位置から光が差し込んでいた。

 

 窓だ!だがそこにも同じような加工がされており、とても逃げだせるようなものじゃない。


「クソッたれ……!」

 

 しばらく無心のまま、叫び暴れまわったが逃げ出すことは不可能だと悟っただけだった。


 逃げる場所は無い、このまま処刑を待つしかないのか?


 嫌な想像が思考を満たし、結局一睡も出来ずに夜を明かしていた。


 早朝、一人の兵士が粗末なパンとスープを運んでくる。


 慌てて無実であることを説明しようとするが、兵士は一切の言葉を無視して消えていった。


 朝食が差し出されたが、恐怖のためか、まるで食欲は湧いてこなかった。


 その日はずっと声を荒げていた。朝、日が出てから沈むまでに間ずっと。


「俺は無実なんですよ、ここから出してくださいッ!」


 誰の耳にも届かない叫び声だけが牢屋に木霊する。

 

 しだいに諦めの気持ちが心の底から湧きあがってきて、気付けばベットの上で丸くなっていた……


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