違和感
「……」
思わずリックは時間が止まったかのように凍りついてしまった。
陽光を浴びて黄金の光を放つ金色の髪。
雪のように白くきめ細かい肌。
瞳は、宝石を思わせるような美しい藍色できらきらと輝いている。
何ともまぁ……目の前に現れたのは、これまで出会った中でもぶっちぎりの美少女だったのだ。
もちろん、このネットゲーム【アース・エンブリオ】には美形が多い。
顔のパーツを一つ一つ丹念に選ぶことが出来、好きこんで醜くキャラクターメイクをしなければ適当に選んででも美男美女が出来あがる。
だが、そんな中でさえも少女の美しさは他とは隔絶していた。
まるで神が創造したかのような少女、フィーナを見つめる。
ホント芸術品みたいだ。是非とも写真を取って保存しておきたい。
(でも……これでリアルがむさいオッサンとかだったら、軽くへこむよな。)
ネットゲームである以上、ネカマなる存在は一定数存在している。
「…………」
「……どうしたの?」
フィーナは小首をかしげて顔を覗きこんでくる。心臓に悪い美貌が目の前にあり、リックは跳び上がった。
いつの間にか相手の顔をまじまじと見つめていたことに気付いて、慌てて意識を現実に引き戻した。
「あッ、いやいや……な、何でも無いですよ!」
「そう……で、迷ったって言ってたけど貴方はどこから来たの?」
「え?……どこって?」
「北の帝国から?それとも南の連合?この辺りじゃあんまり見かけない容姿と服装をしているから……もしかして東方?」
帝国?連合?聞き慣れない言葉に首をひねる。
そんな地名あったかな、と頭を悩ませるが、そもそもこのゲームに国という設定は無かったはずだ。
新しいエリアが増えたとか……俺が知らない間に?
それはありえないだろうと考えを打ち消す。
アース・エンブリオのアップデート情報は常にチェックしているはずだ。
「いや……どれも違うと思います。俺は死霊墓地に居たんですけど……」
「し、シリョウ……?それはお墓なの?聞いたことがないわね。それはどこにあるの?東の方かな?」
「どこって言われましても……」
そんなの答えられるわけがない。
仮想世界に方位なんて存在しないようなものだろう?
東もクソもない。だって所詮はデータの塊でアイテムさえ使えれば一瞬でエリア移動も出来るのだから。
話が全然噛み合って無い。
何故だか異様な胸騒ぎがした。
少女がおかしいのか、それとも俺がおかしいのか。
「と、とにかく、街まで行きませんか!お礼ならちゃんとしますから!」
リックは焦燥感に駆られながら一歩的にまくしたてていた。
訳の分からない事態に動悸が激しくなる一方だ。
フィーナは怪訝な表情を浮かべながら見つめていたが、やがて諦めたかのようにため息をこぼした。
「よく分からないけど貴方が言いたくないのならいいわ……行きましょう、街まで案内するわ」
いかにも仕方なしという態度でフィーナは身を翻した。
俺からしてみれば怪しいのは、貴女の方なんだが……それでもタウンまで案内してくれるというのだ。
ありがたく感謝するとしよう。
「ほら、こっちよ。付いてきて……」
フィーナが身をひるがえすと美しい髪が黄金の軌跡を描く。
気のせいだろうが、甘いかぐわしい匂いが鼻孔を刺激したような気がした。
前を進む彼女の後姿に胸を高鳴らせながら、リックは遅れないよう駆けだしたのだった。
フィーナは複雑に入り組んでいる森の中をするすると進んでいく
視界の片隅にマップでも開いているのだろうか、一切道に迷うことは無かった。
おかしなことがいくつも重なったが、タウンに着けば無事ログアウトすることが出来るだろう。
まったく、とんだ災難な目に合ったな……。
仮想世界において内部から抜けられない事態なんて絶対にあってはならないことだ。
あとで絶対に苦情を言ってやる、と心に誓い足場の悪い森の中を進んでいく。
落ち着いた所で不意に思い出すのは、さきほどのフィーナの戦いぶりだ。
あの戦闘は本当に見事だった。
一体、どうすればあれほど強くなれるのか、このゲームを愛する一人のプレイヤーとして是非聞いてみたい。
「そういえば、さっき木のような大型の魔物と戦っていましたよね?」
「何だ、見てたの?」
フィーナは後ろを見ることなく答えた。
その声には誇る様子も恥じる様子もない。淡々としている。
「えぇ、フィーナさんって凄く強いんですね、驚きましたよ。あんな風に無傷で大型モンスターを倒しちゃうなんて!レベルは一体いくつぐらいなんですか?」
「は?……れべる?」
立ち止まり眉をひそめるフィーナ。
彼女が答えを探しあぐねているのを見つめ、リックは慌てて手を振った。
「あっと……答えたくないなら全然、構いませんよ。ただの興味本位ですし!」
あ~、今のは聞かない方が良いことだったのかな?
プレイヤーの中には自分のレベルを隠したがる者も少なからずいる。
ちなみにリックのレベルは現在59。それよりかは遥かに高いのは間違いないだろう。
ひょっとしたら現在の最高レベルである95に達しているのかもしれない。
「でも、フィーナさんはレベルだけじゃありませんよね?動きも研ぎ澄まされてるような気がしましたし。あの魔法も凄かったですね~、あれもあなたが組み立てたんですか?」
「……魔術師の師匠に習っただけよ」
「へぇ~、じゃあその魔法使いは本当に凄い人なんですね、あんな魔法を作っちゃうなんて……いいですよね、魔法!
アース・エンブリオって自分だけのオリジナル魔法を作れるのも売りのひとつじゃないですか?」
このゲームの特徴としては、自分にしか使えないような魔法を作り出せるというものがある。
威力、効果範囲、消費MP、詠唱時間、エフェクトなどなど……様々な要素を組み立て、オリジナル魔法を組み立てることも出来るのだ。
もちろん自由にといっても有る程度、制約がある。
威力を上げれば、範囲は狭まる、威力も効果範囲も高いがその分詠唱が長いなど、全てが万能の魔法を作るのは現状、不可能だ。
派手なエフェクトだけの魅せ技もあるくらいだ。
だが、それでも自分だけの魔法というのは大きな魅力であり、このアース・エンブリオの人気を支える要素の一つとなっている。
「せっかくのVRゲームなんだから、身体をよく動かす前衛職の方が絶対に楽しいだろうって思ったんですけど……
こうして魔法をぶっ放しているところを目の当たりにするとやっぱり格好いいですよね。俺も魔法を使ってみたいな~」
「……そんなに興味があるのなら、貴方も覚えてみればいいんじゃない?」
何気ない様子で返すフィーナだったが、いまいちピンとは来てない模様。
リックはそれにまるで気付かず、気持ちよさげに話を続けていた。
「はははっ、駄目ですよ。今から覚えたとしても初級魔法ぐらいしか無理ですし、攻撃と敏捷にレベルアップボーナスを割り振り過ぎて魔法攻撃が驚くほど低いんですよ。
今からジョブチェンジするのも気が進まないですしね」
「…………」
魔法剣士になるという選択肢もあったが、よくパーティーを組むガレオンと言う強力な魔導師がいたため諦めてしまったのだ。
隣の芝は青いと言うが、それを考慮してもやはり羨ましい。
詠唱を唱えるのは少し……いやかなり恥ずかしいかもしれないが、折角のファンタジーゲームだ。
そういう野暮なことは言いっこ無しだろう。
「フィーナさんは前衛としても後衛としても活躍できそうだけど、どっちをメインにしているんですか?」
少女は立ち止まり、じっと見定めるかのようにリックの瞳を覗く。
その美しい瞳に射抜かれて変に焦ってしまうリックだったがすぐに気付いた。
フィーナの顔に浮かべているのは予想していた色っぽいものではなく、相手の正気を疑うような疑惑のこもった表情だったのだ。
「さっきから、貴方が何を言っているか、まるで理解できないのだけど……」
不意に心臓が異様な勢いで跳ねた。
え?何で……俺をそんな目で見てくる?
それほど変なことを言ったつもりはないんだが。
ひょっとして、ちょっと勢いよく喋り過ぎたか?仮想の世界とはいえ、目の前にいるのは今まで見たことの無いほどの美少女。
テンションが上がって話過ぎてしまったらしい。
それにアース・エンブリオンに嵌まっている身としては強いプレイヤーは憧れそのものだ。饒舌になってしまうのは仕方ないだろう。
うん……きっとそうだよな?
「あ、あはは……ちょっと調子に乗ってしまいましたよ、あんな強い人初めてだったから……その、すいません」
苦笑いで少女の疑問をかわし、頭をかく。
もう黙っていよう。これ以上、何か会話してしまったら、ドツボにはまってしまう気がする。
しばらく無言のまま進んでいく二人。
だが、不意にフィーナは振り向くことなく問いを投げかけてきた。
「ねぇ、リック。貴方は剣士なの?」
「え?あ、はい……そうですよ、ナイフとかも良く使いますけど、基本は剣だけですね」
「……その背中に背負った剣は何?あまり見かけないような武器のようだけど」
「これ、ですか?」
リックの声に熱がこもる。
よくぞ聞いてくれましたっと言わんばかりに、背中に担いだ剣を引き抜いた。
翡翠の輝きを放つリックの愛剣、名を翡翠の宝剣という。
「いや~、錬成するのにホント、苦労しましたよ。それなりのレア度のある剣なんですよ、仲間にも協力してもらってようやく出来上がった逸品です!」
「…………そう」
嬉しそうに語るリックとは対照的にフィーナは淡泊だった。
「でも、この剣がどうかしたんですか?」
「いや、見慣れぬ素材が使われているように思えたから少し気になっただけよ」
「ん?そうですかね?」
フィーナほどの腕前があれば、素材集めも簡単に行えると思うが。
素材集めか……大変だったよな、一人じゃ絶対に無理だったよ。
リックにとって、この翡翠の剣はレア度や攻撃力などといった数値や評価、それ以上の思い入れがあった。
ガレオン、デュークといった仲間達からの協力があってこそ、素材が集めまり錬成できたのだ。
所詮は現実には存在しないただの武器、突きつめればデータの塊に過ぎなかったがそれでもリックにとっては宝物だった。