二人の旅
「さて……教会騎士団が派遣された以上、いつまでもここに長居するわけにもいかないわね」
タルブお手製の朝食を食べた後、フィーナは今後のことについて語りだした。
もはや目的も果たし、リックが狙われている以上、この都市に長居する理由は無い。
「リック、太陽が昇り切る前にこの都市を脱出するから、荷物をまとめて」
「荷物ですか……ありませんね」
そういえばいまだにリックは着の身着のままという状態だった。
持ち物と言えば剣ぐらいであり、荷物を纏めるも何もない。
「そ、そう……なら私は部屋で荷物をまとめてくるから食堂で待ってて」
そう告げるとフィーナは階段を上り自室へと戻っていく。
食後のお茶を呑みながら、ふとしみじみとした感傷に駆られた。
この宿ともお別れか……暮らしたのは一週間程度だったが濃密な時間を過ごしたせいか妙な愛着すら感じていた。
それは宿を経営する心優しい親子のおかげでもあるだろう。
彼らがいなければ、そして自分に手を差し伸べてくれなければ今頃自分は躯を晒していたのだろうから。
改めて礼を言っておいたほうがいいよな。
そう判断したリックは立ち上がり二人がいるであろう店の奥へと向かった。
「あら、リックさん?どうしたんですか?」
「いえ、もうこの都市から脱出するみたいなのでお別れをと」
「え?じゃあ、フィーナちゃんももう行っちゃうんですか?」
「まぁ、それがいいだろう。あんたがこの都市にいるのはさすがに危険すぎるからな」
改めてタルブとラフィに向かい合う。
「今まで本当にありがとうございました。危険を承知の上で俺なんかを匿ってくれて」
渾身の感謝の念を込めて頭を下げる。
ここまでしてくれたのに、何も恩を返すことなく去らなければならないのが何とも悔しい。
律儀に挨拶を交わしに来たリックに人を安心させるような穏やかな笑みをラフィは浮かべた。
「いいんですよ。リックさんは無実なんですから、手助けをするのは当然です」
「それにお嬢が連れてきた以上、無下に追っ払うこともできねぇからな」
親子の優しい言葉に思わず胸がいっぱいになる。
リックがこの都市に近づくだけでも危険な立場にいる。
そう考えたらもう会えないかもしれない。少しだけ視界が涙で滲んできたような気がした。
「リックさんはやっぱりフィーナちゃんと一緒に旅をするんですよね?……どうか、フィーナちゃんをよろしくお願いします」
顔を曇らせると今度はラフィが深々と頭を下げる。
彼女の頭の中には、何かと無茶をしがちな親友の顔があった。
自分が止めてもフィーナは旅を続けるだろう。
そして、また今回のように危険な目にあってしまうかもしれない。
単なる酒場の娘である自分には何も出来ないかもしれない、それでも目の前の男性ならば……
「思いつめると無茶をしてしまう子ですから……支えてあげて下さいね」
リックはまっすぐラフィの目を見ると強く頷いた。
「はい……俺の力の限りを尽くしてフィーナさんを守りますよ」
自信の込められたリックの言葉を耳にしてタルブとラフィは微笑みを浮かべながら顔を見合わせたのだった。
しばらくして簡素なバックを背負い、紺色のマントを身に着けたフィーナが階段から降りてきた。
同じくタルブとラフィに別れの言葉を告げるフィーナ。
そして二人に見送られる中、店の裏口から出ていくことになった。
「……長い間、世話になったわね、ありがとう。タルブさん」
「いいってことよ、お嬢ならいつだろうと歓迎するさ」
「……ラフィも……ありがとうね。久しぶりに会えてとても楽しかったわ。体には気を付けて……元気でね」
「うん……フィーナちゃんも」
なんとなく別れを惜しむかのように互いを見つめる少女二人。
どちらも胸のうちにある思いを伝えきれないようであり、必死に言葉を探していた。
やがてフィーナが悲しみを振り払うかのように表情を固めると踵を返す。
「じゃあ、行きましょうか、リック……」
ぺこりと二人に一礼するとリックはフィーナの後へと続いていく。
だが……
「フィーナちゃんッ!」
胸に手を置いたラフィが悲痛な声で呼び止める。フィーナは追いすがってきた親友へと振り向く。
「……また、会おうね」
涙がこぼれそうになりながらもラフィは笑顔を浮かべていた。
何かをこらえるかのように顔を伏せるフィーナ。
そしてゆっくりと顔を上げると彼女も同じように笑顔を浮かべていた。
「えぇ、そうね……必ず会いましょう」
それだけ告げると今度こそ振り向かずにフィーナは歩き出したのだった。
都市はまだ昨日の騒動を引きずっているのか、緊迫した空気が流れていた。
冷酷な殺人鬼が自警団を蹴散らし、教会の神父さえも死に至らしめたという噂が流れているのだからそれも当然だろう。
また引き起こされるであろう殺人に誰もが怯えていようだ。
もう犯人が死に、事件が起こりえないことを知っているのは中央市場の隅を歩くリックをフィーナだけだった。
都市の皆に、もう怯えなくてもいいということを教えてあげたい。
だが、それは無理な相談だ。
犯人とされ追われているリックが何を言ったところで信じられるはずがないのだから。
(結局は時間が解決するしかないってことか……)
リックがこの都市を離れる以上、事件は迷宮入りだろう。
時の流れだけが住民の心を癒すことができる。
街を歩きながらふとリックはとあることに思い至った。
昨日、自警団との追いかけっこの際に、協力してくれた女の子、レーミア。
彼女にもう一度、会うことが出来ないだろう?
レーミアのおかげで自警団を撒くことが出来、そして教会にもたどり着けたのだから、しっかりとした礼と別れを告げたい。
「あの、フィーナさん、ちょっといいですか?」
「ん?どうしたの?」
「いや、その都市を出る前に別れを告げたい人がいまして……」
リックは簡単に事情を説明する。
フィーナと別れている間にあったこと、その人の協力があったからこそフィーナを助けることが出来たことも……
「……残念だけど、それは難しいと思うわ。その人は護衛の騎士団がついているんでしょう?リックが誘拐したことで間違いなく警戒しているはずだわ。あまりに危険すぎる」
「……ですね」
やはり難しいか……
昨日の一件のせいでクリップもリックを敵視しているだろう。
クリップのこれまでの言動から見て、護衛対象であるレーミアを危険な目に合わせたリックを決して許しはしないだろう。
ひょっとしたら見つけた瞬間にばっさりといかれるかもしれない。
悔しいが彼女に会うのは諦めるほかないようだ。
しかしどうしても心残りがあり、肩を落としながら歩いているとフィーナがちらちらとみていることに気付いた。
「……ねぇ、そのリックの恩人ってひょっとして女の子?」
「…………はい、まぁ」
「ふ~ん……可愛いの?」
「…………はい、かなり」
「そう…………えいッ!」
一瞬だけフィーナの瞳が細められたかと思うと、脛を蹴り飛ばされた。
「い、いたッ!何を!」
尋ねる前に彼女はすたすたと先を進んでいく。
一体、どうしたって言うんだ?
首をかしげながらリックもあわてて彼女を追ったのだった。
やがて大通りを離れて路地裏を進んでいく。
自警団が相変わらず警戒を続けていたが、彼らを避けるようために時に回り道をしながらも歩いて行った。
そして何度もお世話になった都市の地下に張り巡らされた隠し通路を使って町の外へと出る。
常に警戒を強いられた移動だったが、その甲斐あってか、特に問題が起きることもなくグリアードを脱出することに成功したのだった。
「ふぅ~、ここまでくれば安全ね」
背後に広がるグリアードの街を見ながらフィーナは張りつめていた神経を解した。
リックもつられるように森林に囲まれた街を眺めた。
この町では本当に散々な目にあったよな。
命の危険にさらされた事も一度や二度では無かった。
だが、それでもレーミアやラフィ、タルブといった心優しい人にも会うことが出来た。
悪い思い出ばかりじゃないよな。
ほとぼりが冷めたらまた来たい。
「で、フィーナさん、これからどうするんですか?」
「そうね……東の街道を進んでいけば、河川上に築かれた都市があるからね。そこへ向かいましょうか?グリアードにも負けない大都市だから、そこで情報集めといきましょう」
「はい、わかりました」
晴れやかな天気の中、リックとフィーナは並んで街道を歩いていく。
太陽はさんさんと輝き、穏やかな風が頬を撫でる。
まさに旅をするのに絶好の気温と天候だった。
風景を眺めているとリックはとあることに気付く。
(そういえばここって……)
「……ここは私とリックが出会った場所じゃないかな?」
同じタイミングで二人は、今いる場所が一週間前、初めて出会った地点であることに気付いた。
この場所が始まりだったな……
「何だか、不思議ですね……今もこうして俺とフィーナさんが一緒にいるなんて」
「そうね、あの時は私が誰かと一緒に旅をすることになるなんて思ってもみなかったわね」
この世界に放り出されて激しく戸惑っていた自分が昔のことのように思える。
どうなんだろうか?あの時に比べてマシになっているだろうか?
少しは成長しているといいんだけど……
今は取り敢えず……
「これからもよろしくお願いしますね、フィーナさん」
万感の思いを乗せてそう告げるが、なせだか彼女は複雑そうな顔をしていた。
「……ねぇ、前から思っていたんだけど、ちょっと他人行儀過ぎない?」
「え?そう、ですかね?」
「私達、歳もあんまり変わらないでしょ?それにこれから一緒に旅をするわけだし、さんは止めて。敬語もいいわよ」
そうは言われても……女の子を名前で呼ぶことに慣れていないせいか、なかなか抵抗がある。
俺は今のままでいいんだけど……だがフィーナは腰に手を当てキッとこちらを睨んでいる。
迷ったのは少しだけ、ぎこちなく強張りながらもリックは笑みを顔に浮かべた。
「……その、これからよろしく、……フィ、フィーナ」
「はい、よろしい」




