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旅立ち

 早朝、鳥の爽やかな鳴き声より早く、身を焼くような痛みでリックは目を覚ました。


「お、おお~……つぅ~!」


 ひりひりとした激痛が瞬時に眠気を弾き飛ばす。


 寝返りをした影響で傷口をえぐってしまったらしい。


 ベットの上で丸くなり、ただただリックは呻いていた。


 痛みがようやく治まる……いや、慣れたころようやく現状の把握を始めた。

 見渡すと数日間お世話になった宿屋の部屋にいた。


 そういや神父を倒した後、ほうほうの体で宿屋へと帰って行ったんだっけ?


 疲労困憊の上、切り傷に火傷などの深い怪我で立ち上がることのできないリックにフィーナが肩を貸して教会から逃げ去ったのだった。


 神父の燃えカスがあの後どうなったかは知る由もない。


 非常に目立つ二人だったが幸いにも自警団に咎められずに帰れることが出来た。


 宿屋に帰った途端、性も根も尽き果てて倒れたのを覚えている。


 もう一度、ベットに寝転がりながらリックは昨日の都市全体を舞台にした逃走劇を思い返した。


(俺、よく生きていたよな……)


 自分のずたぼろの体を見ながらしみじみと思った。


 昨日、宿屋に帰って以降の記憶が薄れているが、どうやらしっかり手当をした上で休んだらしい。


 一番酷いのが胸の裂傷であり、ところどころに火傷やら切り傷があった。

 包帯が巻かれて血が滲んだその姿はまさに病院に運ばれた重傷者。


 まだふらつく体で立ち上がると、部屋を出て一階の食堂へと向かう。

 そこには二人の少女が丸机に座っており、リックを笑顔で迎えた。


「……おはよう、リック。」


 フィーナがとても穏やかな口調と表情で階段から降りたリックを見つめた。


 彼女はどこか疲れたような顔つきをしていたが、昨日の騒ぎを考えればそれも仕方ないだろう。


 当たり前に挨拶を交わす。

 その事実がなんとなく嬉しくなり、リックの口元も自然にほころんでいた。


「おはようございます、フィーナさん」


 彼女と向かい合うかのような場所に腰を下ろす。

 隣にはその様を微笑みながらラフィが眺めていた。


「お体の方はもういいんですか?」


 すでにエプロンを身に着けていたラフィは台所へと向かい、お茶を差し出しながら尋ねた。


「何とか動ける程度には回復しました……昨日はすいませんでした。驚きましたよね?……匿ってくれた上に手当までしてくれて……ホントなんて言ったらいいか」 


 こんな面倒な立場にいるリック達を快く迎え入れてくれたこの宿の親子には本当に頭が上がらない。


「いいんです、事情はフィーナちゃんから聞きましたから!むしろ礼を言わなければならないのは私の方ですよ、ありがとうございます、フィーナちゃんを助けてくれて」


 仰々しく頭を下げるラフィを何とも複雑な表情でフィーナは見つめていた。


「ふふっ、それにですね、倒れたリックさんの手当をしたのは私ではありませんよ。フィーナちゃんが全部一人でしたんです。私のせいで傷ついたんだからって言って。その上、夜通しで看病までして……ちゃんとお礼を言ってあげて下さいね」


「ちょ、ちょっとラフィ!」


 一瞬でフィーナの頬が真っ赤に染まる。


 興奮したように手を振るが、もう今更、言葉は取り消せない。


「え?じゃあ、フィーナさんは休んでないんですか?あんな騒ぎがあったのに?」


 だから疲れた顔つきをしていたのか。

 嬉しいやら申し訳ないやらで何だか座り心地が悪い。


「……仕方ないでしょ。宿屋についた途端にリックは気絶しちゃうし、しかも熱も出てきたから……その、仕事で疲れたラフィに任せるわけにもいかなからね。それに……私を助けようとして、怪我したんだもん……だから当然というか何というか」


頬を赤らめながら言い訳じみたことを言う彼女は驚異的なほど可愛らしかった。


申し訳ない気持ちもあったが、それよりも遥かに嬉しい。


「あ、ありがとうございます」


「ッ!ふんッ!べ、別にいいわよ、それぐらい」


決して目を合わそうとしないフィーナを微笑ましげに見つめていた。


「それにしても驚きましたね、お客さんから街が騒がしいとは聞いていたんですけど、そんなことがあったなんて……」


 ずずずっと茶をすすりながらラフィはしみじみと呟いた。


 彼女はこの食堂の給仕の仕事に勤しんでいたため、都市を騒がせた騒動についてあまり詳しくはない。

 

 せいぜい大捕物があったと客に聞いたぐらいだ。


「でも、これでグリアードを騒がせた殺人事件は終わったんですね」


「そうね……その代わり、リックの冤罪を晴らすことはできなかったけど」


「うぐっ……」


 そういえばそうだった。


 真犯人である神父を倒し一段落ついた気にはなっていたが、結局、押し付けられた罪を拭えていないままだ。


 自警団や冒険者、都市の住民にとってはまだ事件は終わっていないのだ。


 彼らはいまだにリックを犯人だと断定しており、この時も必死の捜索を続けているのだろう。


「……結局、俺が置かれている状況は何も変わっていないのか」


 肩を落としながらぽつりと呟くと、来店を告げる鐘が鳴り響く。


「いや、それどころか悪化しているだろうな」


 割り込むように飛び込んできたのは野太い男性の声。


 仕入れに行っていたのだろう、店長であるタルブが


 今の発言の意図を聞き返すために、リックは立ち上がりかけたのだが、それより早くタルブは一枚の紙を机の上に置いた。


「これは……俺の手配書、ですか?」


 新しく更新されたらしい。


 今までは本人とは似ても似つかない凶悪な顔つきをしていたのだが、現在は自分で見ても似てると感じるほど真に迫っていた。


 まぁ、それも仕方ないだろう。


 昨夜の逃走劇において相当数の人間に素顔を見られてしまったのだから。


 それよりも問題なのは……


「ねぇ……リック、賞金を見て、0が二つほど増えてない?」


「え?そんな馬鹿な……ってホントだ!増えてるッ!」


 その膨大なゼロの量にリックは目を剥いた。


 リックを捕縛した際の賞金は跳ね上がっており、その衝撃に思わず机に手をついていた。


「あの、これなんかの間違いとかじゃ……」


「いや、事実だ。今日、街を歩いていたらそれが至る所に貼られていたんだよ」


「そんな……でも、なんでですか!た、確かに昨日はかなり派手な立ち回りをしてしまいましたけど、誰も殺してませんよ!それなのに賞金上がり過ぎじゃないですか?」


「あ~……それだけどな、逃げる最中にお前、何かやらかさなかったか?どこかの国のお偉いさんを誘拐したりとか?」


「「ゆ、誘拐ッ!?」」


 フィーナとラフィが弾かれたようにリックを見つめる。


ユウカイ?……あっ誘拐か。


心当たりは……うん、あるな。間違いなくレーミアのことだろう。


「ちょ、ちょっとリック!貴方、そんなことをしていたの!」


「いえいえ!誘拐といっても自警団から逃げる時にちょっとだけ協力してもらっただけです!傷つけてなんかいないし、その人からもオッケーもらいましたから!」


まぁ、正確には事後承諾だったけど……


 そうか、彼女専属の護衛騎士団がいたくらいだ。


 確かにそれなら賞金が跳ね上がったのもおかしくはないのか?


「……ホントにすさまじい金額になったわね」




「悪い知らせならもっとあるぞ……今朝、神父が殺されたと町で噂になっている。それも、当然ながらお前の仕業だとみなされている」


「うげぇ……ま、まぁ、それは事実ですけど……」


「善良な神父をも殺めた残虐非道な殺人鬼、もはや、グリアードでお前を知らないものはいないほどだ」


「な、何なんですかッ!全部俺のせいですかッ!」


 何だよ、それ!さすがに怒りが込み上げてくる。納得がいかない!


 何もかもが自分のせいにされる。


やることなすこと全てが裏目に出ており、泣けてくる。


「絶望しているところ悪いんだが……まだ悪い知らせがあってな、その……あくまでこれは噂に過ぎないんだが、この教区の神父が殺害されたことで教会は騎士団を派遣することにしたらしい。」


「なッ、きょ、教会騎士団を!ここに!」


 フィーナが本日、何回目になるかという驚きの声を上げた。


教会騎士団?聞いたことのない名前だ。


 彼女のリアクションを見る限り悪い予感しかしなかった。


「あの、フィーナさん?教会騎士団って何なんですか?」


「……文字通り、教会の教えと信徒を守るために公式に発足された教会の武力よ。神の教えに従わないやつは皆殺しにしてもいいというスタンスの騎士団よ、拷問と殺戮が大好きっていう困った連中よ」


「えぇッ!そ、そんな物騒な連中がどうして俺を!」


「それは……貴方が神父を殺してしまったから、でしょうね……神父一人の敵討ちに教会騎士団っていうのは珍しいけどあり得ないことじゃないわ」


 顔が真っ青に染まる。

 

 拷問、殺戮……そんなことを平然と行う連中が自分を狙っている。


 顔が真っ青になっていくのが自分でも分かった。


 何も解決していないどころか……リックの状況はさらに悪化してしまったようだ。


 どうやらこの異世界には神も仏もいないらしい。


 ぐったりとうなだれる不運な男にフィーナは申し訳なさそうに謝罪を口にした。


「ごめんなさい、リックは私を助けてくれただけなのに、こんな結果になってしまって……無実を証明するどころかさらに誤解を深めてしまったわ。本当になんて謝ったらいいのか……」


 フィーナの徐々に沈んでいく言葉にリックはガバっと顔を上げた。


「そ、そんなフィーナさんのせいじゃありませんよ!責任感じる必要なんかまったくありませんッ!


「でも……」


「そもそもですね!俺があの時、ちゃんと言うことを聞いていたらこんなことにはならなかったんだから!自業自得なんですよ。全部、自分で決めてこの結果になったんです。責任があるとしたらやっぱりそれは自分自身なんですよ」


 それに後悔はしていない。


 先のことを考えると不安を感じるが、彼女を助けられたのなら釣りが来るほどだ。


仮に……昨夜にタイムスリップしたとしても間違いなく同じことを自分はするだろう。


 リックの賢明な言葉を全身で受けとめ、心の内を整理するかのように目を閉じた。


 そして再び開いた瞳には強い決意が込められている。


「ありがとう、リック……そして、約束するわ。貴方は私が守る。そして故郷に帰る方法も必ず見つけてみせるから」


「あ~、それはありがたいですけど、でもフィーナさんにはやるべきことが……」


「もちろん黒の教団も追うわ。でも最優先されるのはリックを故郷に帰すこと。貴方には命を助けられたんだから……それぐらいさせてよ」


 嬉しい、彼女の真摯な言葉は胸を温かくした。


 だが、やはり守られて支えられるばかりなのは嫌だ。

 

「分かりました……なら俺もフィーナさんの手助けをしますよ。俺はまだ黒の教団ってのがどんな集団なのかよく分かっていませんが、俺も協力します!」


「なッ!馬鹿!貴方はいいのよ!神父を見て分かったでしょ!彼らに関わるのは本当に危険なの!だから……」


「でも、一緒に旅をするのなら、どうしたってかち合ってしまうでしょ?それに……その、フィーナさんには命を救われましたからね、それぐらいさせてくださいよ」


 彼女から言われた言葉をそっくりそのまま返すと、フィーナは困ったように視線を漂わせる。


そしてその後は困ったような笑みを口元に浮かべたのだった。


「まったく、貴方って本当に馬鹿ね……こんな悲惨な目にあったのに、まだ人のことを心配しているんだから……」


 馬鹿というわりにはフィーナの目を優しい光を称えていた。

 

馬鹿、か……彼女には何度も言われた言葉だったが、今回のは悪くない気がした。


「ありがとう、リック……これからよろしくね」


 その笑顔はこれまで見た中で最も可愛らしいものだった。


女神か天使、いやとても言葉では表せないほどの表情。


可愛らしさと美しさの両方を併せ持つ笑みにリックはただただ見惚れる。


 見つめあい完璧に二人の世界に入ってしまう。


「……いつの間に二人はこれほど深い仲になったんでしょうか?それは確かにフィーナちゃんをお願いしますとは言いましたけど……」


「お嬢にも春が来たってことか……」


「なッ!あッ!ち、違うわよッ!私達はそんなんじゃなくてッ!」


「はははっ……困っちゃいますね」


「照れてないで貴方も否定しなさいよッ!」


 どこかで食らったかのような肘鉄が再び鳩尾に突き刺さる。


だが、今回は少しだけ弱弱しいように感じたのだった。  


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