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決着

 生きているはずのない者が立ち上がり、動いている。

 それがこんなにも不気味に感じるものだったとは……


 見ているだけで生理的嫌悪感を湧き立てさせる姿だった。


「……ぐ、ぐふ、ぐひひ……か、かびぃーの裁きを……」


 口角から血の泡を吐きながら意味の分からない言葉を神父は漏らしていた。

 動きには先ほどの洗練さは欠片もなく、幽鬼のようにふらふらと頼りない足取りをしている。


 もはや目には正気は無かった。両の目の焦点はあっておらず攻撃を仕掛けたリックすら見ていない。


 そして再び大鎌を振り上げると、そして呆然としているリックの顔面へと振り下ろした。


 呆気にとられ身動きが取れないリック。だがいち早く察知したフィーナが彼を蹴り飛ばして、凶刃から逃れることが出来た。


「しっかりしなさいッ!ぼさっとしていたら殺されるわよ」


「……フィーナさん、あ、あれは何なんですか?何で、死体が動いているんですか!?」


「さぁね……前の殺した教団のメンバーもああして立ち上がってきたから……多分、教団の死霊魔術だと思うけど……今はそんなことどうでもいいわ、さぁ貴方も構えて、来るわよ」


「あ!……くぅッ」


 慌てて背後へと飛ぶ二人。その数瞬後、黒い刃が空間ごと切り裂いた。


 動きがたどたどしい一方、その威力は凄まじい。


 すでに脳のリミッターが外れているせいか、自分の筋肉が弾け飛びそうなほど限界を超えて鎌を振るっている。


 加減の一切がされていないため、直撃したのなら一発で致命傷だ。


 これ以上、あの命を冒涜するかのような神父を見たくもなかった。覚悟を決め勢いよく踏み込み、袈裟切りを叩き付けるが……


「なっ、そんなッ!」


 血を周囲にまき散らしながらも、神父は痛がる様子も怯む様子もなく、ギョロリとした目玉をリックに向ける。


 そして、己の体に深く食い込んでいた剣を腕で掴んだ。

 当然のように神父の手も赤に染まり、指が斬れ落ちそうなほど刃が食い込む。


 そして身動きが取れないリックに向かって鎌を振り下ろした。


 振り落とされた黒い刃に、死を垣間見たリックだったが、それを助けたのはフィーナだった。


 いつの間にか神父の背後にまわり、再び胸を細剣で貫いた。

 常人なら即死しているだろう一撃だったが、神父はなおも動きを止めない。


 フィーナは足に力を入れると、神父の体が刺さったままの細剣を渾身の力で振り払ったのだった。


 長椅子を破壊しながら転がっていく神父の体。だが、なおも柱に手をかけ立ち上がろうとしていた。


「ど、どうしましょう、フィーナさん……これじゃあキリがありませんよ!」


 いくら斬りつけても突き刺しても、動いてくる神父に吐き気がこみあげてくる。

 動きは生前よりも遥かに鈍化していたが、死体ならではありえない軌道を描いている。


 目の焦点も合ってないせいで、動きが激しく読みずらくなっている。  


 生前よりも強くはないのだが……ひたすら戦いにくい。


「どうすればあの神父を殺し切ることが出来るんですか?首でも跳ね飛ばせばいいんですかね……?」


 半分冗談、半分本気でリックは震える声でつぶやいた。


 それで神父の動きが止まるのなら覚悟を決めてやるのだが……それでも、まだ立ち上がるようなら……

 想像するだけで全身から鳥肌が立ってくる。


「いや、そんなことはしなくてもいいわ。というか、多分、それでも止まらないだろうしね」


 ……やっぱり、止まらないんだ。


「じゃあ、どうすれば……!」


「手は一つ……火よ、哀れな亡者を冥界に送るには魂すらも燃やし尽くす炎が最も有効、っというかそれしか手段は無いわ」


「炎、ですか……ってことはフィーナさんの魔術なら!」 


「そうね……あの神父には特大の炎をお見舞いしてあげる……だから、リック、その間、任せたわよ」


 にやりと口元に不敵な笑みを浮かべながらフィーナはリックを見つめた。

 視線には信頼の念が込められていた。

 

 二つの力強い碧眼を見つめ返して、リックの体から震えが止まった。

 胸の内から熱いものが湧き上がり、かつてないほどの力が全身にみなぎるのを感じる。

 

「はい!任せてください、フィーナさんには指一本触れさせませんから!」

 

 衝動のまま強くうなずくと、剣を握り、立ち上がってきた神父に向かい合う。

 

 まったく悪夢のような光景だ。常人なら一目見ただけで卒倒するような姿。


 大地を強く踏み込むと、疾風のような速度で神父に突撃。

 勢いのまま、剣を横凪ぎに振り払い大鎌ごと神父の体を吹き飛ばした。


 枯葉のようにくるくる力なく回る神父の体。呆気なく倒れるかと思いきや、肉体を回転させたまま鎌を振り回したのだった。


 追撃に向かおうとしたリックの鼻先をかすめる。


 神父の体の関節も通常ならまずありえない角度で曲がり、予想外の死角から降りかかってきた。


「くうッ!」


 かろうじてその刃を剣で弾き返すが、なおも神父は蛇のような読めない動きで連撃を仕掛けてきた。

 

 こちらがいくら斬りつけても神父は怯まない。

 反対にリックが鎌に直撃したとしたら即、あの世行きだ。


 死なない人間との戦いがこれほど過酷なものだったとは……。

 だが、膝を屈するつもりは微塵もない。後退するつもりも。


 信頼してくれた少女のためにもリックは黒い刃にも亡者にも恐れることなく立ち向かっていく。


 だが、いくら闘志は折れずともスタミナの差がじわじわと如実になっていった。


 リックはこの教会に来るまででも自警団や冒険者と戦闘を行っていたため、その体力は間もなく尽きようとしていた。

 

 筋肉は痙攣し、目には光が飛び散っている。


 肺はいくら酸素を取り込んでも、おさまってはくれず、心臓は爆発しそうなほど鼓動を繰り返していた。


 不意に立ちくらみがして一瞬だが視界が真っ白に染まる。

 

 そのわずかな瞬間、懐に開いた隙を神父に狙われ、胸に血の閃がほとばしる。


「くぅ……いてぇ……!」


 激痛が脳を圧迫する。

 だが、それでもと歯を食いしばったのだが……無情にもリックの首を両断しようと鎌が疾走する。


 その瞬間だった。


「リックッ!頭を下げなさいっ!」


 待ちに待った時が訪れた。即座に全身を伏せると高熱の何かが毛髪の一部を焦がしながら頭の上を通過した。


「……爆裂総破(バーストエンド)


 それはすさまじい速度で突き進む火球。神父の体に直撃すると勢いを緩めることのないまま、壁際まで吹き飛ばす。


 突き当りにぶち当たったところで火球に秘められた膨大なエネルギーが一気に解放された。


 世界を揺らすかのような爆発がほとばしり、神父の体はあっけなく炎の渦に呑まれていった。 

 その熱は神父の肉も骨も問答無用に焼き払い、灰に返してく。


「あっつ!あつい!」


 その熱風もすさまじくわずかにだがぽかんとしていたリックの肌も焼いた。

 あわてて柱の陰へと滑り込み、熱風から逃れた。


 昼間のように明るくなった教会でフィーナは見惚れるかのように自分が作り出した火を見ていた。


「…………終わった、わね」


 ぽつりと漏れた言葉。それを耳にしてリックはすさまじい脱力を感じた。

 終わった、これで……何もかも。


 生き残れたことが本当に奇跡のように感じられた。

 いつ死んでもおかしくないような困難に何度も直面した。

 それでも彼女を助けることが出来たのは大きな成果だ。


(……まぁ、めでたしめでたしで良かったってことかな)


 ふらつきながらも壁に手をかけることで立ち上がり、フィーナのもとへ向かおうとした時、不意に背中にゾワリと鳥肌が立った。


 何だ?何が……? 


 フィーナの方を見ると、彼女も剣を鞘に納めリックの方へと駆け寄る途中だった。


 そしていまだに燃え続けている教会の一部に目を向けると……燃え盛る業火の中、神父の体がなおも立ち上がっていた。


 服はとうに燃え尽き、肉はどろどろと溶け灰になっている。

 人相ももはや判別がつかぬほど、崩れきっていた。

 

 だが、なおも神父の死体は鎌を振り上げて、火だるまとなりながらも突っ込んできた。


 向かう先にいるのはフィーナ。

 彼女はリックの状態に思考の大半を奪われており、わずかにだが反応が遅れてしまった。


「あああああああああぁぁぁッ!」


 もはや喉も焼かれてしまったのか神父の口からはくぐもった声が漏れるだけ。

 

 少女の体が両断されようとしたまさにその時、二人に割って入ったのはリックだった。


「ぐうッ!あっついな!もうッ!」


 渾身の力を振り絞りその大鎌を吹き飛ばす。神父の手を離れ、鎌は明後日の方向へ飛んでいき柱に突き刺さる。


 体はもう限界だ。悲鳴を上げている。

 だがそれでも!と、目を血走らせながらもリックは大地を強く踏み込んだ。


「いい加減、地獄に堕ちろ!光翼天刃ッ!」


 高く天を衝くほど剣を掲げると、羽のような光のオーラが鋼に纏う。

 体を両断するかのような勢いでそれを振り下ろすと光の刃が神父に深く切り裂く。


 それは炎すらも断ち切り、今度こそ神父の命を根こそぎ奪っていった。


 崩れ落ちたその体は火によって肉体の全てを灰に変え徐々に消滅していった。


 その一部始終を見届けたところでリックは背後で固まっているフィーナへと振り向く。


「……大丈夫ですか?フィーナさん」


「…………リック」


 少女を守り抜いた少年。その勇敢な様を見た少女は感激したように瞳を潤ませて、そして少年の胸に……飛び込んではこなかった。


「貴方……大丈夫、服が……燃えているわよ」


「は?……えぇふッ!」


 格好をつけていた割にはみっともない声を上げながら、リックは飛び上がった。

 背中を振り向くと、マントの一部がメラメラと燃えていた。


 道理でなんか熱いと思ったら!


 神父と刃を交えた最後の瞬間におそらく火が飛び火したのだろう

 

 あの神父は……最後の最後までリックを害さなければ気が済まなかったらしい。


 先ほどの勇敢な面影もなくみっともなく床を転げまわるリック。

 フィーナも自分のマントを外すとあわてて火を消そうと仰ぎだす。

 

 まったく……最後まで閉まらないオチだった。

    

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