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死線

「はぁ、はぁ、はぁ……ようやくここまで来た……!」


 息を整えながら目の前にそびえ立つ教会を見上げる。


 レーミアの誘導がうまくいったのか、驚くほどスムーズに教会まで近づくことができた。ちらほらと自警団達の姿はあったが、幸いにも見つかることはなかった。


 夜ということもあってか、古めかしい教会は昼間とは正反対の様相をしている。


 印象としては神の家というよりも悪魔の巣。建物全体が不気味な妖気を纏っており、何となく近寄りがたい。


 頬をパチンと叩き、気合いを入れる。ようやくここまで来た。後はフィーナを助け出せばそれで終わりだ。


 力強く足を踏み出すと、勢いよく教会の扉を開け放った。


 月から差す光だけを光源とした教会。月明かりがステンドグラスへと反射し、教会の内部は幻想的な光景が広がっていた。


 中央に位置する祭壇の前。その男は敬虔な神の使途のように笑みを向けてきたが、もう騙されたりはしない。


「おやおや、これはリックさん……驚きましたよ、まさかあの状況から包囲網を破りここまでたどり着くなんてね」


「…………」


 その言葉には上から下を見下げるかのような強者のみが持つ傲岸さがあった。


 神父の存在を無視して、リックが一身に視線を注ぐのはぐったりと横たわるフィーナ。彼女は重い瞼をそれでも開け、こちらを見ていた。


 良かった、まだ生きてる……!ほっと安心の吐息を吐きだす。


「リック!何でここに来たのよッ!すぐに逃げなさい!」


 不意に彼女の泣くような悲鳴が教会内に響きわたる。 


「今の貴方は街中から追われている身なのよ!ここも囲まれたらお終い、だから早く逃げて!」


「おやおや、せっかく教会まで足を運んでくださったのに、そんな邪険にしては可哀想ですよ」


「う、うぐ……!」


 神父が何やら合図をした瞬間、魔道具による拘束が強まったのか、フィーナの口から苦しげな声が漏れた。


「お、前ッ!!」


 怒りに駆られ、勢いよく踏み込もうとしたが、寸前の所で何とか踏みとどまる。迂闊に斬りかかってどうにかなる相手では無いのだ。


「それで、どうしてここに?彼女の言うとおり貴方はすぐにでも都市を脱出するべきだったのに……それほどまでに罪を押し付けた私が許せませんか?それとも、私が真犯人だと自警団に突き付けるおつもりで?」


 出来るはずがないという馬鹿にしたような言い様にまたしても頭にカッと血が昇る。だがすぐに冷静さを取り戻し、荒波立った心を落ちつけた。


 神父が憎いのは本当のことだ。だがそれよりも、優先しなければならないことが自分にはある。


「その、どちらでもない!ってか今さらお前のことなんてどうでもいいんだよ、イカレ神父!俺はフィーナさんを助けるためにここに来た!」


「ほう、彼女をですか?しかし、何故?貴方方はそれほどまでに深い仲なのですか?」


 深い仲どころか出会ったのは数日前のこと。だが、わざわざ丁寧に説明する必要も無いだろう。


「……あんたには関係ないだろう」


 リックは剣を抜き、正道に構えた。だが、神父は表情一つ変えずそれを眺めている。それどころか危機感を欠片も示さず苦笑いを浮かべていた


「随分と物騒な物腰ですね……できることなら教会ではそんな物を抜いては欲しくないのですが」


「はっ、人殺しが何を言っているんだか」


 笑わせる。あんたがやったことに比べれば教会で剣を抜くぐらい何て事は無い。

 むしろここでこいつを見逃すことのほうが遥かに冒涜だろう。


「フィーナさん……待っててくださいね、すぐに助けます」


 彼女を安心させるというよりも、自分の誓いを確かなモノとするために吐かれた言葉。


 フィーナは止めろと言いたげに小さく首を振る。涙で潤んだ目には自分の身より、リックの心配をしていた。その視線を受け止めながら激しく胸が痛むのを感じる。


 確かに今まで情けないところばかり見せてきた。だが、こんな時ぐらい頼ってくれてもいいのに……。


 まぁ、彼女がどう思おうが、それで引き下がるつもりは一切ない。


 異世界に来てから初めて、敵意と殺意を持ちリックは神父を相対した。


「予定とは違った形になりましたが……まぁ、いいでしょう。貴方を半殺しにして自警団へと送るとしましょうかね。やはり住民の不安を拭うには公開処刑が望ましいですからね」


 馬鹿か、こいつは。その安心は一時的に過ぎないモノだろう。


 真犯人がいるかぎり、惨殺事件が続く限り、この都市を覆う不安が消えることは無いというのに……


 だが、もはや何も言うまい。狂人の理屈に付き合っている暇は無いのだから。


 神父はまたしてもどこからか手から巨大な大鎌を召喚する。異世界であ~だこ~だ言うつもりはないが、一体どこから出しているんだか……。


「それでは……参りましょうか」


 何メートルもある間合いを一瞬詰め、唸りをあげながら神父は狂刃を振るう。リックも剣を掲げて、鋭く重い鋼の激突によって薄暗闇に火花が飛び散った。


 ……こいつッ!何が半殺しにして、だよ!今の直撃していたら即死だったぞ!


 神父は器用に大鎌を振り回し、縦横無尽に周囲の空間をなぎ払っていく。リーチは圧倒的に向こうの方が長いためすぐに防戦一方となってしまう。


 獲物が巨大すぎるせいで教会の長机をも破壊して、木片が周囲に散乱していた。


「どうしました?フィーナさんを助けるんじゃなかったんですか?」 


 薄ら笑いを浮かべながら舐め腐ったことをいう神父に本気で腹が立った。


「神父が教会をぶっ壊しているんじゃないぞ!」


 勢いよく踏み込み、神父の胴体を斬り払おうとしたが、鎌の柄によって防がれてしまう。それどころか器用に手をしならせ、反撃を繰り出してきた。


 リックは最小限の動きで身体をさばくと、数ミリの誤差で唸りをあげる大鎌をかわした。

 だが、神父の猛攻は止まらない。バトンのように得物を旋回させると反対側の刃が下方から襲いかかってくる。


 息をつかせぬ攻防に額からは冷や汗が零れおちた。

 鎌はほぼ全方位をカバーしているため、隙らしい隙はほとんど見当たらない。


 凄まじい速度で振るわれるため、空気を切り裂くたびうねりをあげている。


「……クソッ!」


 近くの壊れた椅子を神父に向かって放り投げた上で、後ろに跳び距離を取る。そして剣を振り上げると、空に振り下ろした。


「烈風斬!」


 神父が椅子を破壊した隙を狙って、中距離アーツを放った。風の刃がちらばった木片を弾き飛ばしながら対象へと突き進む。だが、それすらも神父は事も無げに斬り払ったのだった。


「まったく、貴方は随分、おかしな技を使いますね。一体どこの流派でならったんですか?」


「どこの流派と言われてもね……アース・エンブリオ流?」


「……何故、疑問形なのですか?」


「どうでもいいだろ、そんなことは!」


 何にせよ、生半可な攻撃では神父には届かない。


 何とかしなければ、神父の上方からの斬り落としを鼻先で避けながら、周囲を見渡す。そしてふと教会を支える巨大で太い柱が目に留まった。


 何とかあそこに誘導できないだろうか。


「ふふ、どうしました?逃げてばかりでは愛しの彼女を助けることはできませんよ?」


 神父の言葉に舌打ちで返しながら柱の傍まで神父を導いていく。そして神父の背後に柱が立っているという状況になったとき、覚悟を決め神父の真横に抜けた。


 無防備な背中をさらして、いかにも攻撃がしやすいように。神父は残酷に唇を吊り上げると、振り向きざまに鎌を地面と平行に振り払った。が、


「なッ!?」


 どうやら自分の位置関係がうまく把握できていなかったのだろう。大鎌の刃先が強固な柱に突き刺さり、その動きが一瞬だけ止まる。その隙を決して見逃さず、リックは勢いよく懐へ踏み込んだ。


「はあああああッ!」


 野獣のような雄たけびが自分の口から漏れる。

 一切の躊躇いも同情もなく、リックは神父の心臓めがけて剣を突き出した。剣先は肉を突き破り、骨を打ち砕き、人体の急所を跡形もなく破壊した。


「ぐ、ごふッ……!」


 そのまま剣を抜きとると床に倒れた神父の身体から噴水のように血が噴き出した。人間にはこれほどの血液が詰まっていたのか、と驚くほど流れ出し、地面を汚す。


 痙攣を繰り返したのち、神父の身体から一切の力が抜ける。目はぎょろっと剥かれたまま、驚くほどの呆気なさで神父は絶命した。


 人を殺したというのに……達成感も罪悪感も無くリックはその死体を見下ろしていた。

 やってしまったという実感だけで心には特にこれといった感情は芽生えてこない。それとも、後悔に駆られるのはこれからだろうか?


 血に染まった神父を眺めていたのは数秒。すぐに我に帰り、フィーナの方向へと視線を向ける。

 神父のことは今はどうでもいい、そんなことよりも!


「フィーナさん、大丈夫ですか!」


 未だに拘束されているフィーナの方へと駆け寄る。そして、彼女の首に掛けられた魔道具を取り外して自由の身とした。


 囚われの王女を助けに来た勇者の姿が思わず頭によぎる。 

 それは、まさに男なら誰もが憧れるようなシチュエーションだったが……


「このッ!馬鹿ッ!何しに来たのよッ!!」


 臓腑がひっくり返るような怒号がフィーナの口から放たれた。

 あまりにも甲高い声であったためか、鼓膜だけでなく脳もぐわんぐわん揺れる。


 え?え?……何で彼女はこんなに怒っているの?


「何をって……助けにきたんですけど……」


「はぁ!助けにきたですって!」


 眦をあげ、鬼も一目散に逃げるかのような形相でフィーナは怒り狂った。


 あれ?何か想像していたのとは違うぞ。もっとこう……ひしっと抱き合ったり、少女が涙ながらに礼をいう場面じゃないのか?


 それはまぁ……俺が原因で捕まったわけだから、過剰な期待はしていなかったのだが……さすがにここまでぶち切れられたのはさすがに予想外だった。

 

「え、えと、その……」


 神父と向かい合っていた時よりも遥かに強い恐怖感を感じて、リックは震えあがっていた。


「誰も助けて欲しいなんて頼んでないわよッ!何で逃げなかったの!」


「そ、それはですね……その……」


 な、何か彼女を納得させるような理由は無いかと頭をフル回転させる。フィーナの眼光がさらに鋭くなり、またしても怒声が放たれようとした時、リックはようやく口を開いた。


「そ、その、フィーナさんに助けてほしかったからです!」


「……は?」


 助けて欲しい?この男は何を言っているんだろう?言われた言葉が理解できず、フィーナは口を開けたまま固まった。


「いや~、その、いくら剣が扱えても俺はこの世界で赤子も同然ですからね……頼れるような人もいないわけですからもしフィーナさんが良かったらですけど、もう少し保護してもらいたいな、なんて思ったりして……あ、あはは」


「…………」


 沈黙が重い。彼女はリックの言葉を未だに咀嚼しきれていないのか、感情の抜けおちた無防備な表情をさらしていた。


「…………その、駄目ですかね?」


 自分が相当情けないことを言ってしまったことは分かっている。だが、今さら無しという訳にはいかず、照れ臭げに頬をかきながら尋ねた。


 フィーナは目をまんまるに見開いて、穴が空くほどリックの顔を見たまま目を逸らさない。

 そしてくしゃりとほころんだ。堪え切れないように目には涙を浮かべながらお腹を抱える。


「は、はははッ、た、助けてってね、助けられたのは私の方じゃない。それなのに、何を言っているのよ?貴方って本当に変な事を言うわね!」


 ひとしきり笑うフィーナをただ見つめることしか出来ないリック。やがて潤んだ目を擦りながら、透明な思わず見とれてしまうような笑顔ではにかんだ。


「まったくもう……ホントしょうがないんだから……分かったわよ、何だかんだ言っても命を助けてもらったわけだからね、元の世界に戻るまで面倒を見てあげるわよ」


「それは、はい……お願いします?」


 何だか男として遥かに情けないセリフを言われたような気がしたが、まぁこれでいいか。

 まだ彼女の傍に居られる、その事を考えれば口元がほころんでくるのは止められない。

 しばらく屈託なく笑いあう二人だった。

 

「さぁ、いつまでもこうしていられないわ。騒ぎを聞きつけた自警団がやってくるかもしれないからね」


 フィーナは立ちあがろうと足に力を入れる。が、まだ痺れは解けないのか若干ふらついていた。


「あの、フィーナさん。この薬を呑んでください。少し苦いですけど、身体が自由に動くようになりますよ」


 リックが差し出したのは小瓶につまった黄色い液体。この世界でも効能があると証明された麻痺毒の解毒剤だ。


「あら、見たこと無い薬ね……」


 それでも躊躇い無く口に含んだところで、苦味に気がついたのかむせかえった。


「げほッ!げほッ、これ……少しじゃなくて強烈に苦いじゃない!」


「まぁ、確かにそうですけど……効きますよ?」


 ホントかな?じとっとした目をリックに向けるが、何とか信じてくれたのか覚悟を決めてぐっと飲み干す。効果はすぐにあらわれた。今までのふらつきが嘘のようにすくっと立ちあがる。


「あら、ホントね……確かに効、く……ッ!危ないッ!!」


「えッ!」


 不意にフィーナが目を見開いた後、リックの身体を思いっきり押した。踏ん張る余裕もなく後ろに転がっていくリックだったが、そして目の前の空間を黒い刃が通過する。


 一体何が、呆然としながらもその刃の持ち主へと視線を滑らせると。


「な、なな、なんで?」


 血の気がどっと引き、背筋に鳥肌が立った。

 目の前の光景がとても信じられない。

 心臓を破壊され、絶命したはずの神父。それがが何故か立ちあがり鎌を振り上げていたのだ。

 胸にぽっかりと空いた穴からは未だに血が滴り落ちていた。

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