表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

30/36

夜更けの逃避行

 日が暮れ、仕事が終わった労働者達が家路へと着くころ。


 だがグリア―ドは騒がしく、住民たちは都市を覆う不安げな雰囲気にすっかり呑まれていた。


 市民達の話に耳を傾けると聞こえてくるのは、恐怖が入り混じった噂話。


 既に新たな殺人が行われたことは都市全体に行きわたっている。


 それも犯人が自警団と冒険者を蹴散らしながら逃亡しているというから不安に思うのも無理は無い。


 自警団達が殺気だった様子で街中を駆け回っていた。


 今度こそ逃すつもりはない。自警団の威信を掛けても犯人を捕縛するという気迫が全員から漏れており、かつてないほどの人数が動員されていた。


 そして同様に大金を狙う冒険者も目を皿のように大きくし、とある賞金首を狙っていた。


 街全体が追っているのはただ一人の男。


 まさに噂の渦中にあるリックは物陰に潜みながら大通りへと視線を向けていた。

 

 目指す先は教会。


 そこにフィーナがいるのはほぼ間違いないだろう。だが、こうも自警団が多いと下手に動き回ることは出来ない。


 ふと背後から市民の一団が近寄ってくるのを感じた。慌ててマントを深く被り、顔を隠す。通り過ぎるとほっと胸を撫で下ろしながら周囲を見渡した。


 おそらくだが、実際の現場であるリムルカ横町はさらなる人員が配備されているだろう。


(教会もあそこにあるっていうのに……厄介だな)


 時間の経過を待てば警備は緩くなるかもしれないが、捕まっている彼女の身を思うととても待つことなど出来ない。


 いかに警備が厳重であろうと突き進むしか無いわけで、躊躇っている時間などあるはずは無い。


「……よし!」


 覚悟を決め、リックは一歩を踏み出した。マントを深くかぶり、顔を隠しながら大通りを進んでいく。


 夜であるせいか、幸いにも闇に同化したリックに注目する者は誰もいなかった。


 爆発しそうなほど高鳴る心臓を抑えつけながら、自警団の脇を通っていく。


 教会へと向かうにはこの橋を渡るしかなく、そしてそこには自警団が五人ほど集まっていた。


(気付くなよ、頼むから……!)


 心の中でいるかどうかも分からない神様に祈りを捧げる。その言葉が天井に届いたにか自警団はリックに目を向けることは無かった。背後で自警団達の声を耳にしながらそっと溜めこんでいた息を吐く。


 だが、その瞬間……


 ギュムッ!


 何か靴の下で柔らかいモノを踏んだような感触がした。


『ニャャアアアアアーッ!』


 それは何か猫科に属するであろう動物の尻尾。どことなく小型のヒョウを思わせるその生き物は尾に奔った激痛に毛を逆立て、驚きと怒りのこもった悲鳴が周囲に響きわたる。


 そして尾を踏みつけた乱暴な足の持ち主、つまりリックへと跳びかかったのだった。


「う、うわぁッ!?」


 顔の辺りまでジャンプし、襲いかかってきた獣に思わず後ずさってしまう。ネコ科特有の鋭い爪で引っ掻いてくるため、リックはがむしゃらに手を動かし襲撃者を追い払う。


 やがて、人通りに憂さ晴らしが済んだ後、その動物は足を素早く裏の路地へと駆けていく。


 な、何だったんだよ、まったく……


 そしてリックはようやく気付く。己が周りから注目されていることに、そして顔を覆い隠していたフードが今の衝撃で外れていることにも……


 おそるおそる背後にいたであろう自警団へと首を向ける。ばっちりと彼らもリックを見ており、その中の一人と視線が交錯した。


 時間を忘れ見つめ合う二人。最悪な事にその人物は、リックが捕まった際に取り調べをしたまさにその人だったのだ。


「み、みみみみ、見つ、見つけたぞぉッ!?こいつだ、こいつが殺人犯だッ!」


 直後、響きわたる自警団の雄たけび。

 静止状態から一気に混乱の極みへ。大通りは喧騒の渦の中へと投げ込まれた。


「キャアアアアアアアッ!?」


「に、逃げろッ!殺されるぞッ!」


「は、早く、早く家の中へッ!」

 

 殺人犯、その言葉によって側にいた住人達が悲鳴をあげながら逃げ出した。


 そしてそれを見た事情をよく理解してない者達も恐慌に感染し、でたらめな方向に逃げ出す。


 その中心にいるリックに向けられるのは恐怖、怯えの視線だった。


 皆がリックから距離を取るなか、武器を掲げながら向かってくるのは自警団だ。


 住人を守ろうと、または悪党を許さぬという義憤の気迫を吐きながら、各々の武器を振り上げている。


「生死は問わんッ!やつを捕まえろっ!」


「「「おおおおおおッ!」」」


「こ、こんなのってあるかよッ!見つかるにしても早すぎるだろッ!?」


 慌てて踵を返し、リックは自警団から逃げ出した。もはや隠れるなどという選択肢はあり得ない。大通りは怒号と悲鳴が響きわたる戦場と化していた。


 リックが駆けだすと街の住人達は悲鳴をあげながら、道を開ける。人々がやたらめったら駆け回るせいで、自警団はなかなかリックの所までたどり着けないようだ。


 己に向けられる恐怖と憎悪の視線、それを一身に受け止め泣きそうになりながらも決して足を止めずに走る。


 まだ目的地である教会にはほど遠い。だというのにこんな場所で見つかってしまうなんて。


「あんのクソ猫ッ!尻尾を踏んだだけで喚きやがってッ!今度、会ったら全身の毛をむしり取ってやるからな~ッ!?」


 思わず口から怨嗟の声が漏れていた。その対象はこの騒ぎの原因となったあのネコ科の動物だ。


 いや、本当は自分でも分かっている。不注意にも尻尾を踏んでしまった自分が悪いのだということは……。


 それでも叫ばずにはいられない、憎まずにはいられない。


 狂騒の中、涙で曇る視界を手で拭きながらリックは疾走する。


「ッ!」


 だが、不意に視界の隅で高速で飛来する何かを捕えたとき、慌てて背中の剣を抜く。そして自分でも驚くほどの正確さでそれを弾き飛ばした。


 勢いを無くし、カランと地面に転がり落ちたのは矢だった。


 一体、どこから!慌てて視線を上をあげるとすぐに発射源が判明した。建物の上、または家の窓からボウガンを構えている人影が複数あった。


 各々が異なる装備をしており、おそらくは冒険者だろう。


 彼らはすぐにまた新たな矢を装填すると、ごった返す下の様子にも気を止めぬまま、引き金を引いてきた。


「クッソッ!」


 再び飛来してくる幾多の弓矢。


 さらに命中率の悪い間抜けもいるようで、下で駆け回っている住人にも当たりそうになる。慌ててリックは体全体で矢の雨の中へと飛び込み、それらも打ち落としていった。


 危うく無駄な犠牲者を出すところだった。ほっと息を吐いた瞬間、流れ矢をまったく気にしない冒険者達への怒りが湧き上がってくる。


「この馬鹿野郎ッ!下の様子が見えないのか!こんな場所で弓矢を使うんじゃない!無関係の人間まで傷つくだろうがッ!」


「はッ!知ったことかよッ!殺人鬼が偉そうなこといってんじゃねぇよッ!」


「助かりたいばっかに必死だな!この悪党がぁッ!」


 リックの叫びを一笑すると再び矢をつがえ手慣れた動きでボウガンを構えてくる冒険者達。


 彼らの欲にくらんだ目には大金を背負った賞金首以外眼中になく、他の人に当たろうが関係無しのようだ。


 己の歯ぎしりの音が響く。


 この一連の騒ぎの原因は自分自身だ。


 なら赤の他人と言えど、いや、赤の他人だからこそ巻き込まれて傷つくのを看過するわけにはいかない。


 一斉に矢じりが下界へと向けられ、雨のように振りかかってきた。すぐに剣を握りしめ、アーツを作動させた。


「烈風斬・乱!」


 リックは剣を強く握りしめると、何も存在しない己を中心とした空間に向かって白銀の軌跡を描く。


 突如として上昇する突風が出現し、まるで超小型の竜巻のように粉塵を撒き散らす。


 舞い上がる風は弓矢を跳ね飛ばし、勢いを無くしたまま地面へ落下していく。


「何だぁ?一体何が起こっている、がぁッ!」


「ちくしょう、ぐわあああッ!」


 屋根に陣取っていた冒険者達も突風に巻かれて転がり落ちていく。それを見届けることもなく、住民達をかき分けながら追いついてきた自警団と相対した。


 鋼の激突する音が響き、火花が目の前で飛び散る。


「今度こそ、逃がさんぞッ!この殺人鬼めぇッ!」


 目を血走らせながらがむしゃらに刃が乱舞する。力任せの洗練されていない剣術だったが、それでも数が多いため防ぐのも一苦労だ。


 上方から振り下ろされた剣を避け、間合いを詰めると柄で喉を打ち抜く。その流れのまま横に迫っていた男の腕を浅く切り裂いた。


 深い傷を与えないように気を付けながら自警団を蹴散らしていたが、一人の男が倒れてもすぐに新手が複数現れるため、いくら剣を振るってもまるで休まることはなかった。


(わたわらと集まってきやがって、キリがないッ!)


 いちいち相手をして立ち止まっていたらそれこそ蟻のように群がってくるのがオチだ。


 最前列に居た男を蹴飛ばして、慌てて踵を返した。


「逃がすなッ!追えッ!」


 重そうな甲冑を鳴り響かせながら自警団もリックを追う。


 このままではジリ貧だ。何としても自警団を撒いてしまいたいが……


「死ねやッ!おらあッ!」


「血だ!血を見せろッ!?」


 不意に道の脇から二人の男が飛び出してきた。左右から振り子のように斧が横薙ぎに振られる。


「クッソッ、どいつもこいつも!」


 その二つの刃がリックの身体を通過する瞬間、その姿が消える。否、消えたと見えるほどの速度で上へと跳び上がり斧を回避したのだ。


 呆然とする二人の冒険者達の頭上を飛び越えて振り向くことなくリックはさらに足を動かしていく。


 それからも道の脇から、行く先からとわらわらと殺気だった男達が飛び出し、一切の躊躇い無く刃を振るってきた。


 剣が槍が斧が弓が、絶え間なく襲いかかり紙一重のところでそれらを避けいていく。


 しかも殺さないように手加減して剣を振るわねばならないため、それもリックの大きな負担となっていた。


 気付けば体には生傷がいくつも付いていた。常に全力疾走を続けているか、驚くほど速くスタミナが削れていく。


「はぁはぁ……やっぱこの身体は生身なんだな……!」

 

 戦いながら走るというのはこれほどキツイものだったとは……!


 まったく、ゲームでは絶対に味わえない感覚だ。


 筋肉が痙攣し、休ませてくれと訴えかけていたが無視。決して走るのを止めない。


 やがて走る大通りの先、十字路に差し掛かるところで巨大な盾を構えた自警団達が現れた。


 一部の隙もなく陣形を築き上げ、通りを完璧に封鎖している。引き返そうにも背後からは異なる自警団の群れが迫ってきていた。


 不味いッ、挟まれたッ!


「もう逃げられんぞ、ここで観念しろッ!」


 前方の自警団から威圧する声が届いたが無視。リックはすぐさま周囲を見渡すと右斜め方向へと駆けだした。


 そして物資の詰まった箱へと飛び乗ると猿のような身軽さで駆けあがっていく。


 そして屋根へと手を掛けて、建物の屋上へと這い上がった。そして屋根から屋根へ、電灯から電灯へと自警団達の頭上を通過していく。


 獲物のあまりの逃げっぷりに唖然としていた自警団。だがすぐに正気に戻ると再び怒号をあげながら追いかけ始めたのだった。


 屋根から屋根へ器用に渡っていきながらリックは常に視野を広く持っていた。


 上から見た都市の風景は、見とれてしまうほど幻想的だったが、生憎、追手が無数に迫ってきている今、そんなものに気を回す余裕は無い。


「え~と!教会はどっちだったけ?」


 キョロキョロと目を動かしながら目的地がどこにあるのか探していく。まだ土地勘の備わっていない場所だ。先ほどまで出鱈目に走っていたこともあり、自分がどこにいるのかもいまいち分かっていなかった。


「いたぞッ!あそこだ!」


 声の方向へ向くと、冒険者達の一団が梯子を伝いながらリックを追ってきていた。


 屋根の上に上がったのはどうやら失敗だったようだ。月明かりの元、頭の上を掛けていくリックの姿は激しく目立っていた。


 再び襲いかかってきた矢の雨。己に当たるであろう弓矢だけを的確に打ち落としていくが、不意に強烈なライトを浴びせかけられたとかのような閃光が横に奔った。


 直感的に横へと跳びのいた時、元いた場所を貫いたのは自然現象ではありえない横へと奔る稲妻だった。


 これは魔法か?気付けば遠くに黒いローブを身に付けたいかにも魔法使いですと外見でアピールしている人影が杖を掲げている。


 外したと悟ると再び宙に魔法陣を展開、光の粒子を集めながら魔法を放つ用意をする。よく見ると同じく魔法陣の輝きが四方にいくつも増えていた。


「魔法使いもいやがるのかよ!ホントよりどりみどりだな」


 矢ならまだしも雷を打ち落とすことは出来るわけがなく、慌てて魔法使いの視界から逃れようとする。が、不意に下から弓矢が鼻先をかすめた。


 視線を落とし、大通りに目を向けるとすでに自警団が網を張り巡らせていた。


 リックを包囲しようと駆け回っており、降りてきたならすぐにでも捕縛出来るような体制を整えていた。


 下手に降りて着地の瞬間をねらわれたのなら、一瞬でハリネズミと化してしまう。結局、屋根を飛び回って距離を取るしか選択肢が残されていなかった。


「ちっくしょう!このままじゃ……!」


 矢が飛び交い、魔法が乱舞する。遮蔽物がほとんどないため、その姿は良い的となっていた。


 都市の一角は戦場のような有り様となっていた。。しかし、とても戦闘と呼べるような代物ではない。


 一方的なワンサイドゲームだった。


 リックは紙一重の所で何とか生き残っていたが、一瞬でも集中を切らしたのなら己の身体は肉塊へと変わってしまうだろう。


 矢をさばくことが出来ず、ついにその一本が右の腿に突き刺さる。赤い血が噴き上がり、激痛が脊髄を貫き脳を真っ白に染め上げた。


「ぐ、あああッ!」


 今まで感じたことの無い痛みが精神が圧迫する。


 己の血液がぞっとするほど流れ出し、全身に震えが奔った。立っているだけで痛覚が刺激され、思わず膝を付きかける。


 だが、蹲るわけにはいかない。一気に血の気の下がった顔をあげ前を見据えるが、少し遅すぎたようだ。背後から闇を切り裂くような真紅の火球が飛来してすぐ背後で爆発した。


「がぁ……ッ!」


 全身をバラバラにするかのような熱気と爆風に踏ん張ることは出来ず、体は木っ端のように宙へと吹き飛ばされた。


 全身を覆うのは浮遊感。精神と肉体が乖離し気を失ってしまいかけたが、またしても全身を押し潰すかのような衝撃にリックは正気へと戻っていった。


 どうやら吹き飛ばされた影響でどこかの建物へと突っ込んでしまったようだ。だが、リックは現状を認識しているような状況では無い。


「あ、がぁ、あ……!」


 痛くないところどこにも無い。火傷、打撲、擦り傷、切り傷、傷の無い場所を探すのが困難なほどリックの身体はズタボロのボロ雑巾と化していた。


 周りに血を撒き散らしながらその場を転げ回った。


 その行為を痛みを増幅させるだけだが、とてもじゃないがジッとしていることは出来ない。


 いっそのこと気を失ってしまいたい。だが、訴えかけてくる猛烈な激痛のせいで意識を飛ばすこともできず、痛みから逃れるように床をのたうちまわっていた。


 もう止めたい、何で自分がこんな目に合わなければならないのか、蓋をして抑え込んでいたはずの弱音が一気に湧きあがり、泣き叫びたい衝動に駆られた。


 もう一歩も動きたくない、いや動けないと己の体は訴えかけている。


 だが……心がへし折れそうになった時、頭によぎったのは、一人の少女の顔だった。


「く、クソッ……おおッ!」


 無意識に血の滴り落ちていた拳を握りしめる。噛み砕くほどの勢いで歯を食いしばった。


 駄目だ、こんなところで終るわけにはいかない。


 大丈夫だ、まだ俺は立ち上がれる。せめて、フィーナさんを助け出すまでは持たせてみせる。


 自分に言い聞かせるかのように呟くと、生まれたての仔馬のように震える足腰で何とか立ち上がった。

 不思議とほんの僅かだが痛みが弱まったような気がした。


 どこに弾き飛ばされたのだろうか?ようやくして周りを見渡すと、どうやらどこかの建物の中へと爆風で投げ飛ばされてしまったことに気付く。


 そこは天井の高い部屋だった。周囲にあったのは高価な調度品の数々。家のようには見えないわけで、つまりは宿屋か?


 リックが壁を突き破り、その上転げ回ってしまったせいで瓦礫が飛び散り、見る影もなく散らかっていたが、どうやらかなり高級な部屋らしい。


「な、何だ!何だ!今の音は!」


扉が開けられ、中に踏み込んできたのは壮年の男性だった。一目で金持ちだと分かるような服装をしている。ずたぼろのリックと部屋の散々な有り様に目をぎょっと剥いた。


「なッ!こ、これは……君は一体!」


「すいません!し、失礼します」


 全身を引きずるようにしながら男性を押しのける。廊下は昼間と見間違うほど煌々と明るく、床には踏むのも気が引けるような色とりどりの編み物で織り込まれた絨毯が敷かれていた。


 どうやらここは上流階級の者だけが泊まることの許される高級宿らしい。貧乏くさい、まして血だらけの自分にはとても不釣り合いの場所だった。

 

 突如として現れたリックに客達が呆然とする。宿の従業員も突然現れた珍客に己の職務を忘れたように立ちつくしている。


 その視線を気にしないように心がけ、リックは廊下を突き進む。歩くたびに体から血を噴き出し、痛みが全身を貫くがいつまでもここにいるわけにはない。


 建物はさすがに不味すぎる。包囲されてしまったらそれこそ逃げ道が無くなってしまう。

 

 廊下を渡りたどり着いたのは豪奢な螺旋階段だった。下へ降りようと階下を見下ろしたが、騒がしいことに気付く。自警団一団がこの宿へと入り込み、リックを捕えようと階段を上っているのだ。


 宿の入口は封鎖されたと思っていい。階下からは甲冑を見に付けた男達が列をなし、昇ってきていた。


 思わず舌打ちを零すリック。逃げ場などはなく、結局、追ってから逃れるかのように階段を上がっていくしか手立ては無かった。


 傷ついた体で階段を昇るのは苦痛だった。一歩一歩踏みしめるたびに腿に開いた穴から血が噴き出してくる。が、立ち止まることは出来ない。


 後ろからはすぐに追手が来ている、その強迫観念に駆られながら進んでいった。


 怒号が背後から背中へ突き刺さる。そして高級宿の最上階にたどり着いたが、そこはリックにとっては最悪と言ってもいい場所だった。


 リックは知る由もないが、ここは王侯貴族や大商人といった最上流の者だけが泊まる事の出来る最も位の高い部屋だった。フロアをまるごと借りるという贅沢な使い方をする場所。


 廊下には部屋が二つあるだけであり、その突きあたりには窓があるだけ。


 隠れる場所などもなく、焦燥が胸の内を満たす。


 体は傷だらけの満身創痍であり、剣を持ち上げるだけで精一杯だ。とても強引に突破するのは不可能。

そして考える間もなく追手はリックに追いつこうとしていた。


 もう駄目なのか……!


 気迫だけで立っていた体から一気に力が抜ける。


 その場に座り込みたい衝動に駆られたが、それでも諦めるものかと歯を食いしばったとき……


「…………リクオ様?」


 一切の敵意の無い呆然とした声が耳に届いた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ