表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

3/36

出会い

 

 柔らかな風が頬を撫でる。葉がこすれる心地のよい音でリックは目を覚ました。


「う、う~ん……」


 重い瞼を開けると、木々の間から差し込む陽光が目を焼く。


 ここはどこだ……?


 身体を起こして立ちあがってみると何故だか頭が異様に重い。


 周りを見渡してみると、どうやらどこぞの森のようで周りを背の高い木々に囲まれている。


 空には太陽が浮かび、鳥の囀りが静かな森林に響いていた。 


「い、一体、何が起こったんだ?」 


 さっきまで薄暗く不気味な墓地にいたというのに何でこんなところに?


 視線を下に落とし、自分の身体を見てみると紛れもない愛用のゲームキャラクターである【リック】の姿だった。


 ということはまだ【アース・エンブリオ】の中にいるということだ。

 

 森ということはおそらくここは【リグフォレスト】エリアだろうか?


 六つあるエリアの一つであり、エルフ、ダークエルフなどの森の種族の者達が主に拠点としてるエリアだ。


 風光明美なエリアでもあり、農業、釣り、魔物育成やらいわゆるスローライフを送りたい者にとっては人気の場所。

 

 何故、急にこんなところへ飛ばされたのやら。まっさきに浮かんだのはゲームのバグだった。


 何らかのトラブルが起こり、勝手にエリア転移が行われたのではないだろうか?


「まったく、勘弁してくれよな……」

 

 良い気分が台無しだと、リックは深いため息をこぼした。


 エリアのボスを撃破し、勝利の余韻に浸ってたというのに……冷や水を横から突然、ぶっかけられたような気分だった。


(まっ、原因といったらあのアイテムしかないだろうけど)


 時空結晶とかいったか、あのアイテムを使ったすぐ後にこの異常事態が起こったのだ。


 それ以外、考えようがない。


「お~い!ガレオーンッ!デュークーッ!いるかぁーッ」


 大声で叫ぶが返事は無い。


 ふむ、いないか。


 あの謎のバグが起きた際には二人とも近くにいたため、てっきりこの辺りにいるのではないかと思ったが……どうやらリックだけがここに飛ばされたらしい。


 自分がどうなったのか尋ねるためにも何とか二人と合流をしたい。


 ならばゲーム内で連絡を取れるメッセージ機能を使おうと考え、リックはコマンドを開くため手をかざす。


「メニューオープン」

 

 だが、何も起こらない……。


 視界には見慣れたコマンドが出現せず、リックの声はむなしく森に響いただけだった。


 眼光が頼りなく揺れる。

 

「は……?メ、メニューオープン、メニューオープンッ!?」


 何度唱えても、コマンドは出現しなかった。頭を傾げながら、自分の掌を注視するがどこも変わったところは無い。


「何でメニューが開かない……これもバグなのか?」


 だとしたらこれは相当不味い事態だぞ。

 

 メニューを開けないということはログアウトも出来ないということだ。


 つまりこのゲームから自力では脱出不可能ということが導き出される。


 思わず呆然と立ち尽くすリックだったが……不意にあることに気付く。


「……え?」


 鼻孔をくすぐる森林の匂い。ときおり頬を撫でるかのように流れる風。


 恐る恐る、隣の巨木に手を押しつけていた。


 手の平から感じるのは、ささくれだった木の幹の感触と根っこから水を吸い上げている鼓動の音。


 何故、今まで気付かなかったのか、自分の不注意さに呆れた。

 

「ど、どういうことだ?何で感覚フィードバックがフルに設定されているんだ?」

 

 感触がある、感覚がある。 


 仮想世界だというのに嗅覚も触感も現実世界と変わらぬほど鮮明だった。


 技術的には可能だという噂もあるが、あまりに仮想世界を現実に似せてしまうと、仮想に入れ込み過ぎてしまう者もいるため、五感はある程度、制限されているはず。


 そのためか、ゲームの中では映像の解析度も有る程度、落としこまれていると聞く。


 だが、今。


 リックの目に映る光景は欠片も乱れておらず鮮明で、感覚全てが本物に感じられた。


 まるでPC『リック』に血が通ったかのようだった……。


「いやいや……そんなわけがない、あるはずがない!」

 

 大声で叫び、脈絡にない妄想を跳ねのけた。馬鹿馬鹿しい、ありえないと胸中で繰り返す。


 きっと運営側に何か問題があったか、それとも自分のPCがバグってしまったのか。


 何にせよ、取るべき手段は決まっている。


 バグアイテムを使ってしまったため、PCのデータが破損してしまったと運営に報告するのだ。

 

 エリアにはいくつか拠点ともなるタウンがあり、そこには運営であるアーガスト社の相談窓口が設置されている。


 そこに行きさえすれば、すぐにでも仮想世界から排出させてくれる。


 帰還アイテムはアイテムボックスに仕舞ってあるため、足を使って地道にタウンへ行くしかないが、それは仕方ないだろう。


 他にも家族の誰かがリアルの世界で、ヘッドギアのスイッチを切ってくれれば起きることが出来るだろうが、その可能性は低い。


 父も母も寝静まったのを確認してゲームを行ったのだから。仮に電源を切られたとしても、それは次の日の早朝ということになる。

 

 明日は休日だから良かったものの、まったく勘弁してくれよな。


 うんざりと肩を落としながら、リックは森を歩き出した。

 

 だが……


「ここ、どこだ……?」

 

 気付けば、道に迷っていた。

 しばらく歩いていたが、見知った道には行きあたらない。


 何でだ?


 このエリアは大分、前に行ったっきりだから忘れているのか?


 それとも自分が知らない間にアップデートが行われた?


 それに何故、誰とも会わないのだろう?


 明日は休日だ。よって、夜遅くまでかなりのプレイヤーがログインしているはずなのに……

 

「…………」


 何やら胸の奥に大きなしこりを感じた。

 自分は大きな勘違いをしているのではないか?

 

 心臓が激しく脈を打っている。


 この身体は仮想に過ぎないというのに、何故だか背中から汗が噴き出してくるような気がした。


 そしてあてもなく進んでいく。


 右へ左へ、見知った道が出てこないかと右往左往した。

 

『グギ、ギイイイイイイッ!』


 不意に耳を圧迫するかのような重低音が森に轟いた。

 これはモンスターの声か!気付くと同時に走り出していた。


 おそらくプレイヤーが魔物とエンカウントして戦闘に入ったのだろう。


 自分でも驚くほど過敏に反応し、音が響いたほうへと駆けて行った。


 木々の太い根を跳んで避けていき、やがてたどり着いたのは森の中にポッカリと空いた妙な空間。


 その中央に陣取っていたのは巨木の幹に目と口らしき穴がポッカリと空いている異形の植物だった。


 一言でいえば人面樹。


 地中からはゆらゆらと根っこが飛び出してきており、近づかれるのを拒むかのように宙を漂っていた。


「何だ、あれ……見たこともない魔物だな……」

 

 このエリア、リグフォレストは初心者専用ともいえる場所であるため、大型モンスターはほとんど存在しないはずなのだが……見た限りではかなりの強さを誇っているだろう。


 そしてその魔物に相対しているのは、全身を紺のマントで覆い隠した人影だ。


 フードもすっぽりと被っているため容姿は分からない。


 手助けに行くべきかな?背中の剣に手を伸ばし、足を踏み出すが、慌てて踏みとどまる。

 

 戦っている最中だというのに、勝手に割り込んで敵を倒すのは明らかなルール違反だ。


 たとえそれが手助けのつもりであっても経験値や取得ゴールドが分割になってしまうため、迷惑に思う人も多いという。


 取りあえず、リックは木の陰に隠れながら見ていようと決めた。


 人面樹は口らしき穴から雄たけびを上げ、目の前の人影へと襲いかかった。


 己の鋭く尖った根っこを槍のように突き刺していく。


 柔らかい土に風穴を開けながら、粉塵を周りへ、まき散らした。


 根っこ一つでさえでさえ恐るべき早さなのだ。数十の根が襲いかかってくるその様はまるで槍衾であり、避け切れるような攻撃では無い。


 この魔物はソロで倒すのはとても困難だ。サポート役の後衛がいなければならないのでは、とリックは判断する。

 

 だが、予想に反して人影は舞踏でもしているかのようにそれを器用に避けていた。


 華麗なステップで頭上から、前方から、横から突き出される根っこをいなしていた。


 上空から振り下ろされた木の根をバックステップでかわし、地面に着地した瞬間、人影は消えた。


 次に目に飛び込んできたのは、斬り飛ばされて宙に舞う人面樹の根っこ。


 人影の手には一体いつ抜刀したというのか、一本の細剣があった。


 魔物は一斉に根を絨毯爆撃のように振り下ろす。


 だが、少女には当たらない。かすりもしない。


 細剣は凄まじい精度で振られ、一本ずつ根を斬り飛ばしていく。

 

 何て無駄の無い動きなんだろう……


 非常に洗練されている。


 レベルだけを上げたとしてもあれほどの動きをすることは不可能だろう。 


 そして、ついに人影は地上に出ている根を全て斬り飛ばすことに成功した。

 

 だが……


「うわっ、まだあるのかよ……!」


 再び地面が盛り上がってきたと思ったらまたしても根っこが飛び出してくる。どうやらあの魔物は本体を集中して叩かなければならない種類らしい。


 さて、あの少女はどうするんだろうか?

 

 視線を滑らせて見てみると、何故だか人影はその場に棒のように立ちどまっている。

 

 ここからではよく聞こえないが、何やらぶつぶつと呟いている。

 そして手の平をかざし、人面樹の方へと向けると……


「……【光陽の暴虐(プロミネンス・ゲイン)】!」


 瞬間、まるで地上に太陽がもう一つ出現したかのような熱と光がばらまかれた。


 人影が放ったのは、直系四メートルはあるであろう巨大な豪火球。


 凄まじい熱気に周りの草花すら、ちりちり燃えている。


 火球は人面樹へと衝突し、凄まじい爆音が周囲に鳴り響いた。


 放たれた衝撃は木々をなぎ倒し、リックも飛ばされないように必死に身を屈めた。


 やがて、おそるおそる顔をあげると、人面樹らしき燃えカスが残るばかりで他には何もない。少女だけが佇んでいる。


 魔物を死んでいるのを確認した後、人影は見惚れるような滑らかさで剣を腰の鞘へと納刀した。


「す、凄いな……何ちゅう威力だよ!」

 

 顎が外れそうなほど口を開き、視界に焼き付いた戦闘を思い返した。


 あれほど巧みに剣を扱える上にこんな強力な魔法も使うなんて!


 一体、ジョブは何なのだろうか?


 思い当たるのは魔法剣士だが……あれは器用貧乏と呼ばれ、剣も魔法も半端になってしまうため、人気が無いジョブだ。


 そんなジョブであれほどの剣術と魔法を極めるなんてどれだけやりこんだのやら。

 

 とんでもないヘビィーユーザーだな……


 いや、ああいうのがネット廃人というのかもしれない。


 うらやましいような何ていうか……

 まぁ、自分にとっては雲の上の存在であることに間違いない。

 

(戦闘も終わったわけだし、今なら話を聞いてくれるよな……)


 リックは木の陰から飛び出すとゆっくりと刺激しないように人影に近付いた。


「!……誰ッ!」

 

 足音に気付いたのか、人影は再び剣を抜きながら振り返る。


 え?そんな過敏に反応しなくても……ソロだから警戒しているのか?


「お、落ち着いてッ!俺は、プレイヤーキラーとかじゃないからッ!」


 無害であることを示すために、両手をあげながら近づいていく。もちろん顔にはぎこちないながらも笑顔を浮かべている。


「……私に何の用?」

  

 てっきり男だと思っていたのだが、人影から聞こえてきたのは若い女の声


 何故今まで気付かなかったのか、良く見ればマントに隠した全身も小柄であり、女性特有の身体の線を描いていた。


 女のPCであるようだ。


 まぁ、リアルはどっちか分からないけどな。


 音声変換ソフトを使えば、声ぐらい変えれる。少し驚いたものの、すぐに気を取り直し、話しかけた。


「実はその……ここから一番近いタウンへの道を教えてもらおうと思いまして、ははは」


 ぐう、これは恥ずかしいな……。


 タウンまでの道のりを忘れるなんて初心者でもそうそうやらかさないミスだ。顔へと熱があがっていくのを感じる。


「…………」


 少女はリックの言葉に答えることなくじっと彼の顔を見ていた。


 その雰囲気からまだ警戒が見え隠れし、リックはさらに言葉を重ねる。


「帰還アイテムを使おうにも、その……何故かメニューが開けないんですよ。おそらく、バグったと思うんだけど俺一人じゃどうにもできなくて……ログアウトも出来無いから本当に困ってるんですよ」


 これでもかというほどの困り顔を浮かべるが、少女はただ訝しげな様子でリックを観察しているようであった。


 信じられないのかもな、とリックは胸中で呟く。


 メニューが開けない深刻な問題は今まで聞いたことが無い。


 だが、紛れもない事実であるのでこうして必死に訴えるしかない。


「もちろん、無理にとは言いませんよ、まだ冒険を続けるなら道だけでも教えてくれたら、ありがたいかな……なんて」

 

 少女の顔色がフードで隠されているため、表情が読めず、言葉がどんどん尻すぼみになっていく。


(何か喋ってくれよ……沈黙は止めて……)


 リックの気持ちとは裏腹に少女はただじっと何かを悩む素振りをしている。


 だが、ようやく少女の纏っていた雰囲気が緩んだ。


「そう……あなたの言っていることはまるで分からないけど、要は近くの街まで案内してくれってことね?」


「そう!そうです!」


「……分かった、街の近くまででいいなら送ってあげるわ」


「本当ですか!ありがとうございます!」


 ほっとリックは胸を撫で下ろした。


「あなた、名前は?」


「俺はリックっていいます」


「リック、ね……」

 

 少女の眼光がフードの闇の中で光を放つ。 

 頭に覚え込ませるように口の中で言葉を繰り返した。


「私の名前は、フィーナ・オルデネス。少しの間だけど、よろしく、リック」


 勢いよくフードを外し、その容姿を露わにしたのだった。

  

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ