真実
神父が消えた後もリックは芋虫のように汚い路地裏で蹲っていた。
何度も体を動かそうとしたが、痺れのような感覚が全身を奔り、立つこともままならない。
(こ、このままじゃ……!)
神父は約束通りリックを殺さなかったが、まず間違いなく自警団か冒険者をここへ呼び込むだろう。そうなれば全て終りだ。
身動きのとれぬまま、牢屋へと連れ込まれるか、それともこの場で殺されるか……。
いや、違う。もう今さら自分の命には固執するまい。
それよりも……リックの頭を占めていたのはフィーナの事だ。
神父に連れて行かれたあの少女の事を考えると胸が張り裂けそうになる。何としてでも助けにいかなければならない。
全身全霊を振りしぼって腕に神経を集中する。
襲いかかってくる痺れを歯を食いしばって耐え、引きずるように手を動かした。そして首のアクセサリーを体から引き剥がすことに成功した。
だが……
(なッ!麻痺が、解けない……!)
原因である魔道具を取れば、すぐに治ると思っていたのに……!
どうやら効果が発動したのなら、外そうがそのままにしようが、長時間にわたって目標を麻痺状態にするらしい。
焦りと不安で頭がパニック状態に陥る。
それでも何とか出来ないかと必死に知恵を振り絞っていたが……ふと思いついたのは自分のベルトに収まったいる麻痺毒の解毒剤だった。
……使えるのだろうか?
これは『アース・エンブリオ』からこの世界へと持ち込んだものだ。効くのかどうかは分からない。だが現状で可能性があるのはこれだけだ。
再び手を動かし、腰に付けてある黄色の液体が詰まった瓶を取りだす。アル中のように震える手で蓋を外すとぐいっとそれをあおった。
「う、ぐ、ぐふぅッ……!」
突然、舌に感じた強い苦みに思わず噴き出してしまっていた。吐き気すら催し、舌がピリピリする。ゲームの中では無味無臭だったのに……!
手に持った瓶を投げ捨てたくなったが、それでもぐっとこらえ、覚悟を決めてもう一度呑みほした。
良薬口に苦し、そう自分に言い聞かせる。
期待はしていなかったが、解毒剤が胃に落ちた瞬間、全身を覆った痺れが弱まった。
それどころか徐々にだが、体に自由が戻っていくではないか。わずか数秒ほどでリックは立ち上がれるまでに回復していた。
「……よしッ!」
未だに膝が震えているが、神父の後を追おうと足を踏み出したリック。
しかし道の先、激しい足音がいくつも響いてきたため、すぐに足を止めた。
「おい、ホントにこんな方向にいるのかよッ!」
「さぁなッ!でも神父様が言ってんだ、犯人を見かけたってよ!なら、行ってみる価値はあるだろッ!」
自警団か、冒険者か、金属がこすれ合う声と共にあわただしい声が複数、聞こえる。神父が通報したのか……もう駆けつけてきたようだ。
どうする、力づくで突破するか?
剣を拾い握りしめるリックだったが、まだ腕には麻痺が残っているせいか、持つだけで精一杯だった。
とても戦えるような状況では無い。
一刻も早く神父を追いかけなければならないが……ここでは捕まってしまっては元も子も無い。
「クソッ!」
悔しげに舌打ちをすると、そのままフィーナと一緒に潜るはずだった隠し通路へと向かった。一人だけ、逃げるようで酷く情けなかった。
ここは恥を忍んでも一度引くべきなのだ、そう自分に言い聞かせる。
必ずフィーナを助ける、そう心に誓ってリックは足音から逃げるように隠し通路へと飛び込んでいった。
うす暗く、長年、整備されていないだろう地下の道を壁伝いに進んでいく。
今頃、この上では大捕り物が行われているだろう。対象であるリックが地下にいるとも知らずに。
人を不安にさせるような暗闇を進む中、リックの頭の中にあったのはフィーナの事ばかりだった。自分のせいで殺人鬼に捕まってしまった少女。
彼女は無事なのだろうか?その事を考えると気が狂いそうになるほどの焦燥に襲われる。
命を奪わないとと神父は言っていたが、信じられるわけがない。
この世界に来て右も左も分からぬ自分に手を指しのばしてくれた恩人。それが己のミスで危機にさらされてしまっているのだ。
ヒーローとして颯爽と彼女を助け出そうなどとは考えてもいない。
フィーナに出会えたこと、それはリックにとっては幸運で間違いなくプラスに当たる出来事だった。
だが、彼女にとってはマイナスの出来事であり、自分と出会わなければ命の危険にさらされることも無かったわけだ。
そう思うと自分の不甲斐なさに心底、うんざりしてくる。
フィーナを助けるにはあの薄気味悪い神父ともう一度、単身で対峙しなければならない。その事を考えると体が震えてくる。
だが、それでも怖いなどと言ってはいられない。彼女がいなければ自分はもう死んでいた。
たとえ命と引き換えにしても助けよう、覚悟を決めリックは薄暗闇を進んでいった。
どれほど歩いたのだろうか?やがて梯子を見つけ、慎重に昇っていく。そして外へと出た先、広がっていたのはどこかで見たことある廃屋の中だった。
適当に進んだため、どこに出るのか不安だったか、見知った道ではあるようだ。誰にも見られていない事を確認したうえでリックは這い出て、蓋を閉める。
さて、これからどうするべきか?今すぐにでも神父のいる教会へと突っ込んでいきたいが……
(あの辺りには、まだ自警団がうろうろしているだろうな……)
リムルカ横町では己を追う者がうじゃうじゃと徘徊しているだろう。見つからずに教会へとたどり着けるとはとても思えない。
しかし、逃げるつもりはさらさらない。
覚悟はとっくに決めている。だが、その前に行かなければならないところがあった。
六脚亭だ。
フィーナが捕まってしまったことをあの店長に報告しておいたほうがいいだろう。リックが単身突っ込んでいったところで死ぬ確率の方が高いのだ。保険とはいえ、あの店長にも相談をしておいた方が良い。
誰にも見つからないように慎重に大通りへと向かう。そしてうろ覚えの道順を歩き、この数日間、世話になった宿屋へと足を急がせた。
たどり着いた六脚亭。まさに繁盛の極みの状態にあった。こんなあわただしい中に問題を抱えていくのは心苦しかったが、仕方ない。状況が状況だ。
店の裏に回り込むと、誰も人がいないことを確認したうえで裏口を開けた。
「あれ、リックさん?今日の帰りは早いんですね」
扉を開けると、両手に山盛りの料理を持ったラフィがいた。
「どうも……忙しい中、悪いんですけど、店長はいますか?」
「お父さん?それなら厨房で料理を作っていますけど……」
挨拶もそこそこに厨房へと飛び込んでいく。広い料理場で縦横無尽に駆けまわっているのはエプロンを身に付けた二人の男性だった。
その片方、この宿屋の主であるラルブへと近寄っていく。
「おう、どうした?ここは関係者以外、立ち入り禁止だぞ」
「……すいません、タルブさん、少しいいですか?」
「悪いな、今立てこんでいるんだ。後にしてくれや……」
「……フィーナさんが連れ攫われてしまったんです。殺人鬼に!」
被せるように言い放つとピクリと鍋を振るっていたラルブの腕が止まる。目を見張りながら、リックを見下ろした所で、どうやら真実だと悟ったらしい。
「おい、ここは任せたからな……ついてきな」
「ええッ!?ちょ、ちょっと!店長ッ!」
若い料理人の追いすがる声を無視してエプロンを外したラルブは厨房を飛び出す。その声に従いついていくリック。
「ちょ、ちょっとお父さん!どこ行くの!?」
「野暮用だ、少しの間、店を頼むな」
ラルブはラフィにも淡泊な一言を告げると裏口から外へ出た。申し訳ないことをした、心の中で謝りながらも店長の後へと続く。
外へと出ると仁王立ちしながらリックを睨みつけるラルブがいた。その気迫に気圧されたが、逃げるわけにも誤魔化すわけにもいかない。
「一から話してみろ、お嬢は今、どこにいるんだ?」
問いただすような厳しい口調に促されるまま、リックはつい先ほどまでの信じられない出来ごとについて語っていった。
この一連の殺人事件の犯人が教会の神父であること。
そして自分が罠に掛けられたこと、そしてフィーナが神父に連れ去られてしまったことも何もかもを。
口をはさむことなくリックの言葉を聞いている。全てを語り終えた後、ラルブは冷たく言い放った。
「この間抜けが」
「……すいません」
何も否定が出来ない。事実、自分に僅かでも警戒心があったならこんな情けない結果にはならなかっただろう。
「しかし、あの神父が教団の信徒の上に殺人鬼だったとはな……さすがに予想してなかったな」
「え?し、知っているんですか?」
「当たり前だろ?この都市の教会にいる唯一の神父なんだからな」
それもそうか、さらに言えば人あたりだけは相当、良かったのだ。この都市で生活しているのなら知らない方がおかしい。
さて、報告も済んだことでさっそく教会へと向かおうとした所で不意にフィーナと神父の会話を思い出した。
時間が無いことは分かっている。だがそれでも、聞いておきたかった。フィーナが抱えているのか、何を背負っているのかを。
「あの、フィーナさんは何で黒の教団を追っているんですか?ホントに故郷を奪われた復讐だけなんですか?」
「…………」
答えることなくじっとリックを見つめるタルブ。心の奥底まで見透かすかのような視線だった。
その迫力に膝が震えてきたが、自分だって冗談で聞いたわけではないのだ。
獣のような眼光に真っ向から見据える。
自分には知る必要のないことの無いことかもしれない。だがどうしても聞いておきたかったのだ。
彼女が何を背負っているのかを……。
迷うような素振りを見せた後、タルブは何かを呑みこんだような表情を浮かべた。ふぅっと老人のような疲れ果てたため息を零した後でそっと語りだした。
「……バグナ―ドについてどこまで知ってるんだ?」
「えっと……確か五年前に、その、滅んだ国ですよね?そしてフィーナさん、タルブさん達の故郷だって……黒の教団によって滅ぼされたんですよね?」
「まぁ、間違ってはいないな……その黒の教団の実験のせいでバグナ―ドは滅んだんだ。だがな……その黒の教団をバグナ―ドに招き、実験を主導したのは、当時の国王なんだよ」
「……え?」
当時の国王……それってフィーナさんの父親だよな?
「国王は病気だった。長年、周りにある大国と権謀術数の限りを尽くして、自分の身体も顧みず国の発展に尽力してきたから……限界だったんだよ」
五年前の時点ではもはや余命は一年も無いだろうとさえ言われていた。
その事実を知っていたのは国も上層部のほんの一握りと王族だけ。
「まだまだこの国には自分が必要だと思ったのか、それともただ単に命が惜しかったのかは俺にも分からん。だが、国王陛下は自分の死を許容できなかったらしい。それで藁にもすがる気持ちで……」
「黒の教団を頼ったと?」
当時の教団は一般的にそれほど有名では無かったが、権力者達の間では名は広まっていたらしい。
不死を研究する、眉唾ものの信用に値する噂では無かったが、死に瀕した者は頼れる者は何でも頼るということであり、自国へ黒の教団を呼び寄せたという。
「ああ、そうだ……そして黒の教団は国王の援助を受け、実験を行った。不死王ってやつを蘇らせ、加護を頂くっていう実験をな。」
この実験は国王とその黒の教団の信者のみで行われたものらしい。
王の側近すら実験の概要も満足に知らなかったという。
そして、誰も止めることもできないまま、その実験は行われて、王都は亡者で溢れる結果となった。
バグナ―ドは王都が消滅し、滅亡。
軍隊も維持できなくなり、他の領土はまたたくまに隣国へと接収された。
タルブさんも最後まで王都に残り、人命救助に尽力したらしいが、結局は、亡者の増殖を抑えることが出来ずに娘と二人でバグナ―ドを脱出したそうだ。
実験は失敗、国王も命を落とし、国は滅んだとタルブは思っていたのだが……
だがフィーナの告げる真実はタルブの認識するそれとは大きく異なっていた。
「二週間前、フィーナお嬢に話を聞いて愕然としたよ……どうやらあれは失敗じゃなかったみたいなんだよ」
「はぁ?失敗じゃないって、国王も死んで国も滅んだんですよね?それなら……」
「お嬢が言うには……国王は生きているらしい。それどころか教団の幹部として活動しているんだと」
「はぁ?」
それは、いくらなんでも……酷過ぎるんじゃないか?
「不死王は一時的にだが蘇った……そして国王に不死の加護を与えたみたいなんだよ。だが、反面、不死王が加護を与えた際にもれだした瘴気は国民を亡者へと変えて、死よりも辛い末路を与えた。半ば不死になった国王は国を捨て教団と行動を共にすることになった……それが真相だとよ」
「…………」
言葉が出てこない。
一体、それが真実だとしたらフィーナさんは……
「じゃあ、そのフィーナさんが教団を追っている理由ってのは……」
「多くの国民の命を犠牲にした父を許すことは出来ない、そう言っていたよ。そしてまた同じことが起こるのだったらそれを絶対に止めなければならない。
たとえ、たった一人でもやらなければならないってな、そう言ってたよ」
それは……いくらなんでも壮絶すぎるだろう?
フィーナは何も悪いことはしていないのに、自分の国が滅んで、その父親を殺すために放浪することになるなんて……。
黒の教団何ていう巨大な組織を相手にたった一人で戦っていく。
だれも強制していなのに、己で過酷な道を進むと決めたのだ。
「そういう子なんだよ。責任感が無駄に強くて強情だ、オレももちろん止めたが聞く耳をもたなかったんだ」
自分には関係の無いことだ、そう開き直ってしまえばいいのに……おそらく自分ならそうするだろう。
だが、不思議とリックはフィーナさんらしいと思っていた。
「まぁ、俺が知っている事といったらこれぐらいだよ……で、お前はこれからどうするんだ?」
「もちろん教会へ、フィーナさんを助けに行きますよ」
新しいことを多く知った。信じられないような話もたくさん……。
だが、それでも自分のやるべきことは変わらない。リックの表情を見たタルブが尋ねた。
「悪いが、俺は手を貸せないぞ。っていうか足手まといになるだけだからな。……亡者との戦いで足にでかい傷を負っちまってな。戦える体じゃねぇんだ」
そう言うとタルブはズボンのすそを上げ、足の腱を露わにした。そこには酷い切り傷が未だに痛々しく残り、思わず顔をしかめていた。
戦えないというのは本当らしい。少しだけ肩を落としてしまっていた。
「神父が殺人犯っていっても誰も聞く耳を持たねぇぞ。あれでも人格者で通っているからな。そんな神父と戦っちまったらお前の冤罪は確定すること間違いなしだ。それでも一人で行くのか?」
刃のように鋭いタルブの視線に真っ向から相対しながら、リックは頷く。
「今さら、無実を明らかにしようだなんて思いません。フィーナさんを助ける、俺の望みはそれだけです」
「孤立無援で、周りは全員、敵しかいないぞ。それでも行くんだな?」
「……はい!」
今さら迷うことは無い。彼女がいなければ今の自分はいないのだ。貰ったモノを返す。そう思えば不思議と精神は落ち付いてくる。
強い意志を感じるリックの目を眺めていたタルブ。その覚悟を感じ取ってタルブはゆっくりと頭を下げた。
「そうか……どうかお嬢を頼む」
短い言葉だったが深く胸に突き刺さる。その言葉には万感の思いが込められていた。
だからこそ、リックは……
「分かりました!任せて下さい!」
安心させるように深く頷くと覚悟を決め、走り出したのだった。
彼女の背負っていることについて、分かってあげられるとは思わない。
黒の教団なんて言う不気味な組織を相手取り、父親を殺すために旅に出た。
あまりにも重すぎて大きすぎる覚悟でとても想像なんて出来ない。
それでも、彼女を助けたいと思う。
誓いと覚悟を胸にリックは夜の街を疾走した。




