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奇襲

 身体を極限まで落とし草むらから疾走するリック。

 立ちあがって戦闘が可能な盗賊は親分も含めて六人、その全てを無力化しなくては!


 盗賊達との距離を一瞬で詰めて、最も近くにいた無防備な背中に本気の飛び蹴りを打ちこんだ。


「くぎゃあッ!」


 勢いのまま盗賊は吹き飛ばされ、もう一人の男を道ずれにして地面を転がる。


 突如、現れた黒衣の青年に誰もが一瞬だけ、驚き硬直する。

 それは盗賊の親玉であろうと例外はなく……


「な、なんだ、てめぇはッ!」


 一切無視。答えてやる必要もない。リックの視線は髭面の男と捕まった少女にだけ向けられていた。


 盗賊を蹴り飛ばしたリックはそのまま剣を下から振り上げ、少女の向けられていたナイフを正確に弾き飛ばした。そして、左の手で剣の鞘を掴み、髭面のわき腹に叩きこむ。


 わずかに怯んだその後、強引に少女を髭面の男から引き剥がすと……


「ちょっと、ごめんね!」 


「え?あ!キャアッ!」


 騎士団がいる方へと思いっきり突き飛ばしたのだった。今、彼らの手には武器は無いが、相当の腕利き達の集団であることに間違いない。


 ならば、無手であろうと少女の身を守るくらいなら可能だろう。


 それに……盗賊達はようやく一刻の驚愕から立ち直り、その目に怒りを湛えリックを睨みつけている。


 盗賊達が敵意を向けるのは突如、現れた謎の闖入者だ。それぞれの凶器を構え、リックを逃がさぬよう囲む。


「何なんだよ、お前は!」


「と、通りすがりの……!」


「そいつを殺せッ!?」


 怒り狂った髭面の怒号によって盗賊達は一斉に人殺しの道具を振りかぶった。


 くっそ!聞く気が無いなら質問するなよ!


 あー、恥ずかしい!通りすがりとか言っちゃったよ!


 まぁいい……さて、ここからは自分が助かる道を考えなければ……!

 もはや少女や騎士団に意識を向けている余裕は無い。

 

 人を殺すことを何とも思わぬ連中に囲まれ、激しく怯えるリックだったがもはや腹をくくるしかない。


 またしても臆病な心が顔を出してきたが、今回ばかりは引っこんでいてもらおう。じゃないとマジで死ぬ。


 喧嘩も対人戦もはビビった方が負けだよ。


 確かデュークだったかな、そう酔っぱらったように何度もそう言っていたのは。


 まずはこの包囲から抜け出さなくては!

 

 四方から同時に襲いかかってきたが、後ろも横も見ることなくただ前だけを見据えて足を踏み出した。

 両目には前方で斧を振りかぶる一人の男だけを捉える。


「え?」


 躊躇うことなく一瞬で間合いを詰めるリックに驚く盗賊。慌てて斧を振り下ろすがリックには当たらず地面に土煙を上げるだけ。

 

 隙だらけの横っ面にリックは剣の鞘を思いっきり叩きこんだ。肉を打ち、骨を破壊した感触にゾッとするリックだったが決して行動を止めない。


 振り向きざまにナイフを投げ飛ばし、背後にいた男の足を地面に縫い付ける。


「ぎゃあッ!」


 これで二人目。

 足を抑え、痛みで転がるのを視界の隅で捉えながらまた一人新たな標的を定めた。


 呻く仲間を呆然と見つめる盗賊の一人の顎へと全力の拳を叩き込む。


 自分の拳も痛めるようながむしゃらな一撃だったが、当たりどころは良かったらしい。

 糸が切れたように昏倒していった。


 これで後は三人。


「くたばれやッ!クソ野郎ッ!?」


 汚いダミ声に振り向くと男が錆びた槍を突きたてようとしていた。

 冷や汗を流しながら、身体を回転させ紙一重の所で槍を避ける。


 ギリギリだったせいか、服を切り裂き、僅かな痛みが腹部を襲う。


 あ、あと少し遅かったら、腹に突き刺されていたな……その事実に恐怖しながらも剣で槍の柄を斬りとばし、そのまま間合いを詰めて


「ごふッ!」


 股間に向かって膝を叩き込んだ。


 同じ男であるリックには良く分かる、これでしばらくは立つことが出来まい。いや……気持ちの悪い膝の感触からすると勃つことも出来ないかも。


 だが、これで後はただ一人、盗賊の頭である髭面の男だけ!


 髭面のいた方向へと瞬時に向き直ると、不意に太陽が陰った。

 その原因は己へと振りかぶられた大剣。


(やっばッ!)


 慌てて剣を頭の上で掲げると、金属の激突音と共に両腕に尋常ではない衝撃が加わった。


 とても手だけの力では抑えきれない。足腰に力を込め踏ん張るが、押し潰さんとする力の方が強く、ついには膝を付いてしまった。


「このクソ野郎がッ!よくもやってくれたなッ!あぁん!」


 目の前には凄まじい憤怒の感情で顔を歪めた髭面の顔があった。

 防ぐ剣ごとリックを叩きつぶさんと、神経が浮き出るほど大剣に力を込めている。


 髭面の男の目は殺意に染まり……煌々と赤い光を放っていた。

 血のように真紅な目に貫かれ、抑え込んできた恐怖心が爆発した。


(こ、殺される……!)


「う、うおおおッ!」


 大剣を受け止めていた剣を斜めに傾け、刃を滑らせる。火花を散らしながら刃がこすれ合い、大剣は地面へと突き刺さった。

 

 瞬間、髭面の横を抜け、交差する寸前で剣を振りぬいた。


 内臓には傷がつかない浅い斬り傷だったが、真紅の血が噴き上がり地面を汚す。


「いってえなッ!こらぁッ!」


「な!?」


 だが 髭面は顔を歪めただけで大剣で再び斬りつけてくる。


 ただ怪力だけに頼った型も洗練もされていない、がむしゃらな剣撃。それを必死で受け止めながらリックは激しく戸惑っていた。


(な、何でだ?何で動けるんだよッ!)


 こうして剣を交わす間にも髭面の腹からは赤い血が流れ落ちている。剣撃がほとばしる度に血がポンプのように噴き出していた。


 だというのに、まったく気にも留めていない。


 脳からアドレナリンがドパドパ垂れているのか、痛みを感じていない様子だった。



「くっそ、しぶといなッ!」


 大剣の隙を狙い、何度も何度も切り裂いた。


 浅い傷から深い傷まで、みるみる内に髭面は真っ赤に染まっているが決して倒れない。


 剣の腕前では明らかにリックの方が上だ。


 誰から見てもそんなことは明白なのだが、男は正気を失ったかのように大剣を振り回していく。


 腰を深く落とし、横ぶりになぎ払われた大剣を頭上で通過させる。そしてがら空きになった懐へと踏み込み、剣先を髭面の肩へ向けて突き刺した。


 肉を突き刺す感触が剣越しに伝わる。まともな人間なら激痛で立つこともままならないはず。


 だが……


「へ、へへ、ようやく捕まえたぜ……!」


「はぁ?」


 何と髭面は肩に突き刺さる剣を右腕で握りしめ、抜けないようにがっちり捕えた。


 そして呆然とするリックの頭に向けて大剣を振り下ろす。


 リックは獲物から手を離し、避けるしかなかった。

 全力で後ろへと跳び、眼前すれすれを銀閃が通過する。

 

「くそッ、避けんじゃねぇよ。この餓鬼がッ!」


「なッ……!」


 男が肩口に突き刺さっていた剣を荒々しく抜いた。この男には痛覚というモノが存在しないのだろうか?


 髭面は満身創痍で、リックはほぼ無傷だというのに押されているのはリックの方だった。


 いくら傷つけても髭面はまったく怯まず、悪鬼のように立ちあがってくる

 

 常識外れの行動にリックは完全に気圧されていた。


 殺し合いというものを甘く見た報いなのかもしれない。髭面とは対照的にリックは隙があろうとも決して急所を狙わなかった。


 その甘さが、未熟さがこの事態を招いた。


 そして髭面は勝利を確信して恐怖で固まったリックに向かって大剣を振りかぶる。


 そしてまさにリックが肉塊に変わる寸前。


「……へ?」


 肉の割ける嫌な音が届くと共に髭面の胸から剣が生えてきた。


 それを呆然と見つめるリック。髭面は白目を剥くとゆっくり地面へと倒れていった。

 

 髭面が倒れた先には、騎士団を率いていた青年が、長剣を振り払って立っていた。


「まったく、助けられたことには感謝するが、敵を前にして手加減するのは感心しないな……」


 青年は盗賊から奪った長剣を地面に突き刺し、リックの前まで来ると手を差し伸べる。


「ほら、立てるかい?」


「え?あっ、は、はい……」


 素直に出された手を握り返すとそのまま意外な勢いで上へと引き上げられる。


 リックは未だに混乱から冷めやらぬまま、髭面にとどめを刺し、自分を助けてくれた青年へと向き直った。


 遠目から見ても分かったが近くで見るとまず美形。


 王冠のような銀髪を肩口まで切りそろえ、容姿端麗などこか中性的な青年だった。


 確か、周りの騎士達はクリップ隊長とか言っていたかな?


「怪我とかは特に無いようだね……まずは礼を。ありがとう、君のおかげでレーミア様を連れて行かれずに済み、盗賊達を鎮圧することの出来た。君の献身と勇気に心から感謝する」


 多少、大げさに感じるほど青年は頭を下げる。

 その様を見てリックは意識を現実へと戻し、恐縮したように手を振った。


「い、いえいえ、そんな!……俺はただ偶然、見かけて飛び込んでいっただけで……それに助けられたのは俺も一緒ですから」


 この騎士団の青年が駆けつけていなければあの髭面に殺されていただろう。


 それを思うと、身体の芯から震えが奔ってくる。


「む……確かに君の詰めは甘かったかもしれないが、我らの大切なお方が無事だったのは紛れもなく君のおかげだ。どうか素直に私の礼を受け取って欲しい」


「は、はぁ……」 


 何と言うかとても律儀な方だ。


 ようやく余裕を取り戻し周りを見渡すと、もはや盗賊達は皆死んでいるか、騎士団に捕まっているかのどちらかだった。


 少女も騎士団の男達に保護されており、無事のようだ。


 それを見て、リックはようやく肩の力を抜いた。


(良かった……あの女の子は平気そうだな)


 あわや死にかけたが、彼女が無事で良かったと心から思う。

 

「私は聖レヌーバ王国ガウル騎士団隊長クリップ・クラネルだ。帝国から帰路に向かう途中で見ての通り盗賊の襲撃を受けてしまってな。まったく、不覚だったよ……レーミア様を人質に取られてしまうなんて、末代までの恥だ。


君がいなければどうなっていたころか……そういえば君は冒険者なのかな?」


「はい、冒険者ギルドにも登録しているリッ……リクオです」


「リクオか……変わった名前だな」


「ははは、よく言われます」


 リックが愛想笑いを浮かべると、青年、クリップもつられるように笑みをこぼした。美形で、ともすれば冷徹にも見える容姿をしていたが、中身は違うらしい。 


「リクオ、君は良い剣の腕前をしているな、一瞬で盗賊達を倒してしまうとは驚いたよ」


「それでも、あの盗賊の頭には負けてしまいましたけど……」


「それはきっちりと君が奴の急所を狙わなかったからだ、まるで無理して殺さないように剣を振るっていたように見えたが……」


「そう、ですね……正直、人と戦うのは慣れていないので……」


 スッと青年、クリップの目が細まる。甘い、気弱だと思われてしまうだろうか?


「……手助けをしてもらっておいて説教じみたことを言うのは気を悪くするかもしれないが、言わせてくれ。相手が殺意を持って剣を振るってきた以上、君も覚悟を決めるべきだ。


殺さないように手加減できるのは相当な実力差がなければ難しいからな」


「……それは、分かってはいますが」


「どこからどう見ても剣技ではあの盗賊より君の方が遥かに勝っていた。一撃で頭か心の臓を潰していたらこれほど追い込まれることは無かっただろう」


 確かに容赦なく不意打ちで心臓を貫いていればこんな危険な目に合わなくても済んだだろう。


 しかし、どうしても抵抗がある。人殺しという行為に対し躊躇いを持ってしまうのだ。


「……まぁ、人を殺したくないという倫理観は私も大事だと思う。だが、時と場合によっては良心を麻痺させねば、冒険者など続けられんぞ?


それに……己の甘さのせいで自分が死んでしまう分には自業自得で済むかもしれないが……大切な人がそれで守れなかったとしたら、それこそ凄まじい後悔することになるからな」


 その言葉は深くリックの心に突き刺さった。


 己の甘さのせいで誰かが傷つく。


 また次に同じような状況に陥ったとしても、人を殺すという決断が出来るかどうか……きっと出来ないだろうな、とリックは思っていた。


「あぁ、すまないね……助けてもらっておいて、こんな風に言ってしまって。ただ少しだけ君のことが心配になってね」


「あっ、いえ!むしろ助かりますよ!しっかり指摘してくれて!」


 厳しい言い方だったが、自分の身を慮って話してくれたのは分かっていた。


「クリップ隊長!少しよろしいでしょうか!」


 不意に仲間の手当を行っていた騎士の一人が呼びかける。


「分かった、すぐ行く……リクオ、まだ話がしたい。少しだけ待ってくれるだろうか?」


「はい、構いませんけど……」


 戸惑いがちにそう言うとクリップはマントをなびかせながら、仲間の元へと駆けて行った。


 リックは適当に腰を下ろし、待っていることにする。まだ話したいことが自分にもあった。


 確か……クリップ達は聖レヌーバ王国のガウル騎士団とか名乗っていたな。その説明も是非、聞きたい。


 待っている間に布巾を取りだし、こべり付いていた血を拭き取っていると……


「あ、あの……!」


 か細い、ともすれば風に紛れてしまうような声が耳に届いた。


 顔を上げると 先ほど、髭面に捕まっていた少女が中腰で見下ろしていた。


 すぐ側に少女の顔があり、とても可愛らしい容姿をしていたことに気が付いた。


 髪はリックと同じ黒色。ただし漆のような艶があり、それを腰まで伸ばしている。顔は幼く、どこか牧歌的な雰囲気を醸し出していた。


 まだ興奮から冷めやらぬせいか、頬は少し紅潮している。


 何かを言いたそうにもじもじしているのを見て、リックはハッとばつ悪げに頭をかいた。


「あっと……さっきはごめんね、結構、全力で突き飛ばしちゃったけど怪我とかは無かったかな?」


「え?あ!だ、大丈夫です!クリップさんが受け止めてくれましたから……ではなくて!あ、謝らないでください、貴方様は私の命の恩人なのですから」


「命の恩人って、大げさだよ……!」


「大げさなどではありません、あのまま盗賊達に連れ去られていたらどうなっていたか……」


 レーミア、確か騎士達は彼女のことをそう呼んでいたな、は両腕で自分の身体を抱きしめ、震えあがる。


「本当にありがとうございました、このご恩は一生忘れません」


 レーミアは目を涙で濡らしながらペコリと可愛らしく頭を下げる。こんなに感謝されるなんて、嬉しいような気恥ずかしいような……


 取りあえず、助けられて良かったと思う。


 多少、怖い思いもしたがこんな可愛い子に感謝されるのなら、釣りがくるほどだろう。


「あ、あはは、どういたしまして。でも俺は当然のことをしたまでだからさ」


 本当なら格好良く颯爽と現れて助けたかったのだが、自分にはこれが精一杯だった。


「あの、私はレーミアと言います。貴方様の名前をお聞きしてもよろしいでしょうか?」


「俺はリクオって言います」


「リクオ様ですか……」


 少女は身体へ覚えこませるように唇に指を当て、呟く。その動作に何となく艶めかしさを感じ、リックは顔を赤くした。


「リ、リクオで良いよ、様はいらないから!」


「いえ、そういう訳には行きません。恩人には敬意を示さなければなりませんから」


 意外に力強い返答が返される。だが、やはり様は遠慮してほしいのだけれど……照れ臭くてたまらなくなる。


「リクオ様は随分と腕が立つようですけど冒険者の方なのですか?」


「はい、グリア―ドの方で活動している新米です……」


「レーミア様!少々、お話したいことが!」


「はい?何でしょうか?」


 不意に残りの騎士達と相談をしていたクリップが駆け寄ってきた。


「本来ならこのままへと向かうべきなのでしょうが……馬の方が盗賊達に何体か殺られてしまいましてね、生き残った盗賊達も放置しておくわけにもいけませんので、一度グリア―ドの方へと寄ろうと思うのですが……許可をいただけますか?」


「はい、私は構いませんけど……そうだ!」


 不意にレーミアは顔をほころばせ手を叩いた。


「リクオ様もグリア―ドに滞在なされてるんですよね?もしよろしければ一緒に行きませんか?」


「え?」


「ええ、それはいいですね。構いませんよ。正式にリクオへとお礼を申したいですからね」


 ふむ。依頼はもう終わらせているため、帰っても構わない。馬車で乗せてくれるのなら有り難いな。


「そうですね、それなら是非……って、あッ!」


 いや駄目だ!正門から入ったのでは検問が行われているため捕まってしまう可能性がある。


 しかも、今はグリア―ドでは指名手配されているのだ。


 あの手配書ではリックだと、気付かれない可能性の方が高いが……危険は冒せない。


「す、すいません!用事を思い出したので一緒には行けません!それではまたどこかで!」


「あっ、り、リクオ様ッ!」


 背後からレーミアの声が聞こえてきたが、断腸の思いで振り向くことなく再び森へと疾走していく。


 グリア―ドへ行き、リックが殺人犯として手配されているのだと気付かれたらと思うと目の前が真っ暗になる。


 あの敬意を秘めた視線が敵意に変わってしまうのが、ひたすら怖かった。


 馬車から大分、遠くなったところでようやく勢いを緩める。


 そして深いため息をついた。もう少しレーミアさんを話がしたかったのだけど、仕方がないか

 

 でも結局、あの人達はどういう人だったのだろう?

 上等な鎧を身に付けた礼儀正しい騎士団とそれに守られた少女。


 何となく気にかかり、もう一度背後の街道を振り向く。


 まぁ、二度と出会うことは無いだろう、この時のリックはそう思っていた。

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