襲撃
次の日。
リックは再び保護森林区へと足を踏み入れていた。
結局、その日はフィーナが戻ることは無かった。
宿屋の部屋で引きこもっているのも億劫だったので今日も今日とて依頼を受け、お金稼ぎ。
早朝、冒険者ギルドへと向かい、新たな依頼を受けることにした。
受けた依頼は二つ。
受付嬢であるキャミルと相談し、薬草の採集と魔物ニャームの討伐依頼を受けることにした。
ちなみに魔石の換金は明日になるという。
まだ魔物と一人で戦うことに恐れはあったのだが、胸のモヤモヤを振り払うためにも身体を動かしたかった。
リックが交戦しているのは胴体の長い猫型の魔物、ニャーム。
丸くなり、転がりながら攻撃を加えてくるという特徴を持っている。
街道に突然、転がり出して、馬車などに損傷を与えるので退治してほしいと依頼書には書いてあった。
この魔物は決して手強くはないのだが……戦いは泥沼の状態に陥っていた。
「だあああッ!もう!だから何で見当違いの方へ転がるんだよ!」
三体のニャームは出会うと同時に丸くなり、リックに攻撃を仕掛けてきた。 はずなのだが、丸くなると目が見えなくなるせいか、三体ともバラバラの方向へと転がり出したのだ
もはや攻撃されているのか、逃げているのか分からない。
ただピンボールみたいに木をバウンドしてあらゆる方向へと転がっていく。
当然、リックもそれを追って走り回らなくちゃいけないわけで……
(クッソ……これならまだケベロスの方が楽だったぞ!)
ようやく木の根っこに引っ掛かり止まった一体を葬り去る。
討伐個体数は十五。
この依頼を受けたのは失敗だったかな、と若干後悔するリック。
そして背後からゴロゴロと転がってくる音が響いたため、慌てて振り向いたが
「だ、だからどこ行くんだよッ!」
またしてもリックとは反対の方向へと疾走していくニャームだったが、突如、浮き出ていた分厚い根にぶつかり跳ね上がった。
「え……?」
そして勢いのまま、巨木の幹へとぶつかり兆弾のように跳ね返る。
まるで予測できない軌道。
その進行方向には呆然と立ちつくすリックの姿があり……
「マジかよッ!ぐはッ!?」
避ける暇なくニャームはリックの腹へと突き刺さり、凄まじい衝撃を与えた。
不運なことに昨日、魔物と戦った際に痛めた場所と同じ部分。
内臓が口から飛び出るんじゃないかという激痛にリックは悶絶した。
ゲームの中ではまずありえない不規則な行動。
リックに避けられるはずもなく、ニャームは元の姿へと戻り、リックは腹を押さえて丸くなるという、さっきとは逆の体勢を取っていたのだった。
『ニャブ、ブフフフフ!』
呻くリックの耳に届いたのは侮蔑するかのような笑い声。
その言葉に頭の線がプツンと切れるのを聞こえた。
さんざん動き回らせておいて、さらに無様に地面をのたうち回らされたのだから!
たまりにたまった鬱憤がついに爆発した。
「もう許さねぇぞ……!こ、こらぁ!」
『ニャ、ニャブ!』
殺気に気付いたニャームが慌てて再び丸くなるがもう遅い。
リックは立ちあがり剣を高く振り上げると、何もない空の空間を切り裂いた。
「烈風斬・絶ッ!」
剣を振り下ろした直後、周囲の木の葉が突風でざわめく。
振り下ろした瞬間、剣から生じた風の刃が逃げていくニャームへと奔っていった。
飛来する斬撃は魔物を切り裂くだけでは飽き足らず、木の一本すら跳ね飛ばしたのだった。
剣術技《ブレイド・アーツ》の一つであり、剣士が唯一、中距離で敵を攻撃することのできる技、烈風斬。
ニャームが絶命したのを確認して、ようやく溜飲を下げる。
今回も問題なくアーツは発動してくれたようだ。
だが、ふと思う。
この世界にアーツの使用可能ポイントであるSPの概念はあるのだろうか
「ここでも、アーツが使えるのは分かったけど……一体、何回使えるのやら」
ステータスが見れない以上、SP表示を確認することも出来ない。
そもそも、SPがあるのかどうかも分からないな……。
取りあえず、アーツを使ってみて、何度使ったら打ち止めなのか実験することにしたリック。
だが、意外にもその答えはすぐに判明した。
連続でアーツを使用して、ニャームを葬ること八回目。
リックは尋常ではない極度の疲労に襲われ、木の根元に座り込んだ。
何度、酸素を肺に取り込もうとも息は整わず、酷使した筋肉がプルプル痙攣している。
「な、なるほどな~……あ、アーツを使ったら、疲れるのか……!」
それも桁違いの疲労だ。
一度、アーツを使うごとに五十メートル走を全力で走りきったかのような疲れに襲われる。
強力でSP表示の高いアーツほど比例して、疲労度も増していき、高レベルのアーツともなると目の前が暗転するほどの衝撃を己に与える。
なるほど、これがSPの代わりってわけか……。
だとしたらアーツをむやみに使用するのも考えものだな。強力な武器ではあるが、使いどころを間違えれば、その場でバタンキューと言う場合もある。
その後も、森林を駆けまわり魔物を討伐していく。
結果、何とか日が天井に来るころには討伐の依頼を完了することが出来た。
そして次に向かったのは昨日も行った薬草が生える美しい清流。
またしても地味な作業の繰り返しだ。
景色に目を癒されながらも紫の花が芽吹く薬草を採集していく。
「……今日は意外にも早く終わったな」
まだ太陽がバリバリと照り輝いている時間帯。
もう少し多くの依頼を受ければ良かった、と少しだけ後悔。
さて、これからどうしようか?もう帰ってもいいのだが……
「取りあえず、貰った弁当を頂こうかな」
近くの巨木の根元へと腰を下ろし、早朝、ラフィに貰った弁当を取りだした。
何でも昨日、店の片づけを手伝ってくれたお礼だとか。
当然のことをしたまでと思ったのだが、ありがたく頂くことにした。
弁当のふたを開けるとそこには新鮮な野菜とハムが挟まったサンドイッチが。
いただきますと心の中で一礼して、口に運ぶと野菜の瑞々しい食感が満たした。
うん、美味しい……。
舌鼓を打ちながら、腹を満たしていく。
腹が空いていたせいか、ぺろりと食べてしまう。
弁当を食べ終え、木の木陰で寝転がる至福のひと時。
じんわりと心に染みわたるような川のせせらぎを聞きながら、くつろいでいると、
「……ん?」
不意に耳が誰かの悲鳴のような声を捉えた。
顔を起こし、意識を傾けるとさらに金属がぶつかり合う音……剣撃がどこからか聞こえてくるようだった。
誰かが戦っている?
剣を握りしめながら、リックは四つん這いになりながら音がした方へと向かうとこにした。
気にはなるが、下手に巻き込まれるのも考えものだ。
見つからないようにと木の陰に隠れながら進んでいく。
音の発生源へと近づくにつれ、漂ってくる血の匂い。
やがて草むらに身を隠しながら先を伺ってみると……視界に飛び込んできたのは整備された街道だった。
(こ、これは……!)
視界の先では二十人弱の男達が死闘を繰り広げていた。
街道に止まっている馬車を中心として男達が武器を振るっている。
剣、槍、斧、それぞれの武器が猛威を振るい、その度に赤い血が地面に流れていく。
殺し合い……初めて見る人同士の命のやり取りに息を呑んだ。
「うぐッ……!」
濃密な血の匂いが鼻孔を刺激し、思わずリックは顔を逸らしていた。
先日、見てしまった商人の惨殺死体も衝撃的だったが、こちらも負けず劣らずだ。
人同士が本気で殺し合っている光景は凄まじく頭蓋を揺さぶり、恐怖を感じさせる。
「一体、何が……?」
逃げ出すのを堪え、リックは覚悟を決め、再び戦場へと目を向ける。
注意深く観察していると、戦っている男たちは二組に分かれているようだった。
まずは馬車を守るかのように陣形を組んでいる兵士たち。
だれもが統一感のある仕立てのいい白い鎧を身につけて、剣を振るっている。
動きや振る舞いも洗練されているようで……兵士というよりも騎士といった方が近いかもしれない。
そしてもう片方は汚らしい格好に統一感の無い武器。
それだけ見ればすぐに分かる、盗賊だろう。
なるほど、よくあるシチュエーションだな。
おそらく小汚い格好をした盗賊があの馬車を襲ったのだろう、そして戦闘になった。
素人目に見ても馬車の護衛側、騎士達が勝利するのは間違いない。
人数的に見れば、盗賊の方が遥かに数は多いが力量は兵士たちの方が上だ。
盗賊が無作為に襲いかかってくるが、騎士達は順調に数を減らしている。
それどころか地面で血を流しているのは盗賊ばかりで、騎士達は皆、無傷のように思える。
そして、騎士の中でも一際目立つ一人の青年。
年齢はリックと同じ、いや少し上あたりか。遠目からでも美形だと分かる顔立ちをしていた。
これがまた凄い。
「うわっ、あの人、えげつないな……」
彼が剣を振るうたび、また一人、血の池に沈んでいく。
青年の周りだけ盗賊の死体が集中して倒れており、その凄まじさは明らかだった。
後ろにでも目があるのか、盗賊が四方八方から襲いかかろうとも眉ひとつ動かさずに対応している。
剣の冴えもさることながら、人を殺すことに一切の躊躇もない剣。
リックには無い冷徹さがそこにはあり、思わず見惚れてしまっていた。
こうしてリックが外から覗いているわけだが、もうまもなく戦闘が終わるだろう。
盗賊は全滅か、それとも逃げ出すのか……
ふと気になったのは、その戦いを少し離れて眺めている一人の男。
身の丈ほどの大剣を背負い、顔には髭がぼさぼさと生え散らかしている。
その威風堂々とした様からおそらく盗賊のリーダー格であろう。
撤退の指示でも出すかと思ったら、不意に物凄い勢いで男が走り出したのだ。
向かう先には馬車。当然、騎士の一人が慌てて立ちふさがるが背中の大剣を引き抜き、一閃。
騎士は剣を掲げて防いだが吹き飛ばされ地を転がっていく。
その隙を狙って盗賊のリーダーは馬車へと疾走。
扉を破壊し、馬車の中へと手を伸ばす。そして強引に引きずり出してきたのは……
「キャアアアアッ!」
「てめぇら!動くんじゃねぇッ!今すぐ戦いを止めやがれッ!」
馬車から現れたのは一人の女の子だった。
男の丸太のような手に身体を拘束され、その喉元にはナイフが突きつけられていた。
事態は急展開、リックは外野からそれを眺めながら息を呑んだ。
「これ、ヤバくないか……」
髭面の男の言葉が響いて途端、剣撃が止み誰もが呆然としていた。
男に捕まっている女性を見て、あの一際目立っていた美形の青年が目を見開く。
「レ、レーミア様ッ!き、貴様ッ!」
「おっと……近づくんじゃねえぞ、この雌の命が惜しいのならな。さっさと武器を下ろせよ」
「チッ!下種が……!」
若者が食ってかかるが、髭面は少女にナイフを突き付け牽制する。
哀れにも、捕まった少女は男の腕の中で小動物のように震えていた。
「は、離して、ください……!」
「はは、大人しくしてろよ、嬢ちゃん。痛い目見たくないだろ」
今にもか細い声で少女は呻くが、その抵抗は髭面を喜ばせるだけだった。
騎士団の男たちは迷うように視線を合わせたが、結局、青年が手を振り、持っている武器を捨てるように指示を出す。
「し、しかし、クリップ隊長ッ!このままでは……!」
「剣を捨てろッ、レーミア様の命が最優先だ」
「クソッ……了解、しました」
何やら一悶着がありながらも騎士団の男たちは剣を地面に捨てた。
それをにやにやと笑いながら見つめる髭面の男と生き残った盗賊達。
「へへ……さっきはよくもやってくれたな、騎士さんよ。もう楽には殺してやんねえからな。死にたいって自分から言い出すまで嬲ってやるよ」
弱者をいたぶる時に浮かぶ気色悪い笑みを浮かべながら武器を放棄した騎士を囲んでいく。
だが……
「おい、てめぇら、止めとけ。そいつらに近付くんじゃねぇよ」
「はぁ?でもお頭!こいつらに仲間がどれだけ殺されたって」
「うるせぇよ、こいつらはあの悪名高きガウル騎士団だぞ……他に武器を隠し持っているかもしれねぇんだから、厄介なことはするな」
不満げな表情を浮かべる盗賊達だったが、髭面の男には逆らえないようだ。
どうやらあの青年が騎士のリーダー格らしい。交渉するかのように一歩踏み出し、激情を抑え込んだ声で男に話しかける。
「分かった……金目のモノは全て貴様らにくれてやる。馬車も持っていっても構わない。だからそのお方を離せ。貴様のような下劣な者が触れていい方じゃないんだ」
「はぁ?オレに命令してんじゃねぇよッ!……まぁ、こちらの言い分を聞いてくれたのなら考えてやらないこともないけどな」
髭面は部下の盗賊達に命令を出し、騎士が手放した高価な武器を集めていく。
他にも騎士達が投げ捨てたアクセサリー類も拾っていき、それらを懐へと納めていった。
「金目のモノは全部くれてやった。例えレーミア様を解放しようと追わないし、罪にも問わない。女神様に誓って約束しよう。だからその方から手を離せ」
騎士の問いかけに髭面は悩むような素振りをした。そして、自分の腕の中で縮こまる少女を一瞥して……
「そうだな~、ん~……やっぱ止めた。こいつは返さない」
髭面の男は歯を剥きながら下劣な笑い声を上げる。少女の肩がビクンと跳ね上がり、騎士達の顔も一斉に青ざめた。
「なッ!」
「こんな別嬪を逃すなんてもったいだろうがよ、こいつを連れていきゃ当分は楽しめそうだからな。だろ、お前ら!」
「はははっ、いいっすね!親分」
「嬢ちゃん、今夜は眠れねーな!」
「後で俺らにも回して下さいよ、出来るなら五体満足の内にさぁ!」
盗賊達から品性の欠片もない野次が飛ばされる。
髭面は下卑た表情を浮かべながら腕の中で震える少女の服の中へと手を伸ばした。
「や、やぁ……止めて……離して……!」
「そんなに抵抗するなよ、すぐにキモチヨクしてやるからよ!」
少女は顔を真っ青にして抵抗しようと蠢くが、髭面の分厚い手を防ぐのはあまりにか弱かった。まるで子猫でもじゃらすかのように少女を弄んでいる。
何ともゲスイセリフと言動だ。外野に過ぎないリックであっても思わず殺意が芽生えてくる。
「安心しな。別に殺しはしねぇよ、ただちょっと俺達と一緒に遊んでもらうだけ。飽きたらどっかで解放してやるからよ、それまで辛抱じゃねぇか」
「き、貴様ッ!このゴミくずがぁッ!」
憎悪をこれでもかというほど濃縮した声。
もし憎しみだけで人を殺せるのなら、髭面は即死していただろう。
だが、そんな殺気にさらされても髭面は泰然としていた。
「おっと……近寄るなよ、騎士様!近づいたら嬢ちゃんの綺麗な顔がぱっくり切れちまうぜ。俺達はそれでも楽しめるからいいが、あんたらは困るんじゃねぇの?」
その美形が歪むほど騎士の青年は歯を食いしばる。
残りの騎士達も怒りの感情が目に見えるほど激していたが、立ちすくむしかないようだ。
その一連の動向を草むらで眺めていたリックは、どうするべきか激しく迷っていた。
これはとてつもなく不味い状況だよな……。
縁もゆかりもない人達だが、ここで見捨てるのはさすがに良心が痛む。
このまま放っておけばあの捕まった少女は盗賊達に連れて行かれ、悲惨な目に合うだろう。
そんな明白な事が分かっていながら、じゃあ、さいなら、元気でねと姿を消すのはあまりにもあんまりじゃないか?
何とか騎士達に独力で少女を助け出してほしかったのだが、包囲されているあの状況では難しい。
つまり、今、盗賊に存在を知られていない自分だけが状況を打開することが出来る。
かといってどうすればいいのやら。
幸いにもリックが今、潜んでいる位置は盗賊達の死角だ。
出来るだろうか、自分に……
混乱する頭を何とかフル回転させ、シミュレーションを行う。
出来ることなら盗賊達は殺したくは無かった。
これは善良な心から発した考えでは無く、ただ単に自分が人殺しになりたくないだけ。
自分は色々と余計なことを考えてしまう性分だ。
盗賊達の命であろうと奪ってしまったのなら、罪悪感に苛まれるだろう。
それが嫌なだけだ。手を赤に染めたくないだけの弱い考えだ。
盗賊達は今にも引き上げようとしている。
もうまもなく馬車に乗り、少女を連れ、この場を去ってしまうだろう。
だというのに、なかなかリックの足は動いてはくれない。
まったく自分のチキンぶりにはうんざりする!
(ええい、クソッ!やるしかないだろッ!)
痙攣するかのように震える手で腰の剣を引き抜く。
深呼吸を数回、そして覚悟を決め、リックは草むらを飛び出して走り出した。




