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彼女の過去

 どれだけ立ちつくしていただろうか。

 ようやく正気を取り戻したリックはとぼとぼと老人のような足取りで宿へと帰っていった。


 都市は新たに発生した殺人の噂でもちきりだった。

 街の至る人達が新たに行われた凶行に怯えていた。


 そして、犯人を取り逃がした自警団に対する怒りの声も時折、耳に届いてくる。


 それを複雑な気分で聞きながら、人気のない道を慎重に進んでいく。

 幸いにも、自警団を見かけることは無かった。


 新たに殺人が行われたリムルカ横町はどこだか知らないが、自警団も冒険者もそちらに集中しているらしい。

 

 宿まで辿り着いたリックは早朝、店長に言われた通り裏口から中へと入っていく。


 そこではこのお店の従業員らしき女の子に泥棒ではないかという疑惑を掛けられ、一悶着あったが、駆けつけてきたラフィのお陰で何とかなった。


 そして現在。


「ふう~、今日は疲れたな……」


 リックは部屋のベットに寝転がりながら、しみだらけの天井を見上げていた。

 剣は扉の辺りに立て掛け、全身を覆っていたコートも脱いである。


 階下の食堂からは賑やかな声が響いてきた。

 どうやら仕事を終えた職人やら冒険者達が酒を片手に語り合っているらしい

 

 ちらりと少しだけ食堂を見てみたが、席は満員となっていた。

 従業員の少女達はとても忙しそうに動き回っており、数日休みの影響かは分からないが、店は大盛況らしい。


 目を閉じ、瞼に浮かんでくるのは路地裏に消えていくフィーナの姿。


「やっぱり、付いていけばよかったかな……」


 あの少女のことだ、リックの身を思って絶対に拒否しただろう。

 だが、それでも強引に行けば……って、それも迷惑を掛けるだけか。


 今のリックはただの足手まといに過ぎない。

 いや、足手まといどころでは無い。


 疫病神だ。

 

 冒険者と自警団が追っているのは真犯人ではなく、彼なのだから。

 そんな奴を連れていったのでは、犯人を見つけるどころじゃない。

 フィーナも仲間だとされ、追われる結果となるだけだ。


 そういえば……フィーナは今はどこにいるのだろうと考え、ちらりと窓の外へと視線を送る。


 もう例の殺人現場に付いたのだろうか?

 ひょっとしたら犯人を見つけているのかも……? 


 何故、彼女が殺人犯を追っているのかは分からない。

 だが、相手はあれほど狂気的に人を殺す人物なのだ、間違いなく戦いになるだろう。


 フィーナの強さは分かっている。だが、相手は未知数、凄腕とも噂されているのだ。

 彼女は無事なのだろうか……酷く不安になった。

 ひょっとしたら明日、九件目の殺人が起こったなんてことには……


(ちっ、何て事を考えるんだ!俺の馬鹿野郎!)


 自分の頬を激しく叩き、悪い想像を掻き消す。

 フィーナはきっと大丈夫。あんな巨大な魔物さえ倒してしまう女の子なんだ。


 そう己に何度も言い聞かせた。

 それに自分がここでいくら心配しても意味がない。

 どだい、もう彼女には会えないのかもしれないのだから……


 休もうと心に決め、リックは全身の力を抜き、ベットに沈みこんだ。

 眠気はすぐに襲いかかってくる。


(そういえば、ラフィさんが……後で食事を運んでくるって言ってたけど……)


 ふと思ったが、この猛烈な眠気にはとても抗えない。

 何とか起きていようと気張ったが、身体は正直な物で、意識は闇に染まっていった。



「はッ……!」


 不意に目が覚めた。

 ぼんやりとした頭で身体を起こす。


 どうやら眠ってしまったらしい。どれだけ経ったのか……窓へと目を向けるとまだ空には月が照り輝いている。

 そして、何やら美味しそうな香りが部屋を満たしていることに気がついた。

 机の方へと目を向けると、そこには夕食が納められた皿がある。


 ラフィさんが置いていってくれたのかな?

 眠っているのを起こさずに料理を持って来てくれたらしい。

 その好意に素直に感謝。


 寝起きだったが、酷く空腹だったため、さっそく頂くことにした。

 アツアツではなかったが、まだ仄かに暖かい。

 食事は充分、美味しかった。

 それを食べながら思うのはやはりフィーナのこと。


 あれからどうなったのだろう?そしてもう帰ってきたのか?


 どうしても気になったリックは皿を空にした後、食器を手に取り慎重にドアを開けた。

 うるさいほどだった下の喧騒はもう聞こえてはいない。


 誰にも見つからないよう廊下を渡し、階段の下を覗いてみると


「あっ、リックさん、もう起きたんですか?」


 食堂の片づけを行っていたラフィと目が合った。

 周りの席にはもう人影は見当たらない。


「あの~、俺、下りても大丈夫ですかね?」


「はい、もう店は閉店したので大丈夫ですよ、従業員の皆ももう居ませんから」

 

 ほうっと胸を撫で下ろし、安心して階段を下りていく。


 兵どもの夢のあと。

 食堂は悲惨なことになっていた。

 全ての席には空になった皿が置かれて、とてつもなく散らかっている。

 暴れ回った人物もいたのか、床には酒らしき液体もこぼれていた。


「これは……凄いですね」


「はい!久しぶりの開店だったので常連さんが皆、駆けつけてくれたんですよ、まったくありがたいことです!」


 食堂は悲惨な状況になっているのにラフィはにこにこの笑顔で掃除をしていく。

 本当にこの店が好きなんだな、と分かる心からの笑みだった。


「あの、料理ありがとうございました。とっても美味しかったです」


「あっ、起こすのも悪いと思って部屋に置いてきたんですけど、冷めてませんでしたか?」


「熱々では無かったですけど充分、充分美味しかったですよ。お腹も空いていたので助かりました」


 床にこぼれるビールなどを踏まないよう気を付け、食器をカウンターへと置く。


「そういえば、フィーナさんはまだ帰ってきてないですか?」


「え?私は見かけていませんから、部屋にいないのなら帰って無いと思いますけど……」


 やっぱりか、まだ戻ってきていないと。

 今はどこに居るのだろう……。


 リムルカ横町って言ってたっけな?

 ラフィに聞いて向かってみようか……いや駄目だ、どうせ捕まるだけだろう。


 食器を置いて再び二階へと上がろうとしたところでふと気付く。

 今、食堂にいるのはラフィ一人。せっせと掃除を行っているが大丈夫なのだろうか?


「ラフィさん、ひょっとしてこの食堂、一人で片付けているんですか?」


「ええ、お父さんは酔っぱらったお客さんを家まで運んできているので帰ってくるまでは私一人です」


「……他の従業員の女の子は?」


「今日はたくさんお客様が来て、とっても忙しかったですからね。明日に響いたら困るので帰ってもらいましたよ」


 そうか、これを一人で片付けるのか……

 さすがにそれは大変だし、時間もかかってしまうだろう。 


「……そうですか、なら俺も手伝いますよ」


「そんな!良いですよ!今日は冒険して、たくさん疲れましたよね?部屋でゆっくりを休んでください」


「少し寝たら大分、回復したので大丈夫です。手伝います、っていうか手伝わせて下さい!ここまで良くして貰っておいて、恩を返さないのは身体に悪いので」


 キョトンとした後に柔らかな微笑。


「ふふ、リックさんは随分、損な身体をしているんですね……分かりました、それなら有り難く手を借りますね」


 ラフィの言われるまま、食堂の皿を重ねて洗い場へと運んでいく。

 単純な作業だったが量が量なのでそこそこの時間がかかってしまった。


 それが終わったら台を丁寧に拭いてまわる。

 その後はモップで床掃除……何とも酒場の掃除は大変だった。


 額に汗を浮かべながらも匿ってくれた恩を返すべく丁寧に清掃を行っていく。


「ラフィさん、食堂の方は取りあえず終りましたよ。後で一応チェックをお願いしますね」


 一通り、机やら椅子やらを整えた所で、厨房にいるラフィに声を掛ける。

 丁寧に皿を洗いながらラフィは振り向く。


「ありがとうございます、リックさん!」


「これで後は皿洗いだけですかね」


 彼女の隣に立ち、洗い終わった皿を布巾で拭き取っていく。

 その間、リックは今日、成し遂げた冒険について語っていった。


 ラフィはどんなくだらない話でも笑顔で興味深そうに相槌を打ってくれる。

 酒場の娘だからだろうか?

 彼女が聞き手だとどうも気持ちよく話せてしまう。

 

「へぇ~、ケベロスを十一体も倒したんですか!リックさんは見かけによらず凄いんですね!」


「いや、そんなことないですよ」


 まったく彼女はほめ上手で困る。

 お世辞だろうと分かってはいるが、それでも嬉しくなってしまうんだから。


 そういえばフィーナさんとラフィさんは友達だったよな?

 フィーナは自分のことを余り話そうとはしない。聞くなという雰囲気を自然に醸し出しているのだ。


 それをラフィに聞くのは卑怯な気がしたが……どうしても気になってしまう。


「あの、フィーナさんのことですけど……」


「ん?フィーナちゃんがどうかしたんですか?」


「ええ……その、彼女って今、グリア―ドを騒がせている殺人犯を探しているんですよね?それで何で探しているのか、ラフィさんは知っていますか?」


「え!」


 不意に皿を洗う手がピタリと止まる。

 ラフィの横顔を見ると、目を見張り驚いたようにリックを見つめていた。


 手に持った皿が洗剤で滑ってこぼれおちる。

 それをリックは慌てて受け止めた。

 危ない、もう少しで皿が割れちまうところだった。


「フィーナちゃん、この街で何をしているかと思ったら、そんな危ないことに手を出していたんですか!」


「えっと……知らなかったんですか?」


 ブンブンと勢いよく首を横に回す。


「いつも夜遅くまで何をしているかと思ったら……!何でフィーナちゃんが殺人犯何かを探しているの?」


「いや、それを聞こうと思ったんですけど……どれだけ聞いても教えてもらえませんでしたから」


 何てこった、彼女も知らなかったのか。

 友人だと聞いていたから、何もかも承知の上だと思っていたのだが……。


 ひょっとしたら秘密にしていたのだろうか?

 だとしたら、不味い……うっかりと喋ってしまったよ。


 だが、今さら誤魔化すことも出来ない。

 こうなりゃ毒食らわば皿まで、フィーナについてもっと詳しく聞いてみることにした。


「あの、もし良かったらフィーナさんのことを教えてもらえませんか?フィーナさん、自分の事を話すのがあんまり好きじゃないみたいで……人伝で聞くのはズルイのかもしれませんけど、知りたいんです、彼女のことが!」


 勢いで言ってしまった。真っ直ぐと見つめるリックに、複雑な表情を浮かべ、ラフィはゆっくりと頷いた。


「うん、私が知っていることなら……私達はね、大陸の西、緑翁の国バグナ―ドっていう国の生まれなの」


 その国の名前は聞いたことがある。

 今日の昼間、書類の偽装を頼んだとき、爺さんが言っていたのを思い出す。


「確か……五年前に滅んだ国ですよね」


 うん、とても寂しそうな表情と声音で答えるラフィ。


「私のお父さんはね、今ではこうして酒場のオーナーをやっているけど、昔はバグナ―ドの将軍だったんですよ。壊神って呼ばれるほどとっても強くて私の自慢でした」


 タルブさんが将軍、凄いと思ったがどこか納得してしまう。

 あの迫力でガタイもがっしりだ。


 確かにあの人なら厨房で包丁を振るうより、戦場で斧を振るっていた方が似合っている気がする。

 そう正直に零すと、ラフィはおかしそうに笑った。


「バグナードに暮らしていたある日、お父さんが家にね、可愛らしいお人形さんみたいな女の子を連れてきたんですよ。友達になってくれって言われて、その日から私達は毎日のように遊ぶようになりました、その女の子が……」


「フィーナさんだったの?」


 こくりと頷くラフィ。

 ふと幼いころのフィーナを想像してみた。


 今でもあれほどの美貌を誇っているのだ。

 子供のころは、きっととても可愛らしい誰からも愛される少女だっただろう。


 是非、見てみたいな、と下心なく思った。

 うん……決して俺はロリコンじゃないよ。


「フィーナちゃんと初めてあった日は今でも覚えています……きらきら光る綺麗なドレスを身にまとっていて、幼心に羨ましくなるぐらい可愛かったです。

今では酒場の娘なんかやっていますけど、幼いころの私は人見知りでして……そんな私の手を引いて元気一杯に駆け出して行きました」


 友達になってくれってお父さんに言われたのにこれじゃ立場が逆ですよね、っとラフィは照れ臭そうに頬をかく。


「ドレスが汚れちゃうのも構わずにフィーナちゃんと遊びました。お父さんはその女の子について何も教えてはくれなかったけど……何となく凄く偉い貴族の娘だと予想がつきました。」


 きっと訳有りの……言い方は悪いが、大貴族の愛人の娘だろうと思ったという。

 父であるタルブは貴族とも交流のある将軍。

 きっと孤独で不自由なフィーナを憐れんで自分の娘と引き合わせたのだろうと。


「そして、私達は平和に暮らしていたんですけど……六年前、バグナ―ド王国とカルスニアス帝国はは戦争になりました」


 何故、戦争が起こったのか?それは今でも分からないらしい。

 両国の関係は良好だったはず。

 しかし突然、帝国は国境を破り、軍隊をバグナ―ドへと出兵させた。


 帝国の国力はバグナ―ドの約十倍。

 もともと勝負にはならない上に、不意を突かれ、まともな対策もとれないまま国土は蹂躙されていった。


 帝国の軍は二手に分かれて侵攻し、関所や都市を占領していく。

 そしてその魔の手はついに王都へと伸ばされた。

 

「私はお父さんと一緒に王都を脱出しました。お父さんは本当は将軍として最後まで残って戦いたかったはずでしたけど……幼い私がいましたからね。

当時には母も亡くしていましたので頼れる人が誰もいなかったんですよ。だから武器を捨て私を連れてバグナ―ドを後にしました……」


 悲しそうに語るラフィにリックはかける言葉が見つからなかった。


 リックにとって戦争とはどこか余所の遠い国が行っている、縁の無いモノに過ぎない。


 両親にも庇護され、ぬるま湯で生きてきた彼にはその重みも辛さも分かってあげられない。


「フィーナちゃんとは王都から脱出する前に一度だけ会いました。一緒に行こうって誘ったんですけど……大切な人がいるからって断られましたよ……。

あの時は本当に泣きました、私にとって唯一の友達でしたから」


「そう、ですか……」


「王都を脱出してから五年、お父さんと色々な国を見てきました。そして、この都市グリア―ドで腰を落ち着けて長年の夢だった酒場を開くことになったんですよ」


 店を開いたものの、最初はうまくいかなかったらしい。

 ここは旅人や商人が多く通るため飲食店、宿屋は乱立しており、競合店も多い。

 

 それでもタルブが作る美味しい料理は徐々に評判となり、今では数多くの常連がファンになってくれている。


「そして二週間前のことです……本当に驚きましたよ。五年ぶりにフィーナちゃんと再会できたんですから」


 フィーナは夜、店が閉店したころ、突然現れた。

 美貌にさらに磨きをかけた上に男なら誰もが放っておかないような、そんな女性に成長していた。


 だが、昔みたいな無邪気な明るさはそこには無い。

 瞳にはどこか暗い影が潜んでいた。 


「一通り再会の挨拶が済んだ頃、この都市に最近おかしなことが起こってないか?って聞いたんですよ。その時にはもう連続殺人の四件目が発生してましたから、それを言ったら私抜きでお父さんと二人で話し始めて……しばらくこの宿に泊まることになったんです。


私はフィーナちゃんに久しぶりに会えた喜んでいただけで、そんな事情があるなんて知りませんでしたよ」


 友人が抱える事情について何も知らなかったことを恥じているのか、暗い表情を浮かべるラフィ。

 リックは何も言うことが出来ず、ただ食器を洗う音だけが響く。


 不意に宿屋の扉の鐘が鳴り響いた。

 来客を告げる音。


「おう、ラフィ。今帰ったぞ」 


 扉からのっそりと現れたのはこの宿屋兼飲食店の店主ラルブだった。


「あっ、お父さん……お帰り、遅かったね」


「あぁ、酔いつぶれたリョースを家に送ったら、怒り狂った奥さんと喧嘩を始めてな。あの馬鹿、かれこれ一週間は飲み歩いていたらしい。その仲裁をしてたら遅くなっちまった。悪いな、片づけを任せちまって……ん?」


 タルブが店を見渡すと整頓され、綺麗になった机と椅子。

 とても一人では終らないほど散らかっていたというのに、今はほとんどの清掃が完了してる。


「ううん、大丈夫。リックさんが手伝ってくれたから」


「ほう……そりゃ助かったな、礼を言うよ。今日は特に忙しかったから」


「いえいえ、助けてもらったのは俺の方ですから。これぐらいやるのは当然ですよ」


「ねぇ……お父さん」


「ん?何だよ、ラフィ、そんな暗い顔してよ」


「……フィーナちゃんがあの殺人事件の犯人を探しているって本当?本当だとしたらなんでそんなことをしているの?」


 不意にタルブの視線がリックに向けられる。

 ひょっとしたら言ってはいけないことだったのでは、震えあがるリックだったが意外にも目線はすぐに外された。


「……お前には関係のないことだ、忘れろ」


「わ、忘れろって……!無理だよ!フィーナちゃんがそんなに危ないことをしているのなら止めなきゃ!」


 ラフィの言い分はまっとうで正当過ぎるものだった。

 どう返すべきか迷うタルブ。自分の娘が久方ぶりに会った友人を大切に思っているのはよく知っている。


「これはフィーナお嬢の問題だ、お前が口を出していいことじゃないんだよ」


「でも……!」


「もう六年だ……お前とフィーナお嬢が別れてからそれだけ経った。六年もたちゃ、人には言えないようなことも背負っちまう。お前とフィーナお嬢が友情で結ばれているのは分かるが、それとこれとは話が別なんだよ。あんまり首を突っ込んでやるな」


 まだ納得がいかないのか、うつむきながらもラフィは動こうとはしない。そんな娘をバリバリと頭をかきながら、見下ろして……


「……ラフィ、今日はもう休め。後のことは俺がやっておくから」


「え?」


「いいから部屋に帰って寝ろ、明日も忙しくなる。疲れを残したら倒れちまうぞ」


 父には逆らえないのか、後ろ髪を引かれながらもラフィは階段を登っていく。

 彼女たち親子が住んでいるのはこの宿屋の三階。

 ラフィは一瞬だけ、意味ありげにリックを見つめながら食堂から姿を消す。


 そして残されるのはリックとタルブ。

 何とも気まずい雰囲気が漂い、リックは冷や汗を流した。

 

「……フィーナお嬢はどうした?」


「え、あ……まだ帰ってきてません。都市に着いたらまた殺人が起きたと聞いたので、その現場の方へ……」


 表情を変えることなく店主は頷くと宿の清掃を始めた。

 手持無沙汰でただ立ちつくすリックだったが、やがて覚悟を決める。

 間違いなくタルブさんは何かを知っている。ならば……


「あ、ああの……」


「悪いがお嬢があんたに何も告げていないのなら俺からは何も言えんぞ。これはあの方の事情だからな」


 取りつく島無しといったところだ。あまりに簡単に一蹴されてしまったため、固まってしまう。


「なぁ、お嬢はこれからのことについて何か言ってたか?」


「……明日か明後日には街を出ろって言われました」


「そうか、ならあんたはその言葉に従ったほうがいい……っと、勘違いするなよ、迷惑だから出てけって言ってるわけじゃない。あんたはお嬢が連れてきた客だ。ずっとって言われたら困るが、しばらくなら居てくれて構わんよ」


「それは、はい……感謝しています」


「確かあんたは東方から来たんだよな?」


 東方?一瞬、本気で呆けてしまったがすぐに思い出す。

 そういえば……そんな設定だったよな?

 

 異世界から来たと話したのはフィーナただ一人。きっとこの宿の二人の親子にはフィーナがそう説明したのだろう。


「どうしてこの都市に来たのかは知らねぇが、やりたいこと、やるべきことがあるんじゃねぇのか?」


 ギルドの仲間達を探すこと、元の世界に帰ること。やるべきことはこの二つだ。

 フィーナも言っていた、自分のことだけ考えていればいいんのだと。

 

 そうすることが一番だと分かってはいるのだが……いざ行動に移そうとするとフィーナの事が頭をよぎってしまうのだ。


「ならそれを優先しな、お嬢もそれを望んでいるはずだ」


 それで話は終わり。

 食いさがることも出来ず、厨房へ入るタルブの背中を見ていることしか出来ない。


 リックは店長に言われるがままに自室へと戻っていった。

 再び寝転がるが、すっかりと目は冴えてしまっていた。


 フィーナを待っていようと思い、起きていることにしたが……結局、日が顔を出すまで彼女が宿に帰ってくることはなかった……


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