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八件目の殺人

 一通りの依頼を終えたため、リックとフィーナはグリア―ドへと向かう。

 森に入った時は日は高く昇っていたというのに、今はもう沈みかけていた。

 

 太陽が傾くと、森林は昼間とはまったく異なる顔を見せる。

 赤い陽光が森全体を朱に染め上げ、何とも不気味な様相を帯びる。

 夜の森は危険、それは異世界でも同じであるらしい。


 二人は少し歩みを速め、都市へと戻っていった。


 もちろん、正門からではなく、裏口からだが……。

 外へ出るたびにこれではめんどくさいと思うのだが、仕方がない。


 ようやく、都市に到着したことには日はすっかり沈んでいた。


「はぁ~、何とか無事に帰ってこれましたね……」


 身体は満身創痍、初めての冒険を終えて安心したせいか、一気に疲労がのしかかってきた。

 今日は熟睡できそうだ。


「さて、と……じゃあ宿に帰りましょうか?」


「何言ってるの、その前にギルドへ報告に行くんでしょ?」


「あっ……」


 すっかり忘れていた。腰にひっさげた薬草や討伐の証を届けに行かなければ。


 二人は大通りの隅を潜むように歩きながら西の門の周辺、冒険者ギルドへと向かっていく。

 一日の終わり、酒場へと吸い込まれていく人々を横目にしながらギルドへと入っていった。


 冒険者達も酒場へ行ったのか、集会所は酷く閑散としていた。

 昼間にあったはずの活気はそこには無い。


 見渡してみても二、三人ほど。

 ギルドの職員だけが忙しそうに動き回っていた。


「私は座って待っているから、依頼の報告をしてきなさい」


 頷き、成果を持って受付へと向かう。


 さて、キャミルさんはどこにいるか……探してみると、一番右端の受付に特徴的な赤髪が見えた。


 近づいていくと彼女の方も気がついたのか、笑顔で手をブンブン振る。


「やあやあ、リクオ君!無事だったんだね!遅いから、ケベロスに食べられたんじゃないかと思って心配したよ~!」


「ははは、何とか帰ってこれましたよ。無傷というわけにもいきませんでしたけど」


「そっか!良かった良かった!で、依頼は全部完了したのかな?」


「はい、この通り」


 袋に詰まった薬草類、そしてケベロスの牙合計11本を台の上に置く。

 それらをキャミルは丁寧に確認していき……


「うん、間違いないね!依頼完了だよ、お疲れ様!」


 依頼完了、その言葉が耳に届いた途端、どっと力が抜けた。

 俺、やりきったんだな。


 ギルドに登録したときはどうなることかと思ったが、本当に良かった。


「どうだった?冒険者として頑張っていけそうかな?」


「まだはっきりとは言い切れませんけど……少しだけ自信がつきましたよ」


 まだまだ自分は未熟だ。

 フィーナがいたからこそ、依頼は達成できたのだから。

 それでもこうして、生きて依頼を完了出来たのは一つの成果だった。


 そういえば……袋にしまってあった魔石のことを思い出した。


 これも換金できるってフィーナさんが言ってたよな?

 腰から魔石を取りだし、同じく受付の机へと並べた。


「この魔石も換金出来るって聞いたんですけど……」


「……へ?魔石?」


 何故か、呆気にとられたような表情を浮かべたキャミルが蒼の魔石を手に取る。

 それをおそるおそるライトに掲げたりなどして……


「ニャアアアアアッ!」


「うわぁッ!」


 何とも特徴的な声を上げた。

 よっぽど驚いたのか、ネコミミとしっぽも逆立っている。

 目をこれでもかというほど見開き、リックに詰め寄った。


「こ、これ魔石だニャ!リクオ君、一体これをどこから持ってきたのニャ!」

 

 語尾も何だかおかしなことになっている。

 激しく気になったが、取りあえず少女も疑問に答えていく。


「いや、その……保護森林区の奥に池がありまして、そこにいた巨大な魔物を倒したら出てきたものですが……!」


「ほえええ~…………魔石を身体に秘めているのはたくさんの魔物を食べたてきた強力な魔物だけだニャ……そんな奴を倒しちゃうだニャんなんて、リクオ君は強かったのニャ~」


 う~ん、気になる、語尾がどうしても気になるが、それを指摘する前に少女の勘違いを訂正しなければ。


「いえ。俺一人で倒したわけじゃありませんよ。むしろ連れのお陰です」


「ああ、そういえば昼間も誰かと一緒だったニャ」

 

 キャミルは受付から身を乗り出し、集会所の端に座る人影をじっと見る。


 フードを被っているため容姿はいまいち分からないが、その華奢な身体は女性そのもの。


 そしてフードから漏れた金の髪が目に飛び込んできたときようやくその人物に見当がついた。


「……ひょっとして、リクオ君の連れってフィーナちゃんかニャ?」


「はい、そうですけど、知っているんですか?」

 

「もちろんだニャ!あんなに美人さん、有名にならないわけがないニャ。あまたの冒険者たちの誘いを断り、孤高に旅を続ける美貌の少女!

Bランクでも、実力はAランク相当じゃないかって職員達で噂しているのニャ。

そっか……リクオ君はフィーナちゃんと組んでいたのかニャ。それなら私が心配することもニャかったのニャ」


 どうやら彼女は相当、信頼されているらしい。

 それに実力はギルドから見ても高い方なのか。


「ニャふふ、それで一体、どういう関係か教えてほしいニャ?あまたの冒険者、ギルドの職員、誰もが落とせなかったフィーナちゃんがまさかリクオ君とね~」


 目を宝石のようにキラキラさせて詰め寄ってくる。


「別にそんな色っぽい関係じゃありませんよ、俺は初心者なんで最初だけ手伝ってもらったんです……それよりキャミルさん、語尾が何かおかしいですよ?」


「ニャに!」


 話を逸らす目的で指摘すると、その赤い髪を同じくらい顔を紅潮した。

 慌てて、栓をするかのように口を両手で塞いだ。

 そして、気を直すかのように咳払い。


「き、気付いていたなら早く教えて欲しかったかな?恥ずかしいから……」


「恥ずかしいって……俺は可愛いと思いますけど?」


「駄目ニャ……じゃなくて駄目だよ!私は冒険者ギルドの受付嬢なんだからそんな子供っぽい語尾は駄目なの」


 子供っぽいね……せっかくのネコミミ美少女なのだから、語尾付けたらもう好きな人にはたまらないと思うのだが……。


 ちなみに俺はその好きな人の部類に入る。

 やっぱネコミミ少女の語尾にはニャが欲しいよね。少しあざといけど。


「ところで魔石って回収したら何に使うんですか?」


「主に魔法の研究のために魔導師ギルドに引き渡されるかな?あとは武器の加工にも使ったり、魔法道具の っと使い道には困らないよ。だから魔石を手に入れたらどんどんギルドに持ってきてね!」


 机に置かれた様々な物品を持ってキャミルはギルドの奥へと走っていく。

 待つこと一分弱。じゃらじゃらと音が鳴る袋を持って袋を持って姿を現した。


「これが依頼の報酬である七千エキルだよ。依頼達成おめでとう!よく頑張ったね」


「おおっ……」


 受け取るとズシリとした重さが両腕にのしかかる。

 この世界で初めて得たお金……ふとじんわりとした感動が胸を一杯にする。


 自分の力でお金を稼ぐのは何とも心地がいい。

 現実世界で初めてアルバイトをして給料を貰った時も嬉しかったっけ。

 

「リクオ君、感激しているところ悪いんだけど、そのお金には魔石の換金分は含まれていないんだ」


「……え?」


「魔石はね、どれだけの力を秘めているか鑑定してから相場によって換金されるんだ。でも今日はもう魔石の鑑定士が居ないの。だからこれを持ってて」


 差し出されたのは一枚の小さな紙。


「鑑定は明日……う~ん、もしかしたら明後日になるかもしれないけど、それが終ったらお金にして引き渡すからね。これが交換書、無くさないで持っててね!」


 分かりました、と素直に頷くリック。

 もう日も暮れているわけだし仕方がない。

 換金できなかったのは残念だが、どうせ明日か明後日には貰えるのだから良いだろう。


 キャミルにも深く礼を言って踵を返した。

 顔にはやりきった笑みを湛えながら、待つフィーナの元へ行く。


「待たせてすいません」


「いいわよ、それで何か問題とかは無かった?」


「はい!無事、依頼は完了です、魔石の方は鑑定とかでまだ時間はかかるそうですが……」


「それは仕方がないか……」


 依頼の報奨金を貰って思いだすのは少女に今までお金を借りていたこと。

 出来るだけ早めに返しておきたかった。 


「そういえば、剣やあの偽装の書類とかにかかったお金はいくらですか、足りるか分かりませんけど返しますよ」


「馬鹿、何言ってるの、まだいいわよ!」


「いえいえ、そもそも依頼を完遂できたのもフィーナさんのおかげですから、少しでも返さないと」


 何故か、白い目でリックを見つめるフィーナ。


「そう……じゃあ、八万エキルね」


「………………はい?」


「貴方の剣の代金、そして偽装の出生届けを合わせると八万エキルよ、払える?」


 確か今、俺の懐にあるのは二千エキルだったはず……

 どうしよう、まるで足りていない。

 約四十倍もの金額差。例え、全て渡したとしても、比べれば微々たる金額だ。


 というか、そんなに自分には金が掛かっていたのか……


 予想外のことに固まるリック。引きつった笑顔を浮かべながら頬には汗が浮かんでいた。


「だからいいって言ったでしょ?まだ貴方が払える金額じゃない上に、今の貴方にはお金が必要なはず。だから返すなんていつでもいいから、そのお金を大事にしなさい」


 あぁ、聖母のように温情に満ちた言葉だ……!

 感激したように何度も頷くリックに、少女は苦笑を浮かべていた。 


 話を終え、ギルドを出る二人。

 外はすっかりと日が暮れており、星達が天井で輝きを放っていた。


 一日が終わり、道行く人々は疲れながらも陽気な笑い声を上げている。


 今日の働きを終えた労働者達が、または依頼を達成した冒険者達が今日の締めくくりに酒盛りへと耽っている。


 そんな人々を見つめながら何だかリックも不思議と気分が高揚していた。

 身体を満たしているのは心地の良い疲れ。 


「今日はお疲れ様、よく頑張ったわね」


 冒険者ギルドの扉から出ると、振り向きざまに少女は告げる。


「最初は私が守ってあげなきゃ駄目かなって思ってたけど、そんなことは無かったわね」


 フィーナは何とも優しい笑顔を浮かべている。


 出会った当初、この少女はクールな人かと思っていたが、中身は正反対。

 面倒見も良く、ただひたすら情が深い女性だった。


 時折、覗く少女の優しい笑みを見つめると、何だか酷く胸が高鳴ってしまう。


「さて、今日はもう宿に帰りましょうか、何だか私も疲れちゃった……」


 くぅ~と背伸びをするフィーナ。二人並んで宿へと帰ろうとした時、不意にどこからか一つの声が耳に届いた。


「おいッ!聞いたか!リムルカ横町の方で八人目が殺されたらしいぞ」


 ガバッと弾かれたようにリックとフィーナはその声の主へと振り返った。

 八人目が殺された、胸の高揚が一気に冷め上がり、心臓の音だけが加速していく。


(八人目って言ったら……!)


 思い当たることは一つしかない。


 例の惨殺事件、その犠牲者が新たに増やされたのだ。

 両者張りつめたような顔をし、ギルドの前にいた冒険者達の話声に意識を傾ける。


「おいおい、それは本当かよ!」


「あぁ、また商人だよ!それもまたバラバラだ、現場はひでぇことになってるらしいぜ!」


「ってことはまだ犯人もあの辺りにいるってことだよな!俺達も向かおうぜ!」


 一攫千金を狙ってか、冒険者達も都市の北部にあるリムルカ横町へと走り出す。


 思考が固まり動けなくなるリックだったが、不意に隣のフィーナから袖を引かれた。


「こっち来て!」


 連れて行かれたのは人気の少ない裏路地だった。

 酷く切羽詰まったような表情を浮かべるフィーナ。

 周りに人がいないのを確認した後で、静かな声で耳打ちをする。


「……いい、私はこれからその殺人現場へ行ってみるわ、貴方は先に宿へ帰っていなさい」


「え?それなら俺も……!」


「馬鹿!自警団も冒険者も今、皆が貴方を狙っているのよ!現場に顔を突っ込んでどうするのよ!捕まるだけでしょ!」


 それもそう……俺では足手まといになるだけ。


 先ほどの冒険者も向かっていた通り、現場付近には冒険者と自警団で溢れているだろう。


 そんな場所にリックが行けば、見つかるのは確実。牢獄へと逆戻りだ。


「……ねぇ、リック。魔石の換金を受けたらこの都市をすぐに出なさい」


 その言葉を始めは理解できなかった。


「え?」


「今日、貴方の戦いぶりを見て分かったわ。まだ未熟で経験も足りてないけど、剣の腕だけは一流よ。きっとどこでもやっていける。私の保護はもう必要ないわ」


 この都市を出る、それはいつかは考えていたこと。

 だが、まさかこんなに早く訪れることになるなんて……。


「殺人が続く以上、自警団と冒険者は貴方を死に物狂いで探すでしょう。都市を出たら、北の街道へ出て。道なりに進めば街にたどり着くから、そこで元の世界に帰る方法を探してみて」


 やけに動悸が早くなる。

 魔石の鑑定は明日か明後日になるはずなのに、どうしてもうお別れみたいなことを言うのだろう?


「あの、フィーナさんは、その……今日は宿に帰らないんですか?」


「分からないわ、手掛かりが見つからなければ戻るかもしれないけど……もしかしたら数日は帰らないということもありえるわ。だから、ひょっとしたら貴方とはここでお別れかもしれない……」

 

 ずどんと胃に重しがのしかかったような気がした。


「で、でも……俺、まだフィーナさんにお金も返してないですから、それも返さずに都市から出ていくと言うのはやっぱり!」


「だからそんなのはもういいって言ってるでしょ?貴方はこの都市に居るだけで危険なの。大人しく私の言うことを聞いて」


 その声の響きには子供に言い聞かせるかのような色があり、拳に力が入る。

 フィーナに心配される自分がほとほと嫌になる。


 俺は結局、この少女に助けられたり、教えられたり、心配されるだけだった。

 それがただひたすら悔しい。


 何とかして都市に残る言い訳を探したが、何も言えない。


「冒険者を続けていればまた会える……ううん、きっと会えない方がいいわね、貴方は元の世界に帰るべきなんだから」


 優しい透明な笑みにリックは何も答えることが出来ず、ただあたふたしているだけだった。

 こんなにも突然、別れの時が来るなんて。


 一体、何を言うべきなのだろうか?

 お礼?お別れ?それとも……


 駄目だ……自分がどうするべきか、どうしたいのかも分からない。

 突然の事態に思考は追いつかず、感情だけが浮かんだり消えたりしていった。


「じゃあね、分かってると思うけど帰り道には気を付けて……」


 名残惜しむようにそれだけ言うと、フィーナは背を向け、路地裏の闇へと駆けて行った。

 彼女の美しい金の髪が徐々に見えなくなっていく。


 リックは追うことも声を掛けることも出来ず、ただ汚い路地裏の片隅で立ち続けていた。

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