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魔物の生態

「お、おえ~、い、いきなり何をするんですか!フィーナさん!」

 

 川へとぶち込まれたため、全身がびしょぬれだ。

 もろに水を被ってしまったため、鼻にも口にも水が入ってしまった。


 水をかき分けながら岸へと上がると、仁王立ちして睨みつけるフィーナの姿が。

 その目は凄まじい怒りを湛えており、リックは震えあがった。


「何をしているかですって!それはこっちのセリフよ!何、禁猟区で原生動物に攻撃を仕掛けているのよ!」


「え?動物?……魔物じゃなくて?」


「見れば分かるでしょ!ちゃんと確認してから戦いなさいよ!」


 う~ん、確かにあの生物からは敵意を感じなったが……

 それでも今まで戦ってきた魔物との明確な区別がリックには付かなかった。

 

「禁猟区で動物を殺すと、とんでもない額の罰金を払わなくちゃならないんだからね!」


「そんなにですか……!」


「そうよ、少なくとも私が素寒貧になるぐらいのお金ね!」


 うぐっと言葉に詰まる。

 どうやら自分は取り返しのつかないミスを犯そうとしてしまったらしい。

 ナイフが当たらなくて本当に良かった。

 

「その、ごめんなさい……」

 

 情けなく謝るリック。びしょぬれになっているためその惨めさが余計、際立っていた。

 その様を見てようやく怒りを霧散させる。


「もう……これからは気をつけなさいよね」


 手をさしのばして、リックを川から引き上げる。


(う~ん……やってしまったな)


 まさか、あれが動物だったとは……自分の不注意さを呪いたい気分だ。

 だが、一体魔物と動物はどう見分けるのだろう?

 魔物も動物も多種多様過ぎて何をもって両者を区別するのか、よく分からない

 

 敵意があるか、ないか、か?それはいくらなんでもアバウトすぎるだろ。

 動物だって、人間を見たら襲いかかってくるのもいるだろうし。

 

「あの、フィーナさん。魔物と動物ってどう見分けるんですかね?」


「え?どう見分けるって……見ても分からない?」


 首を縦に振るリック。


「ええと……動物は素朴な目をしていて、魔物は血走った目をしている上に、その……凶暴で人を見たらすぐに襲いかかってきて……」


 何とも曖昧な表現ばかりを使う。

 いざ聞かれたほうのフィーナも外見上、明確な違いはあまり無いため返答に窮していた。

 様々な要素を並び立てるがリックにはどれもピンとは来ない。


「と、とにかく、貴方も冒険者を続けていたらすぐに分かるようになるわ!」


 結局、フィーナは説明をぶん投げた。


「わ、わかりました……けど、そもそも魔物ってこの世界ではどういう存在なんですか?」


 よく考えたら魔物という人を襲う存在がいるというのは、一体何故だろう?


 ゲームの世界では、魔物はプレイヤーの敵という役割が与えられる。

 レベル上げ、素材集めなどのプレイヤーを強くするため、または最終的なボスとして、彼らは倒されるために存在しているのだ。


 RPGにおいて魔物、もしくはそれに近しい存在がいなければゲームは成り立たないだろう。


 だが、この世界にも人を襲う魔物は存在すると言う。


 ならば一体、どのようにして生まれ、どういう役割を担っているのか?


 そして、もし動物と魔物が分けられているのなら、そこには異なったルーツがあるはずなのだ。


「動物と区別されるってことは、きっと見た目じゃ曖昧でも、どこかに違いがあるんですよね?それは何ですか?」


「そっか、貴方はそのことも知らないわよね……魔物はね、人間や動物と違って一切の生殖活動を行わないの」


「へ?」

 

 生殖活動を行わないだって?

 だったらどうやって数を増やすというのだろうか?

 いや、そもそも生殖活動を行わないなんて生物と言えるのだろうか? 


「この大地の地下には魔流毒というガスが血管のように循環しているの。それは文字通り限りなく生体に悪い毒素よ。

地面の下でたまりにたまった魔流毒はやがて地上へと吐き出される。動植物がそれに触れたとき、魔物へと変化していくのよ」

 

「変化するって……つまり魔物はもとは動物だったってことですか?」


「ええ、そうよ。植物っていう場合もあるわ。魔流毒を生き物がわずかでも吸い込むと、姿形も原型を無くして、凶暴性が格段に上がるの。人だろうと同族だろうとお構いなしに襲いかかってくるようになるわ」

 

 それはまた……凄まじい話だな。

 今までこの森で戦ってきた異形の魔物たちが元は動物だったとは。

 

 魔流毒、殺すのではなく変異させてしまうなんて。

 遺伝子でも弄っているのだろうか?


「魔物は何も生み出さない、ただ破壊するだけ。食物連鎖からも外れた、ただの殺戮者よ。だから駆除しないといけないの」


「そう、なんですか……ぞっとしますね、大地の下にそんな毒が蔓延しているなんて」

 

 今まさに溢れだしたらと思うと気が気ではない。


「あぁ、それなら心配しなくても大丈夫よ、魔流毒が溢れだす時は、ある程度、予兆があるから。この辺りじゃしばらくは漏出の心配は無いわ」


 ほっと胸を撫で下ろすが、ふとある疑問に気付いた。


「ちなみに……人間がその魔流毒とやらを吸い込んでしまったら、どうなるんですか?」


「そうね……八割は即死するわ」


「うぐ、それは凶悪ですね……ち、ちなみに残りの二割は?」


「聞かないでよ……言ったでしょう?生物が魔流毒を吸った場合、魔物に変わるって」


 つまり元が人間である魔物も存在するってことか?

 聞かなければ良かったとすぐに後悔した。

 出来ることなら、そんな存在とは会いたくないし、戦うなんてもっての外だ。


 八割が死ぬと言うのも恐ろしいが、残りの二割に入ってしまった場合はさらに恐ろしい。

 

 自分が魔物になる……その事を僅かでも想像してしまったため、リックはゾッと震えあがった。


 こ、こんなことを考えるのは止めよう。

 気分が酷く落ち込んでくる。

 顔を乱暴に振り、残酷な妄想を振り払うと、リックは薬草探しを再開した。


「……さて、この辺りで充分かしらね」 

 

 腕にあるのは、薬草がつまりパンパンとなった布の袋だ。

 小川の付近には薬草がたんまりと生えていたため、すぐに集めることが出来た。


 これでまず一つ目の依頼は完了だ。

 意外に何とかなるものだな、と口がほんのり綻ぶ。


「あとはケベロスを五体、倒すだけね」


「はい、でも最初に倒した時以来、ケベロスを見かけませんでしたね。残りはどこにいるんですかね?」


「う~ん、もう少し奥に行ってみましょうか?」


 討伐対象であるケベロスを探し求め、さらに歩を進めていく。

 森の奥深くへ進むにつれ、出現した魔物は増えていった。


 出会った魔物はというとリック達を見つけると例外なく襲いかかってくる。

 なるほど、確かに野生動物よりも遥かに凶暴ではあるようだ。


 逃げるということをまるで知らない。

 相手の力量など考慮せず、ただただ襲いかかってくる。

 多少、怪我を負うとも魔物は決して逃げたりはしなかった。


 主にリックが倒していき、討ち漏らした敵はフィーナが鋭い剣さばきで仕留めていく。


 対象であるケベロスも途中で三体倒し、残すは後二匹。


 やがて、たどり着いたのは湖……いや、そう呼ぶには少し小さい池だった。


「少しここで張ってましょうか」


「どうしてですか?……あっ、ひょっとしてケベロスがここに水を飲みに来るとか?」


「半分正解かな?ここにはほら原生動物がよく来るから、それを狙ってきたケベロスを返り討ちにするわけ」


 指さされた方向に目を向けると、池に口を付けている小動物が何匹か。

 

 あまり池へと近過ぎない距離の草むらで腰を落ちつける。 

 何とものどかな風景だった。

 自然あふれる森の中にぽつんと湧きでる池。 


 何とも心洗われる光景だ。

 リラックスしたせいか、腹から空腹を訴える音が鳴り響く。


「ぐう……す、すいません」


「ぷっ……まったく、緊張感ないわね~」


 その音が余りに大きく、とぼけたような音だったためか、フィーナは笑みを漏らしていた。


 そういえば宿で朝食を食べて以来、何も口に入れてないことを思い出す。

 今まで緊張していたため、意識してなかったが、いざ落ち着くと自分が空腹だったことに気付く。


「食べ物は何も持ってきてないの?」


「……はい」


「もう、用意が悪いわね!こういう探索の時はどれだけかかるか分からないから非常食ぐらい持っておくのが常識じゃない」


「そうかもしれませんけど……買うお金も無いわけですから」


「あっ、ごめんね、そういえばそうだったわね」


 持っていたカバンを開けると、そこから袋に包まれた何かを取り出す。


「……はい、これ!まだ先は長くなりそうだからこれを食べて頑張りなさい」


 差し出された物の袋を開けてみると中には乾パンのような軽食が入っていた。


「え?いいんですか?」


「もちろん!ただ、空腹を紛らわせるだけにしなさいよ」


 一つを取り出し、口に放り込んでくると芳醇な甘みが口に広がる。

 ビスケットみたいだ。

 甘味は少し足りない気がしたが、それでも充分美味しい。


「なかなか、美味しいですね……これは何て言う食べ物なんですか」


「オリバスっていうお菓子よ、保存も利いて非常食にはばっちりなんだから」

 

 ふむふむ、つまりは乾パンみたいなものか。

 非常食は味気ないものだと聞いていたが、これには甘味を感じる。

  

 軽く腹を満たした後、再び池の観察を続ける。

 だが、穏やかな風景が広がるだけで何も変化は無かった。


「……来ないわね~」

「来ないですね~」


 討伐依頼は倒すのが問題ではなく見つけるのが一番の難所かもしれない。

 魔物にはよく遭遇したのだが、指定の魔物となるとなかなか難しい。

 

 ただ景色を眺めることに飽きたリックは同じように退屈そうにしている少女に話しかけることにした。


「そういえば、フィーナさんも冒険者ギルドに所属しているんですよね?」


「ええ、旅をしていく以上、やっぱりお金は必要だからね。冒険者ギルドは基本、どこの街にもあるから便利よ」


「確か、ギルドにはランクがあるって聞いたんですけど、フィーナさんのランクはどれぐらいなんですか?」


「私は、Bランクだったわね」


「B、ランク!す、凄いですね……」

 

 Dランクの仕事でひいひい言っている自分にはとても二段階も上の依頼など想像できない。


「別にそんなこと無いわよ、ギルドに何年かは所属していれば自然にBランクぐらいは上がれるわ。問題はその先ね、Aランク以上の冒険者なんて化物ぞろい、生半可な実力じゃたどり着けない階級よ」


「ははは、それはまた……」


 だとしたら、最高ランクであるSに達した者は一体どんな人物なんだろう?

 う~ん、会ってみたいような、怖いような……


「やっぱり、フィーナさんも上のランクを目指しているんですか?」


「ううん、私はAランクに上がろうとは思って無いわ。今の依頼で充分、お金は貯まるしね。ランクが上がればその分、危険度も跳ね上がるし、地位とか名誉もあんまり興味ないかな?……それに私には他にやらなくちゃいけないことがあるから」


 やるべきこと……?


「それって……黒の教団に復讐することですか?」


 ピクリと一瞬だけ、フィーナの顔が強張る。


「まぁ、ね……」


 曖昧な返事を返すフィーナ。その瞳は


 確かフィーナさんの故郷であるバグナ―ドって国が黒の教団の実験の失敗によって滅んだったんだったよな。


 彼女の近しい者もきっと亡くなってしまったのだろう。自分の故郷が滅ぼされたのならその原因である教団を憎むのは至極、当然なことだ。


 詳しい事情もよく分からず、彼女と出会ったばかりの自分が復讐は止めた方が良いなどと、ほざくつもりは無い。


 だが、ふとフィーナの固い横顔に違和感を感じた。


(……本当に復讐だけなのかな?)


 復讐者っていうのはもっとこうギラギラしていて、目を血走らせている者じゃないのか?


 まぁ、これはゲームや漫画から刷り込まれた偏見みたいなものだが……。


 彼女の横顔と言葉からは義務感のようなモノが感じとれる。


 気にはなったが……少女の硬質な横顔を見るとどうもそれ以上は突っ込めない。意を決して聞いてみても、きっと答えてはくれないだろう。

 

 結局、リックは話を変えることにした。


「そういえばBランクの依頼ってどんなのがあるんですか?」


「え?う~ん……やっぱり大型の魔物の討伐が多いのかな?あとは貴族やお偉いさんの護衛の依頼なんかもあるわね」


「へぇ~、やっぱり難しいそうな依頼が多いんですね……」


「そんなことないわよ、リックならあと少し経験を積めば難なくこなせるようになると思うわ……あっ、そういえば!貴方と初めて会った時、私、魔物と戦っていたわよね?」


「あっ、はい……そういえばそうですね」


 あのときの俺はまだここがゲームの中だと思っていたから邪魔しないように影から見ていたっけ?


 今でもフィーナの華麗な戦いぶりは目に焼き付いている。


「あの時の魔物、ウッドシェルはギルドの依頼で倒したのよ。大樹に化けて旅人を襲う魔物を退治してくれって、ちなみにその依頼がBランクよ」


 あれがBランクの魔物なのか。

 それなりに強そうなイメージがあったが、目の前の少女は楽に倒していたよな?

 っていうことはやっぱりフィーナはBランクでも能力が高い部類に入るのではないか? 


 ふと笑い声が聞こえ、横を見ると子供のように笑いをかみ殺すフィーナの姿が。


 その凶悪な可愛らしさに胸が高鳴ってしまう。その美貌で無邪気に笑わないでほしい。心臓に悪すぎる。


「ど、どうしたの?急に笑いだして」


「あっ、ごめんね、貴方と初めて話したときのことを思いだしちゃってね。訳の分からない言葉を連呼していたから、ちょっと頭が残念な人かなって思ってたから」


「あ、頭が残念な人って……ひ、酷いな~」


 まぁ、確かに無理からぬことか。

 この世界をまだ【アース・エンブリオ】だと思いこもうとして相当、専門用語を使っていたからな。

 この世界の住人からすれば相当トンチンカンに聞こえていただろう


「でも、不思議ね……あの時、街まで案内して、もう会うことは無いと思っていたのに……今もこうして一緒にいるなんて」


「そうですね……」


 そう思うと、やはりあの時、フィーナに会えたのは奇跡みたいに幸運だったと思えてくる。

 彼女に出会えなかったら俺は一体どうなっていただろう。

 考えを巡らして、ゾッとした。


 のたれ死にか、縛り首のどちらかだろう。


「あっ、リック見て、ようやく標的のお出ましよ」


 はっとうす暗い妄想を掻き消し、フィーナが指をさす方向に目をやる。


 池には先ほどリックが魔物と間違えて攻撃してしまった原生動物が、そしてその奥の草むらには黒い巨体が三つ見える。


 この距離でも分かる。間違いない……ケベロスだ。 


 どうやら池で水を飲んでいるあの大型の動物を狙っているらしい。

 慎重に間合いをはかりながら徐々に包囲していく。


「三体か……どう行けそう?」


「はい、ケベロス達はあの動物を狙っていますから、その隙を付けば問題なく倒せますよ」


 ケベロス達の意識は全てあの動物へと向けられており、自分も狩られる立場にあることに気付いていない。


 やがて、ケベロス達はお互いに距離を取りながら動物を包囲を狭めていく。

 そして、同時に草むらから飛び出し、一斉に飛びかかった。


 それを見届けたリックも踏み出し、全力で駆けていく。


 視界の先にはケベロス達に襲いかかられ、暴れ回る動物の姿が。

 利用したことに僅かな罪悪感を覚えたが、それでも勢いを殺さず剣を振りかぶる。


(よしッ!行ける!)


 ケベロス達は動物を仕留めることに躍起になっているため、まだリックには気付いていない。

 狩りに夢中で自分が狩られる立場にいるとは思いも寄らぬようだ。


 隙だらけだ!勝利を確信し、にやりと笑みがこぼれおちる。


 だが、それは被食者の立場にあったのはリックも同じだった。


 ケベロスに倒すことに集中しすぎてしまったために、池の水中から四つの目が狙っていることに最後まで気付かなかったのだ。


 そう、もう一体居たのだ。


 今、池に集まった生物たちを総ざらいにして呑みこもうとした存在が。

 

 ケベロスの一体を仕留める寸前といった所で不意に池から水飛沫があがった。


「……へ?」


 自分の身長よりも高く上がった水飛沫。

 そこから飛び出てきたのは赤色のひも状の何か。

 視界に収まっただけでも六本以上飛び出してきたそれはケベロスを、動物を、そしてリックを捕縛しようと襲いかかる。

 

(一体、何が……!)


 訳が分からない!

 何が起こったか理解できぬまま、リックは反射的に池から現れたその触手を斬り飛ばした。


 周りを見てみると、ケベロス達は触手に絡みつかれており、池の中へとそのまま引きずられていき、そしてついに姿が見えなくなった。

 

 その光景にぞっとする。

 もし、触手を斬り飛ばさず、捕まってしまっていたら自分も……


「リック!気を付けて!池の中になにかいるわ!」


 声に振り向くと、腰の細剣を抜きながら、こちらに駆けてくるフィーナの姿があった。


 視線を池の方向へと直すと、池から猛烈な量の泡が吹き出していた。

 それと同時に水の一部が朱に変わる。

 

 おそらくはケベロス達の血。

 フィーナがリックの真横に到着した途端、先ほどの何倍も大きい水しぶきを立てながら、巨大な何かが姿を現したのだった。


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