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初戦

 

「さて、と……」


 フィーナが帰ってくるまでの間、リックはボードの前に立ち、依頼を眺めることにした。


 字は読めないが討伐の依頼書には魔物の全景が描かれているため、中々面白い。


 しばらくそうして時間が潰していると、ギルドの職員が新たな依頼をボードに貼りだした。


 瞬間、集会所でたむろしていた冒険者たちが集まってくる。


 なるほど、昼間から何をしているかと思ったらこうして依頼が張り出されるのを待っていたわけだ。


 ごてごてした装備を抱えながら彼らは新しい依頼に目を通している。

 

「おお!こりゃ凄いな!とんでもない金額だぜ」

「どうする、ちょっくら俺達も気合いを入れて探してみるか!」

「一攫千金……夢があるな!」

「止めておいた方がいいと思うけどよ、絶対こいつヤバいぜ」


 集まった冒険者達ががやがやと騒がしい。

 何となく気になり、冒険者達の会話に意識を傾けた。

 

 ふむふむ、どうやらかなりの高額な依頼が張り出されたらしい。

 強力な魔物でも現れたのだろうか?

 

 何となく気になり人が散っていったのを見計らって覗いてみると……


「………………………………ブファッ!?」


 目に飛び込んできた余りの衝撃に、一瞬、意識を失いかけた。

 

 新たに張られた依頼書、そこにはどこかで見た悪魔面の男が描かれていた。

 その野獣のごとき眼光、血が滴る牙、そして背中には漆黒の羽。


 見間違いようがない。


 それは先ほど看板で見た、やたらと誇張されたリックの手配書だった。

 

 まさかこんな所にまで貼られることになるなんて!


 しかもその下、報酬が書かれている欄を見ると凄まじい量のゼロが並んでいる気がする。


(おいおい、冗談だろうッ!)

 

 自警団は冒険者ギルドにも応援を要請したみたいだ。


 報酬金額は周りの依頼と比べると格別に高いため、多くの冒険者が狙うのは間違いないだろう。


 ど、どうしよう……この集会所から出た方が良いだろうか?


 テンパリ頭を真っ白にしたリックだったが、背後から響いた声に大きく跳ね上がった。


「おい、見ろよ!新しい依頼書が貼られているぜ!」

 

 若い二人組の冒険者が手配書に向かって歩いてくる。


 リックはゆっくりゆっくり、決して注目されないように横へとスライドしていった。

 下手な動きは何一つ出来ない。

 

 今、この場で正体が明らかになってしまったのなら、この場にいる全ての冒険者が敵に回ってしまうのだから。


 これだけの手練を相手にして逃げ切る自信は無かった。


「こいつは……あの商人殺しの犯人の手配書か」


「うへ~、凄い報酬金額だな。」


「そりゃそうだろ、黒の教団の信徒でもあるらしいからな。それも厳重警備の中、商人を殺したっていう腕利きだ。これでも安いぐらいなんじゃないのか?」


「かもな……それにしても一回捕まえておいて、逃がしちまうなんてよ。なっさけないよな、自警団の連中は!」


「そう言ってやんなって、何でもこいつ。逃げる際に、自警団を二人殺しちまったらしいぞ」


 ちょっと待って!噂がおかしなことになってないか!

 俺は誰一人として殺してなんかいないぞ!


「どうする?俺らもこいつを狙ってみるか?」


「あんまり乗り気にはなれないがな……え~と、何だって、黒髪で黒い眼の若い青年?」


「この辺りじゃ珍しい容姿だな……って、え?」


「あとはやたらと吊り上がった目に、牙の生えそろった口……しかも背中には漆黒の翼。おいおい、こいつホントに人間か?」


「…………」


「ん?どうした、何見てるんだよ、お前」


「…………なぁ、あいつ黒髪じゃねぇか?」


「え?ホントだ……目も黒いみたいだな?」


 バクンっと一瞬確かにリックの心臓が止まりかけた。

 横から二対の視線が疑惑の念を込めて突き刺さってくる。

 

 内心の動揺を精一杯の理性を動員して、平静な顔を装うリック。

 

 だがよく見ると瞳が焦点を失いブラブラと揺れている。

 手の平は緊張のため、洪水状態に陥っていた。


 ヤバい、ヤバい、ヤバい、ヤバい!

 どうか、ばれませんように!

 心の中で知っているあらゆる神様に祈りをささげる。

 

 異世界からは届くとは思えない祈りの声だったが やがて向けられた視線がふっと消えていた。


 人生で最も長い十秒間だった。


「いや、あいつじゃないだろ、こんなところにいるわけねぇし」


「そうだな……それに羽も生えてないしな」

 

 二人の冒険者はリックから目を逸らし、どこかへ消えていく。

 瞬間、万感の思いを乗せ、深い息を吐いた。


 あ、危なかった~~ッ!?

 良かった!

 あの手配書に羽が描かれていて!


 馬鹿みたいだと呆れていたが、まさかそのおかげで命拾いすることになるなんて。

 九死に一生を得たとはまさにこのこと


 まだ心臓の高鳴りが収まらず、気の抜けた顔をしながらその場に固まっていると


「どうしたの、こんな所で?」


 ポンと何者かに肩を叩かれた。


「ギャアアアアッ!」

「きゃッ!何、何!」


 弾かれたように振り向くと、驚いて身を縮ませている少女が一人。

 いつの間にここへ戻ってきていたのか、手に剣を持ったフィーナが涙目を浮かべていた。 


「び、びっくりした……驚かせないでくださいよ、フィーナさん!」

「あ、貴方ね!驚いたのは私の方よ!」


 余りの理不尽な言いようにフィーナは髪を逆立たせた。

 声を掛けただけなのに、この世の終わりみたいな末期の悲鳴が上げられたのだ。

 驚くのは当然だ。


「でも、一体どうしたのよ、そんなにビクビクして」

「じ、実はですね……これを」

 

 リックが指し示したのは、手配書の一枚。


「うわっ、もうギルドにも手配されているのね。自警団にしては本当に早い対応だこと……」


「あの手配されるのはまぁ、分かるんですけど……何かこれだけゼロの数がおかしくないですか?」


「それはそうよ、殺されているのは都市で財力を築き上げてきた商人ばかり。他の商人達も震えているわ、明日は我が身だからね。そこからも報酬が上乗せされてるんじゃない?」


 まったく余計な事をしてくれるものだ。

 冤罪の男を捕縛しても自分の身の安全は保障されないというのに。

 真犯人をさらにのさばらせるだけじゃないかよ……


「でも、本当に凄い金額ね……」


 震えながら見ていると、フィーナがちらちらとこちらを見ていることに気が付いた。


 ちょっと待ってください、何でそんな目で俺を見るの?


「……二十万エキルか、これだけあれば十年は遊んで暮らせるわ……悪くないわね」


「ちょ、ちょっと待って下さい!え?え、え?」


 ぼそりと呟かれた独り言にリックは震えあがった。

 今、フィーナに裏切られたら絶対絶命どころかもう終わりだ。


 怯えながら後ずさりをするリックをじっと見つめて、堪え切れないように笑みを零した。

 

「ふふふっ、冗談よ冗談!せっかく助けたんだもの。見捨てたりなんかしないわよ」


「……そういう冗談はホントに止めて下さい」


 いや、ホントに冗談なのか?

 さっき目がドルになってたような気もするが……


「でも、厄介ね。これからは自警団だけじゃくて、冒険者にも狙われることになったわ」


「……あぁ~、これからどうしよう」

 

 冒険者ギルドに登録してこれからの路銀を稼ごうと思ったのに、これじゃギルドに近寄るのも危険だ。

 

「あの……俺、もうギルドにも近づかない方がいいんじゃないですかね?」


「大丈夫よ!手配書もあんな感じだし、堂々としていれば、ばれないわよ!……きっと」


 うん、最後のセリフさえ無ければ安心できたのにな~。


 フィーナは気を取り直すように咳払いをする。


「で、依頼は決まったの?」

「はい、受付嬢の人とも相談して取りあえずこの三つに決めました」


 依頼書を手渡すと、さらさらと目を通していく。


「……うん、いいと思うわよ。この程度なら日が暮れる前には終らせられるだろうしね」


 フィーナのお墨付きを貰い、ほっとする。


 キャミルさんのおかげかな、横目で受付にいる彼女を捉える。

 ありがとうと目で伝えると、彼女の方も気付き手を振ってきた。


「はい、じゃあこれ。貴方の剣よ。持ってみて」

 

 依頼書と共に渡されたのは鞘に収まった一本の剣。

 ズシリとした重さが受け取った両腕にのしかかる。


 その剣は片手でも扱えるロングソード。

 長さは一メートルあるか、無いかというほど。

 

「一応、貴方の持っていた剣を思い出して用意したのだけど、どう?使えそう?」


 鞘から剣を抜き、一度振り払ってみる。

 不思議と自分の身体の一部のように違和感が無かった。


「はい、問題は無いと思います」


 素人目線だが、安物ではような気がする。

 剣をじっくり見てみると白銀の刃に自分の顔が映っていた。

 

 ゲームのデータなどでは無い。

 戦うため、生き残るための武器。 


 それを考えると、直接的ではない重さも心にのしかかってくるようだった。

 拳に力を入れ、強く剣の柄を握り締める。


「本当にありがとうございます、フィーナさん。俺、必ずこの恩を返しますから」


 混じりけのない真摯な言葉。

 青年の真っ直ぐすぎる視線が何となく恥ずかしくなり、髪を掻き上げながらそっぽを向くフィーナ。

 少しだけ、頬に赤みがさしていた。

 

「もう、大げさね……そうね、期待して待ってるわ」


 よし!武器も手に入り、やるべき依頼も決まった。

 準備は万全だ。


 これから命を掛けた戦いに赴くことになる。

 闘志は十分に燃え上がっている。

 

 確かな足取りでリックは冒険者ギルドから足を踏み出したのだった。



 そして、向かった先はグリア―ドの東に広がる森林地帯。

 動植物の保護を図るため、狩猟活動が禁止されている森へと足を踏み入れた。


 都市から外へ出た二人だったがもちろん、正式な門は通っていない。


 おそらく自警団が検問を行っているだろうとフィーナが予測したため、昨日に一度行った、隠し通路を使い、都市を抜けだしたのだ。


 うす暗く整備のされていない地下通路を歩くこと十分。


 通路を抜けだして森林地帯を彷徨っているとフィーナの鋭敏な耳が魔物の鳴き声を感じ取った。

 身をかがめて木陰の隙間から伺ってみると……


「……見つけたわ、討伐対象のケベウスよ」 


 フィーナとの余りの近さにドキドキしながらも目を凝らす。

 

 視線の先には三匹の獣が地面を嗅ぎわけながらうろついていた。

 

 一目見た姿は大型の狼。

 だが、大きさは一般的な成人男性ほども有り、大ぶりのナイフを思わせる爪が獰猛に輝いている。


 狂犬病にかかった犬のように目は凶暴な光を湛え、鋭い牙から涎を絶え間なく垂らしていた。

 

 あいつらと、これから戦うのか……!


 武者震いではない単純な恐怖の震えが全身を駆け巡る。


 覚悟を決めたばかりなのに嫌な想像ばかりが頭を埋め尽くしている。

 

 あの爪で引き裂かれたら骨どころか臓腑までバラバラになってしまうだろう。


 あの牙で噛みつかれてしまったら俺の身体は無残な肉塊に変わってしまうだろう。


 剣を握りしめる手がじっとり汗で滲んできた。


「私は補助に回るわ、何かあったら助けるつもりだけど、でも油断はしないでね」


「わ、わわ、うん、分かった……」


 顔面が真っ白に染まり、頬が強張り痙攣していた。

 その様子を見て、フィーナは不安げな表情を浮かべた。


「ねぇ……本当に大丈夫、戦える?」


 ごくりと喉が鳴るほど唾を飲み込み、リックは答えた。


「だ、大丈夫です!あれくらい俺でも倒せますから!」

 

 これは強がりだ。

 可愛い女の子……いや、フィーナの前ではこれ以上、情けない姿を見せたくないという男のプライド。


 鼻で笑うようなちっぽけな強がりだったが、それでも確かにリックを奮い立たせてくるたった一つの感情だった。


(そう、大丈夫さ!ゲームではあれぐらいの魔物は何度も倒してきたんだ!)


 自分に何度も言い聞かせる。


 そう今の俺は一高校生である佐伯陸生ではない。

【アース・エンブリオ】の剣士【リック】なのだから! 


 下手に気張ることなく自然体で、これまでゲーム内で戦ってきた巨大な魔神達に比べればちょろいものだ。


 さぁ、行こう……初陣だ!

 腹にぎゅっと力を入れ、奇襲を敢行した。


「はあああああぁぁッ!」


 気合いの声を腹部から絞り出し、全身に力を込める。


 無駄に発声することは、周りにリックの存在が気付かれるなどといったデメリットしかなかったが、それでも弱気を追い出すため、必要な儀式だった。


 全力の声を絞り出したことによって、緊張で強張っていた筋肉が弛緩し、確かな力が全身に伝わる。


 弾丸のような勢いで飛び出し、剣を振りかぶり一閃。

 最も近くにいた一体のケベロスを両断する。


 綺麗に首を跳ね飛ばされた魔物は、何が起こったのか分からぬまま絶命した。


 生体の肉を切断するという感触に一瞬震えあがる。

 

(ぐう、きっついな……)


 ゲームでは感じることの無い、命を奪い取った感触。


 それは吐き気を催すほど、残酷で、辛辣で、そして耐えがたいモノだった。


 震える剣から滴り落ちたのは斬り捨てた際に飛び散った血痕。

 ぞっとするほど赤く、想像以上にリックを動揺させる。


(でも……!)


 まだ敵はいる。


 コンマ数秒で嘔吐感を押し殺し、残りの二体の魔物を見据える。  

 ケベロスの殺意の視線に決して負けることなく足腰に力を入れた。


 突如、襲いかかってきた闖入者に驚いたのは一瞬。

 だが、ケベロス達はすぐに態勢を整え、リックから距離を取った。

 

 彼らは優秀な捕食者。

 あまたの命をその爪で、その顎でむさぼりつくしてきた簒奪者。

 むやみに跳びかかるという愚は決しておこさない。


 闖入者……リックを中心として二体は一定の距離を保ちながら旋回していた。


 獲物は決して逃がさない。

 獣のよりも何倍も恐ろしい野生の目はそう告げている。


 二体の両方を視界に入れることが出来なくなったため、酷く焦るリックだったがすぐに思い出す。


 ゲームにもこうして囲ってくるモンスターは少なくないのだ。

 なら……自分の経験を信じるしかない。


 ただが、娯楽のためのゲーム知識だったが、今のリックはそれに頼るほかない。


 覚悟を決めると下手に動かず、ただ剣を正道に構え、カウンターを狙う。


 やがて二体がそれぞれリックの正面、そして背後に回ったときに同時に跳びかかってきた。


 見計らったかのような完璧なタイミング。

 まるで鏡写しのような動作であったがために……リックは後ろを見ることなく対応が出来た。


「……これで二体目ッ!」


 まずは背後の一体。

 上体を酷くねじることによって牙を回避し、そのまま右手の剣でケベロスを斬り払う。

 苦痛の入り混じった鳴き声に顔をしかめながら容赦なく葬り去る。


 そして前方から跳びかかってきたケベロスの牙は紙一重の位置で避ける。

 通り過ぎたケベロスだったが、持ち前の脚力ですぐさま反転。

 リックの喉笛めがけて飛びついてくる。


 そして交差する二つの影。


 結果、最後まで立ちあがっていたのはすぐさま態勢を整え、迎撃したリックだった。


 最後の一匹は切り裂かれて宙で絶命したため、そのまま着地をすることなく地面に赤い斑点をまき散らす。


 三匹のケベロスを葬り去った後、リックはただ呆然と彼らの死体を見下ろしていた。

 初めての戦闘を終え、思考が真っ白になっている。


 自分は生き残った……のか?

 魔物との命を掛けた戦いに!


 実感が出てくると同時に喜び、達成感などが爆発的に湧きあがり、妙な高揚感がリックを支配する。

 これが勝利の余韻ていう奴だろうか。 


 歓喜の声が腹からせりあがってきて、衝動のままそれを吐き出そうとした、まさにその時、


「リックッ!まだよッ!左ッ!」


 酷く焦った女性の金切り声が耳を貫いた。


 がさごそと不自然に揺れる、左の草むら。

 視線を向けると同時に黒い巨影が二つ、飛び込んできた……

 

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