ギルド登録②
うす暗いスラム街を抜けると、ようやくリックは一息ついた。後ろの暗黒街に比べると酷く空気がさわやかな気がした。
あの空間は空気にすら不浄な物が混ざっていそうで、呼吸すらままならなかったのだ。
「……随分と緊張していたみたいね、そんなに怖かった?」
ほうっと息を吐くリックにフィーアは笑みを浮かべた。
スラムを歩く間、ずっと無言だったがようやく立ち直ってくれたようで、リックも苦笑いで返す。
「はい、スラムの雰囲気は妙に粘ついていましてね……フィーナさんは平気だったんですか?」
「慣れてるわけじゃないけどね、どこの都市にもああいった場所はあるものよ」
確かに現代日本にも治安の悪い場所はあったが、それでもあそこまで退廃しきった街なんか無かった。
いつ襲われてもおかしくない状況にあったと思う。
住民の目は全員が死んだ魚のような色を浮かべていたため、何をしでかすか分からないという恐怖があったのだ。
「でも、貴方みたいに追われている身ならスラムは絶好の隠れ場所になるわ。
あの場所は自警団の詰め所もなくて、多分、彼らは地理も満足に把握してないんじゃないかしら?
だからもし追われるようなことがあれば、イーストエリアに逃げ込むのをお薦めするわね」
「あ、あはは、そうですね……」
出来ることならもう二度とあのスラムには行きたくなかった。
空気が淀み過ぎて、長時間あそこにいたら肉体的にも精神的にも悪影響な気がするのだ。
もう二度とここに来ることがありませんように、そう祈って広がっている闇に背を向けた。
書類を手に入れた二人が向かうのは都市の南西。
人ごみの中をかき分けるように歩いていき辿り着いたのは、三階建てで、隣接する左右の商店よりも何回りも大きい建物。
冒険者ギルド、グリア―ド支部の中へと二人は入っていった。
建物の一階はまるまる全てが集会所となっており、剣、槍など武具を装備した冒険者達で賑わっていた。
「あそこが受付ね……リックは登録しておいて、私は外の鍛冶屋で剣は用意しておくから」
「え?剣って……フィーナさん、もう武器を持ってませんか?」
少女のマントの下、腰には鞘に収まった細剣が装着されている。
「何言っているの?貴方の剣に決まってるでしょ!それとも何、貴方は無手でも戦えるの?」
「あッ!」
間抜けな自分を全力で殴り飛ばしたくなった。
そうだった、今の俺には何の武器も無い。
昨日、自警団に翡翠の宝剣を奪われたきり、返ってきてなかったのだ。
何で、そんな大事なことを忘れていたのか……
さらに自分ではすっかりと抜けていたことをこの恩人である少女はしっかり覚えていてくれて、しかも剣を用意してくれるという。
不意にこれまで受けてきた様々な恩が頭を駆け巡る。
街まで案内してくれた上に牢屋からも助け出してもらった。
さらに宿も紹介してくれて、この手にある書類も彼女のお金で支払われたものだった。
ここまで来ると感謝どころかひたすら申し訳ない、情けない気持ちで胸が張り裂けそうになる。
何て、俺は駄目な奴なんだ……どうしよもない男だ……。
「う、うう……」
気付けば滂沱のごとく瞳から涙が溢れだしていた。
「ちょ、ちょっと、どうしたの!急に泣き出して!」
目の前の男の突然の奇行にフィーナは激しく慌てふためいた。
意味が分からない、一体どういう流れで涙を流し始めていたのか?
「何、何?一体全体どうしたのよ!」
「いや、すいません……自分が情けなさ過ぎて……フィーナさんに頼りきりで恥ずかしいと思ってたら急に……」
「だからって、泣かなくてもいいでしょうッ!ほら皆、見ているから早く泣きやんで」
男が泣き、女が慰めるという意味の分からない光景は酷く目立っていた。ハンカチらしき布をリックへと押しつけながら、髪を掻き上げなら呟いた。
「もう~、仕方ないでしょ。貴方はこの世界では子供も同然なんだから、人の手助けがいるのは当然よ!それに冤罪をかけられるっていう災難な目にあったんだから」
「すいません、でも……」
「借りを作ってばかりで恥ずかしいなら、後できっちり返せばいいのよ。それまでは存分に私に甘えなさい!」
力強い瞳で胸を張るフィーナ。
この少女は驚くほど優しい。
偶然、会っただけの他人にここまでしてくれる人が一体どれだけいることだろう?
ありがとう、と何度言っても言い足りない。
これ以上、迷惑をかけてはいけないと思うと同時にこの親切な少女のために何かしてあげたいという気持ちが湧きあがってきた。
今は何もできないかもしれないけど、いつかは……
「……はい、フィーナさん。ありがとうございます」
涙を止め、力強い瞳でフィ―ナを見返す。
その視線をしっかりと受け止め、少女は愛らしい魅力的な笑みを浮かべたのだった。
「はい、よろしい。でも、リック……貴方、情緒不安定すぎるわよ。急に泣き出すんだもん、本当にびっくりしたんだからね!」
「以後、気を付けます……」
恥ずかしげに頭をかく。
どうもこの世界に来てから色々あったせいか、感情を制御することが難しくなっているようだ。
泣くのはさすがにみっともなさ過ぎたよな。
頑張ってね、そう笑うとフィーナは冒険者ギルドから出ていき、鍛冶屋のある職人街へと向かっていった。
「よしッ!」
フィーナの背中を見届けながら、決意を新たにして気合いを入れるリック。
冒険者ギルドに登録するのは、この世界で自立をするための第一歩だ。
どんな危険が待ち受けていようとも、受けて立ってやる所存だ。
少しでも駄目駄目な自分から脱するためにも、どんな困難だろうと乗り越えてみせなくては!
己を叱咤激励してリックは受付へと向かっていった。
「あの~、すいません」
受付にて小さな声で呼びかけると、奥で作業をしていた一人の少女が振り向く。
ギルドの制服なのか、紺のスーツとスカートを身に付けている燃えるように紅い髪が特徴的な女の子。
視線を僅かに下に向けると、男を狂わせる豊満な果実が突き出していた。
「あの、ギルドへの登録をお願いしたいんですけ……どおッ!え?」
「はいは~い、ちょっと待っててね~!」
可愛らしくスキップをしながら駆け寄ってくる少女。
胸のふくらみが衝撃によって激しく揺れるが、リックの瞳は別の部分に釘付けになっていた。
「はい、冒険者ギルドへの登録だね!ではでは~、書類を頂けますでしょ~か?」
「…………は、はい」
呆然としながら二枚の紙を手渡す。
リックの視線は少女の頭部とその後ろ、ゆらゆらと動く尻尾に向けられていた。
さすが異世界……やっぱりネコミミ少女なんかもカバーしているのか。
今、初めて異なる世界に来て良かったな、と思えてきたよ。
そんなリックの視線には気付くことはなく、少女は熱心に書類を確認している。
村の出生届に村長の紹介状。
どちらも確認したところで顔を上げ、満面の笑顔を浮かべた。
「へぇ~、リクオくんっていうんだ。変わった名前だね。それに……随分、遠くから来たんだね~!」
「…………」
少女の声は耳に届いていたが、頭にはまるで入ってきていなかった。
感動したように熱のこもった視線を少女に生えた耳としっぽに向けていた。
「ん?どうしたのかな?ひょっとしてネミ族が珍しいのかな?」
「え?あ……ネミ、族?」
「そそ、私みたいに可愛らしい耳としっぽがある亜人種だよ。この都市じゃあまり見かけないのかな?」
自分で言うのはどうかと思うが確かに可愛い。
自由に動かせるのか、まるでリックに見せつけるように尻尾をふりふり回して見せた。
魅せられたかのように視線が釘づけになったが、ハッと顔を上げる。
「あっと、すいません。じろじろ見てしまって……!」
「いいよいいよ!見られるのは嫌いじゃないし、それに“れでぃー”は見られてこそ、綺麗になるっていうしね!キャハッ!」
うん、可愛いことには可愛いのだが……何とも個性的な女の子だった。
可愛さを自分の意志で作っているというか何と言うか……あざとい、それ以外に言い様が無い。
「それで、持ってきた書類はあれで大丈夫でしたか?不備なんかはありませんでした?」
「うん、大丈夫だよ。これで登録はおっけ~!今日からでも活動を始められるよ!」
その言葉にほっと胸を撫で下ろす。
あの何でも屋の爺さんは適当に用意したみたいだったが、やることはやってくれたみたいだ。
「それでリクオ君は冒険者ギルドについてどれぐらい知っているのかな?」
「正直、全然ですね……出来るなら初めから説明してもらえますか?」
リックの切実な呼びかけに少女はくるりと回ってポーズを決める。
「もっちのろんだよッ!
では、これから冒険者生活を送る君のために、一からきちんとギルドについて説明してあげるね!担当はこの私、【冒険者ギルドグリア―ド支部】のアイドル、キャミルちゃんが勤めます。
指名度№1にして彼女にしたい受付嬢№1の可愛い私に担当してもらえるなんて君は幸せ者だな~、やったね、ブイッ!」
う~ん、あざとい。胸焼けしてしまうほどあざとい。
同姓が見たら殴り殺すんじゃないかってほどのあざとさだった。
まぁ、俺は馬鹿な男だからそんな彼女にデレデレするだけだが……
「まず冒険者ギルドというのは、様々の人達から寄せられた依頼を達成することでお金を稼ぐ仕組みをししているよ。
依頼の内容は多種多様!魔物の討伐、キャラバンの護衛、薬草の採集などオーソドックスなものから、家事手伝い、迷子捜し、荷運びなどなど依頼内容はほんと~に多岐に渡るんだ!」
まぁ、討伐や護衛などは理解できるが家事の手伝いや荷運びなんかもあるのか。
てっきり冒険者というのは戦ってなんぼの存在だと思っていたが、便利屋という一面もあるのかもしれない。
「基本的には冒険者は力無い民衆の味方という立場をとっているよ。国が処理しきれない問題や国が処理するほどでもない問題、あとは国が処理するべきではない問題などを解決する、いわば正義の味方だね!」
正義の味方って……それなら金を取ったら駄目でしょ。
じと~と白い目を浮かべたが、気持ちよく話すキャミルには届かない。
「支部の数はというと何と何と百以上!
この大陸には魔法の研究を共有する魔導師ギルド、商人の相互保障のための商人ギルドなどなど、色んなギルドがあるけど、我ら冒険者ギルドの規模が一番なんだよ!
ごく一部を除いて、ほとんどの国に冒険者ギルドの支部が置かれているんだ!国をまたいで活動しているわけですね!はい、拍手ッ!」
パチパチとつられるようにリックも手を叩く。
「冒険者ギルドの由来はね。昔々の戦士達が、ダンジョン攻略の資金を集めるために、腕っ節を使ってお金を稼いだのが始まりだよ」
ダンジョン!そんなファンタジックなものまでこの世界にあるのか。
「一攫千金や名誉のために多くの人がダンジョン攻略に挑戦したんだ。ただ悲しいかな、ダンジョンの攻略には非常にお金がかかるんだよ~、その資金を集めるために最初のギルドは作られたのです!」
何とも面白い話だなとリックは深くうなづいた。
ゲームではダンジョン攻略の時は飲み食いもしなくて構わないし、途中でセーブをして電源を切ってしまえば良いだけの話。
だが、現実では糧食の準備に、医療道具、探索器具など様々な物資が攻略には必要となるだろう。
金はいくらあっても足りないわな……。
「さて、次は詳しい依頼についてお教えしましょう!
ギルドに送られた依頼は、我ら冒険者ギルドの職員達の独断と偏見によってEからSに分けられます。
もちろん分かるとは思うけど、Eが最も簡単で、D、Cと上がるにつれ難易度も上昇していくよ。」
「ふむふむ……」
この辺りの知識も何となく分かるな。
ゲームでもプレイヤーの強さによってある程度、住み分けがされる。
「冒険者達にもランクがあって、そのランクに応じた依頼を受けるんだよ。
冒険者達の命を守るために、基本的には自分のランクの一つ上の依頼しか受けることができません!
例えば、登録したばかりのリクオ君のランクはEだから、Dまでの依頼しか取れないよ!C以上の依頼を取りたいのなら、ランクを上げてから出直してこいってことだね!
あとはもう一つ!本当にたま~にですが緊急依頼というものもあるよ!これは支部に属する冒険者全員強制参加という形を取ったもので、まぁ、滅多に起こらないけど一応気を付けてね」
「はい、質問があります!」
「何でしょうか?落第生のリクオ君、人の話の腰を折るなんて一体君はどんな教育を受けてきたのかな?」
うッ……笑顔で棘のある言葉を言わないでほしいな。
「あ、あの、その……緊急依頼とやらに参加しなかったらどうなるんですか?あと、どうしても行けなかった場合には?」
「はい、それを言おうとした所で君に質問されたんだけどね。そんな大事なことを君に伝えないと思ったのかな?ん?」
「……ご、ごめんなさい」
「どちらにせよ緊急依頼に参加しなかった場合には罰金というペナルティが課されます。大体、そんなに安くはない金額だね。
緊急依頼が出されるような時は、魔物の大量発生だったり深刻な問題の時が多いから出来るだけ参加してほしいかな?」
罰金か、それも強制的にだから案外、厳しいのかも。
当然のことだが、ギルドに登録することで大きな恩恵が得られるが、反面、背負うことになる義務もあるわけだ。
チキン気質の自分としては緊急依頼なんて起こってほしくはないなと心から願う。
「取りあえず、最初の説明はこの辺りにしておこうかな……
ランクが上がることのメリットやギルド間の提携についてまだまだ知らなくちゃいけないことはあるけど、一度には詰め込めないからね。
少しずつ覚えていこうね~」
「はい、ありがとうございました」
当面の生活資金を稼ぎたいだけのリックにとっては十分過ぎるほどだった。
「で、リクオ君はもう早速、依頼を受けるつもり?」
「あ~はい……路銀も少ないので今すぐにでも」
本当は少ないどころか、まったくないのだが……情けないから言わないよ。
「じゃあ、私も一緒に見てあげるよ!初めてじゃどんな依頼が良いか分からないからね」
そう笑顔で頷き、受付から出てくるキャミル。
カウンター越しでは分からなかったが、彼女はリックの胸元辺りまでしか身長が無い。
「依頼はあそこのボードに貼られているよ、じゃあ行ってみよう!」
集会所の東側一面がボードとなっており、所狭しに依頼内容が書かれた紙が張り付けてあった。
交易都市という流通の拠点である以上、依頼は多いのだろう。
乱雑に張られた紙をそれぞれ眺めていく。
「何か、気になった依頼とかあるかな?」
「そうですね……」
じっと無数に張られた依頼を見るがふとあることに気付いた。
(そういや、俺、この世界の言葉が分からないんだった)
何とか読み取れないかとじっと目を凝らすが、いくら眺めていてもミミズが踊っているようにしか見えない。
これ、どうしよ……。
実は字が読めませんなんてカミングアウト今さら出来ないしな。
考え込むような姿勢のまま、だらだらと汗を流すリック。
キャミルは読めもしない文字と睨めっこを続けるリックの顔を覗きこんだ。
「ん?ひょっとして、リクオ君、字が読めないのかな?」
「う……は、恥ずかしながら……」
「恥ずかしくなんかないよ!勉強して覚えればいいだけだしね、そっかそっか、じゃあ私が読んであげるね!」
嫌味の一切無い快活な笑顔で笑う受付嬢。
うぅ、たまにきっつい事を言うけど本当に良い子だな。
担当がキャミルさんで幸運だった。
案外人気№1というのも本当の事かもしれない。
でも、字が読めないっていうのは結構、深刻な問題だよな。
元の世界に帰る宛が無い以上、ある程度、覚えるべきだろう。
キャミルは尻尾をせわしなく動かしながら、人差し指を顎にあて依頼を探している。
やがて、その中から三枚の紙を取っていく。
「初めての依頼でお薦めなのはこの三つかな?じゃあ、読み上げるね」
まず一つ目、グリア―ドの北に広がる保護森林区にて、傷薬の原料となる薬草の採集。
Eランク
報酬はg換算。
二つ目は同じく保護森林区にて、野生動物トトブラの生態調査。
Eランク。
報酬は、1000エキル。
三つ目はラプレス商会にて荷降ろしの手伝い
報酬は、800エキル。
「取りあえず、この辺りかな?どれも簡単で報酬もそんなに悪くないと思うけど」
「…………」
選んでくれたのはありがたいが、どれもいまいちピンとこないな……。
採集、調査に荷下ろしか。
てっきり魔物と戦うことになるだろうと思って覚悟を決めてきたのに何だか拍子抜けだ。
リックが沈黙しているのに気付いて、キャミルは眉をひそめる。
「……どうしたの、何か不満だったかな?」
「あっ、いや、不満とかじゃないです!ただ……てっきり魔物の討伐とかのイメージをしていたからちょっと迷ってしまって」
キャミルが真剣な顔で何かを考えるようであった。
「……リクオ君は魔物と積極的に戦いたいのかな?」
「戦いたいというか……自分の力を試したいというのが本音ですかね?」
この世界で生き残るためにも、自分がどこまでやれるのか知らなければならない。
多少、無茶してでも自分の力量を把握しなければ、己の身を守ることさえままならないだろう。
「それなら、保護森林区にも魔物は出没するから採集や調査でも力試しにはなると思うけどな?」
「そうかもしれませんけど、やっぱり魔物を倒すのなら報酬をもらって討伐したほうがいいんじゃないですか?」
「ううん……調査中、魔物と遭遇したから倒すのと、討伐依頼として積極的に魔物を倒すのでは危険度が全然違うんだよ。遥かに後者の方が危ないの。
積極的に魔物のテリトリーへ踏み込んでいくってことだから群れに襲われることだって多いんだよ」
あくまで次いでとして、魔物を倒そうとしていたリックにとっては痛い言葉だった。
「ごめんね、これからガンバローって決意しているリクオ君は、こんなこと聞きたくないかもしれないけど言わせてね。
私は腕試しという名目で難しい依頼に挑戦して帰らなかった冒険者をたくさん知っているの」
帰らなかった、つまりは……そういうことだろう。
死。それに思い当たった時、ずっしりと身体が重くなった。
「私が思うに冒険者にとって大事なのは等身大の自分の実力を知るべきことだと思うの。過大評価でも過小評価でもない、客観視した自分の力。
弱ければ弱いで構わないんだよ、罠を仕掛けて倒したり、同じ冒険者と協力して依頼を成し遂げればいいだけの事だからね。
本当に怖いのは力を試すっていう名目で何の準備もせずに挑んでしまうこと」
自分の力を試す同時にお金も稼げればいいというのは甘えに過ぎなかったのかもしれない。
そしてもう一つ。
今の自分の傍にはフィーナさんがいる。
彼女にいざというときは助けてもらえばいい。
そんな甘えた考えがあったからこそ、戦ったことの無いこの世界の魔物相手に力試しを挑んだのだろう。
(こんなに、世話になっておいて……まだ俺は!)
情けない、恥ずかしい、みっともない……!
彼女にこれ以上、迷惑を掛けないようにと誓ったばかりじゃないか。
己を恥じ、思わず拳を握りしめるリック。
キャミルはそんなリックを見て、さらに表情を曇らせた。
「あっ、ごめんね、私みたいなのが生意気言って……」
「い、いえいえ、そんなこと無いです!とてもためになりました」
彼女は冒険者ギルドの受付嬢。
あまたの冒険者を見てきた人物であり、その言葉は確かな経験の上に築かれた言葉だった。
反論など論外。
むしろ忠告を与えてくれた彼女に礼を言わなければならない立場だ。
「そう、ですよね……俺、気楽に討伐依頼を受けようなんて甘かったのかもしれません」
「んふふ、そっか……分かってくれたのなら良かったよ!じゃあはい、これ!」
差し出された一枚の用紙。
キャミルはゆっくりとそれを読み上げた。
保護森林区、七区画にて原生動物に被害を与える魔物の討伐。
対象・ケベロス10体
Dランク
報酬 5000エキル
そして依頼書の中央には、魔物の詳細な図が描かれていた。
犬のようなオオカミのような四足歩行の獣だ。
「さすがに初めての依頼で四つも受けるのは大変だから原生動物の生態調査と荷運びは預かっておくね!保護森林区で出来る依頼に限定しておこっか!」
リックが持っていた二枚の依頼書を取ると、再びボードへと戻していく。
「あの……いいですか?」
そして、差し出された討伐依頼書を躊躇いながら受け取る。
「うん、なんだかんだで変な事言っちゃったけど、決めるのは君だからね。
ちゃんと私の言葉も聞き入れてくれたみたいだし、それに……」
キャミルは跳びはねるようにリックの周りを回りながら全身を隙間なく観察する。
さながら飼い主の機嫌を伺う猫のよう。
「不思議だな、外見は強そうに見えないけど……君なら大丈夫じゃないかって思えてくるよ!これは……野生の勘ってやつかな?」
「い、いや、聞かれても……」
ばりばりのインドア派であるリックには野生など理解できるわけがない。
でも、あまたの冒険者を見届けてきた受付嬢にそう言われるのは悪くない気分だ。
「でも、危ないと感じたらすぐに逃げるんだよ。依頼を撤回しても構わないだからね」
「え?撤回なんてしてもいいんですか?迷惑がかかるんじゃ……」
「ううん、大丈夫大丈夫!
こういう討伐依頼はね、複数の人に何回も頼むのが普通だから、一人くらい撤回しても構わないの!
まぁ、何度もされるのは困るけどね。最初くらいなら全然構わないよ」
それを聞いて少しだけ安心した。
余計なプレッシャーを感じる必要は無い。
自分のやれることだけをしっかりとやっていこうと思う事が出来た。
ここまで依頼を探してくれただけでなく、忠告も与えてくれたキャミルへ改めて頭を下げる。
「ありがとうございました、キャミルさん。俺、頑張ってみます!」
「うんうん!私に感謝しているなら絶対に無事に帰ってきてね!じゃあリクオ君、ばいば~い!」
腕をぶんぶん振り回しながら、受付へと駆けていくキャミル。
後ろを見ているせいで、何とも危なっかしい動きだ。
はらはらして見ていると案の定、他の冒険者にぶつかってしまう。
おっちょこちょいな人だな、リックは苦笑いを浮かべながらぺこぺこ頭を下げる少女を見ていた。




