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ギルド登録

 

 大陸の交易の拠点、中継地として成長してきたグリア―ドは様々な顔を持っている。

 

 西の門をくぐり都市に入るとまず誰もがその熱気と活気に圧倒される。


 ここでは大陸中のあらゆる品がここでは売り買いされ、そしてまた大陸の各地へと運ばれていく。


 自治都市であるため周辺国の様々な圧力にさらされていたが、グリア―ドはそれでもかつてない繁栄の中にいた。


 一発もうけようとした商人などが集まり、栄光と夢が溢れるこの街。


 旅人の通り道でもあり、重要な拠点として多くの人々が行きかう場所だ。

 

 だが、それはグリア―ドの一面に過ぎない。


 光が濃くなれば闇が深くなるようにこの都市の繁栄の裏には深刻な問題も潜んでいる。


 都市の東側。

 そこには西側と同じ街の中では到底思えぬ貧民窟が広がっていた。


 破産した商人、身をやつして落ちぶれた職人、そして都市にあがってきたものの仕事がない者などが集まり、スラムを形成しているのだ。


 活気と繁栄に背を向けるかのように彼らは一か所に集まっていく。


 そして西側の繁栄を妬みながら憎みながら鬱屈した生を送っているのだ


 非力な女子供が迷い込んでしまったのなら、まず無事には帰って来られないとされる魔の迷宮。


 都市の治安を守るための自警団もこの辺りの警邏を行わず、一種の無法地帯と化していた。


 グリアードのイーストエリアには混沌が広がっている。

 そして、混沌であるからこそ、違法な商売の隠れ蓑にもなるのだ。

 

 そんなスラム街をリックとフィーナは目立たぬようフードで身を隠し、道の隅を歩いていた。


 この区間に足を踏み入れてまず感じたのは不快な匂い。


 モノが腐ったような刺激臭が漂っており、リックはすぐに口呼吸へと切り替えた。


 街灯は一つ残らず叩き割られており、砕け散ったガラスとゴミが道には散乱している。


 日の光さえもこの区間には届かないようで、うす暗くじめじめした空気が漂っていた。


 辺りには昼間だと言うのに酔っ払いが酒びんを片手にふらついていた。


 薄汚い路地には寝ているのか、それとも死んでいるのか……人が無造作に倒れていたが、気にする者は誰もいない。


 その光景は、インフラが整備され美観が整えられている日本出身のリックにとっては衝撃的で思わず怯えたように周囲を見渡していた。


 やがて道の片隅で痩せさらばえた一人の男の姿が目に留まる。


 薄汚れた襤褸切れ一枚を身にまとい、空虚な目でリックを見つめていた。


 闇の底まで覗いたような暗く黒い瞳を目の当たりにし、全身に鳥肌が立つ。


 ひたすら無感情で空っぽな眼光だったが、良く見るとその奥にはどろどろした憎悪が見え隠れし、慌ててリックは目を逸らした。


 人間とはこんな目を人に向けられるのか……


 獣に襲われたときのような即物的なものではなく、生理的な恐怖感が胸の奥底から湧き上がり肝を冷やした

 

 早くここから抜け出したい……。

 それを一念にフィーナの後を歩いていく。 

 

 やがてそんな暗黒街を渡り歩いて、たどり着いたのはおんぼろの一軒の家だった。


「ここね……」


 今にも崩れそうなほど危ういバランスで建つ建物にフィーナは物怖じもせず入り込む。


 雑多に物が置かれていた一種の魔窟だった。


 ひび割れた壺、錆びた機械類、薄汚い絨毯などガラクタ同然の物が無造作に置かれており、足の踏み場もろくに無い。


 店の奥の机には一人の老人がいた。


 真っ白なぼさぼさの髪に同じく色の抜け落ちた髭。

 人相が分からなくなるほど毛が粗ぶっており、正確な年齢すら良く分からなかった。


 老人は来客が来たというのに一切気にせず、爪切りに勤しんでいる。

 

 その姿を目の当たりにしながら、場所を間違えたのではないかとリックは疑った。


 ギルドの登録をするためにここに来たのだが、どうも違うような気がしてならない。


「あの、フィーナさん、ここで本当に合っているんですかね?」


 どう見ても、ぼろい骨董品屋さんにしか見えないのだが……


「えぇ、大丈夫よ。私に任せて貴方は黙っていて。念のため、顔は見られないようにね」

 

 フィーナは器用に物の隙間を通りながら老人へと近づいていった。


 目の前に建ったと言うのに老人はまるで無視。

 やすりで爪を削っているだけだ。


「冒険者ギルドの登録に必要な書類を偽造してほしいんだけど」

 

 ピタリと老人の動きが一瞬、止まる。

 だが、すぐに作業を再開し、フィーナを見ることもなく呟いた。


「うちはただの骨董品屋だよ。何を勘違いしているのかね、あんたは?」


「金ならあるわ、この通りね……」

 

 フィーナは懐から金貨の詰まった袋を叩きつけるように机に置く。


 それを老人はじっと見つめた後、ようやく顔をあげた。

 フードから覗くフィーナの美貌に一瞬、目を見開く。


「おや、こりゃまた別嬪さんだな。あんたみたいな女性がこんな場所に来るのは感心しないな」


「余計なお世話です、それより偽造書作ってくれるの、くれないの?」

「…………」

 

 じっと僅かに目を開けながらフィーナを見定めるかのようにフィーナを見る老人。


「……ここの事は誰から聞いたんだね?」


「……タルブ・ゲーファンドよ」


 タルブって確かあの宿屋の店主の名前だったよな。店に置かれた珍品を眺めるふりをして会話に耳をすませる。


「ほう……あんたはあの男の知り合いなのかね?どういった関係なんだ?あいつの娘か?」


「違うわよ」


「ふむ、それもそうか。あんな蛮族の種からこのような娘が生まれてくるはず無いか……」


 いやいや、爺さん。


 確かにその人は違うけど、兎みたいな可愛らしい娘がタルブさんにはいるんだよ。

 もちろん、口には出さず思うだけだったが…… 


「ということは……ひょっとしてあんたはバグナ―ドの出身かい?」


 その言葉が発せられた瞬間、今まで強気だったフィーナの肩がびくりと跳ね上がった。


 まるで電流でも流されたかのような反応にリックは彼女の横顔を見つめた。


 バグナード?国の名前だろうか?それとも地名?何となくフィーナの反応が気にかかった。


「ねぇ……私の生まれが関係あるの?」


「関係ならあるさ、初めて見る顔だからな。あんたがギルドの小役人とも限らん」


 じっと探り合う瞳が激突する。

 無言のやり取りがリックを余所に行われていた。

 やがて、諦めたかのようにため息をついたのは老人の方だった。 


「……分かった、造ればいいんだろう。金を払ってくれるなら客に間違いないからの」


 ゆっくりとした動作で立ち上がると、背後の薄暗闇へと消えていった。

 そして、何枚かの紙を持って再び机に座る。


「さて、登録するのはどっちだい?あんたか、それとも後ろの小僧か?」


「あ、えと、俺です」


 ようやく会話に加わったリック。

 フードの下の容姿を見られないように心がけながら老人の方へ駆け寄る。


「適当に書類を偽造するわけだが、名前はどうするのかね?」

「名前……?」

「ギルドに登録する際に使う名前よ、何でもいいから適当に言ってくれ」

 

 何でもいいって言われてもな……。

 どうしようか?


 せっかくギルドに登録するのだから格好いい名前がいいな。

 かといって厨二過ぎて、後で悶絶するにも嫌だしな……


「おいおい、そんなに悩むことは無いだろう?さっさとしてくれ」


「あっ、じゃあ、その……リクオで」

 

 言った瞬間、すぐに後悔の念に襲われた。

 おいおい、何でよりにもよって現実の名前を言っちゃたんだ!


 慌てて撤回しようと口を開きかけたが、それよりも早く老人はさらさらと紙に何かを書き込んでいる。

 これは……もう無理っぽいかな?


 自分の迂闊さに頭を掻いている間にも老人の手は素早く動いている。


「いいか、あんたはキリシアの僻地、ターリア領からこの都市に来た田舎者だ。名前はリクオ。歳は十八。

家族はめんどくさいから全員、死んだことにしておいたわ。つまりお前は天涯孤独の身だな」


「……へ?そ、それは一体どういう……」


「馬鹿ね、ただの設定よ」


「せ、設定?……あぁ、なるほど」


 つまり戸籍を偽装した際の自分の情報ってことか。

 何だか、投げやりで酷く適当な感じがしたが大丈夫だろうか?


「これが出生届けの写し。あとは適当な村の村長の紹介状も添えておくから、これを纏めてギルドの受付に渡しな。そうすりゃすぐに登録できるだろう」

 

 二枚の書類を渡されて、おそるおそるリックは受け取った。

 う~ん、相変わらずミミズが悶絶しているかのような訳の分からない文字。

 とても俺じゃ理解できないな。


 フィーナもそれを覗き、じっくりと確認した後でようやく顔を上げた。


 そして老人へと料金を払い、颯爽と身を翻した。

 どうやらこれで間違いはないようだ。

 老人に対してペコリと一礼してそのままフィーナの後を追っていく。


「なんか……あっさりと出来ましたね。ホントにこれでギルドに登録できるんですか?」


 まだいまいち納得できずにいた。

 書類を確認しようにもこの世界の文字が分からない以上、確認しようがない。


「見た限り、これで十分過ぎるぐらいだと思うわ。多少、違和感があっても調べたりはしないでしょう」


「へぇ~、何かガバガバですね……」

 

 情報が厳密に管理された現代から来たせいだろうか?

 書類の偽造などしたらすぐにばれそうで何とも恐ろしい。 


「そんなものよ、それに冒険者は腕利きなら犯罪者あがりでも受け入れるスタンスだからね。そのあたりは緩いのよ。体裁さえ整っているなら、大丈夫!」


「へぇ~」


 気の無い返事をしながらリックは渡された書類と睨めっこをしていた。


 字はまるで読めないが、そうすることで不安を紛らわせるかのように。


 再びスラムを逆走する中、そういえばと顔を上げた。


「ところでさっき、あの老人が言ってたバグナ―ドって何ですか?どっかの地名ですか?」


 何気なくリックは尋ねていた。


 ピタリと前を行く少女の足が止まる。

 どうしたのだろうと横に立ち、顔を覗いてみると表情の一切が抜け落ちていた。


「……貴方が知らなくてもいいことよ」

 

 張りつめた言葉でそれだけ告げるとまるでリックを置いていくかのように早足で歩きだす。


(うわ……しまった!)


 どうやらこの質問は彼女にとっては地雷に等しいものだったらしい。

 先ほどの老人との会話でそれぐらい察することができたはずなのに。


 突如、不機嫌になったフィーナは肩を怒らせながら先を行く。

 あぁ~、どうしようか?これ完璧、怒っているよ。


 あ、謝った方がいいのかな?


 でも何が悪かったのか分からぬまま謝っても、さらに怒らせるだけじゃないのか?


 冷や汗を流しながら慌てて後を追いかける。

 だが、不意に目の前の少女がまたしてもピタリと立ち止まった。


「ど、どうしたんですか?フィーナさん?」


「……今のはさすがに大人げなかったわね、ごめんなさい」


 どう謝ろうか悩んでいたのに逆に謝られてしまった。

 戸惑うリックの表情を見ることなくただ淡々と語る。


「バグナ―ドっていうのは大陸の西端にあった国よ、豊かな自然と清らかな河川が自慢の美しい国。私の故郷よ」


 その声色には誇らしさと同時に寂しさも聞き取れた。

 それに……少女の語る言葉は全て過去形だ。


「でも……知る必要がないっていうのは本当かな?……もう五年前に滅んだ国だから」


「それって、もしかして……」


「そっ……昨日、言ったでしょ。黒の教団に滅ぼされた国があるって、それが私の生まれ故郷であるバグナ―ド王国よ」


「…………」


 先を進むフィーナの背中がどこか物寂しく見えた。

 国を無くす、それがどんなことなのか想像もつかないリックには慰めの言葉も分からない。


 何か言わなければならないとは思ってもなかなか言葉が出てこない。 

 スラムの雰囲気が一段と重くなったような気がした。


 沈黙に耐えきれず、リックは口を開いたがそれは自分でも笑ってしまうほどしょうもない質問だった。


「そう、なんですか……えと……フィーナさんが黒の教団を追う理由ってやっぱり復讐なんですかね?」


「半分はそうね……」


「え?」


 なら残りの半分は一体? 


 答えることなくフィーナは進んでいく。

 頑ななその背中はこれ以上、踏み込むなと告げており、リックは質問を呑みこんだ。


 彼女が何かを背負っていることは分かっても、それが何なのかリックには分からない。知る資格もないのだろう。

 

 フィーナとの間に分厚い壁を感じて思わずリックは拳を強く握りしめたのだった。

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