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気持ちの良い朝

 翌朝。

 カーテンから漏れてくる朝日によってリックは目を覚ました。

 ぼんやりと未だに重い頭を起こし、周りを見回した。

 

 あれ……?ここどこだっけ?


(……あっ!そういや俺、異世界に飛ばされたんだっけ……)


 ベットからは跳ね起き、日を遮っているカーテンを開けた。

 眩しい太陽の光が目を焼き、意識を覚醒させる。


「う、う~ん……いててて、寝違えたかな?」

 

 ベッドが狭くおかしな態勢で寝てしまったせいか、何だか身体がぎこちない。


 今は何時だろうと周りを見渡すが……そうだ、ここには時計が無いんだった。

 

 まぁ、外を見る限り日は出たばかりだから寝坊というわけではないだろう。適当に身支度を整えると部屋を出て、そのまま一回の食堂へと降りた。


「おや、あんたは……」

 

 食堂で葉巻を吹かしながら座っていたのはこの宿屋の店主だった。


 巨体で小さな椅子に座っているその姿は、椅子が壊れてしまうんじゃないかという不安に駆られる。


「随分、朝が早いんだな、よく眠れたのか?」


「はい、それはもう!」

 

 体調は万全といっていい。


 慣れないベットと枕だったがこれでもかというほど熟睡できた。

 意外にも自分の神経は図太いのかもしれない。


「昨日はありがとうございました、匿ってくれた上にご飯まで用意までしてくれて」


「何、構わんさ。フィーナお嬢の頼みだからな。礼ならあの子に言ってやれ」

 

 もちろんフィーナにも感謝している。だが、タルブへの礼も忘れてはいけないと思う。


 普通は殺人犯として追われている男を泊めようとは思わない。いくら冤罪とはいえ、そんな危険を引き寄せるような真似は普通できないはずなのだ。

 

 ふと気になったのはフィーナとこの宿屋の関係だった。


 親しげに話す様子から店主と客という関係には収まらない気がする。

 それに……タルブさんはフィーナさんのことをお嬢って言ってたな。


「そういえば、フィーナさんと店長さんはどういう関係何ですか?」


「あぁ……フィーナお嬢は俺が昔、世話になった人に娘さんなんだよ。だから、出来る限りのことはしてやらねぇとな」


「お嬢っていうことは……どっかの名家の生まれなんですか?そういえば容姿や動作にも気品があるような気がしますけど……」


「まぁ、な……」


 何とも言い淀んだ返答に首を傾げる。

 これは詳しくは聞いてくれるな、ということだろうか?

 

 やはり、どこか凄い名家の生まれなのか?

 まぁ、無知であるから家名を聞かれてもピンとこないだろう。


 まだ紫煙を上げる葉巻の火を消すと、タルブは立ちあがった。


「すぐに朝飯を用意するからそこに座っててくれ、もうすぐお嬢も起きあがってくるだろう」


「はい、ありがとうございます」


「後、今日からうちの店は再開するからよ。出入りは裏口からにしてくれや」

 

 はっと思いだしように告げると店長は、店の奥へと消えていった。

 

 店が再開されるのか。ということは、仕入れの問題は片付いたのかな?


 昨日は休業中だったため正面から入ったが、今後は不味いだろう。


 親切にしてくれたこの店には厄介事を持ちこみたくない。


 その後、階段から軽快なステップが聞こえ、下りてきたのはバッチリとウェイトレス姿に着こなしているラフィ。


 笑顔でリックに挨拶をすると、そのまま厨房へと飛び込んでいく。


 店が再開出来るのが嬉しいのか、その動作には気合いが満ちていた。

 ほほえましい気分となってリックは彼女の元気いっぱいの姿を見ていた。


「にしても……フィーナさん、遅いな」


 寝坊でもしているんだろうか?


 日はとうに昇りきっているというのに中々、二階から降りてこない。

 もう朝食も出てくるだろうし、起こしにいった方が良いか?


 部屋に入るのは気が引けるが、扉の前で呼び掛けに行くぐらいなら大丈夫だろう。


 立ち上がり、階段を途中まで昇った所でようやくフィーナが二階から姿を現した。


「あっ、おはよう、フィーナさん」


「え?……あう……」

 

 返ってきたのは不明瞭な返事。

 何とも頼りない足取りで階段に足を掛け、ふらふらと今にも転げてしまいそうだ。

 まだ寝足りないのか、目をこすりながら階段を降りていく。

 

 あまりの危なっかしさに目を見張った。


 おいおい、大丈夫か。あれじゃ階段から落ちちまう……ってか、落ちたわ。


「うわッ、あぶないッ!?」

 

 慌ててフィーナの下に飛び込む、彼女の身体を受け止める。


 ぎ、ギリギリだった……!

 予想以上の軽さに驚きながらも、まだ目覚め切っていない彼女の身体を揺さぶる。


「あの、フィーナさん?そんなに眠いならまだ寝てた方がいいんじゃないですか?」


「え?う、う~ん……?」


 フィーナは顔をあげると寝ぼけ眼でじっとリックの顔を見る。

 まだ現状を理解できていないのか?

 

 それにしても、美少女というのは寝起きでも可愛らしいんだな。


 いやむしろ、隙だらけな顔の分、昨日のクールな表情も相まって、とても魅力的だった。

 それに女の子特有の良い香りも漂ってきて……。


(……はっ!駄目だ駄目だ!何を考えている!)


 激しく首を振り、桃色の妄想を振り払う。


 起こそうと目の前で手を振ると、徐々にだがフィーナの目に理性の光が灯る。


 顔色がめまぐるしく変わっていき、理解、驚愕、そしてこれは羞恥か?

 頬が真っ赤にそまり、きっと眼光が光る。


 あっ、ヤバい、嫌な予感……


「い、いやあああああああああッ!?」


 予感的中。

 フィーナに思いっきり押され、リックは宿屋の壁に激突した後、階段を転がっていった。



 その後、店長お手製の朝食を食べてから二人は宿屋から出かけて行った。


 早朝、商売の準備などで忙しい市場を横目に進んでいく。


 二人の向かう先は、都市のイーストエリアにあるという何でも屋だ。


 そこは違法な物を取り扱う店らしく金さえあれば、書類の偽装すらお手の物らしい。


 冒険者ギルドの登録に必要な、村の出生届と村長が発行する紹介状をここで偽装してもらう。


 大通りには出ないように気を付けながら、人ごみを避けて二人は歩いた。


 一夜経った後でも自警団の姿はちらほら見えている。

 逃げ出した殺人犯、リックを必死になって探しているのだろう。

 

 リックの格好はというと顔を隠すために、茶色がかった大きなマントで全身を覆っていた。


 人相が分からないようにするためにフードを被り、外見からでは年齢すらも分からぬよう施されている。


 そしてもう一つ、何故か彼の頭には包帯が巻かれていた。

 痛々しく、血がじんわりと滲んでいる。


「あの、ごめんね……まだ、痛い?」


 隣を歩くフィーナが申し訳なさそうに呟いた。

 彼女もマントで身を隠しているため、並ぶと完璧に不審者二人組の出来上がりになる。


 酒場なんかに入った日には謀議の相談をしているとかで捕まるんじゃないか? 


 最もフィーナが顔を隠しているのは、リックのようにやましい理由だからではなく、その容姿があまりに整い過ぎて注目を浴びてしまうせいだからであるが……。

 

 彼女が済まなさそうな顔を見て、リックは慌てて首を振った。


「そんな!大丈夫ですよ!もう全然痛くなありませんから!血だってもう止まってるし!」


「……ホントに?」


「うん、平気平気!」


 必死に伝えると、ようやくフィーナの顔に安堵の表情が浮かんできた。


「そう、良かった……血が物凄い勢いで吹き出してたから、死んじゃうのかと思ったわ。ホントにごめんなさい」 


 宿屋にて、寝ぼけたフィーナに階段から突き落とされたリックは受け身を取ることなく階段を転がっていき全身を強打してしまった。


 特に頭を柱の角ににぶつけてしまったらしく、自分でも驚くほど血が出た。こう、漫画みたいにピューと。

 

 余りにもドパドパでるもんだから驚くどころか感心してしまった。


 フィーナと騒ぎを駆けつけたラフィがパニックになったため、逆に自分が冷静になったという経緯もある。


 そこで手当を受け、朝食を頂いたのだが、その間もずっとフィーナは申し訳なさげに謝ってくれたため、彼女を責める気持ちは欠片も無い。


「でも、フィーナさんって朝が弱いんですね?あんな風に寝ぼけるなんて」


「ね、寝ぼけてなんかないわよ!ただ、ちょっと意識がはっきりしなかっただけだから!」


「う~ん、それを寝ぼけているって言うと思うんですけど?」


「う、うるさいわね」


 顔を真っ赤に染めながら、目の前の美少女はそっぽを向く。


 昨日会ったときはクールな女の子だと思っていたのに、こんな表情を浮かべるなんて。


 自然と口から笑みがこぼれてくる。

 可愛らしい所もあるんだな……。


「な、何で笑ってるの!何がおかしいのよ!」

「え?いや、それはその……」


 注意されたなおも表情は締まらない。

 そんなリックを見て、さらにフィーナは顔を紅潮させた。


「大体、貴方も悪いわよ!そりゃ受け止めて貰ったのは助かったけど、お、おおお女の子を抱きしめるなんて、デリカシー無さ過ぎるわよ!すぐ離しなさいよね!」


「あ、あはは……」

 

 何となく離すのが惜しかったとは口が裂けても言えない。


 正直、これほどの傷を負いながらも役得だったとさえ思っているのだから。


 あの柔らかな感触、甘い匂い、そして美少女の寝ぼけた表情。

 これまで女性に触れ合う機会がまったく無かったリックにとっては得難い宝物だったのだ。


 先ほどとは正反対、怒るフィーナをリックが宥めると言う状況で目的地へと向かっていく。


 交易都市だけあって朝であっても街は活気に満ちていた。


 リックにとっては異世界の町並みはどれも目新しい光景ばかりで、キョロキョロと田舎者のように目を動かしていた。


 牛よりも大きい毛むくじゃらの家畜が紫の色をした果物を運んでいる。


 露店で売っているのは、串に刺さったやたら大きい鳥の肉。七色の羽を店主がナイフで綺麗にはぎ取っていた。


 どれもこれも興味深いモノばかりで目移りしてしまう。 


 だが、せわしなく彷徨っていたリックの視線がある一点でピタリと止まった。


「……あれは?」


 道の片隅にある寂れた立て札。そこには人相書きが張られており思わず目を見張った。

 

 似顔絵の下に描かれたミミズがのたうち回っているような文字はとても読めなかったが、何となく嫌な予感に駆られる。


「あの……フィーナさん?」

「どうしたの?」

「これ……」

 

 少女も立ち止まり、その立て札を見つめる。

 文字を読み上げ、そして何とも言えない表情を浮かべて呟いた。


「七件の殺しの罪で手配、黒の教団の信者の疑いも有り、か……うん、間違いないわね。これは貴方の手配書よ。昨日のうちに描き上げたみたいね」


「そうなんですか……」

 

 僅か一日で手配書が作られた、その事実に対する危機感はもちろん感じていた。


 だが、リックがそれ以上に衝撃を受けていたのは……


「あの……俺ってホントにこんな顔してますかね?何か、似顔絵おかしくないですか?」


「あ、あははは、そう、ね……随分と個性的に書かれているわね……」


 道に貼られた人相書きは悪鬼と見間違うがごとく凶悪に描かれていたのだ。

 

 まずは目。恐ろしく吊り上がり異様な眼光を放っている。


 薬物でもやっているのか、似顔絵だと言うのに両目の焦点が合っていなかった。


 耳は上方にとんがり何とも悪魔的だ。

 きっとどんな悪口でも聞き逃さない地獄耳なんだろうな。


 口はというと、肉食獣もかくやと言うほど鋭い牙が生えそろっており、何故か血が滴り落ちている。


 何だこいつ、口内炎かよ……。


 一番目につくのは……背中に黒い羽が見えるのは一体、どういうことだろうか?


 ここまで来ると悪ふざけで書いたのかと、疑ってしまうほど。


 もし似顔絵通りの人間が本当にこの世にいるとしたら、きっと犠牲者は七人で収まらないだろう、そう思わせるかのような手配書だった。


 この身体はアバダーであり、現実の本当の身体とは違うんだが、それでも複雑な感情が湧きあがってくる。


 俺、一体どういう風に見られてたんだろう……?


「あっ……でも、良かったじゃない!この人相書きならそう滅多なことでは捕まらないと思うしわよ!」

 

 手配されてなかったとしても、こんな奴が現実に街にいたら自警団が大挙してやってくるんじゃないか?


「そう……ですかね?」


「うん!……あっ、でも黒髪黒瞳はこの辺りでは珍しいからそれは気を付けなさいよ」


「……はい」


 良かったような、悲しいような形容しがたい気持ちで自分の人相書きを見つめるリックだった。

 

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